#14 ゴシップガールすら洟も引っ掛けない程度のゴシップ

 ◇ハーレムリポート 電子個人誌ジン版 #46◇


 はいは~い。前回は無駄にびっくりさせちゃってゴメンね、な、レディハンマーヘッドだよ。ただいま地下に潜伏中~。だってまたおっかない高等部に進学遊ばしたアクラナタリア先輩率いる風紀委員長さんがワルキューレの品位を下げるいたずらゴシップガールをとりしまるかもってな話が出始めてるんですもの、やだ怖~い。

 初等部風紀委員は今や生徒会長キタノカタマコ様の管理下におかれているわけだけど、まだまだアクラ先輩のご威光も強いから余談を許さない状態。アクラ先輩はワルキューレ憲章第一って方だから、ワルキューレの品位を下げるようなお行儀の悪いゴシップガールなんて粛清の対象ってわけ。ああ怖い。スリリング。だからこそ地下潜伏生活ってば一回始めるとクセになるものみたい。


 だからそのまま息を顰めてるつもりだったけれど、そうも言ってられなくなっちゃったみたいじゃない? だってフカガワミコトとタツミちゃんノコちゃんカグラちゃんが乙種迎撃作戦に出てから行方不明になったなんて大事件が起きちゃってるじゃない? 連絡もつかずに消息を絶ってしばらく経つじゃない? 

 どうやら乙種の未知の攻撃を食らって出撃先から方々に飛ばされた──なんて話も出てるっぽい。マコ様は方々にかけあって情報取集にあたってるみたいだけど、今のところ進展はなし。うーん、四人はどこにどうやって何してるのかな? マコ様としては気が気じゃないよねっ。一人だけ仲間はずれで面倒な事後処理にあたってちゃあね〜。


 それにしても最近動きがないし退屈~、ゴシップガールも廃業かな~……なんて、油断していたとたんにこれだからやめられないわ。てなわけで次回の更新をお楽しみに。


 

 ──あ、そうそう、前回の更新にコメントくれようとしたみんなありがとう〜。この個人誌ジンコメ欄なんて最初からないっつうのに。


 ◇◆◇


「鮫島がいるから僕は助かっている」


 リングの機能を介して手紙をやりとりする際、ジュリはいつも白い一筆箋状のフォーマットを用いる。

 サランはジュリの手で書かれた「鮫島」の二文字を見るのが好きだった。本人にわざわざ告げたりはしないが。


 四月某日――、確か教室でフカガワミコトとミカワカグラとソウ・ツーが弁当だかお菓子だかをめぐってじゃれあい、メジロタイガがわざわざ教室までレディハンマーヘッドの取材に訪れたその日にサランが拡張現実上のノートをちぎって送った手紙に対するジュリからの返信にはシンプルにそう記されていた。

 シモクツチカに再会する前日、メジロリリイに粘着質な嫌がらせを受けた日に預かった手紙だ。その場で読まれると恥ずかしいので一人になってから読めと手渡されたものだ。だから言われた通りベッドの上で一人寝ころんで読み、あいかわらずクサいこと言うやつだなあ……とジュリは満足してヒヒヒ~っと笑い、ファイルにしまったのだった。


 六月某日、めでたくシャー・ユイが自作の挿絵にケセンヌマミナコを起用することを一応快諾し、久々にキタノカタマコにシモクツチカの侍女として呼び出されて警告を受けたジュリが疲労困憊していたその日の夜、サランは宿舎のベッドの上でそれを表示させて読み返していた。

 疲れ切っていたジュリに遠慮して口にはしなかったが、サランの胸にはまだパトリシアに言われた皮肉が突き刺さっている。


 ――


 それは、サランが嫌ってやまないシモクツチカを否応なしに呼び覚ますのだ。

 人のことをコバカにするくせに、恋愛をして大人ってゆく少女たちがでてくる百年も前の小説を熱心に読んでいた、お嬢様だの不良だのなんだのと言われてはいたけれど所詮そこいらにいる小娘でしかないあの女。


 小さく手を振ることで手紙を消し、そのまま月明りに右手をかざす。薬指にはリングがある。シンプルな銀色だが光の加減でシャボン玉のように輝く。


「――」


 ジュリの左手にこれがあったらどうなるか。

 そんなことをうっかり考えてしまったことが屈辱的で、枕に顔をうずめる。


 うちとワニブチはこういう仲でいいのだ、誰ともなしに心の中で呟く。半ば言い聞かせるように。


  


「いくわよ、たーちゃん。もう一回頭からね。……『固き友愛、永久の絆、再び一つとなった戦乙女の魂を、かの地にて我らを見守りし泰山木マグノリアの女神に捧げん』。はい復唱」

「……えーと、固き友愛、永久の……とこしえの、なんだった? リリイ?」

「永久の絆! ――もうっ、たーちゃんてば、初めてってわけじゃないんだからいい加減覚えて頂戴っ」

「んなこと言ったってしゃーねえじゃん、オレの頭はこんな呪文みてえなウニャウニャした文章いちいち覚えてられるようにはできてねえんだから! 大体ただリングとっかえりゃ済むことだろ? マジで意味わかんねえ!」

