#45 ゴシップガール不在で踊るお茶会 或いはヒロインたちのトロッコ問題その見解

 ◇かぐらノオト 第9号◇


 読者のみなさん、こんにちは。もしくは、こんばんは。


 えーっと、前回のノートもう読んじゃいました?

 まだだよ~って方は、ぜひ読んでみてね。


 おかげさまで、このジンをはじめて以来いちばんの反響をいただいちゃいました。エヘヘ、なんだかうれしいな。

 といっても、もちろんわたしなんかの力じゃなく、リリイちゃんのおかげです。

 ありがとう~、リリイちゃん。またいっしょに遊ぼうね。


 この時、リリイちゃんのお友達に撮影してもらった動画や画像のうちここで貼り付けられなかった分は、リリイちゃんのファンサイトにまとめてあるよ。ぜひぜひのぞいてみてね。リンクはこの扉のさきだよ。

 ――本音を言っちゃうと、テンションが上がりすぎちゃった画像なんかもあって、ちょっと恥ずかしいんだけど――。

 

 さて。

 今日で九月もおしまい。

 明日からは十月。


 わたしの住んでたところだと、キンモクセイのいい香りのする時期ですね。

 皆さんのお住まいのところでは、どんな様子ですか。コメントで教えてね。



 今日は、久しぶりにたつみちゃんと一緒です。

 こうして二人の写真を撮るのも久しぶりだなぁ~……、あ、でもたつみちゃんの写真をここに貼るのは初めてだ。

 今日はこうしてのんびり、二人でビーチをお散歩してます。


 ここしばらく二人で話したり遊んだりできなかったから、波打ち際ではしゃいだり、きれいな貝がらの中にいたヤドカリにびっくりしたり、そんなことでおなかが痛くなるくらい笑いました。

 写真はその時に拾った貝がらやシーグラス。これで何かつくれないかな?

 


 わたしにとってたつみちゃんは初めてできたお友達です。

 ときどきとんでもないことをしちゃう子だけど、やっぱりわたし、たつみちゃんに出会えてよかったなって思います。


 ――やだ、なんかはずかしいな。

 こんなことを書いちゃうのも、マグノリアハイツから古い映画の音楽がきこえるせいかも。

 今日は演劇部さんたちがお茶会を開いているみたい。さっきもおしゃれした人たちとすれ違いました。


 演劇部さんたちのお茶会ってどんなのだろうってたつみちゃんとおしゃべりして、想像もできないねって二人でまた笑ったところです。

 お茶会って言ってるけど、きっとお城のダンスパーティーみたいなんだろうなぁ……。



 それじゃ、今日はここまで。みかわかぐら、でした。



(COMMENT)


 先日はどうも、カグラちゃん。

 ご親友と仲直りされたみたいでなにより。おめでとう~。ぱちぱち。


 ミノムシちゃんへのご伝言もありがとね。お陰でお茶会には顔を出せそう。


 その時にまたお話でもしよーね。じゃ、また後で。

 

 ……あ、そうだ。

 カグラちゃん今からでも遅くないから白い服着た方がいいよ? 

 理由? だって似合いそうだし。それだけ。ほんとだってば。



 ◇◆◇



 お茶会、といえど実質それは高等部生による初等部生徒会長への召喚である。

 独断先行の目立つ下級生を呼び出してその真意の確認を問いただす場である。口の悪い者がいれば「つるし上げ」とそしられても仕方のない種類のものだ。


 なにせ主催者は演劇部の女帝、そのほかの上級生メンバーも島外に名を轟かせる太平洋校きっての大スターにして綺羅星のようなヒロイン級の特級ワルキューレたちである。サランのような並みのワルキューレなら緊張で逃げ出してもおかしくない面子だ。現に、シャー・ユイは肩に力が入っているし、クラスだけは特級で世界一レアな少年であるフカガワミコトは目に見えてガチガチに強張っている。


 三人の初等部生のうち、シャー・ユイとフカガワミコト(およびノコ)はいわば証人だ。

 

 侍女やメディアを引き連れていても、キタノカタマコはたった一人上級生に呼び出されたという形になる。

 本来、初等部は高等部と連携をとって動かなければならないのに、それを無視して不可解な独断専横を実行してばかりの初等部生徒会の召喚なのだから本来それは上級生による下級生の締め上げとして非常に陰湿に喧伝されてもしかたない性質のものである。


 しかし、キタノカタマコは当然、簡単につるし上げられるような生徒会長などではなく、安易に同情を催すほど儚い、ただのひ弱な少女などではありはしなかった。



「音を少々抑えていただけませんか? せっかくのご説明が聞き取り辛うございますので」


 キタノカタマコの静かな命令に、 蓄音機を模したステレオ機材の傍にいたメイド服姿の訓練生が、緊張の見て取れる小さな手でボリュームを絞った。


 伸びやかなミュージカルナンバーの音が小さくなり、風が密林を吹き抜ける際の葉擦れの音や生物の立てる鳴き声、お茶会の進行を見守る新聞部部員が息を飲む音が場を支配する。ステレオを操作した訓練生が、強張った表情でマーハに視線を送った。演劇部部長は優しい微笑みを浮かべて頷いてみせる。

 それはお茶会の招待客がクロスのかかったテーブルに着き、薫り高い紅茶と演劇部の御用達の高級パティスリーから直送でとりよせたお菓子とカフェに発注したスコーンとサンドウィッチを楽しみながら、表面的には和やかにお茶会が進行し、しばらく時間が経過していた頃合いだった。テーブルはテラス側にキタノカタマコ、そこから時計回りにシャー・ユイ、アクラナタリア、レネー・マーセル・ルカン、ホァン・ヴァン・グゥエット、ジンノヒョウエマーハ、アメリア・フォックス、S. A.W. - Ⅱ Electra、そしてフカガワミコトの順となっている。

 サランはナタリアとレネー・マーセルの間でお菓子の給仕に勤めていた。ミントグリーンのふんわりしたドレス姿のプリンセスめいたこの上級生は、とにかくしきりにお菓子を求めるためだ。

 

 

 キタノカタマコの指示により場の雰囲気を彩っていたBGMが小さくなり、あたりの空気が固まる。


 その場で一番緊張していたのは、席から立って様々なデータを自分と同じお茶会のメンバーに転送し、疎開任務に関する修正を要求していたアメリア・フォックスだろう。給仕係としてテーブルのそばにいたサランは、同情と応援の気持ちから今にも卒倒しそうな高等部生徒会長の顔を見つめた。


 頑張ってほしい。十数分前になんとか作戦従事者の生還率をあげるよう交渉してみせると宣言したのだからとにもかくにも頑張ってほしいと、レネー・マーセルが次々にリクエストするままお菓子をお皿に盛りながらサランは必死に祈る。

 しかし、アメリアは盛大に声を上ずらせ目線を泳がせて語るのだ。


「で、ですのでさっき説明した通りキタノカタさん達が計画なさったこの案では非戦闘員の安全は保障されても各校ワルキューレたちの安全への配慮が決定的に不足しているのではないかな~……と、私などはそう思うわけで……っ」

「――」


 腰の入らない声に説得力はなく、BGMの音量を下げさせたキタノカタマコはただ紅茶を味わう。その表情に変化はうかがえない。プレス席の新聞部員たちも、白いクロスをかけた円卓を囲むお茶会のメンバーも、微笑むもの、目元に鋭さをしのばせた者、ただただ緊張している者、お菓子やお茶を無心に味わっている者、その表情はそれぞれだが一様に黙っている。そのせいで場はしんと静まり返る。


 それにアメリアは余計におじけづいたのか、言葉だんだん尻すぼみになってゆく。

 この気弱な態度はどうやらこれから数十分前、キタノカタマコの到来に気づいた際に泰山木マグノリアハイツの廊下でカクテルグラスの乗ったお盆をひっくり返してしまい、そのガラスのかけらを拾うためにあわててかがみこむという、上級生としてはあまりに威厳のない姿を見られてしまったのが後を引いているらしい。その時の光景を思い出してしまったサランは、トングを持つ手に力をこめすぎてしまう――。




