#9 ゴシップガールは子供がお嫌い

 ◇ハーレムリポート 電子個人誌ジン版 #42◇


 はーい、全世界のフカガワハーレムファンの皆様、こんにちはもしくは今晩は。あるいはおはようございます。お送りするのはあたし、レディハンマーヘッドだよ。


 マコ様の軟禁作戦も失敗した今、フカガワミコトのそばにいるのは結局やっぱりトヨタマタツミちゃんとミカワカグラちゃん、それからワンドのノコちゃんで固定されつつあるみたい。

 何事も旧日本のカレンダーに沿いがちなうちの学校じゃあゴールデンウィークって連休があるんだけど、その両日に四人でビーチまでピクニックにいったみたいだよ~。ピクニックっていうとなんだかのどかで牧歌的だけど、ここはどこにあるか忘れてもらっちゃ困るぜ皆様方。うちは太平洋の離れ小島、赤道そばにあるんですぜ。なんにもない癖に透明度の高い海とサンゴ礁だけはあったりするんですぜ? 

 ハーレムものでビーチときましたらやることはひとつしかありませんぜ? 

 はい、正解~。水着回~。ウェーイ。


 やることは一つ〜、固定化されてきたメンバーで海辺のピクニックを楽しもうとしていた時に、お取り巻きを引き連れたマコ様が偶然を装ってやってきて、犬猿の仲のタツミちゃんとビーチフラッグだのビーチバレーだのの勝負ざんまいだよ。その過程でポロリもあったっぽいけどでも残念ー。こっちは電子版だからぬまこ先生のイラストはないよ。それは次回の『ヴァルハラ通信』さんまでおあずけだよっ。


 ま、ポロリの詳細も次回の更新までお預けだとして、今回あたしが語りたいのは朝早起きしてお弁当作ってきたカグラちゃんの可愛さだよ。おにぎりだとか唐揚げだとか、旧日本育ちじゃ定番の中身だけどやっぱフカガワミコトも旧日本育ちの男子だからさあ、米と唐揚げには弱いんだよね。


 でもって二人とも旧日本のわりと呑気な所で育ったみたいだから、共通する文化があるんだよね。海の家のご飯って何故か美味しいよね、だとか、ここのビーチにも海の家があったらいいのにね、だとか、そーんな他愛ない話で盛り上がったみたい。


 全く、太平洋校の誇るお嬢様二人が激闘を演じてるっていうのにね〜ポロリしながら。


 そこまでしてるのに、米と唐揚げと海の家あるあるに完敗しちゃうってどうなのそれ? ねえ、お嬢様二人?

 

 ◇◆◇


「――あたしが指摘したい点は、愛読書に馬鹿正直に岩波少年文庫あげるサメジマさんの精神の無防備さについてなんだけど?」


 二年前の四月のあの日、部室でツチカはサランを見てそう言ってあからさまに小バカにした。


 精神の無防備さ、それが何を示すのかとっさにのみこめなかったが、サランが育ったご町内の公立小学校児童語彙に翻訳すると「サランちゃんってガキっぽい」になるのだとコンマ数秒で理解する。そうと分かった瞬間、体は自然と椅子から立ち上がっていた。ガタンと音を立てて椅子が倒れる。

 背の順で並べば常に前の方、ぷくぷくした丸顔にくりくりした目のいかにも幼い外見に反した成績優秀さで学内に名を轟かせていたご町内限定の神童だったサランが変わり者あつかいされてもいじめられっ子の位置に転落することがなかったのは、自分を舐めた相手にはきっちり報復するケンカ裏番長でもあったからだ。


 サランが売られたケンカを買ったことを了解したツチカは読んでいた文庫本を机の上に置いた。そしてサランの眼を半笑いで受け止める。バチバチと見えない火花が散る。


 それを鎮火したのは、その当時髪をポニーテールにしていたジュリだった。


「私も好きだよ。『クローディアの秘密』」


 ツチカの隣にいて、同じように古い文庫本を読んでいたジュリは、いきりたつサランへ声をかけたのだ。当時のジュリの一人称はシンプルに「私」だった。

 それまでサランにはツチカとジュリは髪形でしか区別することができなかった。似たような雰囲気で似たような見た目のお嬢様二人組。そんな風に判断していた。

 この時はじめて、シモクツチカとワニブチジュリという個別の人間だと判断できるようになった。ポニーテールのジュリの方は、微笑んだ時に棘がない。


「あんな家出、してみたかったな。サメジマさんもそう?」

「――うん。博物館に家出するとか全人類の夢だと思う」


 約十三年しか生きていない小娘とは思えない、硬質な雰囲気に反した適度に低くて柔らかく優しいジュリの声に、サランは毒気を抜かれてサランは素直に応えてしまった。

 しまったまたバカにされる、コイツ、シモクインダストリアル令嬢の友達なのに……! ととっさに警戒したサランをなだめるようにジュリは嬉しそうに微笑んだ。


「だね。私もそう思う」


 白い歯をのぞかせて笑うジュリの表情に、サランを貶めるような底意地の悪さは感じなかった。だからサランも、やっと警戒を解いてヒヒっと笑う。


 シモクインダストリアル令嬢の友達、こいつは結構話せるやつかもな。


 それがサランのジュリに対する第一印象だった。





 久しぶりの出撃先はユーラシア大陸の東側、延々果てなく乾いた砂礫の大地が続く乾燥地帯だ。ところどころまばらに灌木が生えた大地の彼方に、古代から歴史書に登場する山脈が見える。


