#6 ゴシップガールは経歴抹消済み?
◇ハーレムリポート 電子
群がるワルキューレから学園唯一の男の子を守るため、それとも本当は愛する男の子を独り占めするため?
ま、どっちだかわかんないけど堂々とフカガワミコトを軟禁したキタノカタマコ様の横暴に立ち向かうトヨタマタツミちゃんとミカワカグラちゃんが同盟相手に元風紀委員長のアクラナタリア先輩を選ぶ。学園はいよいよ血が血で洗うワルキューレ同士の戦争の予感! キャットファイトフェチの諸兄は刮目して待て!
──というところで前回の更新は終わっちゃったけど、読者の皆さんはちゃんと続きを楽しみにしてくれてたかな? そんなわけでレディハンマーヘッドだよ。
前初等部生徒会長の忠臣時代、秘密警察長官だなんて陰口を叩かれていた時代に張り巡らせた秘密の情報網をフル活用したアクラ先輩は鉄壁かと思われた現初等部生徒会のガードを切り崩すことに成功。三人は清掃業者に変装して生徒会室に潜入成功。
さてその結果どうなったか?
生徒会室は見事に内側から吹き飛んでみる影もなし。なんでそんなことになったのかはダイジェストでお送りするね。
高級料理でマコ様サイドについたノコちゃんの急襲に立ち向かったのが、鞭型ワンドを振るうアクラ先輩。お前たちは先に行けってことで、生徒会のメンバーやマコ様直属の侍女達が襲いかかる中たどりついたタツミちゃんたカグラちゃんが見たものがなんだったのか……はわからないけど、とりあえずここで第一の爆発。まあ今までの出来事から判断するに、タツミちゃんがフカガワミコトの不埒な振る舞いを目撃したってところじゃないかなあ。
そこからはもう、日本刀型ワンドのタツミちゃんと鉄扇型ワンドのマコ様のガチの大バトル。特級ワルキューレ同士の本気のバトルになったら生徒会室なんてひとたまりもないってわけ。
結局、ついに学園長先生が出てきてケンカ両成敗。今度また似たような騒動を起こしたら特級の身分剥奪、降格やむなし、今回の処分はおって沙汰する。それまで関わったものは自室で反省せよ。以上、解散! ってことで場をムリヤリまーるく収めたってわけ。ちゃんちゃん!
ちなみに学園長先生って聞くとお腹の突き出たおじさまを想像するかも知れないけれど、太平洋上の麗しき乙女の学び舎の長たるもの凛々しく美しい人が相応しいと思わない? そんな期待を答えてか、この四月から学園長に選ばれたのはとっても綺麗でお強い方。ミツクリナギサって名前にお聞き及びの方も多いんじゃないかな?
そうそう、正解。伝説のワルキューレ一期生、甲級龍型侵略者を何体も倒してきた空飛ぶサムライガールのナギサ。
この前までワルキューレは引退して軍にも属さず亜州かたすみの小さな村で教員をされてたみたいだけど、後進育成に力を貸してくれって頼まれて学園長に就任されたらしいよ。直前まで渋ってたって話だけど。
……だーってねえ、とーっても大変だもん。この島の学園長なんてやるの。一度でもワルキューレやってた人ならもう皮膚感覚でわかると思うの。
怖くていかめしい理事の皆さんの顔色を伺いながら、十代のただでさえ難しい女の子たちを立派な戦闘員に育てるなんてそんな難事業引き受けたいと思う?
うーん、想像するだけであたしの胃にも穴があきそう。
でも最終的にサムライガールのナギサは学園長就任を引き受けて、今やミツクリ先生って呼ばれてるってわけ。なにが切っ掛けだったのかな~? ま、フカガワハーレムには直接関係無いか。
……え? カグラちゃんは何してたんだって?