「そういうものなのっ、儀式なんだから意味が必要なんじゃなくて『意味ありそう』なのが大切なのっ! 要は雰囲気なのっ!」


 白く肉厚の花を咲かせた泰山木マグノリアの木の下で、メジロ姓の二人はぎゃあぎゃあと怒鳴りあう、という形のじゃれあいを始めた。

 その様子をサランはやや離れたところであきれながら眺めていた。明後日、タイガが再び中米に出撃するというので声をかけにきたらこの有様だ。


 学園島、校舎と宿舎の間にある裏庭には一本の泰山木マグノリアの木がある。

 いつのまにやらその木にはワルキューレたちの友情や友愛を見守る女神が宿るとされ、その木の下で婚姻マリッジ婚約エンゲージの儀を執り行ったふたりの絆は永遠のものになる――という伝説が生まれていた。

 作者不詳の呪文めいた請願文を唱えたあとにリングを交換する、それが儀式の一部始終である。完全に雰囲気だけで出来上がっており別にやらなくてもいいような儀式ではあるが、甘ったるいが故にロマンティックなものを好む一部ワルキューレ達には人気があり執り行いたがる者は後を絶たない。

 今でも二人の後ろにずらりと順番待ちのワルキューレ達が列を作っていた。いらいらした風情で、メジロ姓ふたりの儀式が終わるのを待っている。


 学園内の大部分はフカガワミコトやトヨタマタツミ以下フカガワハーレムメンバーである特級ワルキューレ達が出撃先から帰還せず消息を絶っているという一件による緊張でピリピリしている。彼、彼女らは無事か? 突然現れた乙型の攻撃とは何か、時空に干渉するタイプなのか? 生徒会メンバーや教職員、理事達の雰囲気はどこか殺気立っているが、一通りの衝撃を共有しあった低レアワルキューレ達はとっくに各々の日常に復帰していた。

 フカガワハーレムのメンバーが行方不明になろうが消えようが、世界のどこかに必ずランクの低い侵略者は現れる。そして誰かがそれに対応しなければならない。そうしてようやく世界全体にも安定した平和な日常も訪れるのだ。


「お前らいい加減にしろよう、後がつっかえてるぞ?」


 行列に並んだワルキューレ達の苛立ちが強まる気配を察し、仕方がないのでサランは急かすことにした。


「大体こんなもん、シャー・ユイが小説で勝手にこさえた設定が元になってんだぞ。お前らが考えてるような由緒や伝統なんてものは全くないんだぞ?」

「! マジすかパイセン! やる意味ないんすか、このわけわかんねー儀式!」


 それを聞くなりタイガが猫目をぱっと見開く。形式を重んじるリリイに付き合わされてうんざりしていたのだろう。

 しかしサランはうっかりこの伝説の正体をバラして激しく後悔した。リリイ、そして大人しく順番を待っている形式を重んじる派のワルキューレ達が無粋なサランを睨む目つきに怯んだためだ。ああ、言わんでもいいことは言うべきではなかった……。


「ああ~……。まあ、アレだ。鰯の頭も信心からって言うことだし、やる意味全くないってことは無いかも――だよう?」

 

 乙女の学び舎に伝わる可憐な伝説をよりにもよって鰯の頭に准えたためか、リリイの顔面がまた般若のようになる。

 あ~もうめんどくせえ……と、焦れるサランの目の前でタイガは何を考えていたのか。般若の形相を引っ込めたのちに子供っぽく唇を尖らせて俯くリリイを見つめると、ひょいと何気なく妹分の右手を取った。そしてその白くほっそりした右手薬指からリングを抜き取るなり、よく日に焼けた自分の左手の薬指に嵌める。


「ったく、リリイはこういう甘ったるいのが好きだよなあ。昔っから……」 


 兄貴風を吹かせる少年のようにそう言うなり、自分の右手薬指からリングを抜き取るとリリイの左手を取って薬指に嵌めるのだった。ムードもなにもあったものじゃない粗雑なやり取りにリリイは気を悪くする――と思いきや、結局やっぱり笑顔になっていた。結局、リングの交換さえすめばいいらしい。

 タイガはさっさとリリイの手を引き泰山木マグノリアから移動する。そしてタイガは満面の笑顔でサランへ向けて手を振った。あいかわらず猫顔なのに行動様式が子犬のようだった。


「お待たせっす、サメジマパイセン!」

「ああもう、待たされたよう。なんでお前らのリングの交換なんか立ち会わなきゃなんないんだ、アっホらしい」


 知らなかったとはいえ顔もみていないまま危険な出撃先に送り出した先月の後悔から、もしタイガが今度また出撃するときにはその前に声をかけようと決めていた。気をつけろよ、とか、お前アホの子なんだからリーダーのいうことはよく聞けよ、とか、無理しないで生きて帰って来いよ、とか、まあありふれたそういったことを、だ。そのついでに渡したいものもあったのだ。


