#2 ゴシップガール、自身の正体を探られる

 ◇ハーレムリポート 出張版 vol.1◇

 

 はーい、歴史と伝統ある『ヴァルハラ通信』をお読みの皆さんこんにちは、もしくはこんばんは。『ハーレムリポート』のページへようこそ~。提供は私、レディハンマーヘッドだよ。


 今までweb限定の個人誌ジンで細々やっていた『ハーレムリポート』だけど、ついに紙媒体進出しちゃいました〜。今までお待たせしていた特殊戦闘区域のみんなお待たせ! これでみんなの所にも直接学園ハーレムの様子がお伝えできるんだからもう普通にwebアクセスできる環境にいる情強読者に見下されずに済むよっ。やったね。

 お住まいの地区によっては冊子が届けられるまで最低一か月はかかるから結局今までと変わんないって聞いているけど、でもま、気にしない気にしなーい。


 ――え? 誰だお前って?

 そんなハーレムなんとかって聞いたことないって? そういうあなたはラッキーだったね、今号から読めば私のこともフカガワハーレムのこともわかっちゃうんだから。


 あなたも知ってるんじゃないかな、太平洋上のワルキューレ養成機関・通称学園島のこと。

 そこに男子生徒がたった一人編入したのも聞いたんじゃない? だってすごくニュースになったもの。


 その男の子の名前がフカガワミコト。女子でもあり得ないほどのワルキューレ因子保有率を叩きだしたからって理由で、女子しかいないこの学園島に半ば無理やり連れてこられたラッキーボーイ(え? それって全然ラッキーじゃない? あはは、鋭~い。でもそういう人にとってはこのページ面白くないかも。ごっめーん)。


 右も左も分からないときに、たまたま迷い込んだワンド工廠で封印されていたプロトタイプの封印を解いちゃったことが物事の始まり。

 

 ワンドなんて言ってるけれど、プロトタイプの形状は大きさやギザギザした刃の並んだところがチェーンソーそっくりなんだよね。ただ規格外にデカイだけで。

 デカくて大きいチェーンソーが意味ありげに置いてあったりしたせいで、フカガワミコトが出来心で手に取ってみたんだって。ホラ、男子って工具とか好きじゃん(え、そうじゃない男子もいる? それはそうだけど、ごめんねっ。話が先に進まないからPCポリティカルコレクトネスにはちょっと目をつぶってね)。

 おおすげえ、格好いいな~……なんて気持ちで気軽に手を取ってみたら、どういうわけか女の子の姿に変身しちゃったんだってさ。しかも変身するやいないや、自分のことをマスター呼ばわりし始めたりで大変だったみたいだよ。なにせ人間形態になったチェーンソーガールは素っ裸だったらしいし。


 なんでそういう妙なことが起きるんだろうね~、わっかんないよね~。

 この世ってまだ謎とミステリーに満ち溢れてるよねっ。謎とミステリーがあるってことは夢と希望もあるってことだもん、捨てたもんじゃないねっ。


 この子がご存じ、ソウ・ツーこと通称ノコちゃんだよ。

 え? なんで「ノコ」って名前だって? 鋸のノコだってさ。命名したのは勿論フカガワミコト。やっぱ男子ってネーミングセンスがアレだよね~(おっと、PC警察に通報はナシね)。


 その日からフカガワミコトの傍にはこのソウ・ツーことノコちゃんがべったりはりつくようになっちゃって――(後略)。


 ◇◆◇


 どうして『ハーレムリポート』の出張版の連載することを決めたの? という、四月某日のサランの素朴な問いにジュリは伊達メガネの位置を直しながら答えたのだった。


「これはウケる、そして売れると確信しただけだ」

「ずいぶんシンプルだねえ」


 いつも小難しいことを言う芝居がかかったジュリのことだから、これは文学の新しい形態だとかなんとか、サランにはついていけそうもないことをうじゃらうじゃらと語りだすのかと予想していたのだ。