「サメジマ氏、そこに反応があるでござる」

「ん、おっけー」


 眼鏡型ワンドで状況を解析するケセンヌマミナコが指さした数メートル先の地面へ向けて、サランは自分のワンドである栞を本から取り出し指で挟んで投げ打つ。

 ひゅっと空を切り裂いて飛ぶ栞は、ざらざらした地面に突き刺さる。その衝撃でおどろいたのか、栞が突き刺さった地点の地面からドッジボール大の甲殻類型侵略者がゾワゾワと這い出てきた。砂礫の大地の一帯がそこだけ真っ黒に染まる。

 生理的な嫌悪感からヒギャっ! と悲鳴を上げてしまうサランに反して、ミナコはウヒョ~! と歓喜の雄たけびを上げながら額に横向きVサインをかざした妙なポーズをとり眼鏡型ワンドからビームを放つのだった。


「わははは、これは駆除し甲斐があるでござるっ!」


 眼鏡型ワンドから放たれる熱線は容赦なくジュワっと甲殻類型侵略者を一瞬で焼き尽くしてゆく。砂礫の地面にはこんがり焼きあがった外世界から来た生物の死体が転がった。

 ミナコの大殺戮を横目に、まだ生きている侵略者に栞を突き刺し情報を収集するという己の作業にサランは集中する。栞とセットになっている本の新しいページにはこの侵略者の情報が記載されてゆく。ヤシガニに似たこの侵略者はこの地帯では珍しくなく戦闘力も低いがクラスは丙級。繁殖力が強くすぐに土着化する上、これを捕食するためにやってくる上位侵略者を招き入れる原因にもなるので地味で根気のいる駆除が必要。そのため九十九市に現れる人狼型より級位が高く設定されている。

 

 とはいえ、低レアワルキューレでも倒せると判断される程度の侵略者でもある。


 だから、サランにもミナコにも駆除作業中に雑談をするような相応の余裕があった。

 どうしてうちはケセンヌマさんと一緒のタイミングで出撃要請がかかることが多いのかなあ……という疑問を胸に抱きつつ話しかける。


「ケセンヌマさんの描いてくれたジャッキー姐さんのピンナップ、お陰様で評判が上々だよう」

「おお、それは喜ばしいでござる。精魂込めて撫でまわさずにはいられないような尻を描いた甲斐があったでござるな。ジャクリーン嬢はどうも乳を評価される諸氏諸兄が多くみられるが某の意見としてはあの丸くてはりのある尻を最も尊い箇所ではないかと――」

「評判がよすぎて増刷するかもって話も出てきてるよう」


 眼鏡でビームを放つミナコの言葉がセクハラじみてきたので、サランはすかさず話題を変更した。


「なんかさあ、最新号を早めに納品した所からあのピンナップを切り抜いて胸に入れておくと小隊全滅するような攻撃をくらっても一人だけ助かったとか、なにげなく下を向いた瞬間さっき頭があったあたりを狙撃されたとか、危うく難を逃れた系の報告が寄せられ始めてるんだよねえ」

「ふーん、愉快な偶然があるものでござるなあ」

「その偶然のお陰で、あのピンナップには弾避けのお守りになるって噂が各地で駆け巡ってるみたいなんだあ。まあぶっちゃけ本当がどうかわかんないけどねえ」

「ほうほう。それがしは怪力乱神については語らぬ気質であるが故にわかには信じがたい話ではあるが、兵隊さんの心の支えになるとあれば絵師冥利につきるでござるな」


 一帯の甲殻類型侵略者を焼き尽くして二人はまた別の地点めざして歩き出す。目視できる範囲ではワルキューレはサランとミナコの二人しか見られないが、どこかに二人と同じように駆除作業に当たっている低レアワルキューレたちがいるはずだ。

 ビームの照射をやめたミナコが、眼鏡型ワンドの探索機能で砂礫の中に潜んでいる侵略者とかつてこの地域であった独立紛争の名残の地雷を探知する。いくらワルキューレであっても地雷を直接踏んだらサヨウナラだ。

 

 あっちに何やら侵略者の気配があるでござるとミナコが指し示す方向へてくてくと移動する。地雷が埋まっているあたりにはサランが低めに栞を投げ打ってから地に伏せ、爆発させる。一見ただのぺらぺらした紙切れに見える栞だが腐ってもワンドであり、通常の爆発ではダメージ一つ追わず目的を達するとサランの手元へ帰ってくる。

 