「ほらよ」


 学園島のあちこちに咲くハイビスカスの下、サランは渡したいもの――薄い冊子一冊――が入っているトートバッグをタイガに押し付ける。

 中に入っているのは先ごろ増刷した『ヴァルハラ通信』の最新号だ。トートバッグの中からそれを取り出したタイガと一緒にのぞき込んだリリイがともに怪訝そうな表情になる。


「やるよう。中にケセンヌマさんの描いたエロい絵がある。それ切り取って身に着けてると弾避けになるって兵隊さんの間で評判になってんだ。うちからの鰯の頭ってやつだ、とっとけ」


 大体お前はアホの子のくせに自分は早死にするとか軽々しく口にするし、中米なんてゲリラやマフィアと侵略者ががっちり手を結んでいるような一筋縄でいかない危険なところばかり行きたがるし、自分の命を大事しろ。怖いだろ――と、慣れない先輩風を吹かす恥ずかしさから、サランはぶっきらぼうな早口で付け足した。そしてそのまま立ち去る予定だった。文芸部副部長としての業務が待っているのだ。

 が、トートバッグを受け取ったタイガは猫目を大きく見開いていつもの飴を口の中で転がすのも忘れてしばらく無言でたたずむ。

 サランとしては予定が狂う。どうせ、あざっすパイセン! とか、うっわバリエロいじゃないすかなんなんすかこの絵! とか、そういうアホ丸出しの反応をよこすばかりだと思っていたのに、だ。


「……あ、ありがとうございます」

 

 猫目の下、頬を少し赤くそめてしおらしい声でそんな風に言うものだから、わけのわからぬ衝動に襲われて、ニャアアア! というような奇声を上げてサランはタイガの頭にチョップを食らわせていた。なんの落ち度もないのに制裁をくらったタイガは勿論抗議する。


「ちょ、なんなんすか! なんでまたシバくんすかっ? 今さっきオレ変なことも言ってねえしやってもねえんすけどっ?」

「うるせえ! お前がそうやって普通の態度をとるとこっちはむずがゆいんだ……ってうわわっ!」」


 怒鳴るサランの目の前に閉じた日傘の先端が突き付けられる。その向こうには般若顔のリリイがいる。紫外線対策よりも今はサランへの報復と警告が先だと判断したらしい。日傘の柄を引き先端に左手を添えるというシャレにならないポーズをとる、リリイの目は完全に据わっていた。


「――サメジマ先輩~? どういうつもりなんですぅ~、私の目の前でどうしてたーちゃんにそういうものを渡したりするんですぅ~? 前に私、言いましたよねえ? たーちゃんはキュン・即・斬な子だってぇ~?」

「お前の目の前だからだろうがバカ! お前不在の場所でトラ子に直接渡したら絶対ブチ切れる癖にっ。……あーもう本当にめんどくさいなお前らは!」


 扱いづらい後輩二人を前にしてサランは音を上げたくなる。なんだよ、キュン・即・斬て? と、トートバッグを抱きしめるタイガがのんきな口調で呟くのにサランは殺気を覚えた。



 トートバッグを手ににこにこ機嫌の良いタイガ、それに反してサランへ向けて敵意まみれな陰険な視線をずっと向け続けるリリイ。この二人(特にリリイ)を放置するのは文芸部にとってロクなことにはならなさそうだ。適当に機嫌でもとってやろう。

 そんな判断を迂闊に下したことを小一時間後のサランは悔やむ羽目になる。


 売店のベンチはサランにとってあまり愉快でない記憶のある場所ではあるが、安上がりに冷たくて甘いものでも食べながら話をしようとするとどうしても選択肢が限られてしまう。

 旧日本では百年単位で親しまれているソーダ味のアイスキャンディーを買ってから、サランは後輩二人を座らせたベンチの端に座る。真ん中にはリリイ、その右側にはタイガ、左側にサランというフォーメーション。この配置に、タイガは不服そうな表情をうかべてサランの手渡したソーダアイスに歯をあてる。


「……そんな警戒しなくっても大丈夫っすよ。この前クソほど怒られたんすから、もうなんにもしませんって」

「うるせえな、うちはお前ら二人の痴話喧嘩に巻き込まれるのはうんざりなんだっ! いらない誤解をリリ子に与えないようにしたいんだっ!」


 痴話喧嘩、と聞いてリリイはまんざらでもなさそうにニマアっと笑いながらアイスを舐め、タイガはちょっとつまらなさそうにガリガリかじる。

 サランはアイスがほどほどにもろくなるまでしゃぶりつつ、気になっていたことをふと尋ねた。


「それにしても、お前ら出撃の度にあんなことしてるのか? 面倒じゃないのか?」

「面倒すよ!」


 串カツでも食べるような速度でアイスキャンディーを食べながら、力いっぱいタイガが答える。リリイがむっとした顔を無体な姉貴分に向けたので、サランは慌てて言葉を継いだ。


「そんならもう婚約エンゲージじゃなく婚姻マリッジしちまえばいいんじゃないかよう? だったらもう出撃の度にあんなクソ面倒な儀式なんかしなくて済むんだし」

「! ですよねぇ~? 先輩もそう思いますぅ~?」


 途端にぱあっと笑顔になるリリイはさっそく自分の右隣にいるタイガに必死に詰め寄る。


「ほらたーちゃん、サメジマ先輩もそう仰ってることだし、今度の満月の夜には婚姻マリッジしましょう? ねえっ、ねえねえっ」

 