  

 文化部棟から宿舎へ帰る道すがら、水平線の彼方へ沈む紅蓮の夕焼けが照らす通路を歩きながらジュリは答える。


「あれを読んでサメジマはどう思った?」

「どう思ったって……そりゃまあ、こうして文字にしてるのをみるとうちらの見てる毎日ってつくづくアホみたいだなあ~……と」

「だろう? 侵略の危機にあってるというのに一人の男子をめぐって複数の女子が泣いたり笑ったり怒ったり、のんきで平和でいい気なものじゃないか」


 文化部棟と宿舎までの道からは海が臨める。出撃要請のかかったワルキューレたちが飛行ユニットを装着してどこぞの戦闘地域めざして隊列をくみ出動してゆくその軌跡も。あれはフカガワハーレムのメンバーだろうか。


「今や世界の半分近くがのんきでも平和でもいい気でいられる場所ではないからな。せめてこの冊子を読むその時くらいのんきで平和な気分に浸りたい、そういう読者が多いんじゃないかと睨んだんだよ。それだけさ」

「……ふーん」


 隊列を崩さず空を飛んで行く特級ワルキューレたちの編隊を見送りながら、感想をつづった愛読者カードを思いうかべる。泥や血で汚れた無数のカードを。

 

 ワルキューレがいても各地には一般の兵士がいる。徴兵もある。傭兵もいる。テロリストやゲリラもいる。

 外世界からの侵略に対して地球の人類はなんとなく連帯しているけれど、所詮は烏合の衆だからその土地にゆくと数世紀に渡って続いている人種や民族や宗教のわだかまりが温存されてる地区があって当たり前。酷いところになると外世界からの侵略者とどちらか勢力が手を結んでいたりする。それだって当たり前。


 ワルキューレのできることは外世界の侵略者退治であり、人間同士の諍いの解決には関与しない。それは各地の兵隊さんのお仕事だという役割分担が決まっている。


 人間たちのイザコザをいい感じにまーるく治める方が、侵略者退治よりよっぽど骨が折れそうだ。

 戦地で疲弊している兵隊さんたちを見る度にそんな気持ちが強くなる。


 侵略者をやっつけるのは小娘のお仕事、人間どうしの難しいいざこざは大人のお仕事。そうやってコドモとオトナの境界を暗に示されることに不満はないわけではないが、めんどくさいイザコザの解決に尽力しなければオトナになれぬというのならコドモのままでいるのも悪くないかもな、という正直な気持ちも無いではなかった。

 一生軍や国連と縁が切れず使い捨ての身に甘んじる代わりに、難易度の高いジャンルの世界平和に貢献する責務からは免除される、ワルキューレとはそんな身分でもあるのだ。


 ジュリはワルキューレの一人として、コドモらがただわちゃわちゃしてるだけの読み物を提供することにより、オトナの兵隊さんたちに一時の娯楽と慰めとなんの変哲もない日常の尊さを守ること意義を忘れぬようにと訴えかけているのであろう。サランはジュリの編集方針をそう解釈している。


「つまりワニブチなりの平和事業ってやつ?」

「監獄の囚人に菓子と裸女を描いた絵をなけなしのタバコと交換することをそう呼ぶならそうなるな」

「――ワニブチ、その喩え微妙に芯食ってないよう?」


 遠回しにジュリの無駄にニヒルな子ぶりたかる癖を指摘する。ジュリのこういうクサみにツッコめるのは自分だけという自負がサランにはある。


「外したか。ならさっきの発言は忘れてくれ。寝る前に死ぬほど恥ずかしくなるからな」

「なんでわざわざワニブチはそうやって黒歴史を自ら量産するのさ?」

「サメジマ、僕らは十四歳だぞ。今年度中には十五になる。十四は合法的に調子づくことを許された年齢だ。女子が〝僕″なんて一人称を使用しても『ああそういうお年頃だから』でスルーされる特別なシーズンだぞ。故に僕は十四のうちに盛大にやらかすことに決めたんだ。大人になって恥ずかしい失敗をしなくてもいいように、今の内に恥ずかしいことは皆済ませておくんだ」