 栞は現在全部で十枚。本の形をした鞘に収めることで持ち運び可能。


 今地球に攻め込んでいる外世界に侵略された、またある別の世界からもたらされたとされる物質から作られたワンドはとかく不思議なものだった。使用練度が上がれば上がるほど強くなり、自ら形を変えてゆく。臆病で怠惰な低レアワルキューレであるサランのワンドですら、地味な出撃任務をこなしているうちに初出撃の時からは見違えるほど立派に変化を遂げていた。栞の数は増え、本のページは増えて厚みをましている。


 低レアワルキューレに回されるのはルーティンワーク出撃がほとんどだが、サランはある程度の熱意をもって臨んではいた。死にたくないのはもちろんだが、まず第一にワンドの練度を上げたかったのだ。

 適性検査の結果与えられた能力やワンドは基本的に変更がきかない。特殊兵装コスチュームも同様で、本人の不満があってもデザインは固定されている。

 変更の機会が与えられるのは、ワンドの練度が一定の所まで上がった時だけだ。運が良ければ、ワンドが形を変わりそれにあわせて特殊兵装コスチュームのデザインもマイナーチェンジされることがあるのだ。

 世界を少しでも明るいものにすることには不熱心な低レアワルキューレのサランだが、スク水セーラーニーハイブーツという意味のわからない特殊兵装コスチュームから己の尊厳を護るためにもワンドのレベル上げにはそれなりに熱心だった。せめてトイレの時に難儀しないものにしたい。

 そんな思惑を胸に秘めつつのんびりと任務にあたりながら、サランたちは雑談を続ける。


「そんなわけでさあ、部誌の売り上げが上々だからケセンヌマさんにはお礼をしたいってジュリが言ってたよう」

「ほうほう。ならばぜひともお願いしたいことがあるでござる。某、できれば沙唯先生の小説の挿絵を担当してみたいでござるがサメジマ氏から申し添えてもらうことはできぬでござろうか?」

「ぅえっ⁉ ケセンヌマさんシャー・ユイのっ? あのっ、エっスエスした小説、好きなのっ?」

「? いかにも某は沙唯先生のファンであるが左様に驚かれるようなことでござろうか?」

「……ええ~、うん、そりゃあまあさあ……。だって作風が真逆だよう?」

「真逆? はばかりながらどちらも女性美と女性文化を賛美する表現内容でござろう? 真逆というほど大きな違いがあるとは思えぬでござる」

「……言われて見ればそう……かなあ? 正直うちの中にそういう評価軸は無かったよう」

「一絵師として、沙唯先生のあの可憐で繊細でありながら芯のある世界観を絵で表現するのはそれがし一生の目標でござる。是非検討していただきたいのでござる」

「うーん……まあ伝えるだけは伝えるけどねえ……」


 砂礫の上を歩きながら、サランは腕を組んで悩んだ。


 現『演劇部通信』担当のシャー・ユイは沙唯さい名義で二千年紀ミレニアムよりもさらに五十から七十年古いタイプの少女小説を発表して一部でカルト的な人気を博している。本人も断髪のモダンガールスタイルを採用している強固な美意識を持つ少女だ。尚いえば肌色面積の多い煽情的な女体のイラストに対する嫌悪感を隠さない所もある。みなのぬまこことケセンヌマミナコのイラストピンナップを部誌に付ける案に反対していた者でもある。

 サランよりも実務能力に富むゆえ会計を受け持ちながらも真の副部長と評され、しかしそれを驕ることもない有能で謙虚な人柄をもつシャー・ユイだが、反面美意識に関しては頑固な一面もある。

 

 絶対イヤがるだろうなあ、シャー・ユイ……。最終的に折れてくれたけど『ハーレムリポート』の連載もケセンヌマさんのイラスト掲載も最後まで反対してたのに……。

 

 悩むサランの思考が切り替わる。隣のミナコのメガネから激しい警告音が鳴り響いたためだ。鼓膜を刺すような乱暴な電子音は甲種以上の侵略者に反応するものだからだ。


 ワルキューレの六感が示す二人の位置から十数メートル離れた方を見れば、砂礫の一部が流砂になってざらざらと漏斗状に流れ落ちつつあるのが確認できた。その中央から鎌首をもたげた蛇のような、あるいは何かの尾のようなものが突き出ているのが見える。


「前衛行くようっ!」

「任せたでござる!」


 敵の足止めと情報収集はサランの仕事だ。サランはたんっと地面を蹴って跳躍する。その間ミナコは右手を振って周辺にいるワルキューレに応援を要請する。この辺りは電脳機器の使用も可だ。


 地中に潜んでいた大型甲種ワルキューレによって足場がみるみる崩れてゆく。サランは着地点を見定めながら流砂の中央にいるの侵略者の姿を確認する。蛇の鎌首のように見えたのは巨大な蠍状の生き物だとわかった。