 本当にそうしちまえばいいのに。

 サランは自分のアイスに歯を当てながら心の中で呟く。そうすればメジロ姓の二人から妙な絡まれ方をする機会も減るだろう。アホの子のタイガと純情陰険娘のリリイ、二人を同時に相手するのは骨が折れるのだ。

 なのにタイガはいやにきっぱりと言うのだ。


「嫌だ。やらない」

 

 ガリガリとアイスの最後の一かけを口にいれ、タイガはもぐもぐと口を動かす。顔を思い切りしかめたのは、急いで冷たいものを食べたが故の頭痛に襲われせいだろう。

 

婚約エンゲージはいい。でも婚姻マリッジはやらない。学校にいる間は絶対やらない。前にも言ったじゃねえか。やるとしたら卒業してから。だからえーと……大体二年後か。それまで待てって」


 いやにタイガはきっぱりと答える。

 リリイはうつむき、不満そうに唇を尖らせて言い募る。


「……嫌よぉ、私そんなに待てない。大体『いついつになったら結婚しよう』みないなそういうのこの学校じゃあ不吉だもの。絶対早い方がいいったら、たーちゃん」

「えー、でも婚姻マリッジって結婚ってことだろ? もしうっかりそんなもんしちまった後オレになんかあったらどうすんだよ? リリイ、未亡人になっちまうじゃん。この世にいないオレに縛られるリリイとか見たくねえよ。そういうの辛えし」


 ――おいおい、ちょっと待て。


 自分のアイスがぽたぽた滴を垂らしているのも気づかず、サランは二人のやりとりで引っかかった点をピックアップする。相変わらずアホの子の癖に、タイガがリリイを後において先に死ぬつもりである点にも注意と指導を促したかったがそれ以前にだ。


「あと二年で卒業って、お前ら初等部で卒業するつもりなのか? 高等部には進学しないのか?」

「? はい」

「その予定ですけど?」


 サランの問いかけに、メジロ姓の二人はきょとんとした顔つきで答える。全く、それの何がおかしいのかと言わんばかりの表情で。

 とりあえず溶けかかっている自分のアイスをかじって、サランは考えをまとめた。


 ワルキューレ養成校は初等部・高等部・専科からなる。初等部と高等部が三年制、専科が四年制だ。

 外世界まで赴くこともあるような大型作戦に指揮することにもなる将官クラスのワルキューレになるための訓練・学習・修養をつむ専科まで進む者は稀だが、大抵のものは卒業と同時にどんなに不熱心でも士官相当の階級が与えられる高等部まで進学する者が普通だった。

 一度でもワルキューレになったものは生涯ワルキューレ、一般社会に復帰しても予備役として有事の際には必ず駆り出される身分である。それならば有利な権限を手にしておきたいと考えるのが人情ではないか。低レアで不熱心なサランだって、一応は高等部卒業までは頑張るつもりだった。

 初等部卒では下士官相当の権限しか与えられない。これでは民間人にすら舐められる。一般社会に復帰して平穏な日常を過ごしている所に、丁級侵略者が出てきたからちょっと相手してくれだとか、一般市民あいての防災訓練に協力してくれ……等々、小娘だと侮られて少額の金一封でお気軽に呼び出されてプライベートを台無しにされてしまう。そんな事例も珍しくないのだ。

 高等部に進学せず初等部卒で学園島を去るワルキューレもいないことはないのだが、心身にダメージを負って進級が難しくなった等の理由がある者が殆どだ。



 タイガは激戦区である中米に何度も出撃しては生還している上級相当の実力を持つワルキューレである。リリイも特級ワルキューレであるジャクリーンの大型甲種掃討作戦への参加を命じられる程度には実力を認められている。高等部への進学は難しくない筈だ。


 なのになぜ、初等部で卒業すると当たり前のように決めているのだ?


 サランの胸の内がざわついた。初等部生にも関わらず激戦区への出撃を志願するタイガや、みずから無茶なスキャンダルを画策してアイドルとしての注目度をあげようとするリリイ。メジロ姓二人の生き急ぐような態度とそれは見事に合致している。それに気が付くと、この前パトリシアと交わしていた目白児童保護育成会なる組織にまつわる黒い噂を意識しないわけにはいかなくなる――。


 寒気に襲われるサランに気づいていなさそうなタイガが、制服の胸の当たりやスカートをぱたぱた手のひらで叩いていた。何かを探しているらしい。しまいには立ち上がってスカートのポケットを探るが、探し物は見つからないようだ。諦めたのか、隣の妹分に声をかける。


「――つかリリイ、飴持ってねえ? もってくんの忘れたみたいなんだけど」

「もう~。気をつけなきゃダメよぉ、たーちゃん。あっちで忘れちゃったら大ごとよぉ?」


 呆れてみせるがどこか嬉しそうな口調のリリイが、いつも持ち歩いてるポーチから例の棒付きキャンディを一本取り出すと、フィルムを剥いでタイガの口元まで差し出す。ビーチではサランの視線を気にしていたはずのタイガなのに、今日は頓着せず「悪ぃな」の一言だけを寄越し口を開けてぱくっと咥えた。そして無言でコロコロと転がす。

