#17 ゴシップガールは運命の輪を回す

◇ハーレムリポート 電子個人誌ジン版 #47◇


 ――え? お前まだ生きてんの?


 って、思った? 思った? 残念、まだ元気に地下に潜って生きてるレディーハンマーヘッドだよ。アンダーグラウンドでネズミさんたちと元気に生活中~。


 でも相変わらず肝心のフカガワミコトが行方知れずなんだからお話することなんにもなくって退屈~。うーん、学園限定掲示板からスタートしたこの個人誌ジン始まって以来のピンチじゃない? ったく、巫女パワーであらゆる世界をくまなく探している筈のタツミちゃんてば何してんのかなあ? とっとと見つけてくれないとレディーハンマーヘッドってば、地下で干上がっちゃううんだけど~。


 退屈だから一つ推理してみようかな~。

 

 多少、というか、かなり行動に問題があると見なされていてもタツミちゃんが首席ワルキューレの位置にいられるのは、そのワルキューレ因子保有率の高さから。つまりワルキューレとしての能力は同期で随一だって事実は覆らないから。


 そんな彼女が実家のお力を借りて地上の全て、そして人類が出向いた経験のある一部外世界まで探索しているにも関わらず、フカガワミコトはなかなか見つからない。なぜかな~? なぜかな~?


 タツミちゃんの能力がおちた? 

 ま、その可能性もないじゃなないね。昔っから女の子の持つ特殊能力は不安定なものだって相場が決まってるもの。急にホウキに乗って空を飛べなくなったりとか。

 でも古代から神職業界を裏から取り仕切ってきたご実家のサポートがあっても結果が出せないっていうのはちょっとねえ~、考えにくいかも。


 妥当な線は、タツミちゃんの能力では見つからない位置に隠れてるってことじゃないかな~。例えば、タツミちゃんの千里眼すら見通せない遮蔽物をつくることのできる存在といっしょにいるとか。


 そういう能力を持つのって、十中八九ワルキューレか、それに類する能力を持つ者ってことになっちゃうけど。どうかな、どうかな~?


 近々、フカガワハーレムの新キャラが登場しちゃったりして。


 最近展開もマンネリだったから、レディーハンマーヘッド的にはアリだけど、読者の皆さん的にはどうかな? 



◇◆◇


「『狂人の真似とて大路を走らば、則ち狂人なり』」


 いつまでも脱衣所でうだうだ語らっているわけにもいかず、兵装を身に着けていると隣のミナコが突然諳んじる。


「何、突然……? 二千年紀ミレニアム後のSNSではやったフレーズだよねえ。出典は徒然草だっけ?」

「で、ござる。鮫島氏の話を聞いていてふと頭によぎったでござるよ。……それに倣うなら此度の鮫島氏の一件は『恋の真似ととて婚姻エンゲージすれば、即ち恋なり』となるのでは、と?」

 

 ミナコの顔はいたって真面目、というか、サランをからかうつもりはまるで無さそうであった。しかしサランはそれを聞くなりブフォッとむせる。今のサランに恋のフレーズは強烈過ぎた。

 しかしミナコはなんのつもりなのか、乾かした髪にいつものようにウサ耳状にリボンを巻きながら、ふんふんふふふんふんふふふふんふんふーふふん~とハミングを始める。

 二千年紀ミレニアムより少し前に生まれた抒情的なメロディーのその曲は、いわゆる初恋を歌ったものであることはサランも知っている。ミナコがハミングするこの曲は、折に触れカバーされ歌い継がれてきた。ミナコの愛する二次元文化でも時々のアイドル声優達がカバーし、太平洋校でも合唱部の面々が時々美しい歌声を響かせている。


 それを窓辺で聞きながら、ジュリがかつて書いた物語のような淡い恋に似合いそうだとサランですら認める切なさがそのメロディーにはあった。しかしそれは、今耳にするには心理的な破壊力がありすぎる。


 


「おお、ご苦労だったな。愉快な文芸部プラス新聞部」


 生徒会執行室(仮)のドアを出ると、いつものごとくジャージに寝ぐせ頭のだらしのない二十代後半女性である学園長・ミツクリナギサがいた。手には番茶のボトルとせんべいの入った袋を持っている。どうやら本気で十四歳の子どもがしでかした他愛もないスキャンダルで暇を潰そうという魂胆だったらしい。


