#41 ゴシップガールの唇寒し秋の風

「馬鹿かお前は‼」


 サランへの辞令を知ったジュリが、一限目のベルが鳴る前に送り付けたメッセージはこれである。

 いつも少女らしさのない大人びた達筆で一言、長くて一文したためるだけのシンプルな一筆箋のスペースいっぱいに筆跡が太い毛筆になるペンを用いてで荒々しく殴り書かれたそれは、無頼な作風の書道家の新作に見えなくもなかった。

 

 これは相当呆れている、と嫌でもわかる。


 何があっても感情の見えない万年筆の筆跡による連絡だけを伝えるのが最近の常だったジュリからの返事がもたらしたその衝撃は、サラン自分自身が感じたショックと怒りを怒涛のように押し流してしまった。

 それどころかジュリは昼休みが始まると、サランが授業が受けていた教室の扉をがらっと開けるなり、問答無用で手首をつかみ教材の片付けも済んでいないサランを引きずり、ずんずん歩いてゆく。

 校内では重大機密を全世界に漏洩したので懲罰を受けることになっているゴシップガールの中の人と、その片腕で全然大したレベルでもないのに同じく死地へと飛ばされる最近注目株の問題児、という注目の二人づれはそれでなくても視線を集めるわけで、候補生たちからじろじろと無遠慮な視線を浴びせられる中、自分の腕をつかんで怒っているジュリの背中に問う。


「文芸部はフカガワハーレムにお触り禁止じゃないのかよう?」

「悠長に護ってられるか、そんな形骸化した禁則事項っ!」


 その形骸化した禁則事項とやらを誰よりも後生大事に護っていた癖に、ジュリは吐き捨てながら階段を下りる。進路からおそらく学食か併設された売店へ向かっていると判断した。妥当な行き先である。なんといっても昼休みだ。


「ワニブチー、うち学食で西紅柿炒鶏蛋トマトと卵の炒め物定食食いたい」

「悪いが昼食の場所は選ばせてもらう。購買で弁当でも買えっ!」


 サランを引きずるジュリは怒りを隠さない。ええ~、と口ではゴネてみせるが楽しい気持ちは隠せなかった。

 親友が自分のために怒っているのである。これはなかなか、気分が良い。引きずられながらサランがニヤニヤしていることに気づいたらしいジュリに、掴まれた手首をぎゅっと締め上げられた。痛い痛いと悲鳴をあげる。



 九月二十九日早朝、いつものようにサランはメジロ姉妹とともに律義に早朝訓練に出ていた。

 懐く対象をミカワカグラに鞍替えしたのかと思われたのに全くそんなことなく、ちょ、なんなんすかサメジマ先輩あの写真~、なんか理由があるにしたってなんでオレに内緒にすんすかぁ? ヒドくね? ……などとタイガはスネながらサランのそばにまとわりつき、そんなパートナーがサランに密着しないよう傘の先で捌くリリイが、ミカワ先輩っていい人ですねぇ~、先輩と違って常識をわきまえっているっていうかぁ~、人情の機微に通じてるっていうか~……と、にこやかに嫌味を聞かせる。そんな二人に挟まれて、いつものように疲れてヨレヨレになりながら体操着から制服に着替えた所でリングに通知が入った。


 朝食を食べるために学食へ向かっている最中だった。通知は面倒だから校内の学食でチェックするつもりだったのに、左手の上に浮かび上がった白猫のコンシェルジュキャラクターは、出撃命令だよぉ、と呑気に告げたのだ。


 ――げ、と、歩みをとめないまま呻いて、通知を開く。


 そして、事の詳細を知る。


 ちょうど、前生徒共有掲示板の前を通りかかっていた所だった。新聞部各紙、外の世界の最新情報、生活や風紀に対する訓示、カフェのランチメニューなどが数分おきに表示されるそこの一番目立つ場所にサランに送られたのとそっくり同じ通知が、ポスターほどの大きさでスクリーン状の掲示板に添付されていたのだった。

 そこに群がっていた候補生たちは、最近なにかとやらかしがちでついに生徒会長の逆鱗に触れたために懲罰出撃を食らった初等部三年の問題児のことを噂しあう。ひそひそざわざわと不運な低レアワルキューレの行く末を好きに噂しあいながら、掲示板を離れようとした彼女らは、人だかりの隅で自身に送られてきた辞令を前に足をとめて口をあんぐり開けている渦中の人物の姿を目の当たりにしたのだった。


 自分へと無遠慮な視線が突き刺さるのを感じたサランは、口を開けたまま候補生たちの集団を見つめる。

 彼女らは気まずそうに視線をそらし、通路を歩いていったがちらちらと振り返りながら、ヒソヒソと耳打ちしあいながら遠ざかってゆく。

 訓練で疲れ果て、とにかくエネルギーの補給をしたかったサランは感じの悪い候補生たちの態度を一旦は不問にすることにした。

 まずは朝食である。米どころ生まれのサランは基本的に朝は和定食と決めている。しかし、学食前の本日のおすすめメニュー案内に西紅柿炒鶏蛋トマトと卵の炒め物定食が画像付きで表示されていた。美味そうだ。よし、今日の昼食はこれにしよう――。



「――って予定だったのに、なんでこんな陰気な場所でのり弁食べる羽目になってるんだよう」

「自業自得だろう、ばかたれ。大体なんで呑気に昼食に何を食べるか決める余裕があったんだ、その状況で」


 まだ怒りが収まらない様子のジュリは、ずずっと購買で買ったざるそばをすする。どうせコイツのことだから、大空襲で焼失する前の東京に思い入れがある昭和の偉そうなおっさん作家の食味随筆にでも影響されてんだろうな――という目でサランは親友を見つめた。

 するとジュリは激しくせき込み、古いコメディーのように伊達メガネをずらした。ごほ、がほ、とむせながらも口を手のひらで覆い、サランに背を向けて見苦しくない場面を見せまいとするあたりに侍女としての習性が垣間見える。

 その背中をさすりながら、サランは声をかけた。


「――蕎麦は噛まずにすするだとか、粋だなんだうるさい江戸っ子あがりの偉そうな爺さん作家の言うこと真に受けて真似するもんじゃないよう。しかも大手スーパー産のテイクアウト用蕎麦で」

「わ、悪いな……っ。――ああもう、またお前の前で要らん恥をかいた」


 咳が収まってからジュリはボトルの緑茶を煽り、ずれた伊達メガネの位置を直した。はー、と息をついてからは普通に蕎麦をすすってはもぐもぐと無理せず咀嚼し嚥下する。


 一階の学食脇の購買で弁当を購入した後、ジュリがサランを引きずるように三階分の階段を再び上って連れてきたのは屋上に出ることができる扉の前のスペースだ。

 旧日本のドラマや漫画では生徒が気軽に出入りできる屋上だが、本当の旧日本の中学がそうであるようにここも扉が固く閉じられている(この学校の場合は賊の侵入を防ぐ意味もあるだろう)。

 使わない教材に不要になった椅子や机が隅に置かれたことから分かるように、物置として活用されていたスペースを文化部閉鎖後の文芸部は確保していた。屋上に連なる薄暗いスペースには退廃的な空気があるので、文化部棟住民からの人気もそれなりに高かった。競争倍率の高いこの場所を手に入れるには結構な苦労を強いられたと、ジュリは階段を上っていた時にサランへ説明した。

