#5 ゴシップガールは余裕綽々

 ◇ハーレムリポート 電子個人誌ジン版 #40◇


 はーい、口が災いして色んな人の逆鱗に触れまくってるレディハンマーヘッドだよ。嫌われるのは慣れっこだけど、どうせ嫌うなら正面から言い返してくれなきゃイヤん。本人のいないところで陰口叩く子、イヤーん。きらーい。


 ……え? 陰でこそこそ噂ふりまいているようなお前がいえた義理かって?

 あはは、本当だその通り〜。でもいいの、あたしが振りまいてるのは陰口じゃないもん。ここに書いてあるのは掛け値なく本当にあったことだもん。

 

 てなわけでぇ、この前報告できなかったキタノカタマコ様の政策についてだよっ。いよいよこの島に嵐が近づいてきたって感じでもうワクワクしちゃう。


 

 前にも言った通り、無責任などこかの誰かの放言のせいでフカガワハーレムのメンバーになれば特級ワルキューレになれるなんて本末転倒な考えが蔓延っちゃったもんだから、もう大変。


 有象無象の雑魚ワルキューレがフカガワミコトの元に群がる群がる。やっすい色仕掛けから家庭的な女アピール、反対にざっくらばんないい女ぶってみたり、とにかくあの手この手でアピるアピる。まるで卵子に群がる精子って感じ。逆じゃん! 人体で起きることと裏返ってんじゃん! 面白くない? ここ笑えない?


 で、野心家ワルキューレの大群に委縮したフカガワミコトは逃げる逃げる。

 武闘派のトヨタマタツミちゃんは愛用のワンドふるって雑魚たちを追い返すんだけど(もちろんその時はフカガワミコトへ向けて「べ、別にあんたのためじゃないんだからね!」って言うんだよ)、中等部の頂点にたったマコ様はお手元の鉄扇状ワンドをお振るいになって決定されたのよね。


 学園の安全性維持のため、在籍する男子生徒は生徒会で警護します――って。


 これに怒ったのは雑魚ワルキューレだけじゃないよ~、タツミちゃんやカグラちゃん他ハーレムメンバーを切り捨てる決定だもん。ワンドのノコちゃんは流石に排除できなかったけど。


 そんなわけで、フカガワミコト(+ノコちゃん)は休み時間と放課後は生徒会室で軟禁状態。


 それに不満のあるタツミちゃんたカグラちゃんは力を合わせて生徒会室からフカガワミコトをすくい出そうとあの手この手でチャレンジ中。

 この前のジャッキー姐さんの件もあって反目していた高等部のお姉さま達がマコ様一派と険悪になったのを感じ取って、すかさず同盟を組んだみたいだよ。なんたって高等部にはジャッキー姐さんの他に怖い怖い……おっとっと、お綺麗で強くて頼りになるお姉さま達がいらっしゃるもの。例えばほら、風紀委員長のアクラ先輩とか。


 全世界のヒロインたるワルキューレが破廉恥な振る舞いに及ばないか、厳しい〜目で監視されていて、校則違反者には厳しいお仕置きを食らわせることで有名な美しく冷徹な氷の女王さまことアクラナタリア先輩。