ノコちゃんに今度美味しいチェリーパイを作って食べさせてあげるからってもちかけて、まんまと自分たちサイドに寝返らせることに成功したみたいだよ。可愛いよね~、カグラちゃんのそういうとこ。
てか、チェリーねえ。そろそろサクランボの美味しい季節か~。季節が経つのって早いね、ほんと。
◇◆◇
シモクインダストリアル会長の孫。
父親は系列団体の長を勤める撞木会長の三男で、母親は元女優。
戸籍の上ではそうなっているが、美男として名をはせる父親の面影が色濃いのに対し同じく美女として知られる母親の形質をひとかけらも受け継いでないことや、幼いころから優秀な成績を残しながら撞木家の後継者争いからあらかじめ外されていることでその出自が戸籍の通りではないことが暗に示されている。
まあきっと、上流階級ではこういった話は珍しくもなんともないものなのだろう。
「っはー、いる所にはいるんすねえ、ハイパーなお嬢様ってやつが」
「なあ、びびるだろう? でもこの学校うじゃうじゃいるぞ、お嬢様やお姫様って連中が。現に生徒会長様からして北ノ方グループ総帥のご令嬢だし、初等部首席ワルキューレなんかしょっちゅう半裸で駆け回ってはそこいらじゅう爆発させてるけど天孫降臨の代まで遡れるって家柄の巫女姫様だ。こんな時代じゃなかったら一緒の学び舎で肩を並べてお勉強することなんてなかったろうなあ」
軽音部がかきならすギターがうるさい文化部棟の階段に並んで座り、名士一覧や「華麗なる一族を訪ねる」といったビジネス誌向けの連載コラムを開きながら、相変わらず棒付きキャンディを口の中で転がしているメジロタイガの呟きに補足する。
文芸部員、そして文化部棟の住民から顰蹙を買ったサランの自己鍛錬終了から数日が経った日の放課後、サランはタイガにリリイの世話を丸投げしたことに対する約束の報酬を支払っていた。
日焼けしたくないだの、出撃するのに直接役に立つというのならまだしもボールを追いかけまわすような意味がない上に怪我をする恐れのある授業にでなければいけない理由がわからないと頑なにボイコットを続ける体育の授業の補修を受けているそうで、その日はまだ文化部棟に姿をみせていない。タイガ一人と接触するタイミングは今しかなかった。
リリイはタイガが自分以外の誰かと親しくしていると露骨に不機嫌になり、飲み物に異物を仕込もうとしたり掲示板に誹謗中傷を書き込んだりといった陰湿な行動に走るめんどくさい小娘であることがこの数日間で掴めてきた所だ。
「いくら同じ施設で家族みたいに育ったからって、あの性根のねじ曲がったヤツとよく仲良くできるな。その点だけは褒めてやるよう」
「まーね、姉ちゃんとしては手のかかる妹の世話を焼いてナンボっすから。それにあれでアイツいいところもあるんすよ、だれよりも頑張り屋だとか意志が強くてやると決めたことは絶対やりぬくとか」
リリイに手を焼かされて疲労がたまったある時のつぶやきに対し、タイガはふふんと偉そうに形良い胸をはってエバってみせた。
メジロ姓の二人は同じ施設で育った仲で、血のつながりはないが姉妹のような関係を築いている。
施設に保護された日が数か月早かったという理由で、何かと姉さんぶって物事を仕切っているのはタイガだが、誰がどうみても知力でも精神年齢でも年長なのは明らかにリリイだった。なのにリリイは精神年齢が十一歳歳男子のタイガに姉さんぶられる状況を愉しんでいる。その歪っぷりに気づいていなさそうなタイガの裏表のない明るい表情を、サランはつい憐れみをこめて見てしまうことがあった。
階段に並んで座った二人は、亜細亜州のゴシップを記録したアーカイブから取り出したビジネス誌のバックナンバーを再び開く。サランもジュリもそしてツチカもワルキューレになる前、四年前に刊行されたものだった。