 

「そんな場所をよく確保できたな? 孤立無援の文芸部が」

「まあな。メジロ妹が協力を申し出てくれていなければ、僕たちは今でも校内をさすらっていただろう」


 メジロ妹、と聞くなりサランの脳裏に日傘をくるくる回したリリイの姿が浮かぶ。

 ――おそらく何が何でもサランと婚姻マリッジを円滑に執り行わせるために、ジュリに売れるだけの恩を売ったのだろう。サランの脳裏に、「妻になる」「娘をやる」という人間の口約束を真に受けてその超常の力をふるって様々な難題を片付けるグリム童話やイギリス民話に登場する小人や悪魔を連想させた。そう考えるとあの極道アイドルも健気で哀れなものだ。ミカワカグラに共感を寄せられて、エンエン泣いたというのも無理からぬ話である、と、自分のしでかしを脇に置いてサランは憐れみを催しつつ、海苔がのった白飯を口まで運んだ。


 二人無言で咀嚼する間を置いてから、ジュリはもう一度お茶をあおり、不機嫌ぶりを隠さない低い声で切り出した。


「で、サメジマ。お前また一体なにをしでかしてキタノカタさんを怒らせたんだ? お前まで僕と一緒に出撃させるなんてあり得ないどころの話じゃないぞぞ?」

「――。あ~……」


 今まで頑なに守り続けていた禁則事項を破り、わざわざ明るい昼休みにこんな人気のない場所まで連れ出したのは、これについてしっかり話を聞きたかったためだろう。

 どうせワニブチはこれを聞くと馬鹿とかなんとかいうだろうなぁ、と予想しながらサランはありのままに答えた。


「キタノカタさんに頭突きをくらわした」

「⁉」


 予想通りジュリは伊達メガネの奥で形よい目を見開く。そして額に手をあててうつむき、長々と深いため息をついたあとにしみじみと呟く。


「馬鹿だ馬鹿だと思っていたけれど、まさかここまでとは……」


 これも予測の範囲内である。サランは白身魚のフライを無言で咀嚼した。




 ――正確に言うと、あの日の放課後でサランはキタノカタマコに頭突きを食らわせることは叶わなかった。なので、〝食らわそうとした″が正解ということになる。


 勢いよく頭を後ろへ倒し反動をつけたところで、ギプスを思わせる何かで体全体を急速に固定させられたのだ。おかげで首筋がぎっちり痛み、あやうく鞭打ちになりかけた。

 なにやら柔らかな手がマコの襟首からサランの手を外し、他の手が妙な体勢で体を固めたサランの体を人形のように動かしてもともと座っていた椅子に座らせた。 

 自分の体を外部から操るのが装身具をじゃらじゃらとつけた半透明な神霊の腕であることを、サランはその時に知る。平手打ちをしようとしたトヨタマタツミの腕をつかんで止めたり、マーハの前に見えない盾を生じさせたあの腕だ。


 ということは、キタノカタマコへ暴力を振るうのを防いでくれた者の正体は一人だけに縛られる――。


「駄目よ、サメジマさん。先ほど言った通りここでは暴力は厳禁。ちゃんと話し合いをいたしましょう。ね?」


 注意しながらもどこか茶目っ気を漂わせている口調は、お嬢様とメイドごっこで聞きなれたマーハのものだった。その本人ははさっきまで座っていた場所にはいなかった。

 落ち着き払ったように椅子に座るキタノカタマコの左側にしゃがみ、割れたカップとソーサーの破片を細い指先で拾っている。


 その傍らへ同じようにしゃがもうとするヴァン・グゥエットを制し、にっこり微笑んだマーハが膝の上に広げたハンカチの上に目に見える欠片はすべて拾いあげた。立ち上がったマーハの下に金縛りから解けた給仕係の訓練生が駆け寄り、マーハの手からハンカチに包まれた茶器のかけらを受け取る。

 自由になったマーハの手を奪うかのような勢いでヴァン・グゥエットが包み、改める。磁器のかけらで怪我をしていないか確認しているのだ。


 その様子をみて、今は椅子の上に姿勢よく静かに座っているキタノカタマコはまっすぐ正面を向いたままに涼やかな声でこう言った。


「警護対象に跪かせるなど、あるまじきことではありませんか?」


 その視線はちょうど正面にいるサランへむけたまま、それでも自身の手からカップとソーサーを受け取らなかった上級生を公然と批判する。それを聞いたヴァン・グゥエットのアイボリーの肌がさっと紅潮した。それは憤怒か羞恥か。

 それをとりなしたのはマーハだ。指先に傷がついてないかと心配をするヴァン・グゥエットの手を自身のミルクティーのような色味のやわらかそうな手でそっと包んでから、マコの傍で跪く。

 

 椅子に座っているマコより、マーハの視線の位置がやや低くなる。


 演劇部の部長にして文化部の女帝と呼ばれる上級生が自分の傍で床に膝をついている。しかもカップが割れた床の上をだ。マコがかすかに、しかししっかりと不愉快そうに眉間に皺を寄せた。


「お立ち下さいませ、ジンノヒョウエ先輩」

「キタノカタさん、あなた誤解をなさっているわ。ヴァンは私の護衛ではありません。そして


 いつもの優しく柔らかい声で、マーハは膝をついたままキタノカタマコに説く。それはサランがたまに見かける演劇部の練習風景を思い出させた。

 稽古中、待ち時間にこっそりおしゃべりをしていた者、本気が出せていない者へ、マーハこうして優しく柔らかいが、黒く輝く瞳でまっすぐ見つめながら芯の通ったはっきりした口調で活を入れることが度々見受けられた。その声を向けられたものは誰もかれもがしゃんと背を伸ばし、たちどころに心を入れ替え反省する。


 マコが反省したのかどうかは分からない。ただ眉間の皺が消え、強いきらめきをたたえた双眸をマーハに向けた。下級生が上級生に向けるには剣呑すぎる、サランにはそのように見えるほどの光だ。

 衣擦れの音のみ立てて、マコは立ち上がる。そして、膝をつき微笑む演劇部の女帝を一瞬――閃光が散るようなほんの一瞬――強く睨んだ。

 いつも携えている口元を隠す扇子のないマコの露わな唇から、淡々と言葉が紡がれた。


「――では、そちらの則に従いましょう」


 言うなり、マコはスカートのすそをさっと整えながらサロンの床の上に直接正座する。そして手を床に着き、深々と頭を下げた。


「先程のお目汚し、平にご容赦を」


 背中を覆っていた黒髪が、幾筋かさらさらと肩の方へ流れる。

 お手本のように完璧な頭の下げ方であり、詫びの動作であった。ゆえに、慇懃であると印象付けるものでもあった。

 それを見届けると、マーハもふわりとほころぶように微笑み、すっと立ち上がる。そして頭を下げたマコへと手を差しのばした。

 そのタイミングでマコは面を起こし、マーハの手を使わずに膝だけを使った所作で立ち上がる。

 微笑みをたたえたマーハは、無言で手を引いた。


 椅子に座らされた状態のサランは、何が何やらわからないがとにかく緊迫した空気だけが漂うサロンの様子を観察する他なかった。わかることは一つ、マーハがマコの態度を叱責したということのみだ。

