#22 ゴシップガールは白いワンピースで擬態する

 ◇ハーレムリポート 電子個人誌ジン版 #52◇


 夏だね。夏と言えばお星さまを見たくなるよねっ、……え、ならない?

 そっかー、それは残念。こっちは断然夏になると夜のお空を見上げたくなるレディハンマーヘッドだよ。しばらく地下に潜伏していたからその分外の生活を満喫中~。学園島はお星さまが奇麗に見えるから最高だよ。


 お星さまといえば、世界がこんなになっちゃった原因ってされてるちっちゃな白い彗星を思い浮かべないわけにはいかなくなるね。

 ある年ある月ある日、どんな天文台にも観測されることもなく近寄ってきたちいさな彗星がすーっと夜空を横切った日から徐々に世界がおかしくなっていったのは皆さん学校でお勉強する通り。

 本来交わるはずが無かったこの世界と外世界を隔てる壁が崩れて混ざって、しっちゃかめっちゃかの大混乱。その結果、世界は今あるかたちになったって。で、この世界と世界を混乱におとしいれた彗星の正体はなんだって、今なお異論な学者さんやワルキューレたちが研究してるけれどなんだか正体はつかめてないっぽい。


 あたしたちが生きてるあいだに解明されるのかな~? 解明されたところで世界はずっとこんなのだろうどね。カフェオレをコーヒーとミルクに分けるのが不可能なようにまざって溶け合った世界はもう二度と引きはがせない~。

 それって絶望的? いや、ちょっと面白いかも?


 ともあれ夏のお空を見上げておくと何か楽しい発見があるかもよ~。


 ……え? お前の近況報告はどうでもいいからフカガワハーレムはどうなったって? ごっめんね~。近況報告で時数稼いでる段階でお察しして~、そういう日もあるのよ。

 

 フカガワミコトはなぜか突然バスケに嵌りだして、タツミちゃん相手に1on1で遊んでるとか、そんなのんびりほっこりした噂しか聞かないもんだからゴシップガールの商売あがったり。

 サランちゃんはまーだ姿を潜ませているし、そろそろ表に出てきて欲しいんだけどな~。期待の新人サランちゃん弩級の活躍を、流れ星にお願いしちゃおっかな~、むーん。

 

 ◇◆◇


「夕刊パシフィック」の逆襲に遭って文芸部が火だるまに陥っていた七月の頃。


 シモクツチカの侍女時代に培った謝罪のスキルを駆使して文化部棟の有力者たちに頭を下げまくり、うちの副部長はたまたま出撃先でフカガワミコトと遭遇しただけであると説明に行脚するジュリだったが結果は徒労に終わった。

 レディハンマーヘッドの正体はワニブチジュリ、そう信じる者が多い学園島内で「出撃先でたまたま遭遇しただけである」という言い分をそのまま信じる者は当然一人もいなかった。



「文芸部さんのわりにストーリーラインが滅茶苦茶だな。マンネリ展開にやけになったのか? フカガワハーレムにテコ入れするならもっと上手く、自分ならこうする――というアドバイスまで頂戴してしまった」


 謝罪行脚から帰り、雑コーヒーを飲むことすらわすれるほど疲れ果てたジュリがぐったり背もたれに体を預けながら苦虫を噛み潰すように呟いたこともあった。


「屈辱だ。『ハーレムリポート』をリアリティーショーとして演出するなら、僕だってサメジマなんかを新キャラに投入するような危険な賭けに出るもんか。自慢じゃないが僕は堅実派なんだぞ? 包帯巻いた白ワンピース着用の眼帯女だとかもっと読者ウケする鉄板のキャラをさりげなくちら見せしてから満を持して登場させるのに」

「サメジマなんかとはなんだよう?」


 親友としての義務感から一応そうツッコみはしたが、ジュリはうすく笑い返すのみだった。

 ジュリは「ハーレムリポート」のノンフィクション性を大事にしていた。文芸部の作為を疑われたらコンテンツとして一貫の終わりだからと、そのためにも用心に用心を重ねていた。それなのにこの展開によって周囲からフィクションだと決めつけられている。それが酷く堪えているのだ。

 言うまでもなく、ジュリを裏切ったのがよりにもよってレディハンマーヘッド=シモクツチカという事実がことさらジュリに追い打ちをかけているようだ。

 表向きにはかつての親友、実態は元主だった存在に裏切られた形になるわけだから、無理もない。おまけに世間はレディハンマーヘッドの正体を知らない。大半の者がジュリがそうだと信じている。

 

 下手するとサラン以上に針の筵に置かれているジュリの苦境を救い、迷惑をかけた他の部員への責任を取る意味もこめ、自ら文芸部を退部するという形でサランは結論を出したのだ。


「……まあ、理由はなんであってもフカガワミコトに接触しちまったのは事実だし、仕方ないよう。ルールはルールだし。うちはこれからフカガワハーレムのイモっ子枠として生きてくことにするよう」

「――、サメジマ、お前……」


 差し出された退部届をジュリはなかなか受け取ろうとはしなかった。伊達メガネごしにサランをじっと見る。そして何かを言いたそうに口を開いたが、気をとりなおしたのか打ち消した。