政財界のトップランナーのお宅を訪ねる連載コラムで、当時の撞木家の人々が
サランは改めてそれを眺めた。私立名門学校の制服を着た小学生当時のシモクツチカの外見は、そのころには既に完成されている。写真越しですら見る者をたじろがせずにはいられない光のやどった二重瞼の眼はやはりシモクツチカだ。
ほころぶ、という嫋やかな表現からほど遠い捕食者のような笑みをうっすら浮かべた口元も含めて明らかに並みの少女ではない。
現にこの年頃、ツチカは処女小説を執筆していたのだ。身元を伏せて応募したその小説は老舗文芸誌の新人賞を受賞することになる。
撞木姓を持つ令嬢、それもワルキューレとして活動を開始したばかりのヒロインが正体を伏せて応募した小説で賞をとる。おまけにその小説が、十代の少女が美貌の義理の父親を誘惑するという内容を文語調と旧仮名遣いを交えて退廃的に綴ったというものだったからそれはそれはセンセーションを巻き起こしたものだ。
撞木家のお嬢様がこのような格調高い文体でこのような過激な小説をお書きになるとは、云々と。
……あっほくせえ。
当時の騒動を思い出して、サランは再度うんざりした。
そろそろ新しい世紀になろうというのに、文学にかぶれた小娘が小難しいいいまわしを多用してエロ分多めの小説を書くことを「ああこの年代の女の子によくあることね」とスルーすることが出来ないという文壇事情に心底絶望した記憶が蘇る。そういうのも
苛立つサランの内面など知る由もないタイガは隣で首を傾げだす。
「ん? ワルキューレが小説の賞獲った、しかもそれがシモクインダストリアルのお嬢様だった~……なんてニュースありましたっけ? そんなビッグニュースありゃ世間は放っとかないんじゃなさそうなのに、全然記憶にないすよ?」
そうつぶやきながら、メジロタイガは亜州の芸能ゴシップアーカイブを探る。
窓程の大きさのワイプに表示された司書型AIのアバターに撞木槌華なる少女に関する資料を背後の書架から取り出すように指示するが、司書AIは機械的に「さきほど出したそれが全てです」と答えるのみだ。埒があかないとばかりに右手をふってワイプを消したあと、疑わしそうな眼をサランへ向ける。
「パイセン、適当こいてませんか?」
「こくかよう。現にお前んとこの先輩がつくった記事は残ってるだろうが、〝士官食いのシモクツチカ″〝元天才少女のご乱交″とかなんとか色々」
首を傾げながらタイガは右手を振り、二年前の夕刊パシフィックを束で表示させた。その山の中にシモクツチカのスキャンダルを報じたものはあった。というよりもその山の一つがツチカのスキャンダルをかきたてたものであり、いともたやすく見つかったのだった。
数日前にメジロリリイが見ていたものもある。それらをざっと読み比べて、タイガは「おおう」だの「うわあ」だの声を漏らす。ツチカの所業に言葉を失くしている。
「亜州の極東方面でぶいぶい言わせる偉い人や華麗なる一族にとって都合の悪い事件や黒歴史も、運が悪ければこうやってこっちに残っちゃうなんてこともあるわけだ。建前上、学園島は各国政府とは距離をおくって宣言してるから文化部棟新聞部のアーカイブから記事を削除することはできない。外の世界の理屈で島内ワルキューレの言論統制は不可。……ま、『基本的には』って但し書きはつくけどねえ」
というわけで、まったく大人って生き物はしょうもない──と、サランに絶望をもたらした二年前のニュースの痕跡は、今となってはアジア州のゴシップアーカイブ上のどこを探しても見つからない。新聞記事もニュース動画もワイドショーのVTRもデータは全て消失している。
肝心のツチカの処女小説も、掲載誌のバックナンバーで読めるだけ。正体が明らかになる前で、本名とはかすりもしないペンネームで発表されている。もちろん単行本化されていない。