 それは生意気な態度をみせた下級生への上級生としての指導か、それとも自身のパートナーを愚弄した者への抗議か、どっちの理由を主にしたものかはサランにはつかみかねる。


 さっき強い感情を閃かせたキタノカタマコだが、今はもうその表情は涼し気なものに戻っている。薬指にリングをはめた右手を小さくふると、その手の中に一通の封筒が現れた。

 拡張現実上の封筒ではない。この次元に物理実体を持つ、おそらく高級品ではあるが何の変哲もないただの封筒だ。

 しかしサランは目を見張る。マコが見せた行為は、リングの機能で亜空間にアクセスしたことを示している。上級以下一般の候補生たちにはワンドの格納庫にしかアクセスが許可されていない亜空間に、私物を収納できるトランクを保持することができるのは特級以上の実力を持つ者の特権だ。


 マコは封筒をしずしずと、マーハへ差し出した。


「改めて……お茶会へのお招き、ありがとうございます」


 どういたしまして、と微笑み、マーハは封筒を受け取ると左手を振った。すると封筒はこの次元から消える。マーハが所持する亜空間のトランクへ収納したということだろう。

 牡丹に芙蓉、花々が咲き誇り匂いたつようなマーハの微笑みを前にしてもマコは惑うようなそぶりは見せず、鈴をふるような美しい声で淡々と告げる。


「当日は必ず参ります。皆さまとお話ができること、心より楽しみにしておりますので」

「ええ、私たちもよ。キタノカタさん」


 、マーハはしっかりそう告げた。「たち」には一体どれだけの人数が含まれているのか。

 マコとマーハ、初等部生徒会長と演劇部部長、北ノ方総帥令嬢と元女神、やんごとない身分の二人の少女の視線が真正面からぶつかる。ほんの一瞬の筈だが、室内がしんと静まった。あまりに静かだったせいで、屋外で何者かがどなりちらしながらその辺を走り回るような音が聞こえた――。それは約二月ぶりに聞く騒音だった。

 怒り狂うトヨタマタツミの怒号とそれに弁解しながら逃げ回るフカガワミコトという、夏休み開始時期までには太平洋校ではおなじみだった騒音が、緊張したサロンの空気を和らげたのは確かである。マコの眉間には不愉快そうな皺が寄ったが、マーハは楽し気にくすくす笑い、斜め後ろにいるヴァン・グゥエットに目配せをする。


 もうその頃にはヴァン・グゥエットはいつもと同じように彫像めいた無機質な静けさを取り戻していた。しばらく前に気色ばんだとは思えない態度と表情で左手を振る。

 その手の上にあらわれたのは三宝に乗った鉄扇と日本刀だ。マコとタツミのワンドである。日本刀の方は出現すると同時に三宝の上からぱっと消える。

 直後、外で落雷のような轟音とともにいくつもの閃光が走った。これもまた懐かしい、タツミの放つ斬撃だ。つまり、タツミが自身のワンドを召喚したということなのだろう。

 すると、別室のドアをバン! と勢いよく開いた音が聞こえたかと思うと、サロンの扉が勢いよく開いて、銀髪をなびかせたテニエルのイラストをプリントしたドレス姿のノコが飛び込んできた。


「マー! すまぬがノコは退出するぞ! マスターが呼んでいるのだっ!」


 まあそれは大変、と外の騒ぎのことなど気づいてないように微笑むマーハの前で胸を張って見せたノコだが、マコがサロンにいることに気づくと目をぱちくりさせた。マコはとういうとノコには一顧だにせず三宝の上のワンドを取る。

 どうしてここにマコがいる? という顔付のノコはそのまま燐光に包まれる形でサロンから姿を消した。しばらくして、外からはギュィイイイ……! と鋸のモーターが回転する音が響きだした。ワンドを持ち出した二人のケンカに棕櫚の樹が数本犠牲にでもなったのか、メリメリバキバキと選ばれし乙女の集う泰山木マグノリアハイツに相応しくないような音まで震動付きで響いた。


「――仕様の無いこと」

 

 そうつぶやくのはマコである。当然のように鉄扇型のワンドを手に取り、いつものように口元を隠す。その間、ワンドを預かっていた上級生を振り返りもしなければ声をかけもしなかった。そんな態度にもう、ヴァン・グゥエッドは表情を変えることはしない。


「では先輩、長々とお邪魔を致しました」


 そう言って軽く目を伏せ、楚々とした足取りでドアへ向かう。――と思いきや、その手前で足を止めた。


「サメジマさん」


 その時のサランは、場の空気に注意しながらも給仕係の訓練生とともにとんでもないありさまになっていたサロンの後片付けをしていた。お嬢様たちが符丁を用いたコミュニケーションをしている様子に気を配っていても、椅子にすわったままぼんやり部屋の様子を眺めているのも身の置き所がなくいたたまれなかったのだ。

 

「――あ、はい」


 汚れたクロスを広げて、その上に陶器や磁器のかけらを拾って集めていたサランはその手を一旦止めて、立ち上がる。

 去り際のキタノカタマコは、ぞっとするほど冷たい一瞥をサランへ向けていた。


「先ほど申しました通り朋輩を慕う貴女の心持、私の胸にも深く染み入りましたので」


 というマコの目から放たれるのは、凍り付くような敵意である。それに刺されてサランは今更ながら、数分前にあの冷え冷えとした眼差しの生徒会長によりにもよって頭突きを食らわそうとした自分のふるまいを振り返った。心の中で、あちゃー、と声を発するしかなかった。


「まこと、善きものを見せて頂きました。お礼は後日差し上げましょう」

「お、おかまいなく……っ!」


 つい反射的にヒヒ~……と笑うサランへ向けて、虫けら以下のものを見つめる一瞥をくれてキタノカタマコはしずしずと泰山木マグノリアハイツを後にした。




「――で、まあそのお礼を今朝頂戴したってわけだよう」


 もっしゃもっしゃとのり弁のご飯を食らいながら、あの日の放課後の一切合切を報告した。


 泰山木マグノリアハイツを囲む棕櫚の木立の一部に損害を与えた、フカガワミコトとトヨタマタツミの二か月ぶりの大規模なな痴話ゲンカは次の日から即座にワルキューレたちの噂の的となり、レディハンマーヘッドが姿を表さないためパトリシアが勇んで『夕刊パシフィック』にて詳細を報じている。今日も16時を過ぎれば、髪型を元どおりポニーテールにもどしたタツミのことを含めて面白おかしく報じることだろう。


 詳しい話を聞き終えた後、ジュリは一層無言になった。蕎麦をすすることすら忘れて膝の上に肱をつき、額を支える形で頭を抱えている。馬鹿だ、という気力すら失ったらしい。

 親友の放つ雄弁な圧に耐えられなくなり、サランはことさらおどけた調子で続けた。


「しかし、アレだな! キタノカタさんもついになりふり構わなくなってきたな! うちみたいな低レアの雑魚にこんな見え見えの懲罰出撃なんか出しちまったら、一候補生の分際で理事の親族であるのをいいことに生徒の命運握っては好きにしてるってバレバレになるのに」