「……なんかよくわかんないけど、何でもかんでも若いからで許されるうちに悪いことや恥ずかしそうなことはやっちゃおうってその発想が二十世紀末平成ヘーセー日本のメディアに登場するジョシコーセーだよう、ワニブチ」

「あのオヤジメディアの生み出した実在したかどうだかすらわからんキャラクターか。サメジマ視線では僕はそういう風に見えるのか、これはまた恥ずかしいな。十四歳感ここに極まれりだ」


 恥ずかしい恥ずかしいと口では言いながら、そう恥ずかしそうでもなくジュリは笑いながら言った。

 それにつられてサランもイヒヒと笑う。


 こんな時代でも比較的のんきで平和に暮らせるエリアに幸運にも生まれ育ち、ご町内限定で神童と呼ばれていた時代のサランのお友達のほとんどは、ありがちなことに各種メディアで接する物語の登場人物だけだった。生身の友達作りには結構苦労を重ねたものだ。

 物語の中でしか本当に心を許せる友達が得られなかったサランは、なんとなく文芸部に足を運び、そこでたまたま同期のジュリと出会い、なんとなく波長があって、いつの間にか一緒に過ごすことが多くなった。

  

 ワニブチは立派でいい奴だな、とサランは笑いながら満ち足りた気持ちになる。

 変なヤツだけど変なヤツなだけあって、うちの言うことにいちいち傷ついたりしないし面倒がない。楽な方に流れやすいうちとは違い、ちゃんと大人になることも考えている。それになにより面白い。


 フカガワミコトなんぞより、そして『ハーレムリポート』なんぞより、よっぽどワニブチの方が面白い。

 お前らは知らないだろうけどな。


 紅蓮の空に消えてゆくワルキューレたちの飛翔後に出来た数本の雲を見上げながら、サランは心の中で勝ち誇る。


 なんで自分がワルキューレなんぞに――と時々分からなくなるサランではあるが、こうしてジュリと出会えてくだらないことを語り合える時間を得られたことは自分の人生における幸運の一つに迷いなくカウントしていた。





 低レアの楽園、サランが入学するずっと前から文化部棟はこのように呼ばれている。


 低レアとは低レアリティー、つまりあまり稀少性のないその他大勢なワルキューレ達をさす陰口だ。サランの祖父母世代が子供の時に流行った携帯端末ソーシャルゲームが由来の言葉らしい。

 かつてソーシャルゲームのプレイヤー達は高レアリティーのキャラクターの画像やデータが欲しくて大金をつぎ込みガチャと呼ばれたクジを何度も引いたのだという。ドキドキしながら確かめた結果はボックスの中でだぶつく低レアリティーキャラや進化素材だけということもザラにあったようだ。


 低レア、まさに自分たちにぴったりだとサランは自嘲も自虐もなく淡々と己の立ち位置を受け入れる。

 出撃要請がかかって各々のワンドを携え侵略者が暴れまわる空域海域山岳地帯に密林または市街地へ駆けつける度に、一般市民や一般の兵士が見せつける「ワルキューレの出撃要請が出たっていうから期待して待っていたのに……あんた誰だよ?」「どうして有名ワルキューレの誰それちゃんが来ないんだよ」というあからさまにがっかりした視線に晒され続けるとイチイチ傷つくような繊細な感受性は磨耗し死滅するのだ。