 学園騒乱の容疑でフカガワミコトを拘束して以来なぜか異様に執着しているフカガワハーレム一番のクールビューティー。


 高等部進級以後は丸くなったって聞くけれど、タツミちゃんてばそんなおっかない人と手を組んじゃって大丈夫〜? ま、あたしの知ったことじゃないけれど。



 ところで生徒会室に囚われたフカガワミコトたマコ様、何をやってるのかしらね〜。

 生徒会メンバーはみんなお口が硬くってちっとも話が漏れてこないあたりが流石なんだけど。初等部現生徒会メンバーは優秀だねっ。


 でも壁が高ければ高いほどレディハンマーヘッドは燃え上がるのよ。牡羊座の女だから。


 ……あ、やばっ個人情報出しちゃった。いやーん。


 ◇◆◇


 放課後の学園島。校舎と文化部棟を結ぶ渡り廊下から亜熱帯の海を臨みながら、サランは手すりをつかんで深呼吸をする。

 すーっ、はーっ、と吸ったり吐いたりを何度か繰り返し自分の中でタイミングが合うとおもむろに校舎の向こうにある紺碧の水平線めがけて叫ぶ。


「セックスセックスセックスセックスセックスセックスセックスセックスセックスセックスーっ‼」


 驚いて飛びのくもの、クスクス笑いあう者、眉を顰める者、ここ最近のサランの行動を待ち構えており拍手を送る者、通りすがりのワルキューレの反応は様々だった。

 その日もきっかり十回「セックス」を連呼し終えると、再度深呼吸してからよしっと呟いた。 


「やったぞワニブチっ、ついにうちはなんの羞恥心も覚えずにセックスって口にできるようになったぞっ。……ワニブチ?」


 傍にいるはずのワニブチジュリは、文化部棟と渡り廊下の連結部分からサランを見て手を振っていた。サランとの位置からは十メートル近く離れている。

 代わりにそばにいたのは日傘をさしたメジロリリイだった。口元に手をそえ小バカにするようにクスクスわらっている。むっとサランは唇を尖らせる。


「……なんでお前がそこにいるんだよ、リリ子」

「部長さん命令ですぅ。私がそばにいれば可哀想な上級生がタチの悪いいじめっこの下級生につかまって悪質な罰ゲームをくらってるように見えるだろう、ってぇ~」

「なんだよう。それじゃあまるで、うちがお前にいじめ食らってる情けない先輩みたいになっちゃうじゃん」

「『風紀委員会が不穏な動きを見せてる今、サメジマと文芸部の品位をこれ以上下げるわけにはいかない』って部長さんがぁ~」


 ぎらぎら暴力的な日差しから日傘に加えて肌をまもるためか、この暑いのにやっぱりカーディガンを羽織っているメジロリリイは何が愉快なのかクスクス笑うのだった。


「いい人ねぇ~、ワニブチ部長。優しくてぇ。リリイ、好きになっちゃいそう」

「そうだろ、いいやつだろう? ああ見えてワニブチはな、うちと文芸部の品位を守るために食客のお前をなんのためらいもなく弾避けにするような冷徹な判断のできるヤツだぞう?」


 香水か洗剤か、フローラルでふんわり雌メスした香りを纏わせたメジロリリイは、サランの脅しと警告をくすくす笑いで受け流した。

  

「ああら、好きになっちゃうって本気にしちゃったぁ? 冗談ですよぅ、先輩」


 あー、こいつ苦手だっ。

 あいつと似たようなニオイがするっ!


 ジュリが待つ渡り廊下の方へ大股で歩きながら、サランは心の中で吐き捨てる。のしのし歩くサランの後を、メジロリリイは日傘をくるくる回しながらしゃなりしゃなりとついて来る。



「……サメジマ、お前がツチカに凹まされて悔しかったのは僕なりにわかるつもりだがあんな場所であの行動をどうかと思うぞ? 文芸部は風紀委員会から目をつけられている以上目立つような振る舞いは控えてほしい」


 次号の部誌の編集作業中だったが、その手を一旦止めたジュリはいつもの真っ黒いだけの雑コーヒーを飲みながらサランに訓戒を垂れる。

 サランは原稿の誤字脱字を拾いながら、ぶつぶつ反論する。


「だってシモクに『〝セックス″って口にできないお子ちゃま』って言われたんだよう? 悔しいじゃん」

「子ども扱いされた悔しさと恥ずかしさは分かる。そしてそのために人目を気にせず努力するサメジマの気力を僕は評価したい。ただどうしてもお前に意見したいのは、ツチカに勝つために人として必要最低限の羞恥心すらドブにすてようとするのは滑稽だってことだ」


 うんうん、と部誌編集作業中の部員たちも頷く。ここ数日サランが取り組んでいた行動がとかくいたたまれなかったという表情だ。


「大体、お前はツチカが嫌いなんだろう? 嫌いな人間の発言に振り回されることほど馬鹿らしいことはないじゃないか。冷静になれ」

「……うう~……」

「それに、そうやってツチカの言葉に言葉を心を乱されてるってこと事態、ツチカの支配下にいるってことじゃないか。その段階ですでに対等に立てていないってことになるんだぞ? わかるだろ、お前なら」