 でかい。殻が固そう。ケセンヌマさんのビームではきっと焼くのは難しい。


 着地の体勢に入りながら栞を打つ。ひゅっと空を切り裂いたが、蠍型侵略者の殻に阻まれる。きんっと金属がぶつかるような音が鳴る。


「っ、やっぱダメかっ……ってうわわわっ‼︎‼︎」


 着地した瞬間を蠍型侵略者の複眼がとらえた。その瞬間を尖った針がある尾をふって攻撃する。サランは慌てて砂礫の上を転がって避けた。尾のしなり方で跳躍して逃げるとはたき落とされると判断したのだ。


 サランがさっきまで立っていた場所に尾の先が叩きつけられ、もうもうと砂煙が上がる。衝撃で一帯に埋まっていた地雷が爆発する。襲いかかる爆風爆炎から身を守るためにサランは栞に念を込めた。


「ぐっ……!」


 身を守るための透明の盾が生じたがそれごと体が押される。ゴロゴロと砂礫の上を転がってからなんとか体勢を整えた。右手のリングに着信が入り、ミナコのコンシェルジュキャラクターであるメイド服を着た二千年紀ミレニアムモデルの猫耳メイド服の萌えキャラが立ち上がる。


「応援が来るまであと三分、もたせられるでござるかっ?」

「わかんないけど……やるしか」

 

 なくない? と続けたかったサランの台詞は途中で消える。

 流砂の中からのそのそと現れた蠍型侵略者は単純に大きかった。工事現場の重機くらいある。工事現場の重機は怖くはないが、目の前にいるのは外世界から来た生物で人類を駆除する気まんまんの恐ろしい生物である。怖い。そしてこのあたり一帯には地雷が埋まっている。それも怖い。

 赤黒い複眼が前に、サランはひいっ、と息を飲む。その頭上を、ゆらっとかすめる影がある。縄上のそれは巨大なヘビめいた蠍の尾だ。


 サランの頭と体にさっき地面を叩きつけられた尾の質量と巻き上げられた砂塵の濃さ風圧が蘇る。おかげで金縛りがとけた。無我夢中で複眼めがけて栞を投げ打つ。殻の硬そうな侵略者相手にはとりあえず目だの腹だの柔らかそうなところを狙えと戦闘教官のアドバイスが蘇ったからだ。


 尾が閃きサランの栞を撃ち落とそうという動きを見せたが、それより先に栞が向かって右の複眼に刺さる。サランの本にすさまじい勢いでデータが書き込まれてゆく。が、それを解析している時間はサランにはない。サランの栞の効果で蠍型侵略者が動きを停めている後方へ跳躍し、ミナコの元へ戻る。


「お疲れでござるっ!」

「……っ死ぬかと思った……っ!」


 サランのレベルでは甲種侵略者の動きを封じるには力が不足しており、三十秒もたたないうちに蠍型侵略者は尾を振り回して暴れだした。

 応援が来るまでの時間稼ぎとばかりに、埋まった地雷めがけてビームを打ち即席の爆炎と砂煙で侵略者を攪乱するミナコの陰で、サランはへたり込み、はーっと息をつく。


 やっぱりうちは低レアだな、大きく出られるのは人間相手の時だけだ。


 そんな二人の元へ、足を蠢かせ地響きたてながら蠍型侵略者は襲いかかる。自嘲している暇もない。二人はそろって歩いてきた道を全速力で駆け出し撤退する。とりあえずこのルートに地雷はない。ということは二人をおいかける蠍型にとっても非常に歩きやすいルートであるわけだが。

 ワルキューレの身体能力を駆使し、前世紀のどたばたアニメのキャラクターのように砂煙をたてながら二人は逃げる。その後を蠍型も地響きをたてながら追いかける。時折二人めがけて尾を叩きつけながら。


「三分ってこんなに長かったっけえ、ケセンヌマさんー? 応援まだ~っ?」

「あと十数秒あるようでござるよっ」

「ていうか今回の出撃メンバーみんなうちらと同レベルだようっ、束になったってあんな硬いの倒せないようっ?」

「その点はぬかりないでござるっ」


 鞭のようにたたきつけられる蠍型の尾の攻撃から逃れながら、ミナコは眼鏡に表示させた時計から秒読みを開始する。


「……5、4、3、2、1」


 ひゅんっと、雲一つない空を素早い影がとおりすぎてゆく。その後にやってくる、空気をきりさくようなきぃんっという音。直後に巻き起こる突風。応援がやってきたのだ。


 その場に停まって二人が振り向く。上空には蠍型の真上で滑空する一つの影があった。車輪の無いスケートボードのようなワンドに乗って空を滑るのは二人が初めて見るワルキューレだ。

 空中でゆうゆうと大きく一回転を決めた彼女のボードが蠍型の尾の根元を掠めて滑りぬける。次の瞬間、蠍型の尾は胴体から切り離されて地面に倒れる。どおんと地響きをたてて落下した尾の周囲から砂けむりがもうもうと立ち上がった。


 目の前で繰り広げられた華麗なショーにうっかり拍手をする二人の目の前で、どうどうと音をたてて蠍型の胴体をも撃ちぬき貫通する太い矢が打ち込まれた。鎧のような殻をも貫通する矢の攻撃をうけてはひとたまりもなかったらしく、蠍型の胴体はその場に横倒しになった。宙に向けてうごうごと足を動かしていたが、しばらくして沈黙した。