「……やっぱいい。聞かなかったことにしてくれ」

「なんだよう、言い出されたことを途中で取り消されると気持ち悪いだろう? 最後まで言えよう」

「嫌だ。お前は絶対怒るから僕は言わない」


 そう言われると余計に気になる。絶対怒らないから言えよう、と何度かせっついた後、ジュリは珍しく決まり悪そうな表情になったあとに歯切れ悪く付け足した。


「本当に本当に怒るなよ……? ――お前、実はフカガワミコトのことが気に入ったとか、そんなんじゃないよな?」

「んなわけあるか! 言っていいことと悪いことがあるよう!」

「だから言ったじゃないか、お前絶対怒るから僕は言わないって!」


 みつあみを逆立てて本気で怒るサランに、ジュリは抗議するが、すぐに笑顔になった。疲れ果てた最近の表情からは想像のつかないふっきれたような笑顔だった。ほんの数秒前まで本気で腹をたてたサランも、その笑みをみているとつい、ヒヒヒ~と笑ってしまう。

 こんなつまらない戯れたやり取りは久しぶりだった。


 ひとしきり二人で笑ったあと、ジュリは退部届を受け取って、演劇部に向かうように告げたのだった。


「ジンノヒョウエ先輩から直々に打診があった。――お困りでしょうからお力になりましょうか、とのことだ。お前、なにかジンノヒョウエ先輩と関わり合いになったことでもあるのか?」

「……? 一回だけ廊下ですれちがって声をかけられたことがあるくらいだよう」


 もう随分昔のことに感じられる四月の頃、タイガにレディハンマーヘッドの正体を明かした時に廊下で話しかけられたくらいだ。

 それを聞くと、ジュリは、ふうんと少し不思議そうに首を傾げた。


「そうか。……この話をもってきてくれたのはシャー・ユイなんだが、あいつ曰くジンノヒョウエ先輩はお前のことが気に入ってるらしいんだ。お前が何かをやらかしたという話を聞くのがことのほかお好きらしい」

「ふーん? うちが言うのもなんだけど変な趣味なさってるな、ジンノヒョウエ先輩」


 その日も中庭では文化部棟の二年生たちがバドミントンに群がっていた。文化部棟の低レアワルキューレとはいえ常人以上の身体能力をもつ少女達のバドミントンだから、シャトルを打ち合う音もスパンスパンといちいち小気味がいい。ラリーが続き得点が入る度にギャラリーの少女達から歓声や悲鳴が上がる。

 その響きがどうも、ただの草バドミントンを見ているものではない。

 ギャラリーの背後ではうっすら微笑みながらくるくると日傘を回すリリイのもとにヒソヒソと話を持ち掛ける二年生らしき数人のワルキューレの姿が見える。


「……あのバドミントンもいつの間にか規模がでかくなってるな」

「だな。そろそろ止めさせないと生徒会を招き寄せる。サメジマから言ってメジロ姉妹に止めさせるように言ってくれないか」

「なんでうちが?」

「あのバドミントンを始めたのはメジロの二人だ。そして姉の方は僕の言うことには耳を貸さない。――本来ならゲルラ先輩に注進するべきなんだが流石に今、あの人に会う気にはならない」


 ジュリは呟いて、伸びをした。

 右手にはリングがある。

 一瞬、この場合リングを交換するべきかどうかサランは迷って、やめた。


 リングの交換は出撃先で命を落とすかもしれないワルキューレの形見分けが起源だ。サランは退部するだけで何も死ぬわけではない。




 今回の件で唯一幸運だったと思えるのは、騒動が立ち上がったのが六月末から七月初旬、あとしばらくすれば夏休みというタイミングだったことだった。

 世界と人類を護るワルキューレ故みんながみんな一斉に長期休暇に入るわけにはないが、一般の中学高校と同じく学科は休みになる。校舎に立ち入り、教室に入り、あああれがフカガワハーレムの……とヒソヒソ囁かれるような晒し者の立場からはしばし解放される。

 太平洋校は基本的に旧日本の学制にそっているから、八月いっぱいまでは授業は行われない。それまでは寮のベッドで寝転がって本でも読み、起きれば演劇部のトップスター専用寮――泰山木マグノリアハイツと呼ばれる――でメイド服の小間使いになり文化祭の公演に向けて活気づく演劇部の皆さんを見ながらマーハの可愛い子ねずみさんにる。そうすればそのうちほとぼりもさめるだろう。旧日本出身ワルキューレには盆の時期に一週間から十日の休暇も与えられるし、おそらく一回か二回は出撃の要請もかかるはず。


 休みと言えどそれなりに多忙なのだ。少なくとも長期休暇のはずなのに部活や補習で学校に登校しなくてはならない旧日本の公立中高生波には多忙だ。ツチカの意図の読めない企みでフカガワハーレムのメンバーにさせられてしまったが接触する気は毛頭ない上スケージュール的にもそんな暇はない。

 鳴り物いりでデビューした新キャラのサメジマサランちゃんは、そのまま不発なメンバーで終わり、熱心なフカガワハーレムウォッチャーから後々に「あれはなんだったんだろう……?」と追憶されるツチノコのようなポジションになることを狙おう。


 サランはそんなことを目論んでいた。


 もちろん九十九市への出撃要請がかかったときのためにツチカへの報復を練ることを忘れない。

 アイツ今度あったら絶対ただじゃおかないよう……と、寮の食堂で朝食にがっつきながらサランは念の濃度を高める。



 サランが生活する寮は無骨に一号館と呼ばれる。太平洋校ワルキューレの大半が起居している二棟ある寮のうち一棟だ。

 小学校の校舎や小さめの総合病院に似ている外観の通り機能性第一に造られているため、泰山木マグノリアハイツのような風情はまるで無い。食堂も大きな部屋に業務用の長テーブルと椅子が並び、環太平洋圏で一般的な家庭料理を十代のワルキューレ達に提供してくれる。