 それが証拠に、四人の顔を順繰りに見ると何やらニヤニヤした顔でグッとサムズアップをした。そして顔を近づけ、小声でひそひそと囁く。


「――良い良い、青春というものは色恋でやらかしてナンボだ。当校にいる間はせいぜいやらかしとけ。そして自分を楽しませろ。こんな孤島にいてはゴシップに興じるくらいしか娯楽がないのでな」


 かつて地球を救った英雄の一人である元少女が小声でそのように囁くのを聞いて、サランは笑顔を引きつらせた。ダメな大人の見本がここにいる……。

 

 しかしジュリは丁寧に頭を下げるのだ。深々と、誠心誠意を込めて。


 学園長はそれを見て再びニヤッと笑い、ドアを開けて生徒会執行室(仮)の中へ入る。そして何事か話し合いが始まった気配を確認してから四人はそろそろと廊下を歩きだす。

 そうするとさっそくリリイがタイガの腕にぎゅっと抱き着いて、べたべたと甘えた声を出し始めるのだ。

 

「たーちゃんありがとう、とっさに嘘ついてくれて~。私が不利にならない様にしてくれて~。だから私、たーちゃん大好き~」

「バカ、そんなのたりめーだろ? オレがリリイを売ったりするかよ、あんな底意地悪そうなお嬢相手によお。――大体自分たちは男のケツ追いかけまわして平気で校舎だなんだブチ壊しまくってお咎めなしってことになってんのに、オレらみたいな低レアが似たようなことやらかしたらこんな軍法会議みたいなもんにかけるヤツなんか信じられっかよ。アイツ絶対ロクなもんじゃねえ」


 緊張から解放されたためか、は~だりぃ、と呟くなり弛緩したタイガが頭の後ろで腕を組みながらぶつぶつと文句を垂れた。


「にしても、マジでえっらそーな女だったな。『ハーレムリポート』じゃ単にツンケンしてる素直じゃねえヤツって感じだったのに……」

「メジロ姉、まだ迂闊な口は叩かない方がいい。あの人は目も耳もいい。中米以外よりもっと面倒な場所に飛ばされたくないだろう」

「……なんすか、それ。脅しっすか?」


 歩きながらタイガはむうっと唇を尖らせる。タイガはもともとジュリ相手にはサランやリリイ相手に見せるあけっぴろげさを出し惜しむ所があるが、リングの交換以後それが露骨になったところがある。

 それどころか挑発するような口を叩く。


「それとも怖いんすか? あんなツンケンしたお嬢様が」

「ああ、怖いとも」


 ジュリはそれをあっさり肯定した。そうするとタイガは、ちょっと意外そうな顔になり、そのあと明らかに調子に乗っている時に見せるニヤニヤを浮かべてみせる。ただしサラン相手に見せる時の、タイガからみて庇護欲をかきたてる相手へみせるニヤニヤとは違う別種のものだ。それは威嚇や挑発に似ている。


「へーっ、意外っすね。行っときますけど、世界にはあんなお嬢よりおっかねえやつなんかいっぱいいますよ? 商売敵の人間は赤ん坊までブチ殺すようなヤツとか、腹減ってるからっつって買ってきたガキの肉鍋にぶちこんで煮込んで食う奴とか、てめえが助かりたいからってガキを弾避けに使うやつとか、ゴッロゴッロしてるっすよ? オレ今までそういうの見てきましたから」


 まるで自分の友達には近隣一帯に名を轟かせている大不良がいると自慢する小中学生のような口ぶりでタイガは胸を張る。断片的に聞かされるメジロ姓二人の経歴から、タイガがかなり治安の悪い一帯で生まれ育ったのも、なかなかの修羅場を掻い潜ってきたことも事実であろうと推測されるけれど、あの口ぶりではまるで説得力がない。サランはそんなことを考えていたが、今は口を利く気力もなかった。


「特級だかなんだかしんねえっすけど、あんなお嬢、オレなら秒で倒せるっすよ。秒で。後ろで並んでたおんなじ顔の人形みたいな連中込みで」

 