「……つかさあ、トラ子お前新聞部だろ? 情報の管理とかそういうこと先輩から教わってこなかったかよう?」
ツチカのスキャンダル記事に読み入っているメジロタイガの無防備な姿にサランは心配になる。こいつは新聞部としてやっていけるのか? という柄にもない先輩心をかきたてるように、タイガは猫みたいな目を興奮でキラキラさせてこっちを見るのだった。
「カッケエ! なんすかこの人バリカッケエじゃないすか! スーパーハイパーワルキューレじゃないっすか! しかもこの人がれでぃは――」
あわててその口をサランは手のひらで塞ぐ。シモクツチカがレディーハンマーヘッド、一応それは大っぴらにするような情報ではない。
新聞部だという自覚がどうやら足りないらしいメジロタイガはサランの手のひらの下でもごもご呻いている。それに合わせてキャンディの棒も動く。
サランが無言で怖い顔をしたのでタイガも察したらしく、うんうんと頷いて親指をぐっとたてた。それを見て手を離す。
それにしても、なにがカッケエ! だ。トラ子のやつめ。さすが考証甘々なドラマのギャルに心酔するようなチョロいやつなだけのことはあるけれど。
いけすかないシモクツチカをメジロタイガが褒めたたえるのが面白くないサランなどお構いなしに、一旦口からキャンディを取り出してサランに尋ねる。
「――けど、なんでパイセンにはわかったんすか? この人が、その、アレだって」
仏頂面のサランは自分の右手を振ってメモ帳とペンを表示する。
撞木 → 撞木鮫 → ハンマーヘッドシャーク
そう書いて、ついでに小さくシュモクザメの動画を表示する。Tの字の形をした頭部の両端に目のついた、特徴的な鮫。中指程度の大きさのそれは宙を泳ぎタイガの顔面でゆったりと身をひるがえした後に消えた。
「つうわけでさ、わかる奴にはわかるだろ、自分は正体隠す気はねえしって人をナメくさったネーミングなわけだよう。……あー、本当ムっカつく」
新聞部も接触できなかったレディハンマーヘッドなのに、唯一ワニブチジュリが接触できたの正体がシモクツチカだったためだ。
ツチカとジュリは本人が言っていたとおり付き合いが長い。学園島に入学するずっと以前、幼稚園に入るか否かのころに撞木家のご令嬢とシモクインダストリアルの下請け業者・鰐淵製作所の娘として顔を合わせたころからの付き合いだと、いつぞや少し寂しそうな顔をしたジュリが語ってくれたことがあった。
サランもそこまではタイガに教えはしない。
「うちですら気がつくようなことだ、きっとさ『夕刊パシフィック』他新聞部の記者連中もアレの正体は察してるぞお? でもそのうえで追及キャンペーンは組まない。なんでかわかるか?」
「……。なんでっすか?」
「トラ子……お前新聞部だろ? お前の頭蓋骨に詰まってるのはなんだ? カニミソかあ? なあ?」
猫目をぱちくりさせるタイガの頭にサランは手を置く。キャンディの棒を咥えたままタイガは唇を尖らせてむくれる。わかりやすい表情には可愛げがあっていい。
「シモクインダストリアルはワンド開発の最大手だぞ。うちの工廠にも技師がいる関係で学園理事にも撞木姓のお偉いさんがいるし。そういうことがわかってなかったあんたの先輩はシモクツチカのゴシップを面白がってかきたてた結果、中東だの西アフリカだのめんどくさい地域に出撃させられたりしたんだからあ」
「げー、なんすかそれ。学園の自治ってやつはどうなってんすか?」
「なもん建前に決まってるだろうがよう、理事会メンバーに撞木や北ノ方姓ほかワルキューレ産業関係者のおっさんおばはんが何人いると思ってんだ?」