 授業が無いため比較的のんびりだらけている食堂で、サランは白飯と味噌汁というごくオーソドックスな和風の朝食をかきこんでいた。


 騒動が起きてからは遠巻きに眺められてはヒソヒソと何事かを囁かれて、混雑していても周囲にスペースを空けられたり、かと思えば「パイセンそろそろお話聞かせてもらっていいっすか?」と声かけてくるタイガとその行動を見守るリリイというメジロ姉妹にうるさいくらいつきまとわれたり、「泰山木マグノリアハイツの住民はどのような生活をしているでござるか? 演劇部の乙女たちの園では夜な夜な退廃の宴が繰り広げられているという噂は本当でござるか?」と好奇心全開にしてくるケセンヌマミナコのおしゃべりにたじろいだり、接触していると思われぬよう文芸部員がどこにいるか神経を働かせたり、とにかく味わって食事をするという間がまるでなかった。


 あまり面識のないワルキューレに隣や向かいに座られ、無言でじっと見つめられてきたことも数回あった。あまりに鬱陶しいので「何?」と問い返すと「いえ何も」「いや別に」と決まって彼女らは返して食事を再開する。

 不愉快な気分になった耳がとらえるのは、「委員会の……」「監視されて……」「可哀想……」「でも自業自得……」という小波のような囁きだ。要はサランは、いまやキタノカタマコの手下である委員会メンバーの監視対象になっているわけだ。

 キタノカタマコおよびその侍女たちである委員長は生徒会専用棟(四月の騒動による改修期間も来客の宿泊施設を利用していた)で起居しているために、低レアな一般ワルキューレが集う一号館にたちよることはまずない。だから部下にあたる委員会メンバーをサランの監視につける。その行為の意味はわかる。


 キタノカタさんの中で心象最悪なことになってんだな、うち。


 サランは嫌でもそのことを自覚しないわけにはいかない。それにしてもキタノカタマコがサランに監視対象をした原因は何か。好きな男子に無断で近づいたからという嫉妬によるものか。それとも、目障りな文化部棟員が不審な動きをみせれば即とりしまりに乗り出そうというものか。この合わせ技なのか。

 なんにせよ、タイガが撮影しまくったクラシカルなメイドスタイルのサランの写真が添えられた「夕刊パシフィック」が配信された形によって演劇部の女帝・ジンノヒョウエマーハの所に身を寄せていることを明らかにして以降、各委員たちはじっとサランを監視するだけである。いかなる強権をほしいままにする初等部生徒会長とはいえ、太平洋校の顔である演劇部とことを交えたくはないらしい。


 そんなわけで、七月から八月のサランは多忙かつ孤独であった。


 学園島に来るまでは本と物語が主な友達だったので孤独はそうそう堪えない筈である。

 来るなと言ってもメジロ姉妹は勝手に付きまとう。メイドバージョンのサメジマ氏のイラストを二バージョン描いてみたがどちらがお好みでござるか等とミナコもセクシーなのとキュートなの二種類のイラストを描いたものを持ってきて意見を求めたりする。泰山木マグノリアハイツの仕事中、シャー・ユイが現れては文芸部の近況をこっそり教えてくれる。お喋り相手には不足はしていない。孤独としては温い方だ。


 しかしジュリとは直接顔を合わせない日々が続いている。

 


「あ、あの」


 茄子の味噌汁をすすりながらぼんやり意識をさまよわせていたら、向かい側の席から声をかけられた。視線を向けると、そこには時々授業で一緒になることもある有名人がいた。

 

「こ、ここの席、座っていい、かな……っ?」


 黒髪セミロング、鬱陶しい前髪で目の当たりが隠れてしまっているワルキューレ。大人しく引っ込み思案な性格です、と全身で主張するようなふるまいに見合った小さな声でおどおどとサランに尋ねてくる。

 そんな彼女はフカガワハーレムのメンバーだ。目立たず控えめで大人しいけれどだれよりも芯は強い。家庭的でお料理上手。重たげな前髪が何かの拍子ではらわれた時にあらわれる素顔の可憐さは絶品で、着やせするが胸は大きい方。「ハーレムリポート」ではそんなキャラクターで語られているワルキューレ・ミカワカグラだ。


「いいよう。どぞどぞ」


 そういってサランは味噌汁の椀をトレイに戻すと立ち上がる。フカガワハーレムのメンバーと接触を持ってはサランの目論見が台無しになってしまう。平時と比べてワルキューレの数は少ないが、それでもこちらをじっと見る少女たちはいる。彼女らのうわさがツチカのネタになると思うだけで癪に障る。

 場所を移ろうとするサランをみて、カグラは目に見えて慌てだす。


「あの、ごめんなさいっ。行かないで、私、サメジマさんに話が――!」

「プライバシー引っ掻き回すからこういうことになってんだ、ザマーミロとか、そういうこと?」

「ちっ、違うのっ……! 違うっ……、あの、えーと、……本当のことを言うとそういう気持ちもないわけじゃないんだけど、あの、でも、本当にサメジマさんには話があって……っ!」