 ぷっとタイガが口からキャンディの棒を吐き捨てる。普段からあまり行儀がよくないタイガではあるが、こういった粗暴さを見せることは今までに無い。表情も、侍女込みでキタノカタマコを秒で倒せると豪語する者に相応しいギラつきを覗かせた。口元から覗く犬歯に凶暴さが見え隠れする。

 しかしそれは、リリイが素早くポーチからとりだしたキャンディを強引に口に突っ込まれたことで消えた。タイガが条件反射のように口をもごもごさせているうちに、リリイは素早くタイガが吐き捨てた棒を床から拾い上げる。


「では私たちはこの辺で~。これからたーちゃんの出撃準備がありますからぁ~」

「ちょ、待てってリリイ! 一言だけっ。……あのサメジマパイセンっ、オレあの、ちゃんと帰ってきますんでっ。パイセンも無事で……っ!」


 ほんの小一時間前に大暴れしていたことが嘘のような上機嫌でリリイはタイガの腕を引いて昇降口へむかってゆく。タイガはというとサランの方を向いて名残惜しそうに何かを叫んでいた。サランはそれに手を振って応じる。タイガが一瞬見せた剣呑な顔つきが気になったが追求する気は湧いてこなかった。きっと中米ではあんな表情をして侵略者は鉤爪型ワンドで容赦なく屠り、侵略者と手を結んだ人間はワンドを使わず素手かバール以下の鈍器で立ち向かい半死半生の目に遭わせているのだろうなと一瞬想像しただけだ。

 

 廊下にはサランとジュリ、二人が取り残されてしまった。

 頭上の三階は建築業者が呼び出されたのかすこし騒がしいが、ふたりのいる一階は静かだ。

 

 今回のスキャンダルに関する記録が全て削除されていたという学園長の発言が本当なのか確かめるため、サランは右手を振った。

 しかし当然、何も起こらない。リングのない右手では掲示板にアクセスできない。

 そのことに気が付いて、サランは左手を振る。ジンジャーブレッドマンに似たコンシェルジュキャラクターが御所望のページはなんですかと尋ねるのを無視して、文化部棟住人専用の掲示板を表示させてみたが閉鎖されている旨がメッセージで記されているだけであった。その他噂の痕跡をしらべてみたかったが、慣れない左手の作業ははかどらない。


「……これ、お前がやってくれたのか?」

「まさか。僕には証拠を残さずに学園のシステムに介入するような腕は無い。そんなことできる生徒は限られているさ」


 ジュリは不意に廊下によりかかりかけていた伊達メガネを外して、眉間のあたりをほぐした。キタノカタマコの前に出ていつものように疲れたのだろう。指の隙間から、いつものように隙なく美しい顔が現れる。眉間やこめかみをもみほぐす左手の薬指には自分のものだったリングがある。

 サランはそれが直視できない。


「……ワニブチ」

「なんだ?」

「ごめん。うちのせいでこんなことになった」


 居たたまれなくて、サランはペコペコ頭を下げまくった。米つきバッタの様に下げた。


「悪かった、本当に悪かった! うちがバカだったせいでお前にもみんなにも迷惑をかけた! お前、リングの交換なんてめんどくさいことはやらないって言ってたのに、うちはその信条を捻じ曲げさせた!」 


 ジュリの顔が見られずにサランは頭を下げたまましばらく固定する。気が付くと目の前が滲んでくる。だから余計に面をおこすことができない。泣いている自分などという格好悪いものをみせるわけにはいかないではないか。

 だのに廊下の上にぱたぱたと涙が垂れる。そのあとをサランはあわてて足で隠す。

 そんな粗忽な行動がすぐそばにいるジュリの視界に入らないわけがない。頭上で、気の抜けたような笑いがもれたのが聞こえる。


「……なんだ、まるで今日初めて僕に迷惑かけたような殊勝さじゃないか。やめろやめろ、むず痒い。大体お前がバカなのは一年の時から知ってるさ」


 ジュリはおかしそうに笑いながらそう言う。そのセリフにムッとしてサランは面をおこした。その瞬間、サランの額をジュリは左手で軽く小突いた。


「本当にお前はバカだな。恋愛がピンとこないと日ごろから言っておきながら、こんなリングの交換ごときで狼狽えて……。それじゃあこんなママゴト遊びを誰よりも真剣にとらえていると宣言しているようなもんじゃないか」