 このお茶会の給仕をつとめるメイドのひとりという役を全うしなければならないサランにとって、泰山木マグノリアハイツの玄関に大名行列のように侍女たちを引き連れたキタノカタマコご一行を主人の待つサロンへ案内するのも仕事の一つだった。


 そのため、掃除道具を手に駆け寄ってきては下級生でもあるメイド服姿の訓練生たちに何度も謝りながら跪き、控えていた高等部生徒会面々とともに割ってしまった破片を拾っているアメリア・フォックス達の傍を通らないわけにはいかなかった。廊下に集団でかがみこんで割れたガラスを拾ったり、緋色の絨毯にできた染みを取ろうと雑巾でトントンさせている図は、絽の着物をきこなし一糸乱れぬ侍女を背後に連れたマコとのコントラストはサランから見ても哀れなほどだった。

 せめてもの合図に小さく咳をしてみたが、それが却ってアメリアを緊張させたようで、驚き立ち上がった高等部生徒会長はその拍子によろめいて背中に壁をぶつける。


「き、キタノカタさん! その、先日は、お忙しいところにお邪魔して――……っ」

「その節は失礼いたしました、フォックス先輩。ではまた後程」


 その時サランの斜め後ろにいたキタノカタマコの表情は、涼やかな声と、壁に背を預けてひきつらせたアメリアの笑顔で判断できた。そんな上級生にキタノカタマコはそれ以上声をかけることも気を払うこともなく、サランの案内に従って泰山木マグノリアハイツのサロンに足を踏み入れた――。




 これだけの先制攻撃をすでにかまされているアメリアが、キタノカタマコの一挙手一投足に過敏になるのも無理はない。

 下級生に冷たい目で見つめられて涙目になりかけているアメリアへ同情を催しつつ、がんばれ、と念じる。念じすぎてついカチカチと小さくトングを鳴らしてしまい、レネー・マーセルの隣にいるナタリアに睨まれる。


 


 ――白檀の香をまとい十二人の侍女たちを引き連れて足を踏み入れたその時、サロンの空気は一変した。

 事前に用意された古典アニメーションにおけるアリス・リデル風ドレスがことのほか気に入ったらしく、満面の笑顔でマーハにじゃれつくノコの様子と笑い声で和んでいたサロンに緊張が駆け抜ける。しん、と空気が静まった。


 一瞬、サロンに響くのはテノールの歌手が歌う懐かしいラブソングだけになる。


「――マコ? マコじゃないか! お前も招待されていたのか」


 沈黙を破ったのは大きな目をまるくさせたノコだ。無邪気さがサロンの強張った空気をやわらかく解きほぐす。少し偉そうに胸を張り、お姉さんぶってキタノカタマコ相手に訓示をたれた。


「今日は楽しいお茶会だぞ、いつもみたいな喧嘩はご法度だ。楽しい夕べが台無しになるからな」


 それに当のキタノカタマコは応じなかった(無視しおって……、とノコがむくれる)。

 二日前に訪れた際には嵐に遭遇したような惨状がたった二日で嘘のように飾り立てられたサロン、そして、自分たちより先に来ていた略式礼装姿のフカガワミコトとノコを見て何を思ったのかはサランには分からない。

 一応注意深く表情を盗みみたのだが、『ハーレムリポート』では本当は誰よりも真面目なワルキューレで世界の先行きをちゃんと考えているいい子なのになかなか素直になれないツンデレお嬢様と演出されている少女はただ、す、と瞬きをしたのみである。

 それに対して、お茶会の主催者の前で無邪気にふるまうノコのそばでかたくしゃちほこばっていたフカガワミコトは、侍女をともなってマコがサロンに現れたのを目の当たりにして大げさに肩をそびやかした。せっかくの礼装も台無しな動揺ぶりを丸出しにする。


 ゴシップガールのおしゃべりでは一途な恋心を寄せていることになっている少年にはささやかな一瞥をくれただけで、キタノカタマコはマーハの元に近づく。そのあとに侍女たちも続いた。キタノカタさん、と動いたようにみえたフカガワミコトの口から言葉は放たれなかった。


 マーハは慈愛の女神の権化のような微笑みを浮かべて、来客に向き合った。その後ろには当然のようにヴァン・グゥエットが控えている。


 切りそろえられたキタノカタマコの黒髪の下の瞳と、やわらかに波打つマーハの前髪の下の瞳、ふたりの視線がまっすぐぶつかる。どちらの瞳も黒く輝いているが、キタノカタマコの瞳のきらめきは強く、マーハの瞳は優しく澄んでいる。黒曜石と黒い天鵞絨の質感か。

 本日の主賓と演劇部の女帝が顔を合したその場を、プレス席の新聞部員も合わせSてその場の全員が息をつめて見守る中、先にキタノカタマコが楚々とした仕草で頭を下げた。


「本日は結構な会にお招きいただきありがとうございます、ジンノヒョウエ先輩」


 それを受けてマーハは、花びらのような唇をほころばせて、慈愛の女神そのもののように微笑んだのだった。


「ようこそ、キタノカタさん。あなたをお待ちしていたのよ。――さあ、こちらへどうぞ」


 お茶会の主催者としてマーハはマコをの手を取り、庭にセッティングされた円卓へといざなう。

 さあ、皆さんも――という声に従い、サランも手近にいたフカガワミコトとノコの二人を前もって指定された席へ案内した。シャー・ユイも別の訓練生に案内されて円卓へ向かう。ふりむいて、目配せをしてみせたのは下手なマネだけはするなという忠告だろう。


 この場どころか、この学園で唯一の男子生徒を案内する際に新聞部の前を通る。撮影機材のバッテリーをチェックするなど、お茶会の本番の記録の準備作業をこなしながら小声で私語をする新聞部の記者の中から、聴覚は勝手に聞き捨てならない単語を拾ってしまう。

 

 ……「やれやれ女帝御自らじきじきにつるし上げだ」「それというのも主計係殿が不甲斐ないせいで」「初等部生徒会長を集団でしめあげるとは」「定期購読者はどう受け取りなさることか」「それは君らの伝え方次第だろう」「なんのことやら」「しっ、〝源氏の君″がこっちをご覧だ」……。


「――源氏の君ってなんだよ?」


 なにげなくプレス席を見やった為に、新聞部内で自分がどんな隠語で呼ばれているのか知ったフカガワミコトはサランにだけ聞こえる大きさで不愉快そうにぼそっとつぶやいた。同意を示すために、サランは小さく頷く。捻りの足りないあだ名にもほどがある。

 これから行われるお茶会を、「美しい乙女たちのお茶を楽しんだ夕べ」か「太平洋校のニューヒロインを怖い先輩たちが集団でつるし上げた現場」か、外部に向けてどう発信するかをゆだねられていると思い上がる新部員の中で、唯一ひとりだけ根っからはしゃいだ笑顔でこちらを見ているのは無論タイガだ。サランが一瞬視線を送ると、待ってましたとばかりにニマっと笑ってカメラを構える。

 サランがわざと視線を外して無視すると、数秒遅れてフカガワミコトが何気なくタイガを見た。その途端笑顔を引っ込め、口からキャンディの棒をはみ出させた状態ですごんでみせる。それでもこちらにむけてカメラを向けたのは、アニメーションのアリス・リデル風コーディネートのノコの姿の愛らしさに胸を十分ときめかせたからに違いない。サランが一瞬振り返ると、白い棒の先をピコピコ上下させて見るからに機嫌よく、ファインダーを覗いていておしげもなく何度もシャッターを切っていた――。


 

 あのパシャパシャという能天気な音が恋しくなるほど、場の緊張感は高まり静まっている。


 その静けさに加えて、お茶会が始まる直前に、強烈な苦手意識を抱いている相手にみっともない姿を見らるという先制攻撃を既にかまされている。いまのアメリはまさにそんな状態だ。それでキタノカタマコを前に言葉を発するというのは相当の難事業であることは想像にかたくない。

 しかしそれでも高等部生徒会長は、なけなしの勇気をふりしぼった体でテーブルのセンターにそれぞれの顔を隠さないよう活けられた花越しにマコへの意見を続ける。


「貴女がたのこの計画ではまるで、現地住民のフラストレーションのはけ口として彼女らを差し出すも同然ではないかと……っ。太平洋校高等部生徒会としてはこの案を承認するのは難しいと言わざるを得ないわけで……っ」


 会長、しっかり! とアメリアの背後に控えた高等部生徒会の腕章を巻いた生徒たちが小声で励まし、給仕のために円卓の傍に控えているサランも心の中でそれに唱和する。お菓子をとるトングにまたぐっと力をこめながらサランは祈る。

 規格のそろった人形のような十二人の侍女をずらりと背後に控えさせながら無言で静かに紅茶を味わっているキタノカタマコを前に委縮しているアメリア・フォックスだが、それでもいうべきことはしっかり伝えてくれたのだ。万分の一でもいいからその心意気が伝わってほしい。なんとしてでもこの作戦が撤回される方向に事態を動かして欲しい……!