 おたおた、わたわた。そんな擬態語をまわりに書き込んでやりたくなるほど、カグラはあわてふためいていた。

 直接口をきいたことはほぼ無いにしても、カグラとは学科の授業でなんどか一緒になることはあったから、キタノカタマコやトヨタマタツミを直接目の当たりにした時ほどの緊張は感じない。しかし朝食一式を載せたトレイをもったまま慌てたせいでお茶やみそ汁がこぼれてしまい、それを見てさらに慌てるカグラを見ていると別の意味で緊張してしまう。床の上に朝食をぶちまけてしまうという惨事を回避するため、サランは元居た椅子に座った。


「わかったよう、もう……。話って何?」

「あ……あのねっ、その、あれから本当はサメジマさんとゆっくり話してみたかったんだけどっ、私たち、補習があったでしょ? だから、そのっ、今日まで機会がなくて……」


 あれから、というのは一月少し前、九十九市での出来事を指す。

 早朝にさんお書店を抜け出したフカガワミコトを連れ戻しに外出したが為に、シモクツチカと出会ってしまったあの忌々しいあの日だ。



 あのっごめんくださいっ、太平洋校より参りました。ふかっ、深川尊くん、いいいっ、いらっしゃいますか……と派手にカミながら蚊の泣くような声でさんお書店の店先に現れたのが、白を基調としたハイウェストのワンピースに淡い色のカーディガンにストラップシューズを合わせたミカワカグラだったのだ。二千年紀で時を停めている九十九市の流行からはやや先取りしすぎた森ガール風ファッションの彼女の来訪はなかなか気づかれなかった。


 梅雨も終わりで無意味に蒸し暑い時期の正午前、やや寝不足らしいミユも欠伸を噛み殺しながら「お昼はお素麺で構わない?」なんて尋ねておきながら返答を待たずして台所へ立ち上がったタイミング。

 早起きしすぎたせいで眠くてたまらなかったサランは仏間で横になり、同じく早起きした筈のフカガワミコトは茶の間に単行本の山をうず高く積み上げ『SLAM DUNK』に読みハマっていた。夜中では気づかなかったが、朝の日の光の中でようやくここが古本屋であり、しかも場所柄70〜90年代の名作漫画が揃えられてることを知って「えっ、うわスゲエっ、全部本物だ!」一通り興奮していたのだ。


 小説であれ漫画であれ紙の本に目を輝かす者には優しいミユが、お迎えが来るまで読んでいてもいいわよと許可を出したこともあり、朝食を食べた後は名作バスケ漫画に読み耽っていた。胡坐をかいて漫画をじっと読み嵌るその姿はどこからどうみてもその辺の男子以上の何者でもない。前世の記憶なんて厄介なものを抱えた面倒な少年には全く見えない。


 うつらうつらまどろむサラン、台所で水音を立てるミユ、湘北と陵南の勝負の行方を息を詰めて見守るフカガワミコト。だから蚊の鳴くような声のあいさつには最初だれも気づかなかった。

 あ、あのぉ~……すみませぇぇん……と、泣きそうな声がしてようやく、フカガワミコトの隣で漫画に読みはまっていたノコが気が付いたのだ。居間から身を乗り出して店先を覗き、ぱっと顔を輝かせる。


「マスター! カグラだっ! カグラが迎えに来てくれたぞ!」


 そういってノコは裸足でとたとた駆け出し、ミカワカグラに抱き着く。食いしん坊キャラのノコはフカガワハーレムのメンバーではお料理上手なノコに一番懐いているという「ハーレムリポート」の描写は正しかったらしい。

 会いたかったぞカグラ~、ノコちゃんも元気そうで良かった……と店先で一通りにこやかな再会の場面が繰り広げたのちに、ワンテンポ遅れ立ち上がったフカガワミコトが店先まで出迎えに赴いた気配がある。


 あ……三河さん。深川君……、よ、よかったぁ……! (涙混じりのカグラの声、足音、そして衣擦れの音) え、ちょっま、待って三河さん……! (再び衣擦れと足音) ごごごっごめんなさい私ったら……ああっどうしようどうしようえーとえーとっ……そのっ、あのねっ、あのっ、私が深川君を迎えに行けるからって命令が出て……それでそれでっ、えーとあのっ。カグラその恰好どうしたんだ? すごく可愛いぞ、そんな服持ってたんだな。ちっちちち違うの違うの、あのねっ、タツミちゃんのご実家の女官さんのお一人が、タツミちゃんはこういう服を着てくれないからって言って貸してくださって……っ。え、あ、そ、そうなんだ……、なんつうか、びっくりしたっていうか……っ。似合ってるぞってマスターは言いたいんだぞ、カグラ。ばっ、何言ってんだこらノコ……!


「――……」


 居間に接した仏間で心地よくうつらうつらしていたサランの耳に、店先から聞こえてくるやり取りは一塊の雑音として響く。それに古風な柱時計の秒針がたてる音も雑音として認識される。

 ごろりごろりと寝返りを打ってからやおら起き上がると、のしのしと居間をつっきり、店と住居部分を分ける境目であるガラス戸を引いた。


「うるせえなっ、こっちはお前のせいで眠いんだようっ! 寝かせろよなあっ!」


 いきり立つサランが見たのが、さんお書店の店内で向かい合わせに立ってるフカガワミコトの背中と白を基調としたワンピース姿のミカワカグラだったのだ。

 寝ぼけていたサランはその時、その少女がハーレムリポートの有名人だとは気が付かない。ただカグラが来ていた白いワンピースにだけ注目する。


「……? なんだ、お前の前世からのお迎えか?」


 無意識につぶやいたサランの寝ぼけ顔を見つめるカグラの顔が、みるみる困惑と混乱に彩られてゆくのを見て、サランはゆっくり覚醒していったのだった。


 もしかしてうち、うっかり顔を出しちゃいけないタイミングで出てきちまったか?