「……」


 それはそうなのだ。ジュリの言う通り、リングの交換なんて法の拘束力もなにもあったものではない、疑似恋愛を盛り上げるためのただのお遊びだ。太平洋上の孤島に囚われた哀れなワルキューレが生み出した恋愛ごっこを盛り立てるためのゲームだ。中には本気の者だっているけれど、大抵はこの学び舎の外に出てそれぞれの日常やそれぞれの自治体や国家や守っているうちに「そんなこともあったな」と懐かしくもいだすための縁になるだけのものなのだ。

 

 だのに、だ。左手薬指に慣れない感触があるというだけで、どうしてこんなに落ち着かないのだ。 

 

「たかがリングの位置ごときで、お前と僕の関係が変化するわけあるか。今まで通り、普通にしてろ」 

「──そうしたいのはやまやまだけど、正直難しい──」


 ぐいぐいと涙を拭ったサランはむくれてジュリを睨むように見つめる。場が妙な空気になったりしないように、意識してほおを膨らませて滑稽な顔を作る。しかしその状態では口が利けない。

 ふうっと息を吐き出したあと、サランは上目遣いにジュリを見る。


「――うちはワニブチにこういう決断を強いた自分が許せないし恥ずかしい。今地べたに穴が開いたら喜んで身を投げたいくらいに居たたまれない気持ちでいっぱいなんだよう」

「恥知らずなマネばかりするのに恥には過敏だな、サメジマは」


 わざと変な顔を作るサランの心情を汲んだのか、ジュリは笑顔で伊達メガネをかけ直す。そうするといつもの、自分探し真っ最中で傍目には迷走しているようにしか見えない文芸部長のワニブチジュリに戻る。


「僕は部室に顔を出してくるつもりだが、お前はどうする?」

「シャー・ユイに今日はもう顔を見せるなって出禁くらったからうちも宿舎に戻るよう。出撃準備もしなくちゃならんから」

「そうか」


 ジュリは微笑む。元が申し分ないぶんいい笑顔だ。


「じゃあ、気をつけるんだぞ。……それから普通にしてるんだぞ」


 こつ、と最後に額を小突いてジュリは部室の方へと去って行く。サランはその後ろ姿をふくれっ面で見送る。

 



 普通にしろ、ジュリはそう言った。

 確かにそうだ、サランだってわかる。そもそも人類がこんな指輪型電子機器の位置ごときに惑わされてどうするのだ? まして自分はこういう話に全くピンとこないやつだったじゃないか。


 だというのにどうして今普通に出来ていない? ミナコの鼻歌ごときに心を乱されているのか。


「ちょ……、止めよう。気仙沼さん! 今、それ聞くとそれ、心臓に悪い……!」

「? 鮫島氏がそういうのであれば止めるでござる」


 ミナコはそういって素直にやめてくれた。が、どういうわけか男風呂の脱衣所の方から、ふんふんふふふーんふふ……とのんきなハミングが聞こえてきた。ミナコのハミングにうっかり被せてしまったらしいが、二人が怪訝そうに沈黙しているのに気づいてごまかすように咳払いをしている。確かに人の鼻歌に被せてしまうのがバレるのは相当恥ずかしいだろう。

 男風呂の客は、二人がフルーツ牛乳を飲みながらうだうだと語っている時に風呂から上がってきていた。二人よりずっと早風呂だった。他人の鼻歌に被せてくるなんて厚かましいやつだな、という思いと、鼻歌に被せたことがバレてしまうのは相当恥ずかしいだろうな、という思いがサランの中でぶつかって対消滅する。