 しかし、現初等部生徒会長はその程度のことでひるむような少女ではないことはこの場にいる全員は皆分かっていた。ティーカップから唇を放し、しずかにキタノカタマコは口にする。


「私どもの専横でフォックス先輩をはじめ高等部生徒会の皆さまにご心労をおかけしたこと、お詫びいたします。その代わり、と申し上げるのはなんですが、その案は大西洋校を通して国連の外世界戦略局の正式な承認を頂戴いただく手筈になっております。――遅くても明日中にはお返事がくるのでは?」

「――!」


 口をあんぐりさせたアメリア他、表情をこわばらせた高等部生の代わりに、ざわっ、とどよめいたのはプレス席だ。


 初等部の生徒だけで立てたおままごとのような作戦など、通常学園に提出した段階で候補生の代表や教職員の厳しい詮議のすえに突き返されるのが通常なのに、その手続きを他校を介して迂回し、自分たちでとっとと国連の承認を得たというキタノカタマコの発言は、学園の教職員および高等部の詮議・承認を得るという本来おこなわなければならない過程を故意に無視したということである。放埓な太平洋校で唯一のこった創立時の気風「年長者を敬いなさい」をあっさり無視したどころか、その顔をつぶしましたがなにか? と、堂々と居直るも同然な態度だ。


 お菓子を取り分ける手を止めて、サランも一瞬体をこわばらせた。

 遅くても明日の内には国連から正式な出撃要請が下りると宣告したのだ、キタノカタマコは。それに従ってこの島を立たねばならないのはジュリだ(あとついでに自分)。

 この場にサランがいることを知っていながらきっぱりとそう告げたキタノカタマコは、しずかに磁器のカップを持ち上げ紅茶の香気を愉しんでいる。サランの方は見ようともしない。

 思わず張り倒したくなるようなたたずまいを睨みかけるサランをちょいちょいとつついた者がいた。お菓子を取る手が止まっているという、レネー・マーセルの忠告だ。我に帰ってサランは宝石みたいなケーキをいくつかお皿にとった。


 その間に、面子をつぶされた形になる高等部生徒会の代表であるアメリアは声を張り上げる。侮辱されたという憤りが活力になったらしい。


「あ、あなた……っ! キタノカタさん……! そんな、何をやったのか理解してます……っ⁉」

「ええ。ですのでこれは、フォックス先輩他高等部生徒会の皆様方に余計なご心労をおかけしないための配慮です。私たちの勝手なふるまいの後始末に先輩方がお悩みだと耳にいたしましたので私どもも心を痛めておりました。――そうだと伺いましたが?」

「――っ!」


 図星だと言わんばかりに口ごもってしまうあたりが、アメリア・フォックスという最上級生が慕われもするが頼りないとみられる一因であるらしい。テーブルを囲むメンバーがつい頭を抱えてしまう中、キタノカタマコは紅茶を一口味わってから尋ねる。


「一つお尋ねしても構いませんか?」


 どうぞ、と、誰も答えはしないのに一拍間を置いてマコは淡々と言葉を打ち込む。


「フォックス先輩、先ほどのご発言はまるで、先輩が現地の皆さんが我ら不埒な振舞をするのではないかとお疑いであると仰っているようでしたが、そのように解釈してもよろしいのでしょうか?」

「そ……、それは……! だって、そうでしょう⁉ 侵略者以外のもの、特に一般人類にワンドを振るってはならない、ワルキューレ個人の生命を脅かされそうになった場合にのみ徒手空拳および刃物・刀剣・銃火器類以外の用具を用いた反撃のみ許されるっていう条項のせいで今まで何人のワルキューレが暴徒化した避難民の犠牲になったか……!」


 気を立て直したアメリアは興奮した口調で言い右手を振った。すると各々のテーブルの上に紙の形をした資料が一枚新たに追加表示される。

 ワルキューレ故障・殉死原因の割合と、その件数の変化がグラフで示されていた。「一般人による危害」はワルキューレの故障・殉死原因でも高い割合を示しており、その件数もデータを集めだしたころから依然として多い。

 侵略者から人類を護るが、人類に対しては非力であるよう定められたワルキューレを護るために各国軍の護衛もつく場合があるが、場合によってはその軍に所属するものから被害を受けることもなくはなく、ワルキューレ育成機関である各校やプロワルキューレたちには軍や個人との間に名誉回復のための訴訟を抱えているものだって珍しくない。

 資料をつきつけたアメリアの水色の瞳は真剣である。頬を紅潮させ、凛々しい眉をきりりとさせて主張する。数字と分析は彼女の自信を回復させたようだ。

 

「朋輩の生命を護れというワルキューレ憲章の条項は貴女だってご存知でしょう、キタノカタさん? やはり私はこの作戦を認可することはできません。これを認めることは私の良心に背きます。あまりにも非人道的です!」


 興奮した口調でアメリアは宣言し、そしてはあっと息を吐く。彼女のお供である高等部生徒会の面々は顔を輝かせてうんうんと頷き、サランも心の中で惜しみない賛辞をおくった。頬を桃色にそめて同胞たるワルキューレをこのような作戦には参加させられぬと訴えるしぐさは、なるほど立派な生徒会長である。やればできるじゃないか、この生徒会長。

 ひゅ~、アメリア先輩かっこいい~……と、サランの心でも読みでもしたように傍にいるレネー・マーセルが小さく煽り、静かにしろとナタリアから窘められていた。

 言い切った――……と満足気な表情で息を吐き、自分の席につこうとするアメリアには一仕事を終えたような爽快感がにじみ出ている。


 しかし、キタノカタマコはその眉をぴくりとも動かさずに涼やかに応えた。


「フォックス先輩のお考えを把握いたしました。つまり、先輩にとって現地の皆さんはフラストレーションのあまり我が校のワルキューレに暴力を働く恐れがあるという、その程度の倫理しか弁えぬ獣のような方々であるとご認識である、そう受け取ってもよろしいと?」

「――っ、ちょ、ちょっと待って……っ、誰もそんなこと――」

「口にしてはいない、とでも仰るおつもりですか? ではこちらからお尋ねいたします。『現地住民のフラストレーションのはけ口として彼女らを差し出すも同然』と仰いまいしたのはどういったお気持ちにるものでしょう? お答えいただけますか?」

「そ、それは、あなた、だって、ここにこうして証拠だって……っ」


 アメリアはさっき提示した資料を手に取り指で示して突きつけるものの、キタノカタマコはその程度で動揺一つしなかった。


「ええ。年に何件もそのような痛ましい出来事が報告されることは私も存じております。まことゆゆしき問題です」

「じゃあ、だったら……っ、わかるでしょう⁉ 初等部生たちだけでなんとかなるような作戦じゃないって。どうしたって特級を出撃させるか、専科の方々にご協力を仰がないと成り立たないって……!」

「私が耳を疑いましたのは」


 亜熱帯のこの島であっても痛いほど冷たすぎるその声で、キタノカタマコは狼狽えるアメリアの言葉をようしゃなく遮りながら告げた。


「侵略者の侵攻・進撃という悲運に見舞われ、親しい人々の生命や労働のはてに獲得した財産、先祖伝来の家屋敷、昔懐かしい故郷の風景といったものを一度に失くし茫然自失状態にある避難民の皆様を、まるで人倫をしらぬ野蛮人の群れに仰るフォックス先輩のお言葉です。よもや、まさか、侵略者の一軍の進撃という悲運に見舞われた方々をそのような無慈悲な一言で切り捨て遊ばされるとは。なんということでしょう。――私が知るフォックス先輩は、庇護を求める哀れな方々にも優しさを忘れずその叡智を駆使する情け深い高潔な方でしたのに」