 鮫島さん、お客様なの~? ……と、徐々に焦りだすサランの背中に台所にいるミユがのんびり声をかけた。




「あ、ああの時は私ったらびっくりしちゃって、何も声が出せなくて……っ。フカガワ君は専科卒のお姉さんに保護されてるって聞いてたのにどうして文芸部のあなたと一緒にいるのかって、そればっかりになっちゃって……」

「うーん、まあうちも正直、なんでどうしてフカガワミコトと一緒に出くわすことになったのか未だに訳がわかんねえよう。――つうか、ご飯食べたら?」


 ご飯も味噌汁もおかずの卵焼きも食べきったサランは、緊張しているのか膝の上に握り拳をおいて俯きながら必死にしゃべろうとするカグラを前にして気遣いをしてしまう。せっかくの朝食にカグラは手をつけようとしないのだ。

 サランにうながされて、カグラは卵焼きを小さくかじってお茶を飲んだが、また膝の上に手のひらを置いてぷるぷる震えだす。

 こちらが不安になるほどの気の弱さ、よくこれで特級ワルキューレが務まるな……と心配するやらあきれるやら、妙な気持ちになりながらサランはカグラと向き合った。 


「で、他に話って?」

「……っ」

「フカガワミコトとはなんもないし、なんも起こす気はないよう。だから安心するといいよう」


 サランの返答を聞いて、カグラの頬のあたりがぼっと赤くなった。


「ああああのっ、別に私、サメジマさんを疑ってるわけじゃなくて、それにそもそも、わわわわ私なんかがフカガワ君がどんな女の子と一緒にいるかなんかを図々しく心配なんかしちゃいけなくて……っ、ああもうっ、私ったら何言ってるんだろう⁉」


 そりゃこっちが訊きたいよう、という言葉をサランはすんでのところで飲み込んだ。

 直に接するミカワカグラは、とにかく話が進まない。まわりくどい。引っ込み思案の人見知り気質の現れなのだろう、むだにびくついてなかなか要点にたどりつかない。悪い子ではなさそうだが本当によくこれで特級ワルキューレが務まってるなとサランは感心と心配が入り混じった複雑な気持ちになる。

 

 カグラは意を決したようにお茶をあおり、そして周囲をさっと見渡す。食堂のあちらこちらにワルキューレがいること、そのうち数人がこちらに関心をはらっていることを悟ったらしい。

 さっきまでのびくつかせた様子を引っ込めて、カグラはサランへ話しかけた。直接頭の中へ。


『あの……委員会の人たちがいるんでこういう形でお話させてもらっても構いません?』

「⁉ 何々ちょキモい頭の中がカユイっ!」

『あああああっ、ごめんなさいごめんなさいっ、大丈夫です、決してサメジマさんの頭の中を覗いたりしませんからっ。……でもできるだけ普通にしてくださいっ。怪しまれますっ』


 カグラの慌てふためいた言葉が頭の中で跳ね回り、その感触にサランは身を震わせた。しかし目の前のカグラははにかんだように微笑んで、卵焼きを食べれば頭が痒いのは落ち着きますよ~、などと発音している。

 目の前の光景、そして目の前にいるカグラと頭の中に囁きかけるカグラ、その存在を確認してからふーっと息を吐き、こっくり頷いた。


 ミカワカグラは索敵能力に秀でたワルキューレだとされている。ワンドを持たない状態で頭の中に直接話しかけるのもそういった能力の一つなのだろう。なるほど、やっぱりこの辺は特級である所以だな、とサランは思う。


『いえいえいえいえいえ……っ、私なんかが特級ワルキューレなんてたまたまで……っ。本当に何かの間違いなんですっ。ああああっ、ごめんなさい私ったらサメジマさんの心を読まないって言っておきながら早速……っ、ごめんなさいごめんなさいっ』

「――」


 いくら能力が秀でていても、ミカワカグラのこのてんで弱気な性格は根っからのものらしい。彼女が頭の中でごめんなさいを早口で連呼するために頭蓋の内側がこそばゆくなる。

 サランは目の前の少女をぎゅっと睨みつけて、とっとと要点を述べろと訴える。


『ご、ごめんさい。そうでしたそうでした……っ。あの、サメジマさんはフカガワくんからお話をきいたんですか? 彼が2010年代の記憶を持ってるっていう』


 そう言いながら、ぱっと脳裏にある景色が浮かんだ。ワルキューレ兵装にジャージを組み合わせたもっさりしたスタイルのサラン自身がガラス戸をがらっと引いて現れたのちにひとこと喚き、そしてぼそっとこうつぶやいた場面の様子だ。「……なんだ? お前の前世からのお迎えか?」