 甲殻類がひっくり返って腹部をむき出しに足を蠢かせるのは生理的に受け付けない光景だったので、サランは弓矢を打ち込まれた方向を見た。そこにいたのは馬に乗った状態で大きな弓矢をつがえたワルキューレだ。サランとミナコの目の前で、巨大な弓は常識的な範囲に縮む。馬に乗ったワルキューレのワンドだったのだろう。


 二人に気づくと、馬上のワルキューレは馬を駆け足にしてこちらへやってくる。そしてそのそばにボードに乗ったワルキューレも空を滑って二人並ぶ。

 馬上とボードの二人はそれぞれ衣装は異なるが首から上にヒジャブを巻いて、ボディースーツの上にそれぞれカラフルな兵装を纏っていた。視線が合う距離になるとお互い笑顔になって会釈をしあう。


「ユーラシア校の特級ワルキューレに応援頼んだんだ。ナイス判断だねえケセンヌマさん」

「優先すべきは国境・民族・宗教の対立ではなく侵略者から人類を守ることがワルキューレの常識でござる故。国境線の向こうでお二方が出撃中だったので幸いしたでござる」


「ありがとうございます~、うちら大平洋校のものですぅ。危ない所、助かりましたあ~」


 お互いのリングの翻訳機能が有効な距離になってから、サランはにっこり笑ってぺこんぺこんと頭を下げた。他人種他民族の人間にはサランのいかにもモンゴロイドモンゴロイドした童顔のウケはなかなか良好なので、こういう時は進んで外交役を買って出るのがワルキューレになってからの習慣になっていた。ござる口調でしゃべるミナコより適任だろうという自覚もある。

 翡翠色とハシバミ色の瞳を持つヒジャブ姿のユーラシア校のワルキューレもサランを見て笑顔になった。


「はじめまして、私たちユーラシア校のものです~」

「急に驚いたでしょ? 最近ここらあたりにも乙種以上の侵略者が出るようになって警戒にあたっていたんです。ちょうどよかった」


 馬に乗ったワルキューレのヒジャブはよくみればウサギの耳風にアレンジされている。ボディスーツの上の兵装もパステルカラーが採用されたロリータ調で愛らしい。

 スケートボード風のワンドに乗って宙を滑空していたワルキューレのヒジャブと兵装は赤を基調に金糸で民族調のアラベスク文様が刺繍されていたが、エスニック調とスケーターファッションと融合されたデザインはユニークで恰好いい。


「ちょっと見せてもらっていいですかあ。ええ~、可愛い~。ユーラシア校の兵装、超可愛いじゃないですか、羨ましい~」


 本気でサランは二人の特殊兵装コスチュームを羨んだ。ユーラシア校は規則が厳しいと聞いていたけれど、でも身にまとうものに関しては女子の感覚が活かされているようなのがまずいい。


「そんな、お二人も素敵ですよ〜。太平洋校さんたちのは特殊兵装コスチュームフィクションのヒーローやヒロインっぽくって素敵だねってみんな言ってますよ」

「ええ〜、そうですかあ〜? でもこの格好相当恥ずかしいんですけどね〜」

「あ、やっぱり」


 スケートボードのワルキューレがぽつりと本音を漏らした。六つの瞳に見つめられ、はしばみ色の瞳の彼女はしまったという表情になったけど、サランは率先して笑い飛ばした。


 釣られたようにユーラシア校の二人もからからと笑った。自分の特殊兵装コスチュームを恥ずかしいものとは思っていないミナコは憮然としていたが、四人の間には侵略者や地雷が埋まっている場所にしては場違いに呑気でのどかな空気がとりまく。地雷も侵略者も関係ない上空を鳶か鷲のような猛禽がゆったり円を描いて飛んでいた。


 サランたちは国境の太平洋側、彼女たちは国境の内陸側に所属する。内陸側の国は太平洋側にある現亜州盟主の国とは宗教や民族構成が異なるのでいつか独立を果たしユーラシア内陸圏に所属するのが悲願なのだが、盟主の国は百年単位でそれを認めず許さないので関係がこじれにこじれてしまっている。

 そういった七面倒な諸問題をワルキューレは綺麗に無視することが許された。

 この点だけはサランはワルキューレになって良かったと思っている。世間や社会や歴史の面倒なしがらみを考慮しなくていい。


 コドモはオトナの難しい話に参加するなと隔離されているだけだと、きっとあいつなら言うことだろうけど。


 こんな乾燥地帯にいてもサランの脳裏にはツチカの人を小バカにした様子が蘇り、つとめて笑って頭から追いやる。





 ツチカもジュリも、入学時で既に同期では特に抜きんでた少女たちだった。


 古代から連綿と巫女の血を伝える家系の出で学年首席のトヨタマタツミ、北ノ方総帥令嬢のキタノカタマコ、サランの同期にはきらびやかな肩書を持つ新入生が豊富だったがツチカそしてジュリも注目度においては負けていなかった。 