 

 薬でもある飴を、だ。


 どういった種類の薬なのか察するしかないサランは、溶けかけている自分のアイスを舐めて話を戻した。


「――まあ、お前らにも事情があるのかもしれないけどさあ、高等部まではいた方がいいんじゃないかあ? 初等部卒の予備役は自治体やら警察やら軍の人やらにパシられて死ぬほどめんどいって聞くぞ?」

「お気遣いありがとうございます~。でもそれまでにナメられないように名前を売っておく予定ですから~」


 サラン相手にふふーんと笑って見せるリリイは、しばらく前まではタイガのものだったリングのはまった左手を小さく振った。そこから小さくワイプが表示され、動画が流れる。先日のジャクリーンの伝説のライブと称されるの大型甲種掃討作戦に参加したときの動画だ。なのに映し出されるのは、バックコーラス兼ダンサーのリリイがカメラで抜かれた瞬間ばかりだ。

 海上に用意した特設ステージでジャクリーンは歌い踊る。全世界に配信されたライブを見たファンによる応援が数値化されたものがジャクリーンのワンドであるアンプに伝わり巨大な波動に変換される。世界トップクラスの歌姫でもあるジャクリーンの圧倒的なパフォーマンス、そしてファンの声援の生み出したパワーがその日その時天空より出現すると予言された有翼の巨人の姿をした大型甲種を直撃し、元いた世界へ追い返す……という、ケセンヌマミナコにかかると「ミンメイアタックみたいなもんでござるな」と一言で片づけられてしまった稀代の大作戦の動画をファンが独自に編集したものらしい。

 

 リリイはその他にワイプをいくつか表示する。ワルキューレファンのサイトやアイドル情報誌、そのどれにもアイドルとして申し分のない笑顔を浮かべてポーズをとり、うっとりするような歌声を響かせるリリイが映っている。

 部員たちが忙しそうにしても我関せずと暇そうにしているリリイだが、アイドル活動は地道に継続していたらしい。

 

「いくら初等部卒の予備役ワルキューレでもぉ、一流アイドルになっちゃえば多少は尊重されるでしょお~? ま、一日警察署長さんとかならやってあげてもいいかなあって思いますけど~」

「ん~まあ、確かにお前らが初等部にいる間に一流アイドルになれれば問題ないとは思うよう? でもこのデイリーアイドルランキング32位ってなんだよう? 慢心していい位置なのか、それ?」 


 ワイプの一つを指さしてサランは訊ねた。しまった、と気が付いたのはリリイが無言で俯いた直後である。 

 何気なく口にしたサランの一言がまた、リリイのプライドをいたく傷つけたらしい。


「大丈夫っすよ、リリイは歌うめえし超美人で可愛いし、これからいっくらでも巻き返せますって。オレも新聞部でゴリ押し記事書いてバックアップしていきますし!」


 タイガはどんと胸を張るが、残念ながら説得力に乏しかった。信仰に近い域でタイガを慕っているリリイですら、俯いた顔を起こそうとはしなかった。サイドの髪が顔に影を落とす。

 意図せず地雷を踏んでしまったことを謝らねばとサランは慌てる。

 しかしもう遅かった。数秒たってから起こしたリリイの面はじっとしりた陰気さにまぶされていた。じっとりした目でちろりとサランを横目に見る。


「――一つお尋ねしたいんですけど、どうしてサメジマ先輩はリングを交換なさらないんですかあ?」

「あァ? ……なんだよう、露骨に話変えやがって」


 リリイは攻撃の意志を隠さずにサランをじろっとにらむ。これより、サランの失言に対する報復を行う、という意味らしい。

 その右隣で、タイガも身を食い気味に乗り出した気配があった。


「あ、それオレも気になるっす!」

 

 リングの話題を出されると、その問題に関してここ数日非常に過敏だったサランの脳裏にはパトリシアの皮肉とツチカの人をコバカにしまくった表情が連鎖して閃く。当然機嫌は悪くなり、後輩に謝ろうとした殊勝な気持ちも消える。

 全くどいつもこいつもこの前からどうして他人のリング事情に興味を持つのだ――という不愉快さをなんとか押し殺して、サランはぶっきらぼうに答えた。陰険な後輩の思惑に乗ってたまるか。


「馬鹿じゃないか。そんな相手いないからに決まってるじゃないかよう」

「ワニブチ先輩はそういうお相手じゃないってことですかぁ~?」

「あァ⁉」


 棒付きキャンディをゆったり舐るときと同じようにアイスキャンディを舐めながら、じっとりした目つきでサランを見るリリイの口ぶり。

 それを聞いたとたん、蘇るのはやはりあの顔に赤い花を咲かせたようなパトリシア・ニルダ・ゲルラだった。ぬるっとした雰囲気、にやあっとした笑顔、チンピラぶりっ子な口調まで一緒に思い出される。せっかく押し殺そうとしていたのに、火の無い所に煙をたてようとされたその不愉快さが蘇り、サランの声が一気に険しくなる。喧嘩にのってやるものかという冷静さが失われる。