 ジュリはずずっと蕎麦をすすることで返事に変えた。まだ口を聞きたくないという合図だろう。

 構わずサランはおどけて続ける。


「前にゲルラ先輩が言ってたけど、新聞部全体で乙姫基金が人造ワルキューレを作る怪しい団体に流れてる疑惑を追求するキャンペーンを張ってるんだってさ。そのナントカって団体、キタノカタさんのお家と縁戚関係があるらしいのにさ」

「目白児童保護育成会」


 蕎麦を飲み下したジュリがぼそっと答える。不機嫌な沈黙を破って口にしたそれは、敢えてサランが触れなかった固有名詞だ。耳にすると全身に針を刺されたような痛みが走る。


「代表はキタノカタさんの大叔母にあたる方だ。メジロ以外にも人造ワルキューレ開発に纏わる都市伝説とセットになっている団体はほかにもある。この種のくだらない噂は小学生の時から囁かれていたものだが僕は半信半疑だった。──だから四月にメジロ姓の二人がもう既にこの学校にいたんだと知って寒気がしたよ」


 あれは噂じゃなかったんだ、と知って。

 

 ジュリは何かを悔いるような声でそう付け足す。どうしてジュリがそのような声を出すのか、サランには本当の意味はわからない。シモクインダストリアルの令嬢の侍女をやっていた時、ただの子供なら知らなくてもいいような情報を見聞きする機会があったのだろう。目白児童保護育成会に籍を置いていたリリイが、キタノカタマコの侍女の秘密を知っていたのと同じように――と察するにとどめて再びおどけた声を出した。


「そんな時期にこういうバレっバレなことしたら、自分の首を絞めるもんだってのにさあ──」

「違うな、サメジマ。見せしめにされたんだよ、お前は。キタノカタさんに逆らえばたかだか低レアであれどこうなるぞってな」


 ――見せしめ。

 言葉が言葉なだけに、ジュリが口にした。ずうんとサランの腹に重く響いた。

 

 サランが言葉に詰まっている間に、ジュリは不機嫌な口調で続ける。


「仮であるとはいえここは文芸部のスペースだ。しかし見てみろ、私物の類が一つもないだろう。それに昼休みだっていうのに僕たちしかいない」

 

 確かにこのスペースには部員の私物や『ヴァルハラ通信』のバックナンバーや書籍の一部などは見当たらない。だが、居場所を奪われた文化部棟住民が確保した場所のほとんどはほとんど不法占拠のようなものだ。しかも文芸部は『ヴァルハラ通信』のことで初等部生徒会に目をつけられている。持ち物が無いということは風紀委員の抜き打ち監査を警戒してのことだとサランにだってわかる。

 とはいえ、ほどほどに静かで薄暗く、昼休みの喧騒からも距離が置けるという秘密めいた雰囲気が文化部棟気質にぴったり合致した格好のこのスペースに、部員たちの誰も姿をみせないというのは確かに奇妙に思えた。


 蕎麦をすすって咀嚼し飲み込んで、ジュリは息を吐いてからおもむろに話を始めた。


「ここ最近起きたことだ。――お前も知ってるだろう、シャー・ユイとケセンヌマさんが夏休みから二人で協力して同人誌を作っていたんだ。文化部棟がああなって、まともに活動できない間はシャー・ユイはそっちに注力していた」

「ふんふん」

「それの見本が数日前に仕上がった。で、その出来具合を二人ここで確かめていた時にことは起きた」


 シャー・ユイとケセンヌマミナコが二人で協力しながら作っている豪華装丁版の紙書籍『演劇部通信 自選集』が刷り上がった見本を確かめ合っている時に腕章を巻いた風紀委員長が現れ、「文化部活動は禁止されています」の言葉を盾に有無を言わさず没収していったのだという。購入希望者リストの控えとともにだ。


「あれは純粋に嫌がらせだな。あの本は二人が趣味で出している同人誌だ。文芸部も漫研も関わっていない。そう抗議したにも関わらず没収だ」

「げー、ひっでえ話だなぁ」


 思わず箸をとめて、ジュリの語る近況を聞いて悲憤の声を漏らす。

 

「もちろん二人は執務室まで出向いて抗議をしたさ。すると今度は予算委員が出てきて二人の名義として刊行した本の売り上げを我々と漫研が折半するおそれがあるので当方からも話を聞かせてもらうときた。だからこの本は何度も言う通り個人的なもので文芸部も漫研も関わっていない本だと逐一説明したところ、連中、涼しい顔で『ではそのご本の売り上げは全額乙姫基金に寄付なさいませ』ときたらしい」

「は、はぁっ?」


 耳を疑うような話に目を丸くするサランに見つめられたジュリは、箸を動かす手を一旦止めて左手を振った。

 その手に現れたのは四六版の単行本を模したテキストデータだった。風紀委員によって没収された同人誌の電子による見本だという。


 ジュリからそれを受け取ってサランはパラパラ捲った。

 臙脂色の緞帳とその奥に現れる舞台の上で、紙人形のように奥行きと立体感のない二人の少女が劇の一幕を演じているというシーンと、二十世紀前半のレトロモダンさを意識したレタリングによる『演劇部通信 自薦集』のタイトルをデザインを表紙に配したフランス装の装丁に、天アンカットのスピン付き。

 おそらくわざと日に焼けた風合いを出しながら、おおよそこの学園で起きたこととは思えない麗しく美しい少女たちの秘め事を語る文字は古式ゆかしい活版によるもので、ページの余白にはアラベスク模様の飾りまで施されている。随所に挟まれるイラストもでアールデコ風で品が良い。普段扇情的なイラストばかり描いている少女の手によるものとは思えない可憐さと微かな艶の香。

 拡張現実上のサンプルは匂いまでは伝えないが、古書特有の甘い匂いが漂ってきそうなほどに拘って古本を模して創られたこの同人誌。古のエス文化を愛するシャー・ユイが拘りに拘りぬいた一冊であることはサンプルだけで十分伝わった。表紙に描かれた少女が身にまとっているファッションが包帯を巻いたゴシックロリータ風とヴィジュアル系バンドのボーカルに扮した少女でなければ、本当に昭和初期に刊行されたものと見間違えてしまいそうなほどだった。


 まともに文化部活動が出来ない鬱憤をぶつけたようにも感じられるその一冊は、まさに沙唯先生とみなのぬまこ先生両名の美意識の結晶である。両名のファンならば必携の一冊と言えよう。乙女の本棚に並べるにふさわしいその書影にうっかりサランまで購買欲をそそられてしまう。

 が、先に挙げた理由で現在は予約受付を中止せざるを得ない状況だという。

 サランから受け取ったサンプルの表示を消して、ジュリは続けて説明した。


「見ての通り特装仕様の豪華本だ。予約段階から相当な購入希望者がいたんだ。二人が趣味で出すものだからその売り上げはまるまる二人のものになる。地球と人類の平和と安全に貢献する十四、五歳の乙女の懐に入るには可愛らしくない額の大金が、だ。風紀委員長は『ワルキューレの本分とは表現および商業活動に身を入れることでしょうか?』とのたまったらしい」