 そもそも今は男風呂の厚かましい客など気にしている場合ではない。


 よりにもよって何故そのタイミングで、放課後の校庭を走る君を遠くから眺めるような曲をハミングするのかということだ。


「いやだから、恋とかそういうのじゃないよう! 気仙沼さんっ!」

「そうでござるか。それは失礼でござった。しかし傍からみれば鮫島氏の取り乱しっぷりは噂にきくそういうやつでござるまいかと思ったものでつい」

「大体だなあ、恋、恋っていうのはアレだろ? 胸がキューンってのがするんだろ? そういうのは無いぞっ? 」

「某も女体を想って尾てい骨が疼く感覚なら分かっても他人を想って胸が痛むというのはどういうものかよくわからんでござる」

「断っとくけど尾てい骨が疼いたりもしないよう!」


 サラッととんでもないことを言いやがるなケセンヌマさんのやつめ……! と言い返したくなるサランだが、ひとまずそこは置くことにした。とりあえず大嫌いな兵装を身にまとい、乾かした髪を手早く編みながら、ながらサランは言葉をまとめてゆく。


「ただうちはだな、鰐淵のやつとはこのまま普通に友達として仲良くしたいってだけだだよう! 高等部に進学しても、そのまま卒業してもできればそのまま友達でいたらいいなってことくらいだようっ。ずーっとそういう関係が続けばいいなって……」

 

 あ。

 髪を編む手が止まった。

 自分でやけくそになったように言葉を継ぎがながら、今まで腑に落ちなかった部位がクリアになりそうな気がして、サランは自分の胸の内を意識する。

 ただ自分はジュリがシンプルに好きなだけなのだ。特別で、大切なのだ。

 恋だか愛だか友情なのかは分からないが、失いたくない存在であるのは確かなのだ。

 その気持ちを、恋だ愛だ友情だと鑑定する行為がどうにもこうにも理解できないのだ。どうしてみんな、当たり前のように「好き」が一体どういったものであるのか判別できるのか。できないと人に問題があるように扱うのか……。


 クリアになりかけた気持ちがしばらくするとまたモヤモヤした影がかかる。サランはあわててぶんぶんと頭を左右に振ったが、思考をよどませる影はもう追い払えなかった。


 そんなサランへ、セーラー服にブルマという兵装姿になったミナコは眼鏡型ワンドをその顔にかけた。大きな目が一層大きくなる。リングが使用できない九十九市ではワンドの格納庫が開けないため、学園から直接携帯する必要があるのだ。

 そのユーモラスな顔で、ミナコはサランをひたと見つめる。


「鮫島氏が鰐淵氏を友ととして好きなのは真実なのでござろう?」 

「――う、うん」


 好き、という言葉は他人の口から聞かされると妙に気まずいな、とサランは思いつつジャージのズボンに足を通す。

 ミナコはいつもの甲高い早口で淡々と言葉を継ぐ。


「鮫島氏の話を聞いてよくわからぬのはどうして鮫島氏がリングの交換をさように大仰にとらえるのかということでござるよ。仲良しどうしがリングの交換をする、なにも問題がござるまい」


 それは――と、サランは言葉を継げようとした。

 パトリシアやリリイなど、第三者から口を差しはさまれたのも不愉快だし、そもそも自分だけの感情をリングの交換などという可視化される行為に変換するのがどうにも受け入れがたかった。自分がジュリへ抱いている、いい奴だな、好きだな、という感情を、ありきたりな型にはめるようでいやだったのだ――。

 と、ミナコへ訴えかけたかったが時間が間に合わない。ミナコは姿見で自分の全身をチェックしながらなんでもないことのように付け足す。


「方便でもなんでもお主とならばリングを交換しても拙者は構わぬという相手と巡り合えたのは間違いなく幸運の一つでござろう、鮫島氏」

「――」


 その言葉はサランの胸に響く。

 その衝撃が思いのほか重くて、ジャージのズボンに足を通そうとしていた着替えの動きが一旦止まってしまった。

 

「某はこういう気質故、そのような相手に巡り合うことに往生しているので鮫島氏が少々羨ましいでござる」

 

 では某は外で待ってるでござる、というミナコへ向けてサランは声をかけていた。


「あのさあ、うちは気仙沼さんのこと好きだよ。機転が利いてたよりになるし。正直その『ござる』ってのはどうかと思ってたけど!」

「かたじけないでござる。某も鮫島氏の口が悪いのに気ぃ使いな所とか好きでござる。画業へのインスピレーションは期待できぬでござるが」

 