 無論、フカガワハーレムに所属するメンバーは高レアだ。

 美人美少女そして単騎で一個師団相当の戦闘力、皆個性的でキャラも立っている。まさに全世界のヒロイン。どれだけ課金しても手に入るとは確約されていないSSR級ぞろい。

 それを独り占めしているラッキーボーイとしてフカガワミコトも世界から熱い注目を浴びている。


 そんなフカガワハーレムの面々と同じ空間で過ごすこともたまにある。



 ――ふ、ふふふフカガワくんっ、あの、この前はありがとう……っ。その、これ、お礼なんだけど……っ。



 初等部生にはワルキューレとしての必要な知識を得るための授業のほか、中学生相当の基礎的な学問を身に着ける授業もある。

 選択していた数学の教室に向かうとフカガワミコトとフカガワハーレムのメンバーがいた。

 癖のない黒髪セミロング、鬱陶しい前髪で両目が隠れて見えず口調もおどおどと大人しい、見るからに内向的な少女の名前はミカワカグラという。何かの拍子に前髪からのぞいた黒目がちの目がのぞいた時のはっとするような可憐さと、おとなしさに比例した芯の強さと優しさ、戦闘時にみせる素早く的確な情報分析能力、あとほっそりした外見に反した胸の大きさで『ハーレムリポート』の男性読者人気の高いワルキューレだ。



 教室の後ろでミカワカグラはフカガワミコトをつかまえ、紙袋に入った何かを手渡そうとしている。おそらく手作りのお菓子か弁当か何かだろう。



 ――よかったら、食べてくれたら嬉しいかな、なんて……。

 ――そんなお礼なんて、別に構わないのに……。俺、大したこと何もしてないし。



 窓際の後ろの席を確保したサランは、この場ではどうしても目立つフカガワミコトの変声期のすぎた声の聞こえる方へ視線を向ける。

 小柄なミカワカグラよりは頭一つほど背の高い、半袖ワイシャツと学生ズボン姿のフカガワミコトはどこからどうみてもその辺の一般中学生男子だった。あんな男子ならサランの地元ご町内にうじゃうじゃいた。



 ――でも、あの時フカガワくん、私をかばって怪我しちゃったし……。そのお詫びだから……。



 はにかむミカワカグラの声は小さい筈なのによく聞こえてしまう。そしてミカワカグラの差し出す紙袋を奪い取ったソウ・ツーの声も。



 ――マスター、ノコはカグラの手料理が好きだ。マスターが要らないというのならノコが貰う。いいだろう?



 ソウ・ツーは常にフカガワミコトに常にべったりくっついている白い髪の少女……の、姿をしているワンドだ。本体はどんな大怪物の肉をも細かく引き裂く巨大な回転式鋸状のワンドなのだがフカガワミコトが封印を解いて以来、少女の姿で常にぴったり寄り添っている。

 いかにも人工生命体でござい、とアピールするかのように抑揚にかけた口調と無表情でソウ・ツーが自分のことを何故「ノコ」と呼ぶのかはフカガワミコトがそう名付けたためだということを「ハーレムリポート」読者なら知っていた。しかしどうしてワンドが少女の姿をとり、自律思考しあまつさえ食べ物をむしゃむしゃ食べるのかは分かっていない。ワンド工廠の技術者たちにも全て解明できていないようだった。謎多きところも含めてレアなワンドということで棚上げされている。



 ――いやいやいやいや、それはダメだろ……っ!

 ――何故だ? マスターが遠慮するならノコがもらい受ける、そういってるだけなのだが?

 ――でもそれじゃミカワさんに悪いっていうか……っ。

 ――え、ええとそんな別にいいの、二人で食べてくれたらっ……!