 そうまで語り、ジュリは蕎麦をすする。口の中に物を入れている時のジュリはおしゃべりはしない。そのまま黙ってもぐもぐと咀嚼をする。

 サランはというと、ジュリの話を聞いて磯部揚げを齧るのも忘れて口を開けっ放しにしてしまう。とっさに言葉が出てこないほど、ジュリの語る内容はムチャクチャだったからだ。


「――た、大金稼ぐのが可愛くないから趣味で出す本の売り上げを全額寄付しろってお前……っ、じゃあビジネスコースのある大西洋校の皆さんはどうなるんだって話になるじゃないかようっ⁉ あそこの人たちが投資だなんだで一日でどんだけ稼いでると思ってんだっ」

「少なくとも二人の本の予想売上額の十倍の金額はやり取りなさってることだろうな」


 ボトルの緑茶をあおって口の中を空にしてジュリは応えた。


「シャー・ユイもお前と同じようなことを予算委員長に反論したらしい。なんといって予算を度外視して創った特装版だ。売り上げが回収できなければ大赤字になる。だというのに、委員長の答えはなんだったと思う? 『大西洋校ヨソ大西洋校ヨソ太平洋校ウチ太平洋校ウチと申しますでしょう?』だったとさ」

「――それは……、シャー・ユイはキレたことだろうな……」


 なぜかリングの翻訳機能がいつも関西弁に訳してしまう、農民の立場から苦学に苦学を重ねたのちに一代で莫大な富を稼いだやり手な実業家であるという一族の偉人である祖父の第一言語であるという方言を丸出しでキレるシャー・ユイの姿をサランは思い浮かべた。

 頷いたジュリが指さした先には、ものの見事に中央がべっこり凹んだ廃品のスチール製ロッカーがある。その日帰ってくるなり、シャー・ユイは階段を駆け上がり、目に着いたロッカーの扉を拳でドガドガと連打したらしい。何やら喚いているのが口の動きで分かったが、その音声がすっぱり断ち切られていたことからワルキューレには相応しくない言葉であったのだろうとジュリは察したという。


「で、二人は今度は法務に掛け合うことにした。すると今度は法務委員長が出てきてこういった。『あなた方の小説のモデルはかつて登校に在籍した演劇部の諸先輩方をモデルになさっているようですが、その方々一人一人に許可を頂きましたか?』と。いや、先輩方をモデルにはしているがあくまで虚構の人物だ、それに演劇部には話をつけて快諾されてもいる――と答えても、この小説に登場するキャラクターになった諸先輩方一人一人に事情を説明し、場合によってはモデル料を支払う等、話がつくまでは当校のワルキューレとしての立場を明らかにしたままこの書籍を頒布してはならんと言い渡されたんだそうだ」


 ずずっ、とジュリは蕎麦をすすり、咀嚼し、嚥下し、茶をあおる。そのサイクルを繰り返したのちに付け足す。


「『あなた方の関わった文章が、わが校名にどれほどの瑕をつけたか。よくお考えくださいませ』とな」


 はーっ、とジュリはため息を吐いた。

 

 キタノカタマコの忠実な侍女のみで構成された委員会はつまり、演劇部員たちを題材につづった麗しい物語を刊行しようとしている文芸部員シャー・ユイに対し『ハーレムリポート』の報復を行ったということである。江戸の敵を長崎で討たれたのだ。

 シャー・ユイはもともと『ハーレムリポート』には反対の立場である。それなのにこんな結果になってしまったという気持ちからか、ジュリのため息はとにかく深かった。


「――それを聞いて流石にシャー・ユイに合わせる顔が無かった」


 シャー・ユイとケセンヌマミナコの苦境を耳にして、サランはいよいよ開いた口がふさがらなくなる。聞けば聞くほど、酷いの一言ですませてはいけない内容である。嫌がらせ、報復、弾圧――、なんにせよ権力を握りしめた者らしいふるまいである。

 初等部の独裁者という陰口に相応しいやり口を見せだしたキタノカタマコへの怒りと、ゴシップガール活動には直接に直接かかわらなかったシャー・ユイとミナコへの申し訳なさが腹の中で渦巻き、サランはのり弁を食べるどころではなくなる。


「今度こそ文芸部やめちまうかなぁ、シャー・ユイ……」

「それはない。今はあいつも生徒会には徹底抗戦だ。――実はそのあと広報委員から取引をもちかけられたらしくてな。委員会に入り、わが校のイメージアップに協力するのであればこの本を速やかにあなた方に返す、頒布も許可する。寄付は売上の一割で済まそう、ということだった」

「――イメージアップ?」


 なんだかいやな予感がする、とサランは胸をざわつかせる。


「お前も知っているだろう。悪戯好きの泰山木マグノリアの女神だのかつての大戦で散った少女たちの散華を見続けた扶桑花ハイビスカスの精霊だの、満月の夜に少女たちに甘い夢を見せて時には願いを叶える奇跡だの、この学校の創立時からあるかのように語られているあれらの伝説はすべてシャー・ユイが作ったファンタジーだ。フィクションだ。だけど、出来が良すぎるために学園の外まで伝播しはじめている。――先のパジャマパーティーの時でも、各校の方々がまず見学に行きたいと申されたのがあの泰山木マグノリアの樹だったそうだぞ? そのメンバーの約半分があの伝説はわが校に本当にあったものだと信じていたそうだし、残りの半分はフィクションだと分かっていてもロマンチックな小説で語られた女神の宿る樹を見たいと御所望されたとのことだ」


 ジュリはさっと左手をふる。表示されたのは八月のパジャマパーティーに訪れた各校代表が泰山木マグノリアの木の下で思い思いにポーズをとり、微笑む写真だ。保守系新聞によるほっこり記事に添えられたものらしい。サランがそれを確認するとジュリは表示をさっと消す。


「この甘ったるいおとぎ話は外に向けてはすこぶる評判がいい。人類とこの世界を愛し護ることよりエンターテインメントを提供するのに一生懸命な軽佻浮薄な阿呆娘の集団と思われ勝ちな太平洋校が正真正銘、戦乙女の学び鍛錬する学び舎であると箔をつける麗しい伝説であるわけだ。であるから広報委員長はシャー・ユイに持ち掛けた。同人誌の頒布の許可を出す。そのかわり、泰山木マグノリアや満月をめぐる伝説は以降広報委員会が全て管理する、というものだ」

「――つまりは?」

「その伝説はシャー・ユイが作ったにも関わらず、小説で利用しようとすると広報委員にいちいちお伺いを立てなければならなくなる」


 淡々とジュリは応えた。それだけでもシャー・ユイが断髪風ヘアスタイルを逆立てて怒る姿が安易に想像つくが、一文芸部員の創作活動を制限させられるだけではないとサランにも容易にも読めて総毛立たせる。

 シャー・ユイが生み出した大概的にイメージの良いロマンティックで甘ったるい伝説を自由に利用する権利を欲しがっているのは広報委員だ。広報、である。つまりだ。


「あの伝説は宣伝に有効って判断されたってことか?」

「その通り。あの伝説は実際に創立当初から生徒の間から自然に生まれて語り継がれるようになったものだと広報委員会の手で書き換える。我々は、かつての大戦の戦禍で散った少女たちの御霊を引き継ぎ、侵略者を追討しすべての争いごとは自分の代で最後にするという使命に燃える聖なる戦乙女ワルキューレであり太平洋校はそのような少女の集う高潔な学び舎であるとアピールするのに用いたい、とまあそのようなことを仰られたそうだ。――そういうのってなんて呼ぶ?」