「……っ」


 キタノカタマコの切りそろえられた黒い前髪の下から、氷のような漆黒の双眸がのぞく。アメリアの目よりそれは低い位置にあるのに完全に上級生を圧倒していた。

 哀れで不運な人々をを見下す人でなしと断罪された高等部生徒会長の青い目は動揺で揺らぐ。言葉を失って、背後の生徒会役員に救いを求める。

 それを受けたのか、そのうちの一人が気丈にも声をはりあげた。


「キタノカタ会長、それは詭弁です! 撤回を」

「詭弁でしょうか? 『この案では非戦闘員の安全は保障されても各校ワルキューレたちの安全への配慮が決定的に不足している』とフォックス先輩は確かにそう仰いましたが? それは即ち、避難民含む非戦闘員の保障にワルキューレの保障が劣っているのが不満であるという意味ではないのですか?」

「で、ですからそれは何も、非戦闘員の安全よりもワルキューレのそれを優先せよという意味では――……」

「私共が提出した作戦概要をご覧になりましたか? 大西洋校の生徒会さんのご協力で作戦従事者には十分な護衛をつけているはずです」

「しかし、貴方あなた方は計画はどうみてもおかしいと言わざるを得ません! 各国との歩調を合わせぬのは憲章に背いています」


 アメリアより気が強いらしい高等部生徒会副会長はキタノカタマコにくってかかるが、やはりマコは眉一つ動かさない。


「さきほど申しました通り、遅くても明日に国連からお返事が届きます。――それが何を意味するのか、?」


 慇懃無礼な口で上級生を組み伏せようとする意志が、絽の着物姿の少女の黒い瞳から放たれる。

 それに射抜かれたとたん、テーブルに手をついたアメリアの目が見開かれる。

 何かよくないことに気づきはした呆然としたその表情で、しかし首を左右に振った。現実を打ち負かす呪文のように、クロスを握りしめながらぶつぶつと呟く。


「……いいえ、そんなことありえない……っ、あっちゃダメなことよ……落ち着いて、落ち着いてアメリア……っ。こんなことは万に一つもあってはいけないことだから落ち着いて」

「万に一つもあってはならないことかどうか、ご自分がお作りになったこの資料をご覧になればよろしいのでは?」


 キタノカタマコがリングをはめているのは右手だ。紅茶のカップをおろして優雅に指先を振ると、先ほどの資料が表示される。ぱらぱらとそれに目を通し、さっと非表示に戻してからキタノカタマコは涼やかに、しかしはっきりと答えた。


「さすがフォックス先輩、ため息がでるような完璧な仕上がりです。――であればこそ、先輩はとっくに現実にお気づきの筈です。なのに、どうしてそのようにご自分がお示しになった現実から目を背けるのですか? もうこれは決まったことなのです。覆りません。


 キタノカタマコは涼やかな声で、そして冷酷に宣言する。

 空になったカップに素早く新しい紅茶が注がれ、マコは当然のようにそれを口にした。


 王手をさした棋士のように余裕綽々に見えるキタノカタマコに対して、上級生たちの表情にも緊張が走る。円卓を囲む上級生の中で唯一緊張感のないレネー・マーセルの隣の席にいるナタリアが、わざとらしくサランにも見えるように資料を持つ手の角度を変えた。心の中で感謝しながらサランもそれをさっと覗く。


 確かにアメリアの用意した現行作戦案を問題点をまとめた資料には、大西洋校生徒会に所属する候補生の実家が経営する民間警備会社が護衛につくと記されている。しかしその規模は明らかに小さい。

 そもそもワルキューレの警護につくべき各国軍や国連からの協力を要請するのが通常だ。それなのに今回はそれが無い。綺麗さっぱりゼロ人とされている。通常おこなうべき警護は不要とされているのだ。本来なら国連に届くまでに修正を強要されなけばならないお粗末な計画だ。なのに現状、この作戦を受け入れるかのように国連は黙っている、それが現状だ。


 ――その事実で、サランもどうして国連がたかだか初等部生による見通しが甘すぎる独断専行を無視しているのか悟らずにはいられなかった。


 つまりはあれだ、大人たちはケチったのだ。


 ワルキューレの警護というのは出撃先の軍隊や国連にしてみると、結構面倒な仕事であることはサランのような低レアにだって肌で察する機会は何度かあった。自分たちの娘や妹たちに近い年代の少女たちに親切かつ紳士的に接してくれる軍人は多いが、戦闘に疲れ果ててその余裕を失った大人たちにはちゃらちゃら遊びながら怪物を退治しているように見える小娘たちにあからさまな嫌味を吐くような者もいることは知っている。サランが主に出撃にむかう比較的安全な出撃先ですらそうだ。

 何世紀単位でつづく戦争紛争独立運動の問題に時間も人材も集中させたいのに、侵略者なんぞを倒せる能力と技術だけがある小娘の警護に限りある人材や費用を使いたくない。

 地元の声とワルキューレを統括する立場の国連の意志としてそうだろう。まして外世界から今までとは比較にならない侵略者の軍勢がくるのが確実視されているなら、軍備はそちらに割きたいというのが本音なのだろう。

 おまけに今回予言されているのは全盛期から人類同士のいがみ合いの火種が未だにくすぶっている一帯だ。現地軍ならその問題に対処したいはずだ。住民の疎開になんて予算も手間も投入したくないのが本音だろう。


 侵略者め、よりにもよって糞面倒なところに出撃することに決めやがって――と、漏洩事件の一件以来地球人類が多かれ少なかれそのようなことを思っては心の中で舌打ちでもしているはずだが、その度合いが一番大きかったのがその一帯にお住まいの皆さんとその共同体、そして国連の偉い人達だったに違いない。


 そんな状況で、純粋で阿呆な小娘が自らすすんで人々を護ると宣言したら?

 その小娘たちは世界の十指に入るような富豪の娘や、どこの国家や共同体にも属さない民間に所属する傭兵に兵器を自分の裁量で動かせる娘たちがいるとしたら?

 自分たちのポケットマネーをはたくので、あなたがたのお手は一切煩わせないと勝手に約束したら?


 やれやれすまないねえ、恩に着るよ。やさしい娘さんたち――……と、難題をかかえた大人たちはそれに乗ってしまった。もしやこれがいつまでたっても国連が小娘ワルキューレの暴走を黙認している原因では?


 与えられた情報からそう推測して、サランは一瞬トングをぶんなげたくなった。

 大人ってずるい、汚い。せめてそんな自分に後ろめたさを覚えていて欲しい。


 兵站に関しては特級だと評判のアメリアを補佐している高等部生徒会の副会長は、ぶつぶつと現状を否認しようとするその有様で事態の異様さと深刻さを察知したのだろう。血相を変えてとりすましたキタノカタマコへ食ってかかる。


「『覆りません!』じゃないでしょう⁉ 反則まがいな恥知らずなマネまでして手続きを飛ばして、どうしてこんな案を通させたんですかっ⁉ 国連や各国軍の協力を要請しない。そんな前例を作ってしまったらどうなるか、あなたなら分かるはずですよ? キタノカタさん!」

「それに第一、護衛につく人員も武器に物資も少なすぎます。これだけでこの人数うのワルキューレを警護せよというのは無茶です!」

「そ、そうよっ! こんなの絶対、いますぐにでも取り下げなければ――っ!」


 生徒会メンバーの援護もあってアメリアも力を回復したのか、面を起こした。そして相変わらず涼しい顔のマコに紅潮した顔をむける。彼女を見る者の脳が勝手に補うメガネのレンズ越しに水色の瞳がきらめいた。


「この際何度でもはっきり言いますけど、こんな作戦を通してしまうだなんて愚の骨頂ですっ! 指揮をとった太平洋校もあなたも少なくとも、非現実的で理想主義でいかにもオンナノコオンナノコした作戦をたてて人名にも軍備にも大損害を出した頭の中がお花畑のワルキューレだってたっぷり一世紀は嘲笑されますよ! そんな恥をかいてもいいんですか⁉」


