#4 ゴシップガールは秘密を欲しがる

 ◇ハーレムリポート 電子個人誌ジン版 #39◇


 間を置かずに電子版を更新するレディハンマーヘッドだよ。


 ワルキューレたちのハーレム事情に興味津々なみんなだけど、ちゃんと世間の流行を追ってるかな? 最新トレンドについてけてるかな? というわけで外の世界で大スターがドカーンとやらかしちゃったわけだからあたしもそれを取り上げなきゃなんなくなっちゃって予定を返上しての緊急更新だよ。


 いやーもう、びっくりよ。まさかパレスチナのマシンガンガールことジャッキー姐さんがああまで派手にやらかしてくれちゃったら無視するわけにもいかないよね。

 まさか世界ツアーのオフ中に、どうしてそういうことになっちゃったのかわからないけどあおむけにひっくり返ってるフカガワミコトの上にジャッキー姐さんが馬乗りになってる所をパパラッチに撮られた上に居直ってダーリン呼ばわりの上にキスまでしてみせちゃあねー。しかもビキニじゃおさまらなそうな大きなおっぱいの谷間を真正面から見せつける格好で撮られちゃあね~。

 ……ていうかこれ、明らかに撮らせてるよね? どういうハプニングが起きたらベッドの上でひっくり返る男の子の上に馬乗りになる女の子の写真を収められるっていうのよ、しかもジャッキー姐さん完全にカメラ目線だし。


 ハメられたね~、フカガワミコト。高等部に進学したばっかの先輩にハメられちゃったね~。油断したね~。バッカだね~。


 きっとさあ、「ハーイ、今ライブが終わってスタッフ達と打ち上げしてるところ。ミコトもこっちの近くに出撃してるんだって? ちょうどいいじゃん、遊びに来なよ。たまにはあの子たちから離れてパーッと羽目をはずしたくない? ……はずしたくない。あー、そう。残念だなあ……実はジャッキー、久しぶりにキミとお話がしたかったんだけどなあ」みたいな感じの先輩命令で呼びつけられたんだろうね、おそらく。

 ま、この前までその辺の中学生だった男子が小ぶりのメロンが二つ並んだみたいなおっぱいぶるんぶるんさせてるブロンドの世界的アイドルで勇猛果敢猪突猛進強力無双、アンプ型ワンドからギターの音をギュンギュン響かせて巨人ティターン系侵略者をものの数分でミンチにしちゃうような女の子のお誘いを断れるわけないよねえ。あなたならどう? 断れる? 断言するけどあたしは無理だよっ。


 本当はねー、次の更新は初等部生徒会長キタノカタマコ様の動きをお伝えするつもりだったんだけど、もうそういう訳にはいかないじゃん? だって太平洋の真ん中で居残っているハーレムメンバーはみんな大荒れよ。この三月で高等部に厄介ばら……げふんげふん、無事進学なさってフカガワミコト争奪レースからは脱落したとばかり思われていたジャクリーン・W・スペンサー姐さんからのありえない奇襲をくらってもう怒髪天よ。


 朝食中だった食べていた最中だったタツミちゃんなんか、先輩の掟破りなふるまいとフカガワミコトの不甲斐なさにブチギレたあげくワンドを暴発させて食堂を爆発させちゃうし。

 表面上は冷静にふるまっていたマコ様も、この一件はどうしたことかと高等部およびジャッキー姐さんのスタッフに申し入れしたってことだし。そのうち初等部と高等部の大戦争がおきちゃうかもだよ、いやーん。


 ていうか本気でいやーん。プロのパパラッチなんか出てきたらこんな太平洋の離れ小島にる一介のゴシップガールなんて勝ち目ないじゃーん。いやーん。ていうのもジャッキー姐さんがワルキューレでありながら全世界の歌姫だったりするのがいけないんだけど~。


 プロとの勝負に負けないためにはみんなの力が必要だよっ。レディーハンマーヘッドに応援という形の元気を分けてねっ。



 ……あ、そうそう。この時にジャッキー姐さんが泊まっていたホテルが半壊しちゃったのはテロリストの仕業か、人型侵略者の攻撃かってマスコミは大騒ぎしてたけど、ジャッキー姐さんの奇襲でブチギレたノコちゃんが大暴れしちゃった結果だよ、多分ね。読者の皆さんお察しの通り。