「――、プロパガンダ?」

「ま、そうなるよな」


 ジュリは言い、茶を含んで口を湿らせた。


「そして貴方は世間の皆さまの心をくすぐる物語を作るのが大層お得意のようだから、ぜひその才能を広報委員会で発揮していただきたい。そんな話を持ち掛けられたんだと」


 つまり、生徒会および委員会はシャー・ユイの大衆に訴えかけるストーリーを紡ぐ能力に目をつけて、抱き込もうとしたわけだ。

 サランの背筋を這い上がる寒気は一層強くなる。

 広報委員会、およびその背後に控える初等部生徒会が考えるイメージアップがたかだか太平洋校だけの範囲に収まればいい。しかし、『かつての大戦の戦禍で散った少女たちの御霊を引き継ぎ、侵略者を追討しすべての争いごとは自分の代で最後にするという使命に燃える聖なる戦乙女ワルキューレ』ジュリが皮肉をまぶしたこの箇所はどうにもこうにも剣呑だ。


 あんなおとぎ話を宣伝に使うだなんて、うちの生徒会は何を考えているのか。頭の中に花畑でも広がっているのか――と、キタノカタマコの人柄を間近で見たばかりのサランには鼻で嗤う余裕もない。


 ただひたすらに不吉である。


 こんな場所まで効いている冷房によるものではない鳥肌をさすりながら、サランは泰山木マグノリアハイツでおきたその後の一件を思い出して体をわななかせた。

 だまりこくるサランの傍でジュリも淡々と語る。


「その話を聞いてシャー・ユイは激怒したわけだ。因縁をふっかけて趣味の活動を阻害する、それで生じる利益を強制的に寄付せよと命じる、しかし小説に用いたアイディアの著作権を譲渡し自分たちのもとで望んだとおりのストーリーを紡ぐのであれば表現活動を許可する――ここまで人を舐め切った交渉もないから、当然だな。よって現在ケセンヌマさんとともにこの不当を訴える運動の準備中だ」


 仲間の近況報告を終えて、ジュリはずずっと再び蕎麦をすする。そのまま容器を空にするまで、残りの蕎麦をもくもくとすする。

 口の中に物を入れている時にはおしゃべりをしないジュリはそうして、サランのしでかした愚かな振舞の意味を悟らせようとする。


 学園の運営に口を出すことのできる理事に働きかけ、候補生の出撃先を指定する。文化部棟を閉鎖した。

 生徒会長に就任した際に選挙という従来の手続きを踏まずに各委員長に自分の侍女を据えた際にひそひそと囁かれた独裁者の陰口に相応しく、個人の表現活動にまで口を出し、学び舎に集うワルキューレを過剰に美化した偽史めいた物語を対外的に語ろうとした。

 そういった少女に無謀にも喧嘩を売って、危険地帯に飛ばされることになった愚かで無力な一候補生。サランの立場とはそういうことになる。


 世間的にはキタノカタマコを含むフカガワハーレムの揶揄した文章の著者であり、それを掲載していた文書を発行しつづけたジュリが言わば政敵であるとしたら、その巻き添えを食った一人ともみなされるわけでもある。


 キタノカタマコに盾突いたために危険地帯へ飛ばされる文芸部員二人。このパフォーマンスをかつての文化部棟住民および太平洋校候補生たちは果たしてどう見るか? 生徒会の横暴が不当だと立ち上がるのか、概ね文化部棟の住民がどんなにハメを外そうと甘い態度を取り続けたキタノカタマコの逆鱗にわざわざ触れるからそういう目に遭うのだと嗤われるか、一体どちらだ。

 文化部棟閉鎖に纏わる抗議活動の顛末を目撃していたサランがこの二択から選ぶ答えは後者しかない。


 自分には関係ないから、自分が助かるなら……。

 その想いで候補生たちがキタノカタマコの専横を消極的に許可した結果、この太平洋校とそこに集うワルキューレたちはどうなるのか――。

 この世界と人類の生命と財産を救うことよりも表現活動やお金儲けに一生懸命になりすぎる阿呆娘たちとして存在することは許されず、『侵略者を追討し、すべての争いごとは自分の代で最後にするという使命に燃える聖なる戦乙女ワルキューレ』であることのみを要求される存在にされるのだろうか。

 あの、ワルキューレに憧れていたと全世界の人々の前でぬけぬけと嘘を吐き、人類のことなど一切愛していない生徒会長の手によって。


「――」


 弁当のご飯をもそもそと食むサランの鼻孔にふと蘇ったのは、アスファルトとひんやりした秋風と、メンソールの煙草の匂いだ。十五夜にはまだ数日ある月の下、赤い鉄塔の上で茶色に脱色したシャギーの髪をなびかせた女の嘲り笑う声。


 そいつに殴られ蹴られた痛みと、一緒に見る羽目になった古い映画のテーマソングとチョコレートパフェ。


 キタノカタマコと小さなころから戦っていたというシモクツチカは、そのころからすでにこの生徒会長の資質を見抜いていたのというのか。


 不意にくやしさが胸にこみ上げて、サランは小さくつぶやく。


「――糞っ」

「食事中にやめろ、行儀が悪いぞ」


 蕎麦の入っていた容器を片付けながら、ジュリはようやく口を開く。 

 返事の代わりにサランは左手を振る。そして和綴じの冊子状にまとめられたテキストデータを表示させた。無論『天女とみの虫』だ。それをジュリに突き出す。

 なんだこれは? と伊達メガネの位置を調節しながらジュリは冊子を受け取った。口ではそういうが、八割がた冊子の書き手の正体は見当がついているのであろう、呆れたニュアンスが漂う。

 だからサランもムスッ垂れてこう答える。


「『夕刊パシフィック』にうちとフカガワの記事が載った日にリリ子の公式サイトに送り付けられた匿名の怪文書だよう」

「――ああ~……」


 やっぱり、と、何をやってるんだ、の入り混じった複雑なニュアンスのうめき声をあげてジュリは頭を抱えた。サランはのり弁を食べるのを再開しながら、ことの経緯を簡単に説明する。


「今度のあのバカみたいな作戦をナシにするためにも、レディハンマーヘッドには動いてもらわなきゃならなかった。でもあのバカ、国連のお姉さまが動くって目論見が外れたせいか悠長に長考に入っちまいやがったし、こうなりゃキタノカタさんの勝ちが決まっちまう。っていうわけで、アイツが絶対アクションするはずの状況を作ってやった」


 自分の作ったストーリーのキャラクターが、筋書きに背いた動きをすりゃあ絶対あの短気で煽り耐性のない女は反応するはずだから、とサランは冷えた白飯をほおばりながら説明する。


「でも『ハーレムレポート』を再開するかわり、こんなヘッタくそな小説ぶん投げてきやがったんだよう」

 

 わざとツチカを悪しざまに罵りながら、読め、とジュリへ目つきで促す。言われるまでもなくジュリはすでにパラパラと冊子を捲っていた。伊達メガネの奥の形良い眼が文字の列を素早く追う。

 

  ◇◆◇

 