 なにせ目立つ。お行儀のいいタイプが多いワルキューレの中で、制服を粋に着崩した少し不良っぽい雰囲気の二人は単純に目立つ。シモクインダストリアルの令嬢という肩書をぬきにしても、そのたたずまいだけでいやでも目立つ。


 特に演習の時間では二人、特にツチカは注目の的だった。新米のワルキューレなら装着方法すらわからないはずの飛行ユニットも慣れた手つきでさっさと身に着け、自由自在に空をとんで見せたから。ちなみにサランは操作方法を誤って数えきれないほど演習場の沖に沈んだ。うち三回ほど危うく溺れて死ぬところだった。


 戦闘シミュレーションでも拡張現実上の疑似侵略者を華麗な身のこなしと武器の取り扱いで秒でいなしてみせる。主席のトヨタマタツミの記録には及ばないが、涼しい顔で疑似侵略者を倒すツチカには「まだ本気を出していない」「余裕」という風情が漂っていた。

 

 ──いい加減全力出しなさいよ! そうやって余裕ぶってるの全然恰好よくないんだから。


 いつまでたっても本気を出さないツチカへ向かって主席のトヨタマタツミがむき出しの怒りをぶつけている場面も同期のワルキューレは何度も目撃している。その都度ツチカは、鼻で笑って「行こう」と半歩後ろに控えているジュリへ呼びかけるのが常だった。



 美人、お嬢様、不良っぽい、そして高い実力を秘めている癖に出すべきところで全力を出さない。

 そんな人間が、同年代の女子ばかりいる空間で良くも悪くも目立たないわけがない。

 五月の頭にはツチカは相当数のファンとアンチを生み出していた。アンチは頭から全く相手にせず、かといってファンにも親切にすることはなく、むしろずっと冷淡に接していた。遠くから少人数で固まってツチカの行動を見守っている集団を見つめる態度はこちらが恐ろしくなるほど冷ややかだった。


「――ほんっと、ああいうの気持ち悪い」


 初等部一年時、良く晴れた五月某日の放課後で文芸部の部室でツチカはそう吐き捨てる。和気あいあいとしていた空気が冷えて固まった。

 

 またか、その日部室にいたワルキューレたちはお互い顔を見合わせる。


 その年の五月、実力から特級入り間違いなしとみられていた高レアワルキューレのツチカとジュリはなぜか低レアの楽園である文化部棟の一員になっていた。そこでツチカは自由気ままにふるまい、時折その形いい唇から猛毒にまみれた言葉を放つ。その期間はまるで文芸部員たちがツチカに慣れるために用意された期間のようなものだった。


「ねえジュリ、あの子たち追っ払ってよ。あたしああいう子たち嫌い。トイレに連れだって入りそうなんだもん。ほんとにヤダ」


 中庭からツチカが顔をだすのを今か今かとまっているファン達を冷淡に見下ろし、カーテンを閉めながらツチカは吐き捨ててから隣に立つジュリへ頼んだ。ジュリも文庫本を読みながら冷静に答える。


「あの子たちはあなたのファンだよ。私の言うことなんて聞くわけない。邪魔なら直接ツチカがそう言いな」

「前に気持ち悪い手紙を書いた子に直接『迷惑だからやめて』って言ったら、その子の親御さんまで出てきて大変なことになったじゃない?」

「それはあの子のおじい様が大臣をお勤め中でなおかつあなたのおじい様とご商売にまつわる大切なお話を慎重に進めている最中だったから。それ以前にツチカが言葉を選ばなかったから。断るにしても『あなたの気持ち悪い妄想には付き合えない』は無いよ?」

「だったらもっと直接『あなたのオカズになる気はない』ってはっきり言えばよかった? 人に袖にされてPTSDを患うようなやわな根性で『おともだちになりたい』とか『あなたが好きだ』とかそんな図々しいこと手紙で打ち明けてくるべきじゃないと思うんだけど?」


 目立つ少女が同じ空間に二人もいるとどうしても神経がそちらへ集中してしまう。おまけに会話の内容が内容だった。大臣をつとめるようなおじい様がいるような女の子をこっぴどく振った、とな? うひゃあ。


「だから甘やかされて育った子供って嫌い。自分は他人から受け入られて当たり前って考えてるんだから」


 文芸部員たちが緊張しながらもうっかり聞き耳をたててしまう中で、ツチカはジュリに頼みかかった。


「とにかくさあ、あんな目に遭うのはもううんざり。ジュリ、お願い。あんたの方が人の扱い方が上手いじゃない? いい感じにおっぱらってきてよ」

「――。それじゃツチカのためにならない。いい機会だからそろそろ人あしらいを学びなよ」

「分かった。ジュリの言う通りあたしが直接おっぱらってくる。その結果、キレたあの子たちが誹謗中傷を書き込んだりとんでもないガラクタを着払いで文芸部におくりつけたり、皆さんに迷惑がかかることになるかもしれないけど? いいんだよね? そうなっても、ジュリは?」