「んなわけないだろ? うちらは友達だよう、友達」

「ふーん、ふんふん。そっすか~、友達っすか。友達」

「たりめーだろうが。人間誰しも好意をいだけば即恋愛って方向に突き進むもんじゃないってことだよう。大体世間は友情という感情を軽んじすぎだよう。やつらはなんで友情を恋愛の下位互換扱いする? もっと尊べばいいんだ」


 露骨にうれしそうにするタイガの反応が気になったが、サランはひとまず流すことにした。シモクツチカと再会後、どうにもこうにもむしゃくしゃしていた思いがこれをきっかけに堰を切ってあふれだした為だ。


「そもそもうちはだなあ、恋愛ってやつが嫌いなんだっ。あんなもん、所詮発情期の言い替えだっ。くっつきたいとかくっつかれたいとか、こすりたいとかこすられたいとか、つっこみたいとかつっこまれたいとか、そういうので一時的に頭がボーっとなってる状態のことをこの数千年人類は大層に言いすぎてるだけだ!」

「やだぁ~、サメジマ先輩ったら。みんな見てますよ~」

「うるせえな、そもそもお前が振ったネタだろうがようっ⁉」

「私は『どうしてワニブチ先輩とリングを交換なさらないんですか』って尋ねただけです~。お二人とも仲良しみたいだからリングの交換なさったらいいんじゃないですかって思っただけですけどぉ~」


 そうすればタイガがサランに余計なちょっかいをかけることもなくなるだろうに――と、サランを土俵に引っ張り上げることに成功したリリイがうっすら笑いながらもジト目で語りかける。


「別に私は恋愛云々の話なんてしてませ~ん。恋愛がどうのって話に運んだのは先輩の方ですぅ。――大体、サメジマ先輩ったら恋とか愛とかシモクさんって人の話なると急にムキになりません? 文芸部さんにお世話になるようになってから、気になってたんですけど~?」

「シモクってあの例の、アレっすよね! シモクインダストリアルの令嬢で、あの伝説のハイパーワルキューレ! それでもって、っすよね、!」


 サランに対する攻撃心でいっぱいのリリイの言葉に、何やら妙に機嫌のいいタイガが上機嫌で乗っかる。貧困な語彙力でレディーハンマーヘッドであるということを伝えようとして、「アレ」を連呼しまくり余計にあやしさを振りまく。

 どうもサランにとっては不愉快で面倒でむしゃくしゃする方向へ、メジロ姓の二人は話を運んで行きたいらしい。思惑はそれぞれ違うようだが。

 

 リリイは嫌味な笑顔を浮かべつつ、ねちねちちくちくとサランを攻撃し始める。


「どうしてサメジマ先輩は恋愛の話とシモクさんって人の話になるとムキになるんですぅ~? お聞かせしてもらっても構いません~?」

「――別に。うちは今まで恋とか愛とかの話はピンときたことがねえし、反対はシモクのヤツは恋とか愛とかって話が好物の色ボケクソ女だったから話が合わなかったってだけの話だよう」


 サランはアイスの棒を舐めながら、リリイの出方を伺う。

 おそらくリリイはサランのことを数段下に見ている。丸顔童顔のちんちくりんな見た目通り、自分よりガキな存在だとみなしている。恋愛にピンとこないというサランの気質も掴んだ上で、自分の方がランクが上だとみなして余裕をこいている。恋だ愛だで頭の中がいっぱいの人間の思考は主にそうだ。経験上、サランは知っている。

 そう分析した上でサランは機を伺った。サランは自分を舐めた人間には相応の報復をする性格である。


 色恋に頭の中をいっぱいにしている者相手ならなおさらだ。


「えっ、恋とか愛とかの話にピンときたことがねえってマジっすか、それ。それってつままり今までキューンときたことがねえってことっすか、誰相手にもっ。ワニブチ先輩相手にもっ。マジっすか」

「あーそうだよ、悪いかよっ。――つかお前は今黙ってろ、トラ子」

「そうよぉ、たーちゃんは今ちょっと黙ってて~」


 向かい合うサランとリリイは、何故か猫目をキラキラさせて食いついてくるタイガを制するが、妙に嬉しそうなタイガは何を調子にのっているのか突然イキイキと語りだす。


「えーマジっすか~。今までキューンってなったことないんすか~、サメジマパイセンは~。いいもんっすよ、こうキューンってなるのは。ギャルの価値はキュンとした数で決まるって『セシルの覇道』でもアユパイセンも語ってるくらいっすから」

「黙ってろって言わなかったか、トラ子」


 再度の警告でようやくタイガは黙った。「……サーセン」と小さくつぶやいて、コロコロと飴を転がす。それでもどこかニヤニヤして若干楽しそうなのが腹が立つが、今はとりあえずシメてやるべきは、ねちねち陰険なリリイの方だとサランは的をしぼった。