 火の番をして生きながらえていた哀れな娘の体を奪った飛天の後をついて歩き、みの虫は粥をすする前に自分がいた洞窟の奥へと連れてこられる。


 静かな筈だ。頭も手下も女たちも、忽然と消えていたのだ。揺らめく灯を金銀宝物が反射して、洞窟の中とは思えぬほど眩いのは変わらないが、巨体の頭も酒臭い手下も媚態を演じる娘たちの姿はどこにもなかった。


 天女か鬼女かは分からないが、哀れな娘の体に憑りついている飛天なるモノが不可思議な通力を使う存在であることはみの虫は知っている。これは即ち、と寒さに全身を震わせながら、恐る恐るみの虫は尋ねた。


「頭たちはどうした。どこへやったのだ」


 無言で飛天は洞窟の片隅を指さす。そこにはあったのは握りこぶしほどの穴だ。天井から垂れる雫がうがったものか、それとも小さな獣が掘った巣穴か。そもそもこんな穴はいつ出来たのか。

 考えを巡らせながら大きくはない穴を見ていると、灰色の鼠がちうちうと鳴きながら数匹這い出てきた。ああならば獣が掘った穴であったか、と考えて即座に違うと気づく。

 鼠たちは飛天とみの虫の足元でくるくると回り、ちうちうと鳴きたてる。なにかを訴えているのは分かるが、悲しいかな、みの虫には獣の言葉は分からない。

 飛天にはその意味が分かるのか、しゃがんで鼠たちが描く円の中心に何かを置いた。先刻炊き上げた米を結んだ握り飯だ。勿体ないことをする、と意地汚い目でみの虫は飛天を見つめてしまう。


 鼠たちはちうちうと喜ぶように飛び跳ね、集団で握り飯を穴へと運ぶ。握りこぶしより大きい握り飯を地下へ続く穴へ落としてから、鼠たちはその中へ消えた。

 そこで飛天は立ち上がり、金箔の貼られた観音像で蓋をした。


「浄土が地下にあってもおかしくはない。あの米で餅でも突いておればあやつらも満足して愉快に暮らせよう」


 飛天の無情なその声で、やはりあの鼠たちが頭や手下に娘たちの変わり果てた姿であるとみの虫は確信を強めた。通力で夜盗たちを鼠に変えてしまったのだ。

 ぞっとしたみの虫だが、恐怖はすぐに去った。人を鼠に変えられるならば、やろうとおもえば飛天は頭たちをもっと恐ろしい目に遭わせることは可能だったはずである。しかし鼠などという小さい癖にしぶとい獣に変えた上、握り飯まで与えた。情けを賭けているのか苛めているのか、何事も中途半端な飛天のふるまいにみの虫は恐怖するより戸惑ったのだ。


「お前は一体何がしたいんだ」


 積まれた財宝の山のふもとで、飛天はするりとまとっていた襤褸を脱ぎ美しい衣を白い肌に纏う。たしかに火の番の娘の体は辛い仕事にさいなまれていたわりに白く、娘らしい瑞々しいむっちりした肌に覆われていて美しかった。とはいえみの虫にとって女の裸体は面白いものではない。感慨もない目でどこかの貴人の娘に化ける飛天の手際を見つめる。


「妾は天に帰りたい」


 頭に酒を注ぐ係だった娘が懐から落とした紅を指し、艶やかに姿を整えながら飛天はどこか浮足だった声で答えた。

 ああ、こいつは気の遠くなるような時間、人形の体に魂を封じ込められた上、さらに葛籠つづらの中に封印されていたのだったと、みの虫は納得した。美しい衣をまとい紅をさして弾むような口ぶりになるのも無理もない。そういった心情はみの虫にも理解はできる。


「しかし妾は今やこうして人の体に安住せねばならぬ身である。羽衣を纏えぬ人の身では天に帰るのは難しい」

「お前は通力が使えるのに、か」

「天は人の身を介して使える通力の届く範囲の外にある」


 お前にはどうせ分かるまい、と飛天は簡単に切って捨てた。まったくその通りであったのでみの虫は腹も立たない。


「この娘の体もやがて老いて躯となる。だが妾の魂は滅することはない。妾の魂は受け継がれる。その孫子まごこの孫子の孫子のそのまた孫子の、ずっとずっと先の世まで」


 汚れた火の番の娘の体だったとは思えない、麗しい姫君のような姿に化けた飛天は鏡を覗き込んで満足そうに笑った。


「今この世では天に妾の通力を飛ばすのは至難であるが、孫子の孫子のそのまた孫子の、ずっとずっと先の世であれば様子は異なる筈。羽衣が無くても通力が飛ばせるほどに天が近くなっているやもしれぬ。その世まで妾の魂を引き継がせる器を作りにこれより街に出る」


 衣を捌き、檜扇を胸元に差し、大昔の姫君のような浮世離れした姿になった飛天はみの虫の前にかがみこみ、くくっと笑った。わりに情愛を感じさせる笑みであった。


「童、本当は妾はお前とともに子を為すつもりであったのだぞ。封印を解いた礼にこの娘の体をくれてやろうと思っていた」

「お前とおれとでは子はつくれんぞ。その程度ことはおれでも知っている」


 馬鹿にされたのかと思い、みの虫は不機嫌になって答えた。それが面白かったのか、紅をさした唇を左右に引いて、にい、と飛天は笑った。

 そしてふわりと宙を舞ったまま、飛天は洞窟を後にした。


「このままここで朽ちるに任せるのは惜しい財だ。金でも銀でももって去ぬるとよいぞ。その体で乱れた世を生きぬくには邪魔にはならぬであろう」


 夜盗たちの金銀財宝が自分たちのものであるかのように言って、飛天は残り香を残してまだ薄暗い洞窟を後にした。


 みの虫は財宝だけが取り残された洞窟に一人、ぽつんと残された。


 やがて日が昇り、陽の光が洞窟に差し込むまで待ち、飛天がどうやら戻ってこないと悟ってから銭の束を懐に入れてみの虫は洞窟を後にした。自分のような孤児が金や銀などを持っていればよその賊の頭に怪しまれる恐れがある。


 これだけあれば何かしら、女の餓鬼であってもそれなりの商売を始めて生きぬくことはできるのではないか。

 そのことだけを考えて朝日さす山を下りた。


 みの虫はその後、二度と飛天には出会うことはなかった。


 あの夜のことは夢ではないかと白髪の媼となるまでの間に何度もふりかえることはあった。が、市場で伴侶となる男と巡り合い、必死で働き子供と孫に囲まれた安らかな婆になれたのが、あの奇妙な女と出会ったなによりもの証であろうとそう結論づけて、小さな孫にねだられるまま、夜盗を退治した不思議な人形の話を聞かせるのだった。


 あの世のことは誰にも語ってはならないと、飛天はをみの虫に誓わせるようなことはしなかった。

 執念深いくせに気前のいい奴だったと老いたみの虫は懐かしく思い、皺の刻まれた目を細めた。

 

  ◇◆◇

 