 ――ほらカグラもそう言ってるぞ、マスター。



 サランは欠伸をして机の上に突っ伏した。


 フカガワミコト、ミカワカグラ、ともに性質が大人しい流され体質なので場の空気を読めない女児型生命体のソウ・ツーが暴れるまま会話が進行している。

『ハーレムリポート』だと、ここは暴力ツッコミ正ヒロインのトヨタマタツミか高圧的だが意外と常識人のキタノカタマコあたりがいないと収集がつかなるところだなあ……等と、耳に入ってしまう会話に心の中で寸評を加えてしまう。しかし残念ながら、トヨタマタツミもキタノカタマコも別の授業を選択しているのかここにはいない。そもそも現実は、ゴシップガールが垂れ流すおしゃべりの世界と同じとは限らない。



 それにしても、とサランは突っ伏しながら思考を遊ばせる。


 ミカワカグラの態度は、ご町内限定の神童だった時期の記憶を呼び覚ます。六年生ともなれば女子の半数は色気付き、足が速くてボールを投げたり蹴ったりするのがうまい男子に何くれと接近したがっていたっけ。


 ワルキューレ育成機関の中でまさかあの時と同じような光景を目撃することになろうとは。


 しかしあれは一体なんだったんだろう。あの時のあの子達はみんなは足が速くてボールを投げたり蹴ったりするのが上手い男子が本当に好きだったんだろうか。

 それとも漫画やドラマで仕入れた振る舞いを真似ることが面白かったんだろうか。


「……」


 ワニブチがいたらこのことについて思う存分話せるのになあ。あいつはこの時間何を受けるって言ってたっけ? 化学? 第一語学? 環太平洋史?


 チャイムが鳴るのを待ちながら机に突っ伏すサランのもとに近寄りガタガタと乱暴に座る気配があった。フルーツ香料の匂いでジュリでないことはわかった。


「サメジマパイセン、今お話いいすか?」

「……またあんたかあ。ったく、何しに来たんだよお、新聞部。二年の癖にさあ、一次関数がわかるようになってからこっちの教室に来いよなあ」


 隣の席に音を立てて座ったのは、文化部棟で最近よくつきまとってくる後輩女子だった。

 ショートボブに猫のような目、制服のシャツの上からもよくわかるよく育った胸元と細く引き締まったウエスト、限界まで短くしたスカートの裾から健康的な太腿をのぞかせてサランの目の前で足を組み替える。足元にはルーズソックスと厚いソールのスニーカー。きっとこの前まで放送していた90年代末期東京を舞台にした二千年紀ミレニアム浪漫溢れるコギャル大抗争ドラマにでも影響されたのだろう。


「ったくあんたは間変わらずピチピチしてるな。一応報告しとくけどさっきパンツ見えたよう。気をつけなよねえ」

「サメジマパイセンには効果あるんじゃないかと思ったんで勝負用のやつを穿いてきたんすよ。見たんなら取材に協力してもらうっす」

「なんだそれ、トラップ雑過ぎ。つうかあんた勝負する相手とかいるの? 二年坊主の癖に生意気だなあ」

「ギャルたるもの常に臨戦態勢であるべし、ブラとパンツは上下の色はそろえておくべしって『セシルの覇道』でアユパイセンが言ってるじゃないすか」

「……うわぁ、あんた本当にあの似非エセコギャルドラマ見てたんだ。期待を裏切らない奴だなあ……」

「なんすか、見てたら悪いんすか?」

「悪かないけどさあ、あのドラマ考証甘いからムズムズすんだよねえ。当時のギャルは全国制覇なんか考えないっつうのに、前段階のヤンキー文化と混ざってるんだもん。それにあんたさっき言った〝パイセン″って言葉だって平成ヘーセー末期に生まれた俗語だよう? ミレニアム期には影も形もなかったんだから当時のギャルが使うのは変だし。あとそれからあんたの目指してるそのキャラってギャルなの? ギャルってそういうの?」

「うっわ考証とか言い出したりキャラ設定の重箱の隅突くのいかにも文芸部オタクくせー。いいじゃないすか、たかだか二十年前後、地球の長い歴史からすると瞬間ですら無いっすよ。それからオレのセリフから変なとこばかり拾って話まぜっ返すのはもうナシっすから。サメジマパイセンのその手には乗りませんっすから」