 親友兼部長からやんわりと諭されてしまい、サランは胸に沸く「でも」や「だって」を飲み込んだ。ぐうの音も出ないほどの正論だ。

 それに、いまいち自覚は薄いがサランは文芸部副部長だ。可愛い後輩や愛すべき同輩たちがサラン一人の振る舞いで白い目で見られるのは忍びない。


「……分かったよう。まあうちの鍛錬も成果が出たからもうやらないし。ごめんねみんな、恥かかせてさ」


 うんうん、と文芸部員たちは作業の手を止めず頷く。やっと分かってくれたかという安堵の表情だ。

 しかしサランの心の中はまだまだ穏やかではなかった。


 セックスなど所詮人類の交尾でしかないではないか。交尾を早く済ませた方がエライなどという価値観はブルマとともに二千年紀ミレニアムで滅んで良かったものの一つだ。

 それなのにシモクツチカのやつめ、そんな古臭い思想でうちにマウントをかましやがって、昔からあいつはいつもいつも……っ。



「一つよろしいかしらぁ?」


 苛立つサランを煽るように、ゆったりキャンディを舐めながらメジロリリイが尋ねた。


 相方のメジロタイガが舐めてるのと同じ棒付きキャンディーだが、丸い球体の飴をころころと口内で転がし常に口から棒をはみ出ささせているタイガとはちがい、リリイは棒をきちんと指で挟み持ち球体を舌先でゆったり粘る。丁寧といえばいいのか思わせぶりと言っていいのか、見ていて何故か気まずくなる舐め方ではあった。


「サメジマ先輩がシモクって苗字で呼ぶその方、部長さんはツチカってお名前でお呼びになるのね? どうしてかしらぁ?」

「ツチカと僕は付き合いが長い。それだけだ」


 そっけなくジュリは答える。

 ふうん、と一旦は納得したらしいメジロリリイは文芸部の部室に飾られた一枚の写真を見やる。

 右手の人差し指で空を触る仕草をしたのは、リリイの位置からは見えづらい写真を拡大したためだろう。


 文芸部に入部してすぐの頃、先輩や同輩たちと撮った記念写真だ。


 今よりほっぺたがぷくぷくして見るからに幼いサランと、長くまっすぐな髪をきりりとしたポニーテールに結び理知的な輝きを宿した瞳を隠さずまっすぐカメラを見つめているまだ眼鏡をかけていない頃のジュリ、そしてジュリの隣に立つシモクツチカが収まった、唯一の写真。

 ジュリとツチカ、当時の二人はまるで髪形だけが違う双子のようだった。同じようにやけに印象的な強いまなざしの目をして、同じように細身で同世代の少女からすれば背が高く、木から彫りだし磨きをかけた彫像のような硬質な美貌の持ち主だった。


 別世界の人間がいる。


 初めて足を踏み入れた文芸部の部室、窓辺で並び立つ二人を見た瞬間、サランは驚き息をのんだものだ。

 


 かつてあった日のスナップ写真を眺めると気が済んだのか、メジロリリイは右手人差し指をはじいてみせる。写真の拡大表示を終わらせたのだろう。


 そしてゆうゆうとキャンディを舐める。

 食客の立場だというのに一切遠慮をせず、部誌の編集作業を手伝おうというそぶりも見せない。デスクを囲む文芸部員から白い目で見られてもリリイは全く動じない。


 メジロリリイは合唱部から追い出され、今は文芸部に身を寄せている。

 先日のサメジマサランこ誹謗中傷事件に関して、文芸部と合唱部の両部長間で話し合いの結果がこれだ。問題児メジロリリイを合唱部から放逐し一ヶ月間島外へ向けたアイドル活動を禁止するという処分を下したうえで、文芸部の監視下に置くことで手打ちとなったのだ。

 より正確にいうならば、リリイの扱いにほとほと困り果てていた合唱部部長に泣きつかれた結果、しかたなくジュリがリリイの身柄を引き受けたというのが正しい。


 蠱惑的な美貌に天使のような歌声、ここ数年スター不足に悩んでいた合唱部が育成しようとしていた歌姫のメジロリリイ。

 当初の目論見は成功し、世界のワルキューレファンからの注目を集めだし合唱音源や写真集などグッズも売れ始めた。だが、自分より格下だと見た人間の言うことは一切聞かず、気に食わないワルキューレを卑劣な手段で陥れるような陰湿な性格のせいで合唱部内の人間関係が崩壊寸前になったらしい。


 お願いあの子をなんとかして。私には手に負えない……っ、とジュリは合唱部部長に菓子折りつきでおしつけられたのだという。

 


「ひょっとして、サメジマ先輩の天敵ってこの方ぁ?」

 

 文芸部員たちの邪魔そうな視線をものともせず、リリイはリングをはめた右手を振って「夕刊パシフィック」のバックナンバーを表示させる。 


 二年前、サランとジュリが初等部一年だった時の学園島を揺るがせた大騒動をおもしろおかしく掻き立てる「夕刊パシフィック」をメジロリリイはめくる。一面には、「士官食いの元天才少女‼ シモクツチカの華麗な交友関係」といったセンセーショナルな見出しが躍っている。