 頬を紅潮させたアメリアは、テーブルに両掌を思い切り叩きつけて怒鳴った。


 おそらくこれはアメリア・フォックスにとっては渾身の一発だっただろう。クロスの上に両手を叩きつけて、紅茶を味わっているキタノカタマコを見つめる。サランは祈った。キタノカタマコは目的のためには自ら進んで恥知らずなマネをするが、恥をかかせれるのは嫌いな女のはずである。嘲笑されていもいいのかという挑発に反応して感情を揺るがしてほしいと、サランは願う。


 ――はたしてそれは叶えられたようだった。ただし、サランの望んだのとは別の形で。


 ふう、とキタノカタマコはため息をつく。これ見よがし、と言ってよいパフォーマンスじみたため息を。

 そして紅茶のカップをソーサーの上におき、面をおこして斜め向かいの席で立ち上がっている高等部生徒会長をひたと見つめた。


「恥、と仰いましたか?」


 切りそろえられた前髪の下で、黒い双眸が炯々と輝いた。声はかわらず涼やかだ。しかしまっすぐ、静かに、射抜くように、というよりも視線だけで射殺すように、上級生を睨む視線は恐ろしいまでの怒気をはらんでいた。

 その視線の先にある高等部生徒会のメンバーは、ざわっとたじろぐ。冷気じみたオーラがみえるような気がしたのだろう。

 気を張ったアメリアの目から力が失せる。瞳が泳ぐ。明らかに三歳年下の下級生に怯えだす。


 テーブルを囲むメンバーの表情と空気もぴんとはりつめた。変わらないのはお菓子をむしゃむしゃおいしそうにほおばるレネー・マーセルとノコくらいなものだ。ノコにいたっては「なー、マコのやつ何か知らんがまた怒ってるぞ? 相変わらずだな」と口にお菓子をつめたまま隣のフカガワミコトに囁くような振舞に及んで、口元に人差し指をたてては静かにするよう促していた。そういったコミカルな振舞もテーブル周りの空気を和らげてくれない。


 視線でたっぷり上級生を怯えさせたキタノカタマコは、耳触りだけはあいかわらず涼しくこころよい声で、容赦なく問い詰めるのだ。


「確認いたします。フォックス先輩は先ほど、恥、と仰いましたか?」

「え、ええ……っ。だって、そうじゃないっ。私はなにも間違ったこと――」


 涙声になりそうなアメリアは、それでもなけなしの勇気を振り絞っているのであろう声でそう訴えるが、冷たい怒気を発散させたキタノカタマコはその声を遮る。


「着の身着のままで故郷を捨てねばならぬ皆様の安全と未来を護らねばならない、そのワルキューレが、誇りある戦乙女が、こともあろうに一般人の兵士の方々に身を護らせる。――フォックス先輩はそのような光景には一切の羞恥を覚えぬと仰るのですか?」 

「だ、だからそれは、きべ――」


 詭弁である、と、アメリアは続けることは叶わなかった。キタノカタマコが遮ったためだ。軽蔑を隠さない声で。


「これ以上はもう結構です。高等部生徒会のお考えは分かりました。――人々に愚か者だと嘲笑されるのを恐れて結局なにもできない、地球と人類を愛し身を挺すべしというワルキューレの本懐すらご理解していらっしゃらない、そのような方だと分かりましたので。尊敬するに値する先輩からまさかそのような言葉を耳にすることになろうとは……」


 人の心をぐさりとえぐる余韻をもたらしながら、カップの淵に唇をつける。紅茶の香がこの絽の着物を着た少女の心を慰撫したのか、一帯を凍らせるかのような怒気はしゅうっと消え去った。反対に、アメリアは可哀そうなくらい蒼白になっている。ショックで言葉も無いようだ。棒立ちで立ちすくむ高等部生徒会長の姿を記録しようと、プレス席の新聞部員たちがフラッシュをあびせかける。

 人類の生命財産のことを考えない臆病で利己的なワルキューレとして辱められる、とどめを刺すようにマコは淡々とつけたす。


「真の人柄というものはこうして直接言葉を交わさねば分からないことだと此度のことで学びました。その機会を設けてくださったジンノヒョウエ先輩には感謝しかありません。――でなければ、フォックス先輩がどのような信念をお持ちなのか誤解したままでした」


 ここまで静かになじられて、アメリアはすっかり涙目である。紅茶を味わうためか、今はかるく瞼がふせられた黒い瞳に射抜かれてすっかり怯えて戦意喪失しているのだ。――間違ったことは言っていないのに。

 

 同情と落胆が広がるサランの耳に、カチャン、という磁器と磁器がぶつかる音が響いた。小さいが、行儀がいいとは言えない、しかし場の空気を改める効果をもった音ではあった。発生源はヴァン・グゥエットの手元である。


 表情筋を動かすことと言葉を惜しむ傾向があるこの上級生は、紅茶を味わうときにも極力音をたてない。麗人として申し訳ない態度でパートナーとのお茶の時間を楽しむのがサランの知るかぎり普通であったから微かない違和感を覚えるより先に、マコが一瞬不愉快そうに一席挟んで隣にいるヴァン・グゥエットを軽く見やった。


 ささやかな一瞬である。


 が、磁器のぶつかる小さな音でアメリアは我に帰ったらしい。涙の浮かんだ空色の瞳ごしの視線は自然とマーハの方へ向けられる。たすけて、とその視線が無言で訴える。その視線の意味を汲んだのだろう、マーハが紅茶のカップに口をつけるマコに聞かせるように、美しい微笑みを湛えた。


「喜んで頂けたのなら、このお茶会を企画した甲斐があったわ。キタノカタさん」


 副会長、議長、書記、会計、代議委員、風紀委員、予算委員、総務委員、美化委員、法務委員、保健委員、図書委員、の格腕章を巻いた侍女たちを自分の背後にずらりと控えさせたキタノカタマコは、瞼をとじて紅茶の風味を楽しんでいたようだ。そっとソーサーにカップをもどし、唇にほんの少し笑みを浮かべてマーハの方を向き、お茶の感想を告げる。


「まことにかぐわしいお茶で」

「そう? お口にあって嬉しいわ。このお茶は、私が以前出撃した先にお住まいの皆さんから毎年頂くものなの。あなたが気に入ってくれたと知ったらきっと皆さんお喜びになるわ。お伝えしてもよろしくて?」

「ええ、ぜひお願いいたします。できましたら、一缶ほど所望したいと北ノ方が申しておりますと一筆添えていただけますでしょうか?」


 こうして北ノ方令嬢御用達の肩書きのついた紅茶の産地が生まれた瞬間に立ち会ったサランは、経緯を見守りながら色とりどりのカップケーキやスコーンを皿に盛って笑顔のレネー・マーセルの前に置き、隣にいるナタリアに紅茶のお代わりはいるか尋ねて無言で結構だと断られる。

 典雅な会話を交わしたあと、マーハは笑みを湛えたままこう付け足す。


「この時の作戦で私とともに赴いた当時の婚姻マリッジ相手は、当地で輪廻を迎える身となりました。紅茶農園の皆さま方のご信仰によれば茶畑を守護する大地母神と合一化したということになるそうですけれど」


 テーブルの周囲は静まり返る。聞こえるのはボリュームが絞られたBGMと、場の空気に構わずむしゃむしゃとお菓子をほおばるレネー・マーセルとノコのいささか行儀の悪い咀嚼音だけだ。この二人はさっきから競いあうようにお菓子やスコーンに手を付けている。


 空気が張り詰める中、サランは涼しい顔を装っているシャー・ユイにアイコンタクトを送った。今の話は本当か? の意だ。マー様マニアのシャー・ユイはちらっと視線を送って小さく頷いた。

 自分の番か前になるパートナーの婚姻マリッジ相手の最期を聞いても、マーハの隣の席で紅茶に口をつけているヴァン・グゥエットの表情はぴくりともしなかった。何を考えてるかわからない怜悧な表情で向かい側のテーブルについているキタノカタマコの侍女を見ている。人形のような侍女たちの表情もまるで変化はない。