各国政府、それに北ノ方や撞木といったワルキューレ産業でシェア争いをしている企業は学園島の自治に遠回しにそれとなく介入し、騒々しい小娘たちによる少々のご乱行には目をつぶってもワルキューレ達が本格的に暴走することがないようにと目を光らせている。
外世界からの侵略が長引き、それが日常になって久しくなった昨今になってようやく、初代ワルキューレだったメンバーが教職員や教官、そして技師や理事として島に帰還し、建前ではないワルキューレの自治権を手に入れようと頑張っている。
しかし残念ながら、理事として名を連ねる偉い方々にはそれはあまり快く思われていないようだった。
人類全体の舵取りをする人々にとって、ワルキューレは見てくれがよく素直で従順で博愛精神に富み、あまりものを考えないお人形であってくれないと困るらしい。
学園に、特に文化部棟にいるとなんとなくそういう空気も察してくるものだが、入って二年目のタイガにはまだよくわからないってことだろう。
「大体、シモクのやらかした一件だって、これほどのことがあったならいくら記事や情報が削除されたって関わりあった人間や報道で接した野次馬の記憶に残っていて普通だろう? でも誰も撞木姓の令嬢のワルキューレがこっぱずかしい小娘エロ妄想小説で賞を獲った件を覚えてない。お前だってさっき言ってたじゃないか、そんなビッグニュースがあったなら世間は放っとかない筈なのに全然記憶にないって。──つまりだから、そういうこったよう」
「? はい?」
つり気味の猫目をぱちくりさせてこちらを見るタイガはアホの子可愛いが、サランはつくづくこの後輩の新聞部員としての行く末が不安になる。
だからあ〜……と言いながら、タイガの頭に手のひらを置いてショートボブの髪をわしわし撫でた。
「大量の人間の記憶を消すことができるなんて芸当ができるのは侵略者かSSRよりもっとレアなワルキューレくらいなもんってことだよう。そういうヤバいレベルのワルキューレが撞木姓の人間が起こしたトラブルの後しまつに力を貸してるってことだ。これってつまり、ワルキューレの能力の私的利用だ。倫理の授業で真っ先に習う『ワルキューレ能力の私的利用を禁じる』にモロに引っかかる案件っつうことだよう」
「……っ」
「正直お抱えワルキューレの能力の私的利用なんか偉い連中ならいくらでもやってるけど、だからってそれが表沙汰になったらどえらいことなる。全世界からバッシングの末ワルキューレ産業から追放くらうってことも余裕でありえる。この島だって大激震はさけらんない、──ま、そういうわけだよう」
「……っ」
猫目の瞳をこちらを集中させて、うんうんとタイガは頷いた。その目のきらめきが増す。ようやく何かがつかめてきたらしい。
サランは雰囲気を高めるために小声でタイガの耳元で囁く。
「……おそらくな、おまえの先輩方はツチカ周りのデカイ山を追ってる。ハーレムリポートのことを泳がせてるのもきっと考えあってのことだよう。だから今下手に突っつき回すんじゃない。打ち上がる花火はデカイほうが見応えがあるし、パンケーキだってバターとシロップがたっぷり染み込んでから食ったほうが美味いだろう? それとおんなじだ、今は待つんだ。分かったな?」
タイガは、イタズラを持ちかけられた子供のようにニヤッと笑った。
「つまりいわゆる偉くて汚いオトナの
「うんうん、まあそうだよなあ」
興奮を抑えきれないらしく、タイガは階段の上に腰を下ろして小さく体を前後に揺らす。今日の放課後秘密基地作ろうぜと悪友に持ちかけられた小学生男子レベルのワクワクソワソワぶりを見ながら、サランは心の中でつぶやく。
良かった、こいつアホの子で。
新聞部がツチカの周辺を探っているというのは実はサランの憶測だ。