 ◇◆◇


 その夜にサランが出撃したのは、九十九市と呼ばれる旧日本の地方都市だ。

 

 深夜の繁華街の暗がり、ビルの隙間に蠢く小型の侵略者へ向けてサランは自分のワンドを打つ。


 サランのワンドは栞。


 リボンを結んだひらひらと頼りない紙切れにしか見えないその角が、爛々と目を輝かせて牙をむき出しにした人狼型の侵略者の体に突き刺さる。しょせんはペラペラとした紙切れ状のものが刺さっただけだ、コンクリートを破壊し人間を締め上げる異形の怪物に致命傷を与えられるものではない。

 

 しかし怪物の動きはそこでピタリと停まる。まるで一時停止された映像のように。


 サランの持つ本にワンドが吸い上げた侵略者の情報が送られ真っ白なページが見る間に文字で埋め尽くされてゆくが、その照会は後回しだ。フリーズした怪物を、剣型のワンドを持った今回の出撃メンバーが背後から斬り倒す。じゅわっと黒い煙を出して人狼型侵略者は蒸発した。



 外世界からの侵略者を見つけ次第、サランは紙切れにしか見えない自身のワンドを指に挟んで投げつける。放たれたワンドは空を切り裂いて破壊活動に挑もうとしていた外世界からの侵略者に突き刺さる。そうすると一時的に彼らの動きを止めることができる。そして栞を収める鞘である本に、侵略者たちの情報が転送される。

 足止めされた侵略者を殲滅するのは、剣や銃といった戦闘に特化したワンドを持つ他のワルキューレが受け持つ。


 はっきり言って戦闘の補助と情報収集に特化した地味なワンドであり、地味な能力である。

 そんな地味さが自分に相応しいなとサランは素直に受け入れている。うちは派手にばったばった敵を倒すようなそういうタイプじゃないし。体育でバスケやサッカーをしていても自分にパスが回ってこないように後ろの方をウロウロしてうるタイプだし。


 一仕事終えた栞型ワンドは空を舞い、主の元へ帰ってくる。サランは本にそれを挟んでパタンと閉じた。

 同じタイミングでゲームに出てきそうな剣型ワンドを鞘に収めたワルキューレが号令をかける。


「はい、丁級侵略者十体駆除完了。任務達成。お疲れ~」

「お疲れ~」


 今回の出撃メンバー五人がわらわらと集まる。文化部棟の住人はサランとあともう一人しかいないが、みんな見た目はかわいらしくそれなりにきれいだけどレベルはぱっとしない低レアワルキューレ達だった。

 各地域に現れる丁級侵略者の駆除は初等部の低レアワルキューレにとってはルーティンワークのようなものだった。心理的な負担は一般の中学ではトイレの掃除当番に相当する。


 出撃内容は招集後に知らされる。

 自分のような低レアで特に秀でた攻撃能力も持たないワルキューレにはありえないとわかっているのに、ひょっとしたら行ったこともない激戦区は飛ばされるのではないかという緊張感と恐怖からはきっと一生解放されないだろう。


 剣型ワンドを持ったワルキューレが今回のリーダーだ。課せられた任務を完了したことを教官に報告するつもりだったのだろう、リングをはめた右手を振る。

 しかしこの九十九市は外世界と接触して以降にスタンダードになった技術を用いた電子機器の使用を禁じた特殊戦闘地域の一つだった。当然ワルキューレに支給されている拡張現実接続用のリングも使用不可。

 

 右手を振ってからそれを思い出したらしいリーダーは、ちょっと恥ずかしそうな顔をしてから、骨董品のような携帯電話を取り出して教官へ報告する。

 

 別に恥ずかしがらなくたっていいのに、ここには怖い教官も軍人気質にそまったバリバリの体育会系上官もいないんだから。


 サランは彼女の横顔を見て思う。


 ワルキューレなら右手を振る仕草が癖になっていても仕方がない。まあ、怖い教官だとか体育会系の怖い連中ならこういう仕草をみると「気がたるんでる!」とか「一時の判断の誤りが全員に死をもたらすのだぞ!」って説教かますのだけど。でもうちらは所詮、低レアだし。