 新聞部所属のメジロタイガは棒突きキャンディーを咥えたままニッと笑うと、薬指にリングをはめた右手をひらひらと振る。その手には拡張現実上のペンと手帳が現れる。そして棒付きキャンディーを口から離すと、フルーツ香料くさい口元をサランの耳元に近づけて囁く。


「んじゃあサメジマパイセン。そろそろレディハンマーヘッドについて知ってることを教えてください」


 新聞部の遊撃記者、メジロタイガは今ゴシップガール・レディハンマーヘッドの正体を追っている。

 というよりも、レディハンマーヘッドの正体がワニブチジュリである、もしくはワニブチジュリではないという確証を欲しがっている。

 

「新聞部~、よく考えると下着の形ってうちらのひいばあちゃんの代からそんなに形が変わらないって不思議だと思わん?」

「はい来た~、サメジマパイセンの混ぜっ返し来た~。その手はもう食わないってさっき言ったばっかっすよ? はぐらかさないで、オレの質問に答えてください」


 学園で発行される新聞はいくつかある。生徒会の決定を報告する御用新聞から生徒会のやり口を批判する左翼新聞、学内著名人のゴシップを報道するイエロージャーナリズム根性たくましいタブロイド版まで。各新聞はそれぞれ協力関係にあったり敵対関係にあるが、一律して新聞部として扱われている。学園島の新聞部員が入部早々叩き込まれる情報収集・分析能力はバカにできたものではない。新聞部のOGは各諜報機関から大手メディアにいたるまで引く手あまたで、文化部棟ではワルキューレ引退後では一番くいっぱぐれ無い部活として名をはせていた。

 

 そんな情報収集の猛者が揃った新聞部員ですら正体を掴めていないゴシップガールに接触し成功したのは唯一ワニブチジュリだけ。

 それが意味することはすなわち一つ、レディハンマーヘッドはワニブチジュリの自作自演である可能性が高い、それに他ならない。


 みんなわざわざ口にはしないが、おそらくそう考えている筈だ。ただしそれを指摘するものは文化部棟にはいない。遊園地の着ぐるみの中には人がいると敢えて指摘して大騒ぎするのは野暮というものだ。

  

 しかし、新聞部の中でも一番煽情的で一番真実からほど遠いことで定評のある『夕刊パシフィック』に籍を置いているメジロタイガは、その野暮扱いされることをおそれぬワルキューレだった。

 腐っても学園島の新聞部部員としての情報収集能力を発揮して、レディハンマーヘッド=ワニブチジュリであるという確定的な証拠がどこにもないことを突き止めた結果、こうして文芸部の周辺にウロウロするようになったのだ。


 レディハンマーヘッドが現れるまで、フカガワハーレム含むゴシップ供給源は『夕刊パシフィック』だった。老舗ゴシップメディアとしては正体不明の新参者に出現がシンプルに気に食わないのに加えて、ほんの少し前まで文芸指向でお高く止まっていた(と彼女らには見える)文芸部に好き放題やられて腹の虫が収まらない、あの芝居がかかった文芸部長の鼻をあかしてやりたい――といった心境があるのだろう。サランはそう推測している。


 これが正解ならば、まあ、理解できないこともない。


 ふわあ、と欠伸をしながらサランはくるりと拡張現実上のペンを回してみせるメジロタイガをじっと見る。


「……ねえ新聞部、なんであんたはこの件に追い回すのさ? 真実が明らかになった所でフカガワハーレムで起きてることは本人たちも認める事実だし、レディハンマーヘッドの正体がバレたところで誰も得しないってのにさあ」

「そりゃあパイセン、オレらは新聞部ですよ? そこに秘められた真実があるなら命がけで暴きにいくのが性分なんすよ。ハイエナハゲタカ、上等上等」


 棒付きキャンディーを改めて咥えてワルぶる一つ下の後輩を見ながら、サランはため息をつく。そろそろチャイムが鳴るころだ。


「もう一コ訊くけど、ねえ新聞部、あんた齢いくつ?」

「パイセンの一つ下っすよ? ご存じでしょうに」

「つうことは十三か。プレ十四のリアル中二だな。そりゃ自分のことを〝私″や〝あたし″で呼びたくなくなる時期だよなあ。ワルぶりたがりのオレっ子ちゃん」

 