 おそらくカグラ視点からみたあの時のビジョンであるとサランは判断し、それに添付された悲しみや戸惑いといったカグラの感情に大いに戸惑う。

 寝ぼけた状態で言い放った何気ない言葉だったのに過ぎないのに、カグラは酷くショックを受けているのだ。


 そういえば、とサランはその直後の昼食風景を思い出す。

 フカガワミコトを迎えに来たカグラの来訪に気づいたミユが、まああなたが三河神楽さん? から始まって一通り自己紹介を済ませた後、せっかくだからあなたもお昼を食べていってちょうだいとカグラも招いて家具調コタツを囲み素麺をすすることになったのだ。

 その間のカグラはミユの質問に答えはするものの一貫して元気がなく、しおたれていた。せっかくの愛らしい装いが泣きそうなほど。昼食を食べ終わった後、カグラはフカガワミコトとノコを連れて共にさんお書店から立ち去ったのだったのだがその時もまだ元気がなかった。


 その時のことを思い浮かべると、カグラが頭の中でまたおたおとあわてだす。


『あああああっ、あの時の私ったらそんな風だったんですねっ。やだもう恥ずかしい……っ。フカガワ君も変な目でみてるし、ああもう消えてなくなりたい……って、やだっ、またサメジマさんの思考を読んじゃってる! どうしようどうしようごめんなさいっ』

『あーもうめんどくせえし、うちがいいって思ったとこまでなら読んでいいようっ。その方が話が早いっ』


 業をにやしてサランは頭の中で叫ぶ。


『話が全然進まないからこっちから訊かせてもらうけどっ、ミカワさんはうちがフカガワミコトの前世の話を知ってたのがショックだったことで合ってる? 合ってたらなんでそれがあんなにガッツリ落ち込むほどショックだったの? 教えてくれるっ?』


 目の前のカグラがこっくりと頷いた。


『フカガワ君の前世の話……私にとっては特別だったんです……。あの、私も、その、似たような記憶がりまして。……今から圧縮したビジョンを送りますからちょっと耐えてくださいね』

「っ」


 ごほっとサランは思わずむせこんだ。頭の中で突然極彩色のイメージが頭の中で炸裂したからだ。

 古代風のような近未来風のような不思議な衣装をまとった少女が何者かに導かれ、荒廃した世界を旅し各地を旅し、怪物を倒し、宿敵と相まみえ、その先々で仲間を作り、仲間と別れ、一人の青年を愛し、なんやかんやで世界に平穏をもたらし、その世界を当地する女王となって愛する青年でお城で暮らす……、そんなストーリー仕立ての映像を押し流すためにサランはお茶を煽った。


『……何今の、前世紀の中学生女子がノートに書いたみたいなストーリー?』

「――」


 目の前のミカワカグラ本体がますます赤面し、サランの頭の中では派手に謝り倒した。


『ですよねっですよねっ、文芸部さんからみたらこんな話陳腐の極みですよね……っ。分かってるんです分かってるんです、今まで私も散々言われてきたんですぅ、カグラちゃんがすごいワルキューレになる子ってのはわかるんだけどそういうわざとらしいお話まで作って自慢することないんじゃない~? 前世がお姫様で戦士だった妄想っていつ時代の人~? 今時不思議ちゃんアピールってサムイんですけど~、あーワル子っていいよね~あんなキモいこと言ってもやってもワルキューレになるからって許されてさあって……。でもでも、別に不思議ちゃんぶってるわけじゃなくって、私にとってさっきのビジョンは昔々どこかの外世界で本当にあったことで……っ』

「……っ」


 謝り倒すくせにカグラのビジョンは暴力的にサランの頭へなだれ込んでくる。サランが通っていたのとよく似た雰囲気の小学校の教室で、遠巻きにカグラを眺めてはクスクス笑いあうクラスメイトの影が見える。おそらく過去にカグラが体験した光景を元にしたビジョンなのだろう。

 そういえばカグラもサランやフカガワミコト同様、このご時世に比較的呑気に平穏で暮らせる運のいい一帯の出身なのだった……と思い浮かべてサランもなんとなく、自分の小学校時代を思い浮かべる。


 カグラの生活していた一帯ではワル子という「ワルキューレ因子を持つ女子」ないし「ワルキューレ因子を持ってる風な不思議な女子に見せたがる女子」を指す小中学校限定のスラングがあったことを興味深いと感じながら、サランも集団から孤立しやすかったおのれの小学生時代を思い浮かべる。

 その時に、誰が好きだとか嫌いだとかの話に全く関心を寄せられないことを揶揄された場面を選んでおいた。そうすれば、カグラがフカガワミコトに対して余計なことを考えなくてすむだろうという配慮したのだ。


 サランの狙いは当たったらしく、カグラは落ち着きを取り戻す。サランが自分と似たような経験をしていること、そしてフカガワミコトにさしたる関心を抱いてないことを知り思念が安堵一色に染め上げられてゆく。頭のなかになだれ込むビジョンの翻弄が止んだ。

 ほう、と実体のカグラもため息をつく。


『サメジマさんたちからすればバカみたいだと思うけど……、前世の話をしてもちゃんとバカにせず聞いてくれるのフカガワ君が初めてだったんです……。俺もそういうのあるから、検査の人とかにもちゃんと伝えて調べてくれって頼んでもそういう記憶を持つと自称するワルキューレは多くはないにしても少なくもないからってまともに聞いてもらえなくて通り一辺に片づけられたって……』


 出撃先や教室の片隅やビーチで語らうフカガワミコトのビジョンがサランの脳内に大写しになる。カグラの主観が入ることによりフカガワミコトはサランが見るよりも1.5倍くらいは見栄え良く加工されていた。まあご愛嬌ということで片付ける。