「それじゃ詰め所まで戻ってもいいって。それから明後日の8時まで待機。その後帰島。ま、いつも通りだね」


 ルーティンワークに慣れた低レアワルキューレたちは一仕事を終えた気楽さから欠伸をする。このタイミングで丁級より上位の侵略者に攻撃されたらひとたまりもないはずだ。

 そんなことは怖い教官や上官の怒号が無くたってサランにもわかるのだけれど、でも帰ったら文芸部副部長としてやらなきゃいけない仕事が待っている。頭は完全にそっちに切り替わっていた。

 

「あとくれぐれも一般市民に姿を見られるなってさ。この市内で怪物を倒すセーラー服戦士の都市伝説が出回ってるからって教官ピリピリしてた」


 それを聞いてくすくすと笑いさざめく低レアワルキューレたち。彼女らの特殊兵装コスチュームは皆セーラー服にアレンジを加えたものだったから。


 ちなみにサランの特殊兵装コスチュームは前世紀末にスクール水着と呼ばれた衣類によく似たインナーにセーラー服の上着を組み合わせたようにしか見えないものだった。セーラー服の裾はウエストのあたりまでしかなく、黒い水着状のようなものだけを身に着けた下半身を隠すものはない。端的に言って趣味が悪すぎる上に、中学生相当の少女に対する人権侵害といってもいいものだ。いくら二千年紀ミレニアム以前の文化を愛好するサランにだって、当時の風俗のすべてを受け入れられるわけではない。脚を覆うのがぴったりしたニーハイブーツというのがまた意味が分からなくて最悪だ。

 自分に与えられた特殊兵装コスチュームがこれだと判明した時、サランはこの世のすべてを呪い、地域のお偉いさんへワルキューレになることを了承した瞬間に時間を巻き戻してくれと時空干渉能力をもつ侵略者に思わず願ったほどだ。


 スクール水着の上にセーラー服、これをデザインしたバカデザイナーは絶対男だな。トイレで用を足すことが考えられてないし。それを見越してこれをデザインしたというならとんだド変態だ。尿管結石にでもなってほしい。

 

「じゃあ一般市民に目撃されないように詰め所まで帰ろうか」

 

 剣型ワンドを持ったリーダーの冗談めかした号令に、心の中で毒づく。見せられるわけないじゃん、こんな格好。


 リーダーを先頭にしてワルキューレたちは狭いビルの谷間で跳躍する。窓の出っ張り、これもまた骨董品のようなエアコン室外機を足場にジャンプを重ね、雑居ビルの屋上に躍り出る。


 それほど高くない雑居ビルの屋上から、旧日本の首都にかつてあった鉄骨の塔をうんと小型にしたような電波塔が見える。九十九タワーと呼ばれるあの塔は、市内中心部の広場にある。

 塔の鉄骨を透かした向こうにみえるのは、平たい箱のような形をした北ノ方電機の工場群。九十九市は北ノ方グループの企業城下町の一つで市民のほとんどが北ノ方電機で働く社員・職員・工員、そしてその下請けや孫請けとして働く中小企業の関係者……ということになっている、設定の上では。


 各種食べ物とお酒、けたたましいユーロビート、けばけばしいネオンの照り返し。九十九市一の繁華街に並ぶビルの屋上をパルクールの要領でワルキューレたちは移動する。

 

 古い型の大衆車からはディーゼル車特有の臭気が放たれ、それに飲食店から出される匂いが混ざり合う。アルコールやたばこの匂いも。

 眩しいビルの谷間にいる一般九十九市民の皆さんは、タクシーを停めるサラリーマン風男性、肌をこんがり焼いた不良風のお兄さんに、制服のスカートを短くしてブランドもののリュックを背負って集団で歩く十代女子、ある意味本物の二千年紀ミレニアムのギャル。