 各国軍の士官や将官数名と関係を持っていたというスキャンダルが発覚し退学処分が下される数か月前に、執筆当時12歳だったことワルキューレという身の上を隠して応募した小説で文芸誌の新人賞を獲得した時にメディアで散々使われた写真も添えられて。


 13才時のシモクツチカは、その年ごろの少女にしてはすらりとした長身で挑むような目つきが大人っぽすぎて可愛げがない。しかしその小生意気さが美しい。そして毛先から指先まできちんと手入れのなされた見るからに育ちのいい令嬢だった。しゃんと伸びた背筋にワルキューレ養成校の制服が良く似合っている。


 九十九市で見かけた前世紀末ギャル姿とはまるで雰囲気が異なる。


「……なんだよ?」


 メジロリリイはタブロイド紙のバックナンバー上にあるかつてのツチカの写真とサランを見比べて、そしてクスクス笑う。それで言いたいことは大体分かった。


 この人とあなたじゃまるで月とスッポンね、この人に負けまいとして人前であんな見当違いな振る舞いをして恥をかいて、ああなんて可哀想な人……って所だろう。分かってるよ、あークソ。



 イライラしながらサランは部誌にのせる原稿の校正作業に戻る。




 九十九市にて約二年ぶりに再会したシモクツチカは、いきりたつサランの前でタバコを咥える。銀色の四角くいかついライターで火をつけてふーっと煙を燻らせた。

 事後の一服というやつか。


 タバコを挟んだ時にツチカの右手が見える。薬指にはまだリングがはまっていた。一度でもワルキューレになったものは、本当の意味で普通の女の子には戻ることはできない。学園島を退学処分になった伝説の不良ワルキューレであってもそれは同じようだ。伝説になるようなワルキューレになればこそ、かもしれない。


 前世紀末を再現した九十九市内だけは例外措置がとられているものの、タバコが禁止薬物に指定されて久しい。そんな時代に生まれたサランにとってはその煙も匂いも不快だし、もっと単純に禁制品が目の前に現れるという事態に緊張してしまう。

 でもこれは、ボンヤリ者の14才からマウントを奪うためのパフォーマンスだとサランには分かっている。だからこれ以上びびった態度を見せられない。


 人間同士の性交場面だの喫煙だのそんなことで同世代の人間をびびらせて上に立とうという浅はかなその発想、お前も所詮14才だな。シモクツチカ。


 そんな風に心の中で気持ちを奮い立たせるサランは腕を組む。負けまい、負けてやるまいという頑張りの結果だがツチカはそんなサランを見てなぜか愉快そうに微笑んだ。


「ミノ子さ、ちょっとこういうポーズとってくんない?」

「あん?」


 タバコを咥えたまま、シモクツチカは横抱きに棒のようなものを構えたポーズをとる。


「……やだよ、なんでうちがそんなこと」

「いいからやりなって。ほら」


 不意にツチカの声が柔らかくなる。親しい仲間にかけるような声だ。そのせいでうっかり唇をとがらせたままサランは言いなりにポーズをとった。

 満足したようにツチカは頷き、次なる指示を与える。


「そのままさ、両腕を前につきだしてみて。エーイって感じで」

「え、えーい。?」


 言われるがままにサランは両腕を突き出した。見えない棒を何かに突き刺すような動作だ。

 それをみたツチカは、唇からタバコを吹き飛ばしそうになりながら吹き出す。指にタバコを挟んで唇から離すと、シャギーの髪を揺らして最初は堪えていた笑い声をだんだん大きくしながらカラカラ笑い出した。


「お国の為に……っ、鬼畜米英、討ちしてやまん……っ、欲しがりません勝つまでは……っ!」


 笑い声まじりにシモクツチカは、歴史小説でみるような太平洋戦争時の有名なフレーズを口にする。ひとしきり笑った後呼吸を整えてから笑われてムッとしているサランへ説明する。


「ミノ子、あんたやっぱそういう格好してると銃後の女学生感が出るよね、最高だわ」

「……っ」

「さっき逃げてった男の子が竹槍少女って叫んでたでしょ。今ここでそういう都市伝説が流行ってんだよね、太平洋戦争時に勤労動員中で空襲で亡くなった女学生の幽霊が出てくるっていうの。1945年にあった空襲でこの市内にあった軍需工場が空襲の標的になったの。その時動員されていた当時の女学生が相当数亡くなったんだけどその幽霊が竹槍少女。見られたら竹槍で突き殺されて死ぬっておまけ付き」