しかし、可能性は相当高いとサランは見ている。ツチカのゴシップを追っていた『夕刊パシフィック』の記者だったワルキューレはあからさまな懲罰出撃で西アフリカに派遣されてあやうく現地の黒魔術師に心臓をえぐり取られそうになったと聞く(ワルキューレは人間に向けてワンドを振るってはならない。たとえそれがマフィアやテロリスト、原理主義者に大量殺人犯、未だ根絶できない民間呪術師だったとしてもだ)。ツチカ及び撞木家に対して反撃する心構えはあるはずだ。
部誌で『ハーレムリポート』を連載するのは、戦地の兵隊さんに呑気で平和な毎日に浸って一瞬でも過酷な現実を忘れてもらいたいからだと、ある日ジュリは言った。それも確かに理由の一つではあるはずだ。ジュリはサランに嘘は吐かない。
だけど絶対、それだけではあるまい。ジュリはサランに嘘は吐かなくても、言いたくないことは機が来るまでは決して喋らない。
ジュリとツチカは幼馴染だ。しかもただの幼馴染ではない。
まだ長かった髪を高い位置できりりと結ぶポニーテールにしていた昔のジュリと挑むような眼差しのツチカ、二人が並び、二人だけで通じる符牒を用いて語り合い、何かしら新しいブームを作り出しては周囲を巻き込む。一卵性の双子のような二人だけの世界を作り上げていた時代のことをサランは知っている。
仲の良い幼馴染、無二の親友、腹心の友。そのような麗しい仲に見えたけれど、実はそうでなかったことだって覚えている。
業界トップシェアを誇る企業の創業者一族の血を引く娘と、その下請け業者の娘。その立場には明らかに上下がある。
その関係を解消した今であっても、撞木家家臣の娘としてジュリはツチカの思惑をある程度汲んでいる筈だ。であればこその部誌での掲載決定だ。
侍女として長年使えてきたお姫様のお戯れに習慣としてつきあっている筈、それはいい。ジュリにもジュリの立場があることはサランだって察する。友人として「皆まで言うな」の心意気だ。
ただし、ただの平民の娘であり上流階級のしがらみとはほほ無縁のサランがツチカの「お戯れ」にどういう形で関わってやるのかはこちらの胸先三寸。そういうことである。
あの、顔を見れば人のことをガキだ幼稚だミノムシだと馬鹿にしてかかる世の中舐め腐ったお嬢様の目論見を先回りしていっぺんギャフンと言わせてやる。見てろよ、シモクツチカ……!
九十九市で再会して以降のサランは一方的にツチカに対する対抗心を燃え上がらせていたのだった。
そんな自分は、ジュリに諭されるまでもなく既にツチカに支配されていると気づきはしている。だけどどうしても感情面で折り合いがつかないのだ。
感情的にになったっていいじゃないか、だって十四才だし。
サランはそうやって居直り、冷静な自分のツッコミから耳を遠ざける。
ツチカが何を企んでいるのかその追及と解明には優秀な新聞部の皆さんに任せた方がサランごのみに展開しそうな予感がある。アホの子故になにをしでかすか読めないタイガの動きは封じた方がいいだろう。
そういう計算から、サランは策を弄したわけだった。それがどうやら思っていたよりもうまくハマってしまったと、静かにに興奮しているタイガを目の当たりにして自分でも驚き呆れるほどだった。ワクワクを隠さずにタイガは嬉しそうに語る。
「しかも
「……あ? なんでそこでギャルドラマが出てくんだよう?」
「知らねえんすか、東京中のギャルサーと大物政治家のケツ持ちしてるヤクザの抗争に警察が混ざってくる三つ巴の戦争する歌舞伎町炎上編を? 戦争を後ろで糸を引いてるのが主人公セシルの師匠にあたる伝説のカリスマギャル・アユパイセンかもしれないってことで噂を確かめにセシルが親友のタバサを振り切ってヤクザと武装アゲ嬢ひしめく歌舞伎町に単身乗り込むんすよ? そこスッゲエ渋いんですよっ」
「あーもういいよう、大体なんとなくわかったよう!」
放っておくと荒唐無稽な
アゲ嬢が登場するのはもうちょっと後だろうが、相変わらず考証のゆるいドラマだな。