 サランが古い映像や資料でしかみたことがない世界が、足元では広がっている。

 仮想現実ではなくリアルとして。


 特殊戦闘地域の一つである九十九市は、現代社会の重要なインフラが使えない住民のストレスを減じるために特殊な措置が取られている。


 市内全域のインフラが二千年紀ミレニアムの旧日本の地方都市レベルに合わせられ、住民たちも自分たちがその時代を本当に生きているのだと信じて生活している。


 戦争は遠い世界の出来事、うんざりするような平和な日常が延々と続く、そんな前世紀末旧日本の地方都市。不景気不景気とは言うけれどきっとなんとかなるだろう、ここは天下に名を轟かせる北ノ方電機のお膝元なんだから。


 人工的に作られた平和な街に暮らす住民には、外の世界がどうなっているのかについては知らされない。外世界から攻撃を受けていることも勿論知らない。世界は今、外世界からの攻撃に晒されていると真実を語ろうものなら狂人扱いは必須だろう。

 そんな街の上移動するのは、テーマパークに迷い込んだ楽しみがないではなかった。


 それにしても。

 月明かりの下、ビルの屋上から屋上へ跳び移り移動しながらサランは赤く塗られた鉄骨の塔を横目で見やる。


 小さいとはいえ地方都市の住民全員に、どうやったら今が前世紀末だという夢を見せるのが可能なのだろう。

 ……まあどうせ、ワルキューレが関わっているんだろうけれど。SSRとかですまないような大物が。



「鮫島氏、鮫島氏~」

「ん? なに気仙沼さん」

 

 移動しながら物思いにふけっている間に、今回のチームメイトに声をかけられた。今回サランの他に一人だけいた文化部棟の住人だった。明るく脱色したロングヘアにウサギの耳を思わせる形にリボンを結んだワルキューレだ。大きくてぱっちりした目がメガネ型ワンドのせいでより大きく見える。

 

「詰め所に帰ったらジャッキー姐さんのイラストピンナップの打ち合わせをしてもよろしいでござるか?」

「……あーごめん。帰ったら部誌を委託先に置いて回らなきゃいけなくてさあ。島に帰ってからでもいい?」

「了解したでござる。大変でござるな、文芸部副部長も」

「その辺は別に平気だけど……」


 そのござるござるって語尾、やめない? という一言をサランは飲み込んだ。ケセンヌマさんはジュリではないのだ、そういうキャラづくりはサムいと本当のことを告げてしまったあげく傷つかれては面倒だ。

 ケセンヌマミナコは漫研部のエースで、見る者の目を惹きつけるイラストを描き上げる優れた絵師だった。特に煽情的な美少女を描かせれば右に出る者がいなかった。彼女には文芸部と提供して「ハーレムリポート」の挿絵を担当してもらっている。つまりはビジネスパートナーなのだ。


 ケセンヌマミナコは脳天にきんきん響く甲高い声で囀る。


それがしから持ち掛けておいてなんではあるが、鮫島氏が断ってくれて実はホッとしているでござる。詰め所に帰ってから二千年紀ミレニアム以前のアニメを視聴する予定であった由、これで思う存分80年代アニメーション三昧ができるでござる。この九十九市のブラウン管型TVで画質の悪いVHSを愉しむのはいわゆるオツというやつだと思われぬか、サメジマ氏?」

「ん~、ああ~、ええ~っと……」


 あまり瞬きをしないケセンヌマミナコの早口にサランは圧倒される。

 サランのケセンヌマミナコ評は「悪い子じゃないけど長時間一緒にいると神経がやられる」だった。特に聴覚へのダメージが深刻。

 ケセンヌマミナコの超音波早口攻撃を封じるには一方的に語らせるのを封じるのが一番だった。とりあえずサランは話題をふる。


「なんだっけ? この前文化祭前日が延々繰り返されるってアニメみてたよね? あれは面白かったと思うよお?」

「ほう! さすが鮫島氏お目が高い、あの作品は二千年紀ミレニアム以降の作品に多大な影響を与えて――」

「で、最近のおすすめは何?」

「自分たちが暮らしてるのが繁栄極める80年代末の東京だと思ってたら実は戦争中のバカでかい宇宙船の中だったってやつでござる。真相を知った主人公の仲間が殺されたり平和に浮かれていたその辺の兄ちゃんがバーチャルアイドルにそそのかされて軍に志願したりするのでござる」