 その流れで静かなビジョンが流れてくる。


 風力発電用の大きな風車の並んだ浜辺のある海沿いのひなびた町、白い半そでシャツに制服らしい黒いズボン姿のフカガワミコトとよく似た少年は防潮堤沿いの歩道を歩いている。どうやら下校中らしい。少年はふと呼び止められたような気がしてコンクリートの防潮堤を見る。


 その上にはさっきまでいなかった筈の人影が。

 白いワンピースに白い髪をした幻想じみた少女がそこに立っていた。

 つばの広い麦わら帽子をかぶっているせいか少女の顔は完全には見えない。ただからかうように笑う口元と顎だけがのぞいている。


──探したよ、ミコトくん。


 白いワンピースの少女は驚くフカガワミコトをからかうように防潮堤の上から飛び降りて、くるくると踊るような足取りで車道に飛び出す。車道のセンターラインでくるりと一回転すると、白いワンピースの裾がひるがえる。


――ねえ、あたしと一緒に来て。そしてあたしと一緒に世界を……。


 フカガワミコトによく似た夏の制服姿の少年は慌てて少女を追いかける。地元民である少年はこの車道が産業道路でありトラックが頻繁に行きかうことを知っていた。案の定トラックが近づいてくる。そのエンジン音とタイヤの摩擦音が少女の言葉の後ろ半分をかき消す。

 トラックが左から近づいているのに白いワンピースの少女は笑いかけるばかりでセンターラインから移動しようとしない。それどころか、今まさにトラックが来ようとしている向かい側の車道に飛び出そうとするそぶりすら見せる。

 少年はとっさに走る。少女を車の来ない車道に引き寄せれば助かると判断したが故の行動だ。少年は走る。トラックがクラクションを鳴らす中少女の細い腕をつかむ。引き寄せる。

 少年の誤算は右側から車への注意を怠っていたことだった。耳をつんざくブレーキ音が聞こえた直後、少年の体は宙を舞う。そこでフェードアウト。


『今の、フカガワ君の話を訊いて私がイメージしたものです。サメジマさんもその話、聞いたんですよね? 白いワンピースの私をみて〝前世からのお迎え″って言ったのそういう意味ですよね?』

 

 サランはこっくり頷いた。そしてこうして映像化したものを見てしまうとやっぱりフカガワミコトはいいヤツだけど肝心なとこでアホだなという印象を強める。

 だからこそ、白いワンピースを着た謎の女に魅入られたりするんだろう。




「っ、はいはい分かってた、分かってたんだからなっ。大体この話すると大抵のヤツがそういう目で俺のこと見てくんだよっ。妄想も大概にしろよって目でっ」


 ツチカと出くわしてしまったバスターミナルから帰り、どこへ行ってたのあなた達! と寝間着姿のミユに叱られて小一時間後、朝食の席でフカガワミコトはぽつぽつと前世の記憶とやらについて語りだしたのだ。

 風力発電のある海辺の町で謎の白いワンピースの少女に招かれるようにしてトラックにはねられたという記憶。それを聞いた途端、サランも、真剣に話をきいていたミユも同時に眉間に皴をよせてしまったのだ。


「……白いワンピース……うっわぁ~……。何から何までベタなヤツだな」

「万に一つもあり得ないはずなんだけど、コサメの浄化が失敗だったのかしら……? 白いワンピースの少女だなんて、そんな……信じがたいわ」

「大体前世のお前はその白いワンピース女のせいで死んでしまったってことだろ? ワンピースはワンピースでも貞子とか加耶子とか怨霊の方だったのをお前の記憶が混線して綺麗にロンダリングしちまったんじゃねえのかよう?」

「その可能性も無いではないわね。もしかしたら2010年代に飛来した侵略者の先遣部隊の仕業だったのかも。幻覚を見せて人類を自殺に追い込む能力を持つような――。上にかけあって調査する必要があるかもしれないわね」

「あの? ちょっと聞きたいんですけどなんで二人してそんな過剰な反応するんすか? 白いワンピースの不思議な女の子に出会ったったってだけでっ?」


 むっとするフカガワミコトに軽くにらまれ、サランとミユはお互いに顔を見合わせた。


「だって、ねえ……」

「ごめんなさい、深川くん。でも白いワンピースの女の子はいくらなんでも……ねえ?」

「いっちゃわるいけど相当恥ずかしいぞ。しかも風力発電のある海辺の町ってなんじゃそりゃ? 舞台までいい感じに整えてるんじゃないよう」


 太平洋校文化部棟の住民、しかも文芸部員としては「白いワンピースの少女」というものに批判的な眼差しを向けずにいられないのである。


「本当のことを話せっつうから話したのに、なんだよ。ったく……」


 その辺の文化部棟住人気質を理解しえないらしいフカガワミコトはすっかりむくれてしまったのだ。お陰でそれ以上、前世の話は聞くことは叶わなかった。




 その時の様子を頭に思いう浮かべると、カグラは了解したという風にこっくり頷き安堵の息を吐いた。カグラは、「白いワンピースの少女」というモチーフに特に思う所は無かったらしい。

 が、フカガワミコトがふとした拍子にこの不思議な少女のことを気にかけていることを察し、ちくちくと胸を痛ませているようだ。そんなカグラの感情が目の前のサランに駄々洩れになる。