「……へーえ、そうなんだぁ~。サメジマ先輩は今までどなたもお好きになったことがないんだぁ~」

「ま、恋愛って意味ではそうなんじゃねえの? 普通にいいやつだなとか、こいつ好きだなってのは当たり前にあるぞ」

「ふーん。でもそれって可哀想~。サメジマ先輩のことを好きになった人が~。だって、どれだけ好きでも振り向いてもらえないってことでしょ~?」


 リリイは人を攻撃するとき、いつも以上に語尾を伸ばす癖があるらしい。サランはそのことをデータとして脳に刻んでおく。

 とりあえず今この流れではサランはリリイを泳がしておくことにする。きっと今サランを追い詰めた心地でいるだろう。


「振り向いてもらえないどころか、その想いすら受け止めてもらえないなんて、辛いと思わない? ねえ、たーちゃん?」

「……あ悪ィ。聞いてなかった。なんて?」


 ニヤニヤしていたタイガは本当に物思いにふけっていたらしい。リリイはそれを聞いて小さく、もう! と怒ったがすぐにサランを陰湿な目で見つめて追い詰める。


「もし、もしですよぉ? サメジマ先輩のお友達のうち誰かが本当はサメジマ先輩とリングを交換したいな~って思っていても、先輩のそういう気質を知っていて遠慮なさっていたとしたらどう思いますう? 先輩は知らないうちにお友達の感情を踏みにじるって形になっちゃいますけど、そういうのって、美しいって思いますぅ? それでも友情を尊べって言いきれますぅ?」

「――リリ子は何が言いたいのかなあ? お子ちゃまなうちには分からないなあ」

「じゃ率直に言います。――ワニブチ先輩とリングを交換なさってください。理由はお分かりですよね?」


 本当に率直に言いやがったな、とサランはリリイの脅すような笑みが消えた顔を見つめた。

 ぎり、とまっすぐにサランの目を見る。射殺すような視線だった。

 反対に、サランは笑って見せる。営業時に浮かべる、モンゴロイド童女な顔面を引き立てる子供っぽさを意識した笑顔である。


「――自分で何をいってるのか、リリ子は分かってるのかなあ? お前はたった今、うちだけじゃなくワニブチの内面を勝手に代弁するという無礼をこいたんだぞ? 意味わかるな?」

「――見当はずれなことは申し上げてないつもりですけどぉ? 私、そちら方面では勘は悪くないつもりです」


 ギリとリリイはさらに視線に力を込めた。喉笛にくらいついてやるという視線だった。


「それともサメジマ先輩には他にリングを交換なさりたい方がいらっしゃるんじゃないですかぁ? 嫌い嫌いも好きのうちって昔からよく言いますよねえ?」


 ──よしよし。

 リリイはサランの警告を受け入れた。そのうえで挑発した。さらに踏んではいけない一線を踏みにじった。ならば武力行使もやむを得ない。

 サランは心を決めた。意味もなくガシガシ噛んでいたアイスの棒を口から外し、屑籠に投げ捨てる。それから部室までの逃走経路を何パターンか頭に思い浮かべる。メジロ姓の二人より一年長くこの学校に在籍している分、秘密の裏道や近道の類をサランは熟知している。 


 サランは一回呼吸を繰り返し、そしてなにやら二人の剣呑なやり取りをきょとんとした目で眺めていたタイガをちょいちょいと手招きする。


「? なんすかっ?」


 案の定、タイガは食い気味に反応する。リリイの目の前に横顔を見せるようにサランに迫る。


「ちょっとその飴、みせてくれていいか? どんなのか気になる」

「いいっすけど、マジでクソまじいっすよこれ」


 無防備にタイガは口から飴を取り出した。そして棒を摘まんでサランに向ける。

 サランはそれを受け取らない。そのかわり立ち上がってタイガの両肩をに両手を置く。他人の肩に触れるというのはこういう感覚かと頭の片隅でそんなことが頭の隅でよぎったが、それは置いてサランは身をかがめ、タイガの顔に自分の顔を近づける。


 そして唇を触れさせる。

 ほんの数秒。


 ――あの二人がしょっちゅう舐めている飴が非常に不味いというのは本当だったらしい。近くによるとフルーツ香料の匂いしかしないのに、唇に移った飴の味は舌が痺れるほどに甘苦い。

 タイガを硬直させたまま、サランは何食わぬ顔で顔を遠ざけ、糖分でべたついた唇を舐めた。

 

「……本当に不味いんだな。その飴」


 ヒヒヒ~……といつものように笑って、サランは素早くベンチから離れる。

 タイガはようやく自分の身に何が起ったのか把握したらしく、ぶわっと顔を真っ赤にさせた。ふわっとしたショートボブが膨らんだようにすら見える。自分の口元を両手で覆う。


「え、えええと、何何、えちょっと何、何何、何なんすかええと……ちょ今何が起きたリリイっ?」


 混乱したタイガはすぐそばにいる自分の妹分に尋ねる。そして息を飲んでいたが、サランは把握していない。全速力で文化部棟めがけて駈け出していたからだ。


 たまたま売店に立ち寄っていたために一部始終を目撃したワルキューレ、そして振り向かずに駆けてゆくサランを何事かと見送るワルキューレ。それらを振り切ってサランは走る走る。今のうちに距離を稼ぐなり姿をくらますなりしなければならない。リングの位置情報も勿論切っておく。

 