 キタノカタマコはスコーンにクロテッドクリームを品よく塗りつけながら、しずかに応える。


「皆さまの平和安寧・産業と財産を護った。その方はワルキューレとしての本懐を遂げられたことになりましょう。実に名誉な」

「ええ。――でもその方ね、とっても素敵な脚本を書かれる方でしたのよ? 『月華輪舞』もその方の遺稿なの。生きて共に帰ってくだされば、きっと素敵な脚本をもっともっとお書きになった筈だったわ。ひょっとしたら演劇史や文学史に名を遺す大作家になったかもしれない」


 もしも、を、言ってもしかたないわね。とマーハは微笑みながら付け足した。


 ――テーブルの周りはしんと静まる。マーハの告白があまりに重たかったためだ。無邪気な二人がお菓子を食べる無作法な音に安らいでしまいそうになるほど、お茶会の席は張り詰める。

 場の空気がぴんと緊張する原因をつくっているキタノカタマコは、サランならいたたまれなくて下を向くしかないような話を聞かされてもゆるぐことなく冷徹ともいえるような口調で静かに返した。


「つまり先輩は、地球人類の生命財産よりも朋輩のご生命を御優先したかった、と、そう申されたいのでしょうか?」


 ちろり、と、冷たい視線がマーハを見る。すぐさまヴァン・グゥエットのアーモンドアイもキタノカタマコを射る。刃物のような視線に気づかぬような態度で、マコは涼やかな口で付け足した。


「――耳に入れなかったことにいたしましょう」

「あらご親切に。そうしてくださると助かるわ。私だって先生たちに叱られるのは怖いもの」


 茶目っ気のあるお嬢様としてマーハはペロリと舌先を覗かせるも、一触即発めいた空気は和らがない。サランは自分はこの場ではただのメイドだ給仕係だと言い聞かせながら、フランボワーズの乗ったカップケーキが欲しいというノコのリクエストに応えて差し出されたお皿に菓子を盛りつけた。

 マーハは柔和に微笑みながら、こう付け足した。


「でもキタノカタさん、ワルキューレの生命とていたずらに扱ってもよいというものではなくてよ? そうでしょう? 朋輩の安全を考慮するのもワルキューレのつとめですもの」


 そうそう、そうそう……! とばかりに、金縛りにあっていたようなアメリアはマーハの援護射撃に硬直をといて首を縦にぶんぶんとふる。

 小さな口でスコーンを齧り、咀嚼、嚥下してからマコは口にする。


「配慮は十分なされているはずです」

「あなたは本当にこれで配慮は十分だとお考えなのかしら?」

「ワルキューレに相応の練度があれば警護は十分といえると考えます。戦略に明るい理事の方とも相談いたしました結果、先のようなご回答もいただいておりますので」

「――北ノ方姓の理事に軍事に明るい方がいらっしゃるとは初耳だ」


 涼しい顔で答えるキタノカタマコへ向けて皮肉を放ったのは、レネー・マーセルの隣にいるナタリアだ。お茶会が始まって以降、しずかにやりとりを耳に入れつつ、鋭い目で会話のやりとりを見つめてはいたが一切言葉を発してない元風紀委員長の一言はサランの耳にはよく聞こえた。

 嘲りを含んだその一言をキタノカタマコも聞き逃さなかったらしい。つ、と視線をことらに向けて、感情のゆらぎを感じさせない声で答える。


「何をおっしゃりたいのでしょう? アクラ先輩」

「北ノ方姓ではないなら撞木姓か? 確かに算盤勘定とコストカットには非常に通じておられそうな方々だ。実に心強い」


 儀礼のように一杯のお茶を飲み干したきり、お茶にもお菓子にも手をつけず、腕を組んでいるナタリアは二席飛ばしてとなりにいるマコを睨んだ。口には酷薄そうな笑みが浮かんでいる。キタノカタマコを挑発していると捉えられても言い逃れでき無さそうな表情だった。

 そのせいで、テーブルの周囲の緊張はより高まった。マコもすうっと目をすがめ、ナタリアに視線を向け、軽く頭を下げる。


「アクラ先輩がそのようにお疑いになるのも無理もないこと、李下で冠を正すべきではありませんでした」

「ではすももを盗っていたのではない、冠を正していたのだとこの場で釈明いただこう。それくらいの責任はあるのではないかな、現初等部生徒会長?」


 ナタリアは淡々とした口調でキタノカタマコを詰める。が、パートナーであるレネー・マーセルが、きょとんとした表情で鼻の頭にバタークリームをつけているのに気付くと怖い顔をつくって鼻を指さす。

 クールな秘密警察長官と呼ばれたこともある上級生が一瞬その雰囲気を崩したことに反応したのはくすくす笑うマーハくらいなものだった。作戦立案に相談相手になった理事は誰かという問いかけに、マコは視線で応じる。テーブルの上に活けられているのはこの学園島では育てるのも難しい、チョコレート色のガーベラだ。北半球、温帯の秋をイメージしたものか。


「素敵なお花ですこと。ルカン先輩とアクラ先輩がお育てになったとか」

「――ああ、去年から園芸部を立ち上げてな。緑に触れ合うのもなかなか悪くない。癒されもするし、考え事をする間も得られる」

「それは何よりです。お二人とも度重なる御出撃でお疲れではないかと案じておりましたので」


 現在ただの園芸部員であるナタリアの命令に従う義務は自分にはない。したがって、相談にのった理事は誰だったのかを答える必要はない。


 テーブルの上に活けられた花を介したやりとりで、キタノカタマコは言外にそう伝える。そうすることで、キタノカタマコは自分と理事の一部とは昵懇であるという事実を決して認めず言質はとらせなかった。下手な言い訳や見え見えの嘘を用いても言質を取らせないということは暗に事実であることを指し示す。やはりキタノカタマコは同門の理事とは一心同体と言ってよい関係なのだろう。

 もの欲しそうにしているレネー・マーセルへ自分の皿に取り分けられたケーキを譲るナタリアは、そう宣告する生意気な下級生を追撃しなかった。


 深追いは危険と判断したのだろう、と、サランは考える。

 庭の片隅のプレス席には新聞部のカメラがお茶会の様子を写真に収めている。あの大半は今やキタノカタマコの御用新聞だ。下手に動くと、目立つ下級生を生意気だから締め上げた先輩だと書き立てられてしまう。

 レネー・マーセルとナタリアには、環太平洋の女児に夢と希望を与えるというスターワルキューレとしての仕事がある。各国主要都市に現れる大型侵略者を颯爽と倒し華麗にやっつける姿を見せつけて、ワルキューレ因子を持つ女児に自然とワルキューレに憧れと親しみを抱かせ、そして進んで太平洋校に入学したいと思わせなければならない広告塔としての使命のほかにも、さまざなな企業と契約を結んで二人をモデルにした関連グッズや派生作品でざぶざぶ稼いで乙姫基金を潤わさねばならない大事な立場である。


 二人がすでにヒロイン級のスターワルキューレだった初等部生時代に、太平洋校の華である文化部棟の浄化を結構したというイメージに反する猛々しい事実を公開されては困る。


 言質をとるための深追いを止したナタリアの判断にはこのあたりの事情が絡んでいるはずだ。サランは判断した。つい歯がゆくなるが、ナタリアの表情には余裕がある。それを信じる他、すべはない。

 赤みを帯びた褐色の肌にナタリアは薄い唇に皮肉めいた笑みを浮かべた。目に肉食獣のような獰猛さが滲む。ゴシップガールがサディスティックと評した者の片鱗を覗かせた。


「話の腰を申し訳なかった、初等部生徒会長。ともあれ、君なりに地球と人類及びわれらの同輩を案じ万全を期した末の作戦がこれだと信じることにしよう。――ふん、君は指揮官としても有能なワルキューレだと思っていたのだが、その評価を下方修正することにするか」

「御期待に応えられず、残念です」

「何、冗談だ。――。笑いがこみ上げてくるほどにな」


 宣言通り、ナタリアは実に楽し気に笑った。サランの前で『分別と多感』は最高だと一風変わった感想を語って聞かせた時の表情にそれはよく似ていた。本当にこの状況を楽しんでいるように見える上級生を相手に、キタノカタマコの表情には忌々し気なものが浮かぶ。ナタリアの放った皮肉が不愉快である、とその眉の傾きが語る。