 うるせえよう! と照れ隠しのように吐き捨てながら、サランはミナコと並んだ。番台の主に頭を下げ、からからと引き戸を開く。


 さて、これから宿舎に帰って食事をとってひと眠りして、明日には学園島へ帰島するのだ。そして帰ったら、いつもどおりの毎日を再開するのだ。

 きっとまだキレているシャー・ユイに謝って、部誌の編集を手伝って、めんどくさいメジロ姓二人の相手をしてやって、そして絶対美味しくないのに雑コーヒーを飲んでるジュリの元へ帰るのだ。だってこのリングは婚約エンゲージだ。帰島して、サランのリングを返してもらって今までどおり右手の薬指にはめる。

 

 それだけで普段の毎日が復活する。サランはジュリと、そのほか文芸部のメンツままでどおり楽しい文化部棟生活を始める。それだけでいいのだ。


 本当に普段通りしてればいいだけじゃないか。だって自分は、ジュリが好きなだけだ。今までどおり、普段通り、同じように好きなだけ。


 サランは島に帰ってからのことを思い浮かべて、うんと伸びをする。普段どおり普段通り、普段通り……。



「マスター⁉」


 引き戸を開けた先には一人の少女がいた。背中をこちらにむけていたが、二人が引き戸を開いた音と気配に合わせて振り返る。その少女を見てサランとミナコは目を見開く。

 少女は、コンビニで購入したと思しきアメリカンドッグにむしゃむしゃかぶりついていた。年頃は十二、三歳。その口元にケチャップと小麦粉の屑がついているのがあどけない。

 

 しかしその髪は見事に白い。白銀のような髪だった。街灯の光を反射してダイヤモンドダストのようにちらちらときらめく。

 少女は二人を一瞥するなり、あからさまにガッカリしてみせながら付け足す。


「……すまない。人違いだった」


 そしてそれきり二人に興味を失くしたようにアメリカンドッグに再度かぶりつく。

 しかし、サランもミナコも対応できなかった。できるわけがなかった。


 目の前にいる少女は二人が何者なのか全く無頓着、おそらく九十九市の一般市民だとでも思いこんでいるのはその対応で明らかだ。しかし、二人にとってその少女は違う。

 白銀の髪、人形のように整いすぎた容貌、外見年齢十二~三、常に何かを食べていたがる異常な食欲、そしてある人物を「マスター」と呼ぶ。

 そんな少女に二人はなじみがあった。なぜなら彼女の姿は学校内でとてもよく目立っていた。学校内でおきる騒動の中心地帯に、いつも彼女はいたのだから。


 正式名称はソウ・ツー。通称はノコ。

 フカガワミコトのワンドである筈の、少女だ。

 現在消息不明中、男子でありながらワルキューレ因子を持つ男子だけが起動できた、貴重なワンドだ。


 サランの頭は目の前の現実が理解できず、頭の中が真っ白になる。何故にどうして、ノコが目の前にいて、アメリカンドッグを食べてるのだ……?


 そんな思いから硬直していると、からからと男湯の方の引き戸が開いた。アメリカンドッグを食べていた白銀色の髪の人造少女はぱっと顔を輝かせる。

 二人も言葉を失したまま、顔を男湯の出入り口へ向けた。


「ノコ、上がったぞ。待ったか?」


 肩からかタオルをかけ、ありふれたTシャツとスウェットのパンツ姿で現れたのはサランたちとそう年齢の変わらない少年だった。そして一方的に、非常によく見知っている少年だった。


 その少年のもとへ、ソウ・ツーは駆け寄る。その足取りがぴょんと弾んでいる。

 

「ノコ、待ったぞ。24分54秒待った。腹が空いたから近所のコンビニでコイツを買った。結構うまいぞ。マスターも食うか?」

「! この街の人の前で姿を見せたらだめだろ、怪しまれたらどうする……、?」


 硬直する二人に気づいたのか、少年も顔をこちらに向ける。そして、セーラー服にジャージのズボンとブルマを組み合わせている奇妙な二人をジロジロと見回す。

 そしてその表情を徐々に変化させた。焦り、驚愕、闘争心、それらをにじませる少年の容貌それ自体は、サランの地元に山ほどいたようなごく普通な中学生のそれだ。



 至近距離で見ても、深川ミコトはそこいらへんにいるような男子中学生にすぎなかった。

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