 ため息をつきながらジュリは文庫本を閉じた。ツチカの愛読書とは全く異なる別の小説だ。それを机の上に置いて、ポニーテールを揺らしジュリは部室を後にする。


 うわあ、という声にならない思いがその時の文芸部の部室に満ち満ちた。これが生粋のお嬢様のやり口ってやつか。


 ジュリを意のままに動かしたツチカは、唖然としている部員たちが目に入らないのか自分の愛読書をぱらぱらめくりだした。


 意識するつもりでなくても二人の会話ややりとりに至近距離で接しているうちに、サランはいやでも気づかされる。

 二人の関係は対等ではない。学園内にいくつかあるどの学食でランチを愉しむのかも、どんな服を買ってどんな格好をするのかも、何をするのもツチカが最終的に決定をくだしジュリがそれに従っている。

 ツチカはジュリにも一応意見を言わせるし、それが自分の望むものと合致していればジュリの案も採用することはある。でもやはり決定権はツチカにあることには変わらない。


 ジュリはツチカの侍女だ。親友という名の侍女なのだ。


 えげつねえ~……、とぱらぱらと涼しい顔で背表紙が濃いピンクの文庫本を捲るツチカを見ながらサランは心の中で呻いた。親友アピールをしたがるが内実はとんでもなくドロドロしている女子二人組はサランのいた小学校にもいたが、それよりずっと面倒な関係だ。会話の節々で、ツチカとジュリには家柄から明確な上下関係があると察せられたからだ。

 サランはふと、中庭を見下ろした。文化部棟から出てきたジュリが、こちらを見上げている女子たちのもとへ近寄り何事かを語りかけている。そのうち一人が顔を覆って泣き出し、その子の友達がジュリをにらむ。


 ぱらり、ツチカは中庭の様子に全く興味を払うことなく、もう何度も読んでいる筈の文庫本のページをめくる。


 その時サランは気まぐれを起こした。四月のある日、ツチカに侮辱された時に助け舟を出してくれたジュリへの借りを返すのは今しかないと、そんな義侠心が胸に沸いたのだ。

 気が付いた時には口から言葉が漏れていた。


「シモクさんてさ、オムツ外れるのが人より遅かった人なの?」

「――は?」


 煩わしそうにツチカはサランを見やった。


「何? 意味が分からない」

「さっき言ってたじゃん。下にいる子たち、便所に連れだって入りそうな所が気持ち悪いみたいなことをさあ」

「で?」


 ツチカは形よい眉をうるさげにしかめる。ひるまずサランは一気に続ける。


「つうことはさ、シモクさんは便所で一人で入る方がカッコよいって価値観の持ち主なわけだよねえ。集団で便所に入る人たちを見下して『うわー、あいつらキメエ~』ってコケにするの、シモクさん的には気持ちい行為なんだな~、へえーってちょっと気になったんだわあ。――おもしろいねえ、シモクさん。五体満足な人間にとって便所に一人で入るなんて当たり前だよう? いちいちそんなことで偉ぶったりしないよう?」

「――っ」


 ツチカの表情がさっと変わった。サランの言い分を読んだのだろう。この調子こいているお嬢様の芯をえぐったという手ごたえから、サランはにいっと笑って見せた。


「おトイレ一人でいけるあたしって偉いでしょ~、カッコいいでしょ~って、イキっていいのはせいぜいオムツが外れるかどうかって時期だけだよう? 普通はさあ」


 にいっ、とツチカも笑った。誰に喧嘩を売ってるのか分かってるのか? という笑みだ。

 よし、とサランは満足な手応えを得た。土俵にあげることに成功した。サランはさらにそこから追撃する。


「トイレに連れ立って入るような子を見下すの、シモクさんにとってはよっぽど気持ちいいんだろうなあ。……そりゃそうかあ、ワニブチさんがいなきゃなんにも出来ない人っぽいもんねえ、シモクさんて。そりゃトイレに一人で行けることでイキりたくなるよねえ~、あたしはもう大きいんだもん! 大人だもん! ってさあ」


 合唱部の歌声、軽音部や吹奏楽部の奏でる演奏、その他文化部のたてる雑音がよく聞こえるほど静まり返った。


「あの瞬間のシモクさんほど怖いものを見たことがない」、その場にいた文芸部員の一人だったシャー・ユイが事あるごとに語るくらい強烈な笑みを浮かべて、ツチカは部室を大股でのしのし歩いて出ていった。ジュリの帰りを待たずに。


 サランは十分な手ごたえを得て、満足感からにんまり笑った。

 あのシモクツチカをぎゃふんと言わせてやった──という快感にしばし酔う。しかしそれは数日で消えた。


 そんなこともあったなと忘れかかったある日、体育の授業が行われた。種目はバスケットボールだった。

 いつものようにパスが回ってこなさそうな所で安心してウロチョロしていたその日、サランの顔面めがけてボールが投げつけられたのだった。女子が放るボールにしては驚異的だったと目撃者が語るスピードで、よそ見していたサランの顔面にバスケットボールが見事にぶつかる。


 何が起ったのかわからないまま、サランは体育館の床にあおむけになって昏倒した。てんてん……と床に転がった自分の頭のそばをボールが転がる。悲鳴、体育教師が吹く笛、そして複数の人数が駆け寄る気配。何が起ったのかわからないサランの体はなかなか痛みを感じられない。派手に鼻血をふいていることすら気づかない。


 ただ、遠くから、四月以降サランを最も怒らせる声が聞こえたことだけはしっかり把握した。


「すいませーん、手が滑りました~。大丈夫~、サメジマさ~ん……?」


 あんのアマ……っ! 