 興が乗ってきたとでも言うように、ナタリアは続ける。


「そんな顔をするな、キタノカタマコ。たまにはこうして先輩にいじめられるのもよい経験だぞ。お前の味方の新聞部もいる、太平洋校のナタリアに今を時めくキタノカタ嬢が締め上げられたとなれば、こぞってこの一件を書き立ててくれるじゃないか。そうすれば〝マコちゃん″のファンは一致団結して君の言いなりに動いてくれる。仕事が随分やりやすくなるのではないか?」

「――何をおっしゃっているのでしょう?」


 それでも眉の傾きがやや急角度になる。どうやら嗤われた状態で発された〝マコちゃん″呼びが気に障ったのだろう。

 その表情である程度は満足したのか、ナタリアも紅茶をあおって、当てこすりの連打をやめて話題を変えた。


「そうむくれるな。指揮官としての君の能力を私は大いに買っている。これは真実だ。少数のワルキューレの命より大勢の避難民の生命を助ける、その為であれば未来あるワルキューレであっても容赦なく捨て駒にする。捨て駒だから将来有望な特級ではなくそれ以上伸びしろの無い上級や、この学校に遊び惚けにきたとしか思えない低レアどもを容赦なく冷徹に選び抜く。例えそれが同窓生であろうが同級生であろうが、メンバーを選び抜く。――その種の決断を下せるものはそこまで多くないぞ?」


 ――当てこすりをやめた、というのはサランの早合点だった。

 しかし心構えができていたのか、キタノカタマコは表情を変えはしない。そのような嫌味で自分は損なわれないと言わんばかりに涼やかに、冷淡に告げるのだ。


「この場合、そうするべきでしょう? ジンノヒョウエ先輩の大切な方のように、後々大輪の才能を花開かせる可能性があったとしても、それがいかほどの価値をもつというのでしょう? 私達が生み出すかもしれない各種可能性よりも、無辜の人々への平和と安寧を選ぶ。それこそがワルキューレの本懐だと私は考えます」


 そして手に持つカップの中の紅茶を見つめて、あわく微笑む。マーハへ向けて。


「文学史に名を残したかもしれない傑作の代わりに、このお茶とこのお茶を育てる人々と土地が護られた。地上の損失をみればどちらを優先すべきか自明でしょう? 今この結果があるのも先輩方のワルキューレとして恥じない振舞の結果ではありませんか? そうでしょう、ジンノヒョウエ先輩」


 口の両端をほんの少し上向けて、やや首をかしげ目を弧のようにして微笑むキタノカタマコの笑みは可憐の一言だ。寒色主体の絽の着物の効果もあって異界から紛れ込んだ仙女のように艶やかにも見えた。

 その美しい微笑みは、彼女のかつての婚姻マリッジ相手が眠る土地で生産されているものだと知った上でマーハへ向けられたものである。ぞわっ、とサランの背中に寒気とも怒りとも判明しないなにかの塊が滑り降りる――。


 下級生から堂々喧嘩を売られているにも関わらず、慈悲と慈愛の権化そのものの優美さを失わず、しかし無言でいるマーハへ、マコは淡々と告げた。

 

「ワルキューレの本懐、かくあるべし。私は貴女と英霊となられた先輩を後輩として尊敬いたします」

「――、そう?」


 マーハの言葉では輪廻転生を果たしているというかつての婚姻マリッジ相手を尊ぶというキタノカタマコのその弁は誰が聞いても口先だけだとわかる。それでも、マーハは微笑むだけだ。ヴァン・グゥエットが目つきを変えたことに素早く反応して小さく首をふる。そうして下級生の不遜さを許した。サランには意図が読めない。


 ただ、残像のようにキタノカタマコが一瞬見せた美しいが故に禍々しいその横顔を見てサランの耳にはあの笑い声が蘇る。深夜の路上で聞いた、あの憎たらしい女の哄笑だ。一人の少女の見え見えな演説一つでころりと騙された全世界の様子が悪い冗談のようだと笑いとばして罵って呪詛した、シモクツチカの声だ。



 ――あの人の謝罪スピーチ、見たけどさ。ウケるよねー。涙まで浮かべて心にもないことペラペラしゃべってさ。しかもそれみた一般人の皆さんがほだされて真子ちゃん支持に回るし。全体が悪趣味なコメディーみたいで笑い死ぬかと思った。

 ――普段その女の子の犠牲でのうのうと生きてる癖に、女の子がちょっと泣いて見せたら可哀そう可哀そうって大騒ぎして。ほんと、この世界ってチョロすぎー。死ぬほど笑える


 

 サランの耳の奥でこだまする笑い声と重なる様に、場違いに明るく無邪気声が放たれる。



「つっまんないなー、そういうの」



 それはサランのすぐそばで聞こえた、天衣無縫で無邪気な声だった。お菓子をほおばりながらの言葉だったものだから、ところどころの発音が不明瞭になる。

 ふりむくと、レネー・マーセルが、暇を持て余していると言わんばかりの表情と態度で、サランが大皿にもって渡したプチケーキにかぶりつくのだ。お菓子が口に入った状態で、平気でおしゃべりを続ける美しいが無作法な上級生をマコは一瞥する。その眉の角度がわずかに傾く。

 しかしレネー・マーセルはそれを無視した。ついでに言うとパートナーの「口に物を入れて喋るな」という小声の叱責も無視した。


「あのねえ、マコちゃん? あたしたちはねぇ、ワルキューレだよぉ? ワルキューレってのはぁ、フツーの人ができないことを代わりにやってナンボだよ? なのにさぁ、そっちを助けたらこっちが助けらんないからどっちかしか無理、どっちも助けるの無理とか、やりもしないで諦めるようなそういう判断ってワルキューレでなくてもできるじゃん。普っ通~。地っ味ぃ~」


 レネー・マーセルはテーブルの下で膝の下をぶらぶらさせていた。小さな女の子が退屈したときに見せるようなあの仕草だ。レディーぶっているここ最近のノコですらみせない、本物の子供めいたしぐさだ。ガラスの靴のような繊細なパンプスはテーブルの下で脱ぎ捨てたらしく、つま先にネイルを施した素足がサランの位置では見えた。


「やっぱさ、そういう場合はそっちもこっちも、ついでにあっちもどっちも、もう全部全部ぜーんぶ、困ってる人たち全員助けるのこそがワルキューレじゃん。そういうミラクル起こせるのがワルキューレじゃん? あたしたちってそういうヒトなわけじゃん? だのになーんで『どれか一つしか無理です!』ってそこらへんの将校さんみたいにみみっちいこと言っちゃうかな~? つっまんなーい、わっかんなーい」


 は~ああ、と、この場に飽きていることを全く隠さないため息をついてから、レネー・マーセルは伸びをした。デコルテ部分がむき出しなドレスで堂々の両腕を真上に伸ばすのでつるりと窪んだ両脇が気まずいほど晒される。見苦しいぞ、と、ナタリアが注意したが、本人は構わずにテーブルに肱をついてお菓子をお茶で流し込んだ。

 無作法なその姿はまったくもって天衣無縫、妖精めいた愛らしさを損ないはしないがやはり引き立てもしない。

 そしてレネー・マーセルの童女めいたさえずりが、その異様さを一気に引き立てた。

 

「……なーんかさ、むっずかしー話してるなーっと思って黙って聞いてて損しちゃった、もぉ~。――そういうのってさ、倫理の授業だけで十分だよ。お茶会なら楽しい話しよぉよ~。死んじゃった誰かさんの話なんかやめてさぁ」


 ――信じゃった誰かさん、とは、勿論さっきマーハが語った思い出話に登場し、キタノカタマコがぬけぬけと「尊敬する」と言い放ったかつての演劇部員でマーハのもと婚姻マリッジ相手をさす。

 マーハの昔話を耳にした諸々の胸に、所詮自分たちは世界と人類にとって代替品もいる少女型の平気であるという身分を自覚させたその存在をレネー・マーセルはなんの拘りもなくあっけらかんとそう表した。出撃先で帰らぬ人となった人が遺した物語『月華輪舞』を愛するシャー・ユイをちらと見ると、唇についたケーキの屑を指先でぬぐうレネー・マーセルの横顔を片頬を引きつらせながら凝視している(無理もない)。