「……へえ~。悪趣味だねえ、それ。面白そう」


 そんなアニメがあるというのも驚きだったが、前世紀末の日常が再現されている街の中でそんなアニメをみるという行為も相当趣味が悪いではないか。セーラー服にスクール水着を組み合わせるような悪趣味は願い下げだが、その種の趣味の悪さはちょっぴり好みだ。サランはケセンヌマミナコに対する印象をちょっと改めた。

 だがサランがうっかり食いついてしまったせいで、ケセンヌマミナコはメガネ型ワンドをきらんと光らせ、キンキン声で当時のアニメがアイドルに対してイメージが後に自分たちワルキューレを生むに至ったのではないかとう持論を早口で囀りだす。

 サランはあわてて話題を変えた。


「気仙沼さんはさあ、自分の特殊兵装コスチュームに関してどう思う?」


 ケセンヌマミナコの特殊兵装コスチュームは、太もも付け根まであるセーラー服の下にブルマ状のインナーを合わせたものだ。脚にはサランと同じぴったりしたニーハイブーツ。


 二千年紀ミレニアム以後、即座に廃止されたブルマという忌まわしいあの体操着。前世紀末のスクールガールになってみたかったな~という妄想にサランが遊ぶ時、いやいやあの時代はブルマが当たり前だった時代だ、そんな時代に中高生女子なんてやってらんねえ。やっぱ古い時代への浪漫は遠くにあって思うものだ。明治大正の文化風俗にあこがれていた前世紀末から今世紀初頭の女子だって当時の男尊女卑文化や文明レベルが全てウェルカムだったわけじゃあるまいし……と即座に現実に戻るきっかけとなる悪夢めいたあの衣類。


 セーラー服の下にスクール水着の自分、セーラー服の下にブルマのケセンヌマミナコ。今回の出撃メンバーで兵装でワーストを争うものだろう。だから思う存分愚痴でも吐こうではないか……というのがサランの目論見だったのに、ケセンヌマミナコはきょとんとメガネ型ワンドで拡大された目をさらに大きく見開くだけだった。


「〝どう思う?″。その訊き方では鮫島氏は自身の兵装が気に入っておられぬように聞こえるが?」

「そう訊き返すってことは気仙沼さんは気に入ってるってこと? ブルマだよう、それ? 前世紀末にブルマを穿かせられたことに対する怒りを発表する女性作家の短編小説なんてあるくらいで――」

「そうでござる! まさかワルキューレになって前世紀末スクールガールジムナスティックスタイルを公に楽しめるとは思っていなかったでござるよ。二千年紀ミレニアム浪漫コスプレを愉しみつつ人類のお役にたつことができるとは、前世のそれがしはよほどの善行を積んでいたとみえるでござるな。できることなら前世の某にグッジョブと伝えたいところでござるよ。まあ前世などという不確かなものが本当にあると仮定した上での話でござるが」

 

 ケセンヌマミナコは目をキラキラさせるだけだった。きっと彼女は兵装に対するサランの不満を理解できないことだろう。

 とにかく煽情的な美少女イラストに特化したケセンヌマミナコの作風を思い浮かべ、サランはいさぎよく相互理解を諦めた。


「まあ、トイレはしやすそうだよねえ。ブルマだと」

「そういえば鮫島氏はその恰好で便意尿意に襲われた時はどう対処なさっておられるのでござるか? 尾籠な話ではあるが、実は某、前から気になっていたでござる」


 文化部棟の住人同士で話を始めると、とかくこういうロマンも風情もなにもあったもんじゃない流れに落ち着きがちだった。

 全世界のワルキューレファンが聞いたらきっと泣くことだろう。勝手に泣けばいいやと捨て鉢な気持ちでサランは心中毒づく。




 九十九市内におけるワルキューレの詰め所は、繁華街から数ブロック離れたオフィス街の一角にある。

 学習塾の看板を掲げたビルの数フロアが詰め所と呼ばれるワルキューレに与えられたスペースだ。夜中にセーラー服姿の少女が近辺をウロウロしても不審な目で見られないように……という配慮がなされているらしい。


 そこから徒歩五分、ビルの谷間でひっそりたたずむ木造二階建の古本屋「さんお書店」が部誌『ヴァルハラ通信』の九十九市内における委託先だった。バブル期の地上げ騒動をなんとか生き延びましたという風情に演出の妙が現れている。