 

 近くにいた同輩たちに助け起こされながらサランは、こっちを見てやっぱり小バカにした笑みを浮かべているツチカを一目睨んだ。その瞬間、激しい痛みが顔面と頭を襲う。ぼたぼたと鼻血がこぼれてサランを介抱したワルキューレたちが悲鳴をあげる。


 学年首席でも本気を引き出すことができないじゃじゃ馬娘を、あんな大人げないふるまいに走らせたあの三つ編みのちんちくりんは一体何者なのか――?


 サランのことは一瞬だけ同輩たちの中で話題になったが、それは長くは続かなかった。

 しばらく後に、ツチカが文学賞を受賞したり、学園始まって以来の大スキャンダルを起こした為である。


 


「! あなたがあの太平洋校文芸部の副部長さんっ⁉ 本当ですかっ?」

「そしてあなたがあの、みなのぬまこ先生⁉ スケブいいですかっ?」


 雑談の過程でユーラシア校の特級ワルキューレ達から逆にきらきらした目で低レアの二人は見上げられた。

 ミナコはスケートボード型ワンドのワルキューレが表示したスケッチブックにさらさらと二人の似顔絵を描いてゆく。


「やっぱりユーラシア校では女性美表現は控えめにした方がよろしいでござるか?」

「そうして頂けるとたすかります。うち時々抜き打ちでもちもの検査が入っちゃうんで。乙女が持つにふさわしくないってものがあると没収くらっちゃうんです。窮屈ですよねえっ」


 ぷんぷんとスケボー型ワンドのワルキューレはむくれる。彼女の言い分を聞いてミナコが描いたのは普段の作風とはまるで異なる少女漫画タッチの可愛らしいイラストだ。それをのぞき込みながらサランは感心した。結構器用なミナコの腕前に驚いたのだ。


 サランはというと、馬上からおりたウサ耳ヒジャブのワルキューレに「実は折り入って……」と商談をもちかけられた。


「副部長さんにご相談があるんですが、『ヴァルハラ通信』のユーラシア校域圏での翻訳権および販売権を私たちに認めてくださることはできません? ご存じかもしれませんけど、こちらでは紙版は海賊版で入手することしかできなくって……」

「あー、そういう話は耳にしてますねえ。うちの部でも中央アジア方面の販路拡大は懸案でしたから。ただしこっちもなかなかユーラシア校さんと交流を持つ機会にめぐまれせんでしたからねえ~。恥ずかしながらうちの部員はほぼ低レアで、校域の外に出るのがなかなかかないませんでしたから」

「あら! じゃあこれも何かの縁ですね、素敵」

「――んでも、うちの部誌にはあまり乙女が読むにはふさわしらしからぬページがありますが、そこのところは大丈夫ですか?」

「いやだわ副部長さん、『ヴァルハラ通信』には完全無欠の乙女の読み物があるじゃないですか。沙唯先生の小説、うちの校でもファンが多くて皆web版を翻訳して読んでますのよ?」


 愛らしい兵装姿に反してなかなか商魂たくましい騎馬ワルキューレは意味ありげに目くばせをしてみせた。それにこたえてサランもヒヒヒ~と笑う。


 部誌の海賊版が横行していると聞くユーラシア中央域にオフィシャルの販路を作るのは文芸部の懸案だというのは本当のことだ。サランにとってもこの申し出は願ったりかなったりでもある。そこでさっそく右手を振って名刺を表示すると互いに交換する。


「それではよりよいご返事を~」


 ウサ耳ヒジャブのワルキューレは再び馬に跨り、もう一人のワルキューレも宙に浮かせたワンドの上に両足をおいて軽やかに宙をすべって去ってゆく。

 かなたの山脈へ向けてゆったりと去り行くその後ろすがたを手を振って見送りながら、ミナコは呟いた。


「……こうして文化は拡散してゆくのであろうなあ、サメジマ氏」

「だねえ。この辺もかつてはシルクロードって呼ばれた所あたりだろうし、こうして異文化の交流の当事者となると悠久の歴史に想いを馳せたくなるよねえ」



 雄大な光景が醸し出す雰囲気に引きずられなにかしらそれっぽいことを口にしたくなった欲にまけたサランは、教養番組の出来損なったナレーションのようなセリフで適当にまとめた。


 もしかしてジュリが『ハーレムリポート』の掲載を決めたのもこういう所かなあ、等と考える。ゴシップとエロは強い。人類を一つにするかもしれないのだから。

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