 なぜならメジロリリイは逃げ足だけは異常に速いとタイガが評していた女だ。逃げ足が速いなら当然追跡する脚もそれなりだろう。


 サランの読みは当たった。ガタン! とベンチを立ち上がる音がして即座に、タタタタタタッ! と機関銃の射出音めいた足音が近づく。振り向くと、閉じた日傘を携えたその先端を向けてリリイがワルキューレを蹴散らし、サランの後をぐいぐい追撃しているのが見えた。猟犬のようなスピードだ。表情は確認できなかったが、きっと今までで一番般若めいた顔になっている筈だ。


 ヒェッ、と自分のしでかしたことを棚にあげて恐怖にかられつつサランは適当なポイントで進路を変える。


 低レアのサランの足はそんなに速くはない。リリイの位置から死角であろうポイントから初等部校舎に入り、しばらく壁の陰で息をひそめる。タタタタタタっ! と疾風のような駆け足が遠ざかるのを確認してから足音を立てて階段を一気に駆け上がる。三階廊下の窓から下をそおっと見下ろし外の様子をうかがう。目論見通りリリイは文化部棟へ向かったようだ。


 廊下の窓の下に頭をひっこめて、サランはそのまましばらくやりすごす。授業の終わった校舎はしんと静まり返っている。全速力で疾駆したあとの呼吸を整えていると、リングに着信が入った。右手の上に現れたのはシャー・ユイのコンシェルジュである昭和初期の抒情画家によるおかっぱ頭の幼女のキャラクターだった。


『……サメジマさん、今さっきメジロさんが凄い顔で部室に顔を見せに来たけど?』

「あー、ゴメン。ちょっと色々あってだな。リリ子は行ったか?」

『行ったわよ。――部室をとんでもないありさまにしてから』


 シャー・ユイがキレた時に見せる訛りはまだ出ていないが、それに近いレベルで怒りが蓄積されているのはその静かな声音でわかった。無理もない。次号の『ヴァルハラ通信』の編集作業中だったのだ。サランも本来なら、タイガに声をかけてから部室に戻って作業を手伝う予定だったのだ。

 今日はジュリは文化部部長総会に出席している。サランは明日から九十九市への出撃要請がかかっていた。副部長としてはシャー・ユイに任せっぱなしにするわけにはいかない。

 そもそも円満な部活の運営からメジロ姓二人を遠ざけようという意図からとった行動だったというのに、だ。結局サランの短慮で文芸部にリリイ禍を招き入れることになってしまった。大失態である。

 流石に申し訳なく、サランは詫びる。


「……ごめんなシャー・ユイ。今から部室向かうわ。詳しいことはそこで説明するよう」

『結構よ。文化部棟の掲示板にさっそく事の次第が書き込まれているから。――全く、何してるのよあなたたち? あなただってこの前までタイガちゃんのやったことでしつこく怒っていたくせに』


 うげ、とそれを聞いてサランは小さく呻いた。きっと売店にいた文化部棟の住人ワルキューレが面白がって書き込んだのだろう。まあ仕方がない。

 レトロな幼女のアイコンの向こうにいるシャー・ユイは静かに呆れ、怒っていた。

 

『それに、あなたは今日部室に顔を出さない方がいい。またメジロさんに作業を邪魔されたくないの。あの子きっと文化部棟の周りを見張っているわよ』

「面目ないよう。また今度ランチでも奢るよう」

『それはいいから、いい加減自分は文芸部の副部長なんだって自覚してちょうだい! あなた達の副部長さんって愉快で可愛い方ねって演劇部の方達にからかわれて恥をかいているのは私なんですからね!』


 こつ、こつ、こつ、こつ……。

 階段を上ってくる足音に気が付き、サランは長くなりそうなシャー・ユイのお小言を「ゴメン、続きはまたゆっくり」と乱暴に打ち切った。そして逃走の体勢に入る。

 それは幸い杞憂に終わったようだ。

 階段を上ってきたのは、ジュリだったから。

 ふーっと、サランは全身から緊張を抜く。今日は初等部校舎の空き教室で部長総会があると耳に入れていたからこそサランはここに逃げ込んだのだ。


「……よう」

 

 伊達メガネが光を反射して表情が伺えないジュリが廊下を早足に歩いてやってくる。近づくにつれて、それなりに怒っていることが分かる。はぐらかすようにサランは訊ねた。


「総会は終わったのか?」

「終わってない。風紀員対策を話し合っている最中、途中で掲示板に怒涛の書き込みがあることに気づいて場が空転しているど最中だ」

「……よくうちがここにいると分かったな」

「ここの校舎は防音が甘い。廊下をバタバタ走れば校舎に響く。よく知っている癖に白々しいぞ」

 

 ジュリはサランのすぐそばまでやってくる。手を伸ばせば触れる位置だ。


「掲示板の怒涛の書き込み、階段を駆け上がる足音、シャー・ユイからの連絡、立て続けに起こった三つを総合してもしかしてと思ってやってきたら大当たりだ」


 はあっとジュリは一つため息をつくと、窓の下に身を潜めるサランを見下ろした。


「──サメジマ、僕はこれから主義に反することをしようと思う」

「了解だよう」


 サランは胡座を組み、ジュリに頭を差し出す。


「さあ、一思いにやってくれ」


 はあーっと息を吹きかけたげんこつを、ジュリはサランの頭に振り下ろした。

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