 詰め所に戻り、ぴったりしたニーハイブーツの上からジャージのズボンを穿いてサランは出かけていた。ワルキューレとして出撃中は、自由時間であっても私服や制服姿になってはいけないのだ。そういうクソみたいな規則があるため、外出時にはそのような思春期の少女の自尊心をへし折る格好をせねばならない。



「……なんというか……ねえ」


 さんお書店の店主、サンオミユは『ヴァルハラ通信』の最新号を捲りながらカウンターに肘をついてあいまいに真意をぼかす。


「現部長さん……鰐淵さんと言ったわね。彼女の才覚はみとめるけれど、ずいぶん私たちの代からはイメージが変わっちゃって……」

「時代の変遷ってやつですよう、先輩」


 特殊な地域である九十九市内であっても相当アンティークなはずである振り子時計の秒針がしずかな店内に響く。ふしぎとここちいい音だ。


 古本の放つ甘い匂いを吸い込みながら、サランはさんお書店の書棚を眺める。

 サラン好みの昭和感漂う木造二階建て、そして前世紀末の大衆文芸の古書が並んだ書架。さんお書店は九十九市内で一番お気に入りの空間だった。

 黒くて長い髪を編み込んでまとめた元ワルキューレで文芸部OGという経歴を持つ店主のサンオミユは、生意気な後輩たちにとかく優しい。「おねえさま」という麗しい表現がぴったりな女性だった。

 九十九市内への出撃が命じられた時、サランは特に用事が無くてもさんお書店には顔を見せていた。


 自分へのご褒美~、と称してサランは古い文庫本が並んだ均一棚から面白そうな前世紀末の古書をピックアップする。九十九市外では前世紀末の貴重な書籍として好事家でないと手に取れないような値で売られているはずの本たちが、ここではお小遣い価格で売られている。

 サランは文芸部に籍をおいているくらいだから、当然本が好きだった。拡張現実上で売り買いする本もいいが、やっぱり形ある本の魅力には抗えない。


 鼻歌まじりにサランとは逆に、文芸部OGの元ワルキューレ・サンオミユは最新号を捲りながら残念そうにつぶやく。


「確かに『ハーレムリポート』は人気なのよ、鮫島さん。でもねえ、私はどっちかというとこんな歳になったというのに今でも『演劇部通信』が好きなタイプなの。そういう昔ながらの読者も多いのよ? 革新も大切だけど伝統も大事じゃないかしら?」

「分かってますよう。そういう読者の声からもちゃんと届いてますし、無視はしていませんって」


 「演劇部通信」は学園島のスターである演劇部員たちのインタビューや彼女らをモチーフにしたちょっとした掌編小説が綴られたページだった。

 美しく可憐な、凛々しく颯爽とした、艶やかで華やかな、様々なタイプの美しい演劇部のスターワルキューレたちの青春と友情が綴られたクラシカルな乙女の夢溢れる掌編小説には根強いファンがいる。もちろん今でも人気がある。


 人気がありすぎて、「演劇部通信」のファンは「ハーレムリポート」を主体にしたジュリの編集方針に悉く否を唱える抵抗勢力と化している。無視しようにも無視はできない。


 ……それにしてもサンオさんが「演劇部通信」の愛読者だなんて、ハマりすぎだなあ。まさしく「おねえさま」だなあ。


 二十代前半に見える先輩ワルキューレの意外な一面を知って、サランはヒヒヒ〜と笑いながら古い文庫本を数冊カウンターに差し出す。


 

 からからと演出過剰なまでにクラシカルなガラス戸を引いて、サランはさんお書店を後にする。

 外は立派に深夜だ。だけど一階にコンビニや深夜営業の喫茶店が入ったビルが並んでいるせいで暗くはないし危険性も感じない。


 優しいOGのサンオミユと言葉を交わし、面白そうな古本を買ったという快さによる上機嫌から、サランはセーラー服の上着にジャージのズボンという最悪な出で立ちを忘れて詰所の入っているビルへ戻る。