 

 なんでそんなにアイツが? というサランの素朴な疑問が伝わったのだろう。それまでとは別人のようなしっかりした声が頭に響く。


『フカガワ君は優しいんです。タツミちゃんに殴られても絶対殴り返さないし、キタノカタさんにきついこと言われても怯まないし、ノコちゃんの面倒見もいいし、ジャクリーンさんに迫られても断って紳士だし……』


 ぽわぽわと目の前にいるカグラのほおがうっすら赤くなりもじもじと身をよじるカグラとは逆にサランの気持ちは冷える。こういう空気は苦手だ。


『あいつうちのことは一貫して文芸部のちんちくりん呼ばわりだったよう? ま、いいけどさ』


 もう一つ安堵させる為に、サランはりゅうぐう温泉前でフカガワミコトとノコに出くわし、さんお書店まで逃げてミユに保護され、精神体のトヨタマタツミに見つかり、尋問の末にフカガワミコトはコサメに殴られて浄化し、ウミガメの八尋に起こされて九十九市から逃げ出そうとしていたフカガワミコトを確保したことを順序立って思い浮かべる。その過程でフカガワミコトが乙種侵略者に唆される形で九十九市に転移させられたことも、この世界に対する違和感を払底できていないことを吐露したことなどもイメージする。

 慣れてくるとテレパシーとは便利なもので、カグラはサランの発したビジョンを受け取り、やっと心の底から安心できる状態になれたらしく、うっすらと笑顔を浮かべた。前髪を払いのければそぞかし可憐な笑顔が現れたことだろう。


『そういう経緯だったんですね……、じゃあ「ハーレムリポート」で匂わされるようなことは無かったんですね……』

『あるわけねえよう。あってたまるかよう。たまたま九十九市で出会ったってことしか真実は無えよう』


 ったくあのゴシップガールが、とサランはうっかりシモクツチカの姿を思い浮かべてしまった。

 バス停で別れる前、ギャル姿のツチカがコケティッシュな女の子然とフカガワミコトの前で振る舞い最後にリングに人差し指を添えて、意味ありげに「尊くん」と呼んだことなど。


 失敗に気がついたのは、目の前のカグラがさっきまでのぽわぽわもじもじした姿から一変してピンと張り詰めた雰囲気を放ち出したことだった。


「い、……今のは……っ?」

 

 さっきまで黙っていたカグラが口を開く。サランはとっさに首を左右に振ったが遅かった。「ゴシップガール」に紐づけてシモクツチカの姿を連想してしまったのだ、心の中が読めるフカガワハーレムメンバーの前で。

 直後にどろどろとカグラの不安定なビジョンがサランの頭に流れ込む。ギャル姿の少女がフカガワミコトに小悪魔めいた微笑みを向ける所、手をはわせる所、ギャル姿の少女の姿が白いワンピースと麦わら帽子の少女に変化し、フカガワミコトの姿も夏服の少年になる――。


 伏せられていた新事実を知り、カグラは派手に動揺している。ワンピースの少女とギャル姿のシモクツチカを同一視してしまう程度に。


「だ、だだだ誰ですかその人っ? どうしてその人がフカガワ君と親しそうに話をしていて……えーとえっと……。あれちょっと待ってその人……まさか」


 やばい。

 とっさにサランは思考を切り替える。気の弱そうな特級ワルキューレが退散するようなビジョンはないかととっさに記憶の棚をぶちまけて、これというものを投げつけて頭の中いっぱいに広げる。


「っ、いやあああああっ!」


 カグラは不意に悲鳴を挙げてテーブルの上に突っ伏した。それと同時に、頭の中をくすぐるようなくすぐったさが消える。カグラがサランとの交信を切ったという合図だろう。ぷはっと息をついで、サランは立ち上がった。


「ごめんミカワさんっ。本当にごめんっ、勘弁してっ」


 適当に謝りながら、サランは食器を乗せたトレイをもって席を立つ。そして早足で歩きながらサランはぶんぶん頭を左右に振った。

 このまま記憶の奥底に沈めて忘れるつもりだった記憶――行きずりらしい少年と結合してる最中のシモクツチカ――のビジョンを振り払う。とっさのこととは言え思い出すのも不愉快な情景だった。



 ふぇええ~ん……と、サランが後にした食堂ではしばらくカグラがテーブルに突っ伏してべそをかいていた。

 ほんの数秒間黙り込んでいたサランとカグラだったが、不意に悲鳴をあげるカグラと「ごめん」と口では言いながら逃げるように食堂をあとにするサランの姿を目撃したワルキューレは食堂にそれなりにいた。


 その目撃談はもちろん太平洋校の掲示板に書き込まれることになる。

 

 遅れて食堂にやってきたトヨタマタツミがテーブルに突っ伏してべそをかく親友に気づきかけよって話を訊くも、「なっなんでもないの……っあたしがびっくりしちゃっただけなのっ、本当になんでもないから心配しないでっ」という涙混じりの声に却って義憤を募らせ、周囲のワルキューレから文芸部の元副部長と会った直後に泣き出したという顛末を聞かされたことを、サランは知る由も無かった。



 トヨタマタツミの日本刀型ワンドで峰打ちを食らわせれた初の女子ワルキューレになる数分前のサランは、どうしてとっさにツチカのことを庇ってしまったのかと悔いながらマーハの待つ泰山木マグノリアハイツに向かっていた。

 

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