「……っ!」

「まあそれ、流行らせたのあたしだけどね。あんたら低レアがチョロチョロしてるのサンオさんから聞いてたから、どーせトロくさい低レアどものことだろうし一般人にケツ出してビルの上ぴょんぴょんしてる間抜けな姿チラチラ見られてるんじゃないかなと思ってさ。やっぱりね。思った通り」

「…………っ‼︎」

「セーラー服戦士っていっても月に変わっておしおきするようなきゃるんきゃるんした風情でもないしさ、特にあんた。つか何? その格好? わざわざあたしの作った与太に合わせて来てくれたのかって思ったんだけど。本当に笑える」

「………………っっ‼︎‼︎」

「ま、ワルキューレと銃後の女学生なんてそう変わんないもんだしね。恋も知らないあたら若い身で戦争の犠牲になってああ可哀想~って文脈で消費されちゃうあたり。そういう意味であんたが一番ワルキューレの本質をとらえてるんじゃないの? 恋愛嫌いで永遠に大人になれないところなんてさ。あんたこそ理想のワルキューレ、全世界のヒロイン、そう思わない? ミノ子」

「……………………っっっっ‼‼‼」


 うっかり気を許してしまった為に言いたい放題言葉で殴られる。シモクツチカのラッシュを久しぶりに食らい、言うがままに間抜けなポーズをとってしまった自分を呪いながらサランはなんとか姿勢を正してツチカを睨んだ。

 三つ編みに上半身セーラー服、下半身はゆったりしたジャージ。暗がりでこの格好をみれば確かに太平洋戦争時の女学生に見えないこともない格好なのが腹立たしい。

 

 しかし、いつまでも殴られっぱなしにいるわけにはいかない。ぐっと気力をためてサランはツチカを睨む。


「こんなところで一般人相手に何やってんすかねえ、元天才少女様はあ?」

「退学なってから暇だし、市立中学で援交やってたって噂のある謎の美少女転校生をやってる」

「あー、あの大人っぽくてミステリアスな女の子の本当の顔を知ってるのは俺だけって夢をもっさりした男子に与えるやっすいファムファタル枠な」

「そう。男子からのモテ総どりであんたみたいなもっさりした女子達からめっちゃ嫌われる枠」


 ふふんと笑うツチカは付け足す。


「ミノ子、ファムファタルなんて言葉覚えたんだ? えらいえらい」

「……っ」


 むかっ腹を立てつつも、なんでそんなことを? と訊くのをサランはこらえた。 どうせまともに答えるわけがないし、ツチカほどのワルキューレがなんの理由もなく特殊戦闘地域でぶらぶら遊んでるはずが無いことはサランにだって見当がつく。

 ふっと息をつき、サランは出来るだけ何でもない風を装って次の言葉を口にする。


「で、こっちでもしょうもない噂まき散らすゴシップガールやってるってわけか」

「まーね。ここ娯楽少ないから」


 ツチカは一言で肯定した。

 その表情にはなんの動揺も見られない。憎らしいほど平然としたものだった。

 

 ぐぅっ、とサランは黙る。サランにしてみては渾身のパンチだったのに、なんなくするっとかわされた。

 その細くきれいに整えた眉をぴくっとさせるとか、ちょっとぐらい驚いたらどうなんだ?


「どっかの誰かが面白い遊びにさそってくれるって保証はないし、退屈を紛らわしたいなら自分が動くのが手っ取り早い。そう思わない、ミノ子? ……あー、何から何まで受け身のミノ子にはそんな発想ないか」

 

 悔しさに歯噛みするサランをからかうように、ツチカのそばから能天気な電子音のメロディーが流れる。ツチカの持つスクールバッグにぶら下がったピンク色の携帯電話ケースが発信源だった。ピンクパールのキルティング地にはサランの好きなあの白猫キャラクターのワッペンが取り付けられている。

 


 ……なんだよ、うちのマグカップみてバカにしたくせに。


 キャラクターものの小物を使い続けるガキのまま年だけ重ねた、ミノムシみたいな大人になるんだろうねって言ったくせに。

 だれよりも早く大人になることが偉いと思ってる、化石みたいな価値観ふりかざしてきたくせに。

 大人になることがどこかの男と恋愛関係になることだって、二千年紀ミレニアムちょっと前の小説にかぶれて派手な勘違いしていたダサいガキだったくせに。


 そんなこと忘れたような、すっきりしたような顔しやがって。



 あーもしもし、うんうん、分かった今から行く……、携帯ケースからとりだした年代物の携帯電話でおそらくこの街のだれかとやり取りを始めるツチカに投げつけてやりたい言葉をぐっと飲みこむ。