 だが、レネー・マーセルを一層強く睨んでいる者がいた。それは、もうこの世界に居ない大切な人を軽々しく扱われたマーハではない。

 一旦、紅茶のカップをソーサーに置き、白檀の扇子を開いて口元を隠したキタノカタマコだ。口元を隠すのがいつもの鉄扇型ワンドではなく月と流水を寒色でデザインした扇を持つマコだが、眉間にはかすかだが皺がよっている。そのせいでサランには既視感を覚えた。――キタノカタマコはあの時、学園長に乱入された時もこのような評所を浮かべていた――。


 下級生の厄介な少女を不愉快にしている自覚があるのかないのか、膝下を盛大にぶらぶらさせながらレネー・マーセルは野放図に言い放つ。

  

「ねー、せっかくだったらどうやって今度来る侵略者どもの大群ブッちめるとか~、そういう胸がスカーっとする話。炭酸水みたいに胸がしゅわーっとするような楽しい話しよぉよー。ねぇ、マーちゃんもマコちゃんも――」

「レネー・マーセル!」


 パートナーの言葉を遮ったのはナタリアである。口を慎め、の意味が込められていたのは明白だ。〝侵略者″〝″というお転婆という言葉ですませるには少々元気のよすぎる単語が妖精の王女様めいた外見の少女の口からこぼれたせいで、プレス席がざわつきだしたのを受けたのだろう。次いで言えばサランも少々耳を疑った。言葉の乱れも気になるが童話から抜けて出たような彼女の発言内容も気にせずにはいられなかったからだ。

 しかしパートナーに叱られ、レネー・マーセルは愛らしくした先をペロリと覗かせてから、唇の前で何かをつまんで左右に動かすジェスチャーをする。


「やっちゃった~、お口チャック~。――んでもねぇ、やっぱさぁ、あたしはねー、仲間と人類の皆さんに絶対犠牲が出ちゃうからって決め打って作戦立てるのってやっぱ違うと思うんだー。――マコちゃんもアメリア先輩もぉ~、頭いい人って考えることが、なんてゆーの? 堅実ぅ~、でもって悲っ劇的ぃ~。でもあたしなら絶対そうはしなーい。だってつっまんないもん」


 サランが取り分けたスコーンをテーブルクロスに屑を散らしながらレネー・マーセルは二つに割ると、クロテッドクリームとスグリのジャムをこってりべったり塗り付ける。うわぁ、と声にだしかけるのをサランはなんとかこらえた。いくらイノセントなプリンセスのような外見を有するにしてもレネー・マーセルの行儀の悪さは目に余る。

 しかし、それに強い不快感をしめしているのは、眉の角度をやや上げて眉間の皺もほんのわずかに深くしたキタノカタマコだ。マーハはレネー・マーセルの仕草を見て苦笑を浮かべているし、ヴァン・グゥエットはいつもの無表情に戻る。半泣きだったアメリアは、何か名案があるなら聞こうと言いたげな神妙な顔つきで耳をすませている。

 シャー・ユイはしっかり者として見て見ぬふりをしているし、フカガワミコトはノコの口についたクリームを拭うなどして一向に奇妙な上級生たちと距離をおいてみせていた。

 さっきから、パートナーの行儀をちくちくと注意していたナタリアですら無言だ。静かににきゅうりのサンドウィッチを味わっていた。


 マコだけが、不快である、という雰囲気を匂わせつつ、それでも平静さを装うような落ち着いた声で、大口開けて食らいついたスコーンを咀嚼する自分の前の生徒会長へ質問した。


「では、ルカン先輩ならどのような作戦をお立てになりますか? 後学のためにお訊ねいたします」


 スコーンをもぐもぐやっているレネー・マーセルは、許可を伺うように一瞬ナタリアを伺った。ナタリアは、よし、とでも言うように小さく頷く。それを受けたようにレネー・マーセルはにっこり笑い、紅茶をあおって口の中を空にした。

 そして息をついたあと、にっこり笑って堂々と宣言した。


「きまってるでしょ? 人類の皆さんもぉ、ワルキューレも、ぜんぶ助けちゃえばいい。だからそうするだけぇ~。犠牲者出さなきゃいいだけ~。それくらい、よゆーじゃなきゃダメだよ。ワルキューレやってんなら」


 ひとかけらのくもりもない、底抜けに明るい笑顔は、環太平洋圏の女児たちに圧倒的な人気をほこる、最強無敵のワルキューレ、レネー・マーセル・ルカンのものだ。

 チアリーダー型兵装で、ポンポンのようなワンドを両手に、ほぼインファイトのみでどんな侵略者も粉砕してきた実績がそうさせるのか、今まで無敗という戦績から一般人類から絶大な信頼を寄せられている圧倒的ワルキューレとしての自信という裏付けがあるのか、やすやすとそう言い切った。


 ――無論、そんなこと誰もが芸当ではない。


 誰にだってわかることではあるが、その中でもその不可能さと荒唐無稽さを詳細に実感できたアメリア・フォックスが、それこそ真面目に聞いて損したという表情で呟いた。


「――そうね、私たちがお砂糖とスパイスとなにか素敵なものいっぱいにケミカルXを混ぜてできて生まれた女の子達だったら可能だったわね。そして世界は今頃こんな有様になってなかったでしょうね」


 サランも概ねアメリア・フォックスと同じようなことを呟きたい気持ちになったが、言った本人はけろりとしたものだ。初等部生を中心に場の空気を大いに脱力させながら、野原で花冠を編む無垢なプリンセスのような雰囲気でレネー・マーセルは軽々と言い切った。


「無理? 無理かなぁ? だってそんなの簡単じゃないですかぁ? 外世界に出てって侵略者たちをぜーんぶ  せば一発なんだから」


 ――しん、と円卓を中心に 一帯は静まった。


 語学に堪能なものが、リングの翻訳機能が無音にしたレネー・マーセルの言葉の一部を耳にて、自分が何を聞いたのか信じられなくなったせいであろう。

 絵本か古いアニメーション映画から抜け出た天衣無縫なプリンセスそのもののレネー・マーセルの口から放たれるには、非常に相応しくない言葉だったのだ。


 自分の言葉の一部を消されたのが不快だったらしく、少し唇をとがらせたレネー・マーセルは消された言葉を立て続けに言い換える。


「あれ? さっきのまずかったんだ? んじゃあ、えーと……、外世界の侵略者を駆除? 絶滅? 排除? 消滅? ま、とにかくそういうことをしちゃえばいいだけ。要は大元を絶っちゃえばいい。そしたら人類の皆さんもあたし達ワルキューレもみーんな助かる、ほら簡単」


 つまるところ extermination みなごろしに訳されるさまざまな単語を口にして、環太平洋圏の女児の憧れたるヒロインは屈託なくそう言い切った。

 テーブルを囲むメンバーの、様々な感情をのせた視線をあつめても、けぶる金髪のプリンセスめいたレネー・マーセルは、にこにこと朗らかに微笑んでいた。

 人類の敵は殲滅せよ、と、このご時世においても危険極まりない思想の一端を披露したのにも関わらず、レネー・マーセルは朗らかで、再びサランにお菓子を取ってとねだる。


 そんな上級生に、強い非難の目を向けたのは一人だけである。

 パチン、と、音をたてて白檀の扇子を閉じたキタノカタマコだ。眉間に皺を刻み、眉をつりあげ、少し前にアメリア・フォックスを軽蔑してみせた時よりも激しい憤りを覗かせる。


「戯言を……ッ!」


 黒い瞳に強くきらめかせてマコは吐き捨てた。


 お菓子を取る手を思わず止めて、サランはレネー・マーセル・ルカンへの嫌悪と怒りを隠さないキタノカタマコの顔に思わず見入る。そういえばキタノカタマコは以前から前初等部生徒会長への嫌悪感を隠さないところがあったなと思い返す。


 なんにせよ、お茶会は当分終わら無さそうである。


 それでいい、なにしろまだあのゴシップガールが姿を見せる様子がない。

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