 明日の一日オフはこの本を読んで過ごすのだ。面白ければワニブチに貸してやろう。そんなことを考えると自然に鼻歌がもれる。


 上機嫌なサランは学習塾の看板を掲げたビルの隣にある隙間の人がすれ違うのがやっとな細さの路地に身を滑らせる。そこからワルキューレの身体能力を用いて屋上にたどり着く予定だった。


 ビルの壁に押し付け押し付けられながらまぐわっている、一組の少年少女さえいなければ。



 チェックのプリーツスカートから伸びた長くて白く輝く片脚が持ち上げられている。その先はルーズソックスとローファー。


 大きめのニットに包まれた腕で自身の片脚を持ち上げてなにやら必死にハアハア息を荒げている少年の首っ玉を搔き抱いている、少女。


 明るい茶色に脱色され、細かく削ぐようにカットされたサイドの髪が少年の運動に合わせて揺れている。そして少女の口から、あっあっと切なそうな嬌声が漏れる。



 サランの頭の中が真っ白になる。



 さっき買った古い文庫本の入ったさんお書店の紙袋が地べたに落ちた。ばたっ、という音はその場に意外と大きく響いた。



 その驚いたらしい少年少女がほぼ同時に身を起こし、三つ編みおさげの先まで硬直しているサランを凝視した。


 うぇ、あ……、とようやく硬直のとけたサランの口から情けない声が、というよりも音が漏れる。混乱の収まったサランの視線はシャギーの茶髪を払う少女に据えられた。

 前世紀末期の少女らしいメイクを施していても、その顔には面影があった。忘れたつもりで忘れられない、憎たらしいあの顔。


「……シモク──っ」


 口から反射的に少女の名前がこぼれ落ちそうになった時、ヒャアアアアアッ! という甲高い悲鳴がビルの谷間に響き渡った。

 悲鳴の主は少年だ。少女の体から離れると、ずり下がった学生ズボンを持ち上げるのを忘れてあとじさる。


「たたっ、たたたっ竹槍少女だあああっ!」


 意味不明な一言を発し、尻と股間を丸出しにした少年は派手な半脱ぎのズボンに足を取られてこけつまろびつしながらビルの向こう側へ駆け抜けて行く。

 尻と股間が丸出しなわけだからサランの視界にも別に見たくもなかった少年の局部が飛び込んでしまい、だらんとうなだれた何かがなんであったのかを時間差で脳が把握した時にやっと悲鳴が出てきた。


 ヒギャアアアア! という、風情もへったくれもない怪獣の産声みたいな悲鳴だった。


 見てない見てない、うちは何にも見てない……!


 意識して記憶を抹消しようとすればするほど脳裏にさっき見たものが強く印象づけられてしまう。そしてより激しく混乱するサランに冷静さを与えたのは、茶髪シャギーにチェックのスカートにルーズソックスという少女の笑い声だった。

 プークスクス、文字にすればまさにそんな感じの笑いだった。そして少女は足首まですとんと垂れ下がった下着をゆうゆうと身につける。


「相変わらずだね、ミノムシミノ子。珠里は元気?」


 ミノムシミノ子、それで完全にサランは自分を取り戻す。ぶんぶんと頭を左右に振って、スカートの裾を整える少女を睨んだ。


「あんたも相変わらずみたいだね、撞木槌華つかなにやってんのさあ、こんな所でっ?」

「何って、セックス」


 シモクツチカ、元文芸部員のワルキューレ。

 学園島初の退学処分を受けたことで名を馳せる、伝説の不良ワルキューレは悪びれもなくそう答える。

 サランは律儀にそれに腹をたてる。目と三つ編みを逆立てて、余裕げなシモクツチカにくってかかる。


「うちはなあっ、そういうこと言えばマウント取れると思い込んでるお前の先にヤッたもん勝ちみたいな思想が大っ嫌いなんだからな、前っから!」

「知ってる。だから言ってやった」


 ニイッとシモクツチカはいきり立つサランを前にして勝ち誇るように笑う。


「セックスとすら口にできないお子ちゃま可愛いミノムシミノ子。相変わらずだね。元気そうでよかったわ」


 あー本当コイツ嫌い! 久しぶりに会ったけど本当嫌い!


 頭の中はその思い一色に染まる。

 


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