呆れる反面、ニヤニヤと楽しそうなタイガを見て満足もする。
これでタイガはレディハンマーヘッドの正体を探るのを自主的に控えることだろう。
それはそれとして、文化部棟の先輩としての心配も抑えきれない。
本当にコイツ、新聞部でやっていけるのかこんなにアホで……。新聞部部員としてもワルキューレとしても。
世間を動かす陰謀の一端を覗き見た心地でいるらしいタイガの落ち着きのなさを隣で見て、サランは不安さをより強める。
そんなサランの気遣いをよそに、タイガは膝を抱えて体を前後に揺らす。
スカート短いんだからそんな格好すると下からパンツ見えるぞと忠告しようとしたタイミングで、タイガは楽しそうにニンマリ笑うのだ。
「へへ〜、やっぱ頑張ってワルキューレになってよかったなあ。学校通える上にこんなドラマみてえな面白えことに巻き込まれるとか最高すぎる」
「……お前通ってなかったのかよう、学校に?」
「施設で勉強は習ったっすよ? でもいわゆる普通の学校には通ってなかったっす。だからドラマとかマンガでみる学校ってもんにスッゲェ憧れてたんす。クラブ活動とか寄り道とか、悪い生徒会とドンパチやったりするの」
タイガの学校観はいささか歪んでいるような気がしたが、サランはタイガの言葉が胸に引っかかる。
サランの中ではワルキューレとは頑張ってなるものではない。
数年に一回の割合で実施される検診で、ワルキューレの因子を持っているか否かを検査された結果、因子を持つ少女とその親の元へしかるべき機関の人間が訪れ「やってみませんか」と声をかけられてから、なるかならないか判断するものだ。
どれだけ本人がワルキューレになりたくて努力をしても、因子を持たなければどうにもならない。そしてその因子は生来的なもの、かつよくわからない原因が切っ掛けで顕現するものであり、頑張ればなれるものではないのだ。残酷だけどそれが事実だ。
なのに「頑張ってワルキューレになってよかった」とは?
思わず追求しそうになったけれど、サランは控えた。身寄りのない子供に妙な実験を施す怪しい組織があるという都市伝説、それは子供好みの根も葉もないうわさ話だとかたづけられたものではない。そういった事情もワルキューレをやっているといやでも知る機会があるのだ。
アホの子だけどひとかたならぬ苦労してきたっぽいな、こいつ……と、サランの心に不憫さの芽が生え始めたタイミングで、タイガはニコニコと心から嬉しそうにつぶやく。
「ほんとマジでワルキューレやってよかったっす。相部屋だけど自分の部屋もらえたし、夜中にぐずるチビたちの面倒みなくてもいいし。給料もらえて自分で自分のすきなものも買えるし、どっかの誰かのお下がりじゃない自分の好きな服も買えるし……。学食も宿舎の飯も施設より全然美味いし、そのうえドラマみたいなことが起きるとか最の高っすよ。言うことないす」
何気ないタイガのつぶやきは、このご時世に運よく平々凡々と育ってこられたサランの心を強く打った。
たまたまワルキューレとしての素質を持って生まれ、流される形でこんな太平洋まで来る羽目になってしまったと愚痴りたくなる怠惰で低レアワルキューレの身からすると、給料で好きなものが買えるとかご飯がおいしいとかそんな当たり前で些細な権利を手にしただけで、実に幸せそうにワルキューレになれてよかったと言い切るタイガはあまりに不憫であまりに眩しすぎた。
こいつアホの子の癖に健気なこと言いやがって……とガラにもない不憫さと反省で胸がいっぱいになり、クッ目頭を抑えるサランを、猫目をきょとんとさせてタイガが不思議そうに尋ねる。
「? どうしたんすか、パイセン」
「なんでもないよう。……そうだ、今からカフェでなにか甘いもんでも食うか? うちの食客の面倒をみてもらってる礼だ、たまには奢ってやるよう」