 今それをやるのはあまりにみっともなさすぎる。低レアのサランにだってなけなしのプライドはあった。一寸のミノムシにも五分の魂だ。


 話がまとまったらしいツチカは通話を切った。ケースに携帯電話をしまうと、通りに向けてさっさと歩きだす。

 その前にサランの目の前で足を停めると、しゃがんで紙袋を拾った。ツチカと見知らぬ少年の結合を目撃したショックで落としたままになっていたものだ。

 ツチカはそれをサランに突きだす。


「ほら、本を落としっぱなしにしてるよ」

「……っ、ありがとうっ」


 プライドを総動員してサランは告げ、紙袋をひったくるように受け取る。

 ツチカはそれを見て余裕気にふふっと笑う。


「じゃあね。あんまりジュリに甘えんなよ、ミノ子。あんたも14なんだから」


 シャギーの髪をなびかせて、サランの前を通り過ぎる前でツチカは通り過ぎ、歩道に出る。

 サランはその行き先を見送らない。見送ってたまるかの心境だった。



 

 数日前のことを振り返ってイライラするサランを現実に引きずりもどすためか、右手のリングから白猫コンシェルジュがぽんと飛び出した。おかげで気持ちが切り替わる。


 ないしょのおしらせだよ、と小声でささやきながらサランの肩にぴょんと飛び乗る。白猫が忍者装束姿なのは、サラン以外の人間には見えないステルスモードであるという合図だ。肩の上にぴょんと飛び乗った白猫はひそひそ囁く。その声はジュリの声で再現された。


「サメジマ、少々色をつけてやってもいいから『夕刊パシフィック』を呼び出せ」


 そっとジュリの方へ視線を向けると、ジュリはさっと目くばせをする。その先にいるのは、最新ヒットチャートを紹介する音楽番組を表示し視聴しているメジロリリイがいる。ギターを弾きながら跳ね回るジャクリーン・W・スペンサーのPVを見るリリイの表情はいつになく真剣だが、はっきり言って邪魔だ。

 真面目に編集作業にとりくむ部員たちの表情も険しい。


 ジュリの向けて親指を立てて見せてから、サランは右手を振って便箋を表示させるとさらさらとメッセージをしたためる。



 メジロリリイのアイドル活動謹慎期間がすぎるまで放課後の面倒をみてくれたならレディーハンマーヘッドに関する情報をいくばくか提供してもよい。ただし出来高次第。



 そういった趣旨の文面をしたため、さっと送信する。


 一分もたたないうちに、騒々しい足音が廊下の向こうから近づいてくる。お邪魔します! という声もおざなりにそのまま勢いよく部室に駆け込んできたのはメジロタイガだった。何故か手にはバドミントンのラケットを一組とシャトルを持っている。

 タイガは音楽番組に見入っているリリイの肩を掴み、興奮でキラキラしている自分の顔を見せつける。


「リリイ! 部室からこんなもん見つけたぞ、久しぶりに一緒にやろうぜ!」

 

 なんちゅう誘い方だよう、おい。うちのご町内の小学生だってもうちょいマシな誘い方したぞ。


 呼び出しておいて呆れてしまうサランだが、メジロリリイはまんざらでも無いようだった。右手をふって音楽番組を表示したワイプを閉じる。


「ええ~、イヤよう。こんな日差しの強い所でお外であそぶなんてぇ、真っ黒になっちゃうじゃない~」

「たまには外に出て体動かした方がいいんだよっ、ほら来い!」

「わかったわよう~、でもたーちゃんたらいつもいつも木や屋根の上にシャトルひっかけちゃうんだもの……」


 口ではそんなことを言いながら、メジロリリイはタイガに手首をつかまれて引っ張られるまま部室の外へ出て行った。その表情は実に明るく、実に嬉しそうだった。


 二人の足音が遠ざかった後、残された文芸部員たちは同時にやれやれとため息をつく。


 合唱部の部長を泣かせた問題児のメジロリリイ。

 でもシモクツチカに比べたら、なんてことない。扱いやすく可愛い後輩だ。


 中庭で二人がはしゃぐ声を聞きながら、考えを改めた。



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