「だからどうした! ってならないか? それ」


 『天女とみの虫』の物語を読み終えたジュリが冊子をぱたんと閉じたタイミングで、サランは不機嫌面で尋ねた。


「天の世界から帰れなくなって鬼女にさせられた天女は侵略者、それから妙な力が使えるせいで人間に酷使させられるワルキューレの暗喩。実物よりは人がいいけど、人間が嫌いな飛天は人間なんて愛してやいないキタノカタさんの当てこすり。ま、そんなことだろうなって見当はつくけど――うちはなぁっ、こんなお話が聞きたくてわざわざあんな真似したんじゃないんだようっ」


 ぷんすか怒ってみせながら、サランはボトルの緑茶を煽った。のり弁はジュリが冊子に目を通している間に食べきっていた。


「『ハーレムリポート』の登場人物が、作者差し置いて勝手に動くんじゃねえってキーキーいきり立っておしゃべりを再開するのを期待してたんだっ。なのに、こんなわけのわかんねえ創作昔話送りつけてきやがって……! 暇人か、あいつはっ」


 ワニブチが危ない目に遭うかもしれないのに悠長すぎると、あえてぶつくさ言ってみせながら、冊子をもう一度パラパラ頭から捲りだすジュリの顔を覗き見る。

 サランの悪態を右から左へ聞き流すモードになっているジュリの横顔は見慣れた文芸部部長のものであったと同時に、サランにあるものを思い起こさせた。

 この冊子を繰り返し読む、フカガワミコトの様子に通じる者があったのだ。


「ああ、妙に雰囲気を重視した文体を選択したせいで陳腐な仕上がりになってるな。――恰好着けようとするとスベるところは相変わらず、か」


 ジュリのそのつぶやきに、奥歯にものを挟まったようなニュアンスを嗅ぎ取る。ジュリはまだ何か伏せている。そして、フカガワミコトがそうだったように文字に目を落としては何かを考え込むような顔つきになる。

 ということはつまり、ジュリはサランより多くこの物語を読み解く鍵を有しているということだ。当然だ。ジュリはキタノカタマコと幼いころから戦っていたシモクツチカの侍女だったのだから。


「――なあ、ワニブチ」


 真剣な表情になればなるほど、お化粧を施された親友の端正さが際立ってみえてサランはたまらなくなる。そもそも元々形が悪くなかったらしいジュリの目元をお化粧すればとツチカの父が提案したのは、二人が並んで立った時にお互いがぐっと引き立って見えるようにという配慮だったのだ。

 そのことを思うと胸にこみ上げそうになるものがあり、サランは膝に顔を埋める。だというのにジュリはパラパラと冊子を捲りながら、「ん~?」と気のない返事を寄こすのだ。


 それに安堵してから、サランは思い切って尋ねた。


「シモクが何者か答え辛いならもう訊かない。せめてキタノカタさんが何者かだけは教えてもらってかまわないか?」

「やめておいた方がいいぞ。壁に耳あり障子に目あり、だ。そんなことを知ってしまえば、僕とお前の招集日が今日の夜中に変更される――なんてことがあるかもしれない」


 相変わらず年寄臭い慣用句を口にしながら、ジュリは物騒な冗談を口にする。


「そうなってはお前、困るだろう? ジンノヒョウエ先輩のお茶会は明日なんじゃないのか?」

「――そうだけど……」

「僕だって困る。もうしばらく安穏とした日常を過ごしたいからな」


 ジュリの口調はあくまで冗談めかしている。

 サランは息をつめて婚姻マリッジ相手の秘密を秘めた端正な横顔を見つめる。

 訊きたいこと、言いたいことは山のようにあるのだ。シモクツチカやキタノカタマコの正体がなんであるのかもそうだし、本当はあんな無茶な出撃任務に征きたくないくせに無理するなと詰りたくもあった。

 当たり前な顔でムチャクチャを強いるツチカなんぞに忠誠心を誓う必要だってないのだからと、大声で駄々をこねたい気持ちだってあった。


 だのに、なんとなく気詰まりな沈黙を破ろうとしたサランは、気が付けば思いもよらないことを口走っている。


「――なあ、ワニブチ。お前のご主人さまは小さい時から一人で戦ってたんだな」


 人類も世界も自分以外のワルキューレも愛してはいないのに、世界全体に対してさもワルキューレの模範であるかのように振舞ってみせる今現在天下無双のヒロインであるキタノカタマコ。

 そんなマコから化け物扱いされていたツチカ。

 負けずおとらずマコのことが小さい頃から大嫌いで、その気位の高さをあてこすり、揶揄いつづけていたツチカ。


 それはつまり、独裁的なマコの本質をほんの幼いころからツチカが見抜いていたという証左であろう。

 

「――やっぱ並みの女じゃないな、アイツ。腹立つけど」


 思いのほか素直な言葉が出てしまったサランの顔を、伊達メガネの奥の目を見開きあっけにとられた表情を見せるジュリが見つめる。その決まり悪さから顔をそむけたちょうどそのタイミングで、昼休みの終わりと午後の授業の開始を告げる予鈴が鳴った。

 のどかなチャイムの音に合わせてジュリは立ち上がり、サランに『天女とみの虫』の冊子を返した。コピーはいらないかと尋ねてみたが、ジュリは頭を左右に振る。


「それよりも、処分をしておいた方がいい。キタノカタさんの目に触れたら面倒だ」

「壁に耳あり障子に目あり、だしな。――お前本当にそういう年より臭い言い回し、控えろよう。思ってるほど格好良くないぞ」


 いつものように軽く毒を吐いて、サランは左手を振りマッチを表示させる。卓ゲー研のパールが大量の画像データをこれで削除したのと同じように、拡張現実上にある和綴じの冊子に火を点ける。あっという間に冊子を模したデータは燃え上がり完全に消え失せた。 


 かくしてツチカが寄こした出来の悪い小説は、かつて新人賞を獲った受賞作と同じように再びこの世から消滅した。ただし今回は数人の記憶に残っている。


 昼休みが始まる前は怒ったジュリに引きずられる形で上った階段を、今度やゆったり歩いて下りる。

 直接言葉も交わし、ついでに空腹もおさまったのだからジュリの感情の角もとれおちついたのだろう。そのことに安らぎながら、サランは伝えたいことが伝えられないことがどうしても歯がゆくてたまらなかった。

 そんな思いで一人焦れているサランを振り返り、数段先を下りるジュリはからかうように一言声かけた。


「サメジマ、お前な。自分を大切にしないやつは誰からも尊重されなくなるぞ?」


 要はわざとスキャンダルを拵えるような真似をするなと、親友として忠告してくれたわけだ。前後のつながりのないその言葉の意味を数テンポ経ってから気づいてヒヒヒ~と笑い、階段を下った。



 ――こうしてジュリは、『天女とみの虫』にはキタノカタマコに関する機密が含まれていることを伝えてくれた。


 別の科目を選択しているジュリと別れ、自分の教室へ向かいながらサランは前日に聞いたフカガワミコトの話を思い浮かべる。

 トヨタマタツミと派手なケンカを繰り広げてそれどころでは無いにも関わらず、「お茶会までにキタノカタマコとなにがあったかを教える」という約束をまもってくれていたのだ。


 こういう義理堅いところはあの少年の美質である、とサランは素直に認めながら、さっき自分の手で消した物語に登場したキャラクターのことを思い出しながら教室の中に入った。それと同時に本鈴が鳴る。

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