「!」
「リリ子の補習もそろそろ終わるだろ? 誘ってやりな。アイツ、お前にだけ奢ったって知ったら絶対機嫌そこねてまためんどくさいことになるから」
「あざっす、ゴチになりますっ」
顔をパッと輝かせたタイガは早速リリイへ向けてメッセージを作成する。右手を振ってストラップをじゃらじゃらぶら下げた
「こちら、通ってもよろしくて?」
まさしく鈴を転がすような声が頭上から降ってきた。
そしてそれに伴うふわりとした、ジャスミンとスパイスの混ざったようなよい香り。
条件反射のようにサランは立ち上がり、壁際に張り付く。と同時にメッセージ送信作業に集中していたタイガの頭も叩いて、同じように壁際へ引き寄せる。
澄んだ声の持ち主は、そんなサランの様子を見てクスクスと笑った。
ゆるく波打った長くい黒い髪、ミルクを入れた紅茶のような色味にとろりとつややかな肌、行儀の悪い後輩二人を見下ろす視線はあくまで優しく慎み深く、花びらのような唇に浮かんだ笑みも嫋やか。
制服の上からでもわかる見事に均整の取れたプロポーション。まるで背後に大輪の花を背負っているのがみえるような規格外の美少女がそこにいる。
その後ろには、アイボリーの肌をしたすらりとした長身に黒髪を短くそいだ少女がまるで従者のように控えている。前を行く少女が花のように微笑んでいるのに対し、後ろにいる少女は怜悧なまなざしをこちらに向けている。無駄な肉がなく精巧な宝玉細工を思わせる少女の中性的な容貌から表情はうかがえない。しかしアーモンドアイでじっと見られると、とにかく何でも即座に謝って逃げ出したくなるような迫力があった。
実際、サランは二人を前に逃げ出すつもりだった。壁に背中をくっつけて移動する。
「失礼しました、ジンノヒョウエ先輩っ」
高等部の二年生かつ演劇部部長、そして文化部棟の女帝と畏れ敬われるジンノヒョウエマーハは、かしこまるサランを見て一瞬あだっぽい笑みを浮かべる。
「悪だくみのお邪魔をしちゃったかしら? 文芸部の可愛い副部長さん」
「いや、そんな。滅相もない」
何の前触れもなく現れた演劇部のスターを間近に見て呆けたように立ち尽くすタイガの手を引き、サランはじりじりと階段を上がる。
そんなサランへマーハは顔を近づける。ジャスミンと何かスパイスの混ざった不思議な香料の匂いが濃く漂う。
「可愛い副部長さん、渡り廊下でのあの練習はもうやめたのね?」
「は……、いやその、当初の目的を達したのと文化部棟の品位を下げるような真似は慎めとうちの部長が申しましたので……!」
渡り廊下でセックス連呼していた時には感じなかった恥ずかしさが、たおやかな上級生に見つめられるだけで一気に襲いかかってくる。かあっと全身を羞恥で燃え上がらせながら、サランはぺこんと頭を下げて叫ぶ。
「失礼します!」
そしてタイガの手を握って一気に駈け出した。
ジンノヒョウエマーハ、演劇部のトップスター。別名・文化部棟の女帝。もしくはカシミールのドゥルガー。
見た目は嫋々としているが、文化部部長たちをまとめ上げ、生徒会や風紀委員の文化部棟介入を阻止してきたというおっかない大先輩だ。
文芸部としては『演劇部通信』を介してデリケートな問題を抱えている相手でもある。
そんな大物にあんなアホみたいな特訓を見られていたとは。
居たたまれなくなって廊下を走るサランの後を、タイガが追走する。
結局、カフェにたどり着くころには先に到着して数分待たされた補習終わりのリリイがヘソを曲げた状態で待っており、三人だって食べきれそうにないメガ盛りのパフェを注文させられるという嫌がらせを受けた。
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