 メジロタイガは、むっと棒付きキャンディーを咥えたまま唇を尖らせる。狙った通りだ。

 サランはメジロタイガのショートボブに手のひらを置いて、よしよしと頭を撫でようとすると、頭を左右にぶんぶん振ってサランの手を頭から払おうとする。


「だからあ、その手は食わないって言ったばっかじゃないすか、パイセン。そうやってオレのことおちょくって話をはぐらかそうたって――」

「おちょくってなんかないよう、新聞部。あーあんたは悪くて強くて格好いいヤツだよう。普通は先輩のいる教室なんて入ってこれないってのにズカズカ入って来るだけすごいすごい、強い強い。さすが自分のことオレって呼んじゃうような泣く子も黙るハイエナ記者なだけのことはあるなあ~。サメジマパイセンってばあんたが怖くてちびっちゃいそう」

「べ、別に悪ぶりたくってオレって言ってんじゃなくって、オレの育った所は男所帯でオレ以外みんな自分のことがオレって言ってたから自然にそうなっただけで……っ、つかサメジマパイセンだって自分のこと〝うち″って呼んでる癖にっ」

「わー、ハイエナちゃんに一本取られた。参ったなこりゃ」


 イヒヒーと笑いながらサランは顔を真っ赤にしているメジロタイガの頭をぽんぽんと軽く叩くように撫でる。


 ゆるくあんだ三つ編みのおさげに丸顔童顔地味系ワルキューレに子供扱いされる悔しさと上級生の教室で虚勢を張っていたことをバラされた恥ずかしさを隠す余裕もなく顔を真っ赤にしてむくれる、そんなメジロタイガはとにかくチョロい後輩だった。チョロすぎて本当に新聞部でやっていけるのかと思わず心配になるほどだったから、ついつい構ってしまいたくなる。


「まあそう怒るな新聞部〜。あんたがこれから迎える十四って年齢は思う存分調子に乗って恥をかいても許される特別な時期なんだぞ。ドラマに影響されたり自分のことを妙な一人称で呼んだりしても合法なんだから今のうちにかけるだけの恥はかいといた方がいいぞって誰かが言ってたよう?」

「……その誰かって、文芸部長っしょ? どーせ」


 唇を尖らせてキャンディーの棒の先を上下にぴくぴくさせながら、むくれたメジロタイガは軽くサランを睨む。


「ありゃ、分かった?」

「そういう禅問答みたいな意味わかんねーこと勿体ぶって言いそうじゃないすか、あの人。自分のこと僕って呼ぶのもクソ寒いし。オレのオレ呼びはああいうめんどくさいやつじゃないんで一緒にしないでくださいっす」


 からかわれたきまり悪さからか、メジロタイガは乱暴な手つきで右手を一振りした。そうするとペンと手帳は消える。そのタイミングで予鈴が鳴った。


「じゃーまたお話聞かせてもらいに来ますからね! その時ははぐらかさないでくださいよ」


 そう言い捨てて、メジロタイガはさっさと教室から出てゆく。

 ひらひらと手のひらを振って、サランは十三歳離れしたメジロタイガの後ろ姿を見送った。


 

 その際にフカガワミコト、ミカワカグラ、ソウ・ツーの三人をちらっと見やる。

 自分とメジロタイガが喋っている間に、フカガワミコトがミカワカグラの作ったお菓子だか弁当だかを受け取ることで話が収まったようだ。



 本鈴が鳴るのに合わせてサランはもう一度欠伸をし、自分の右手をさっと振る。

 ワルキューレに支給されているリング型端末から、数学の教科書と筆記具を表示させると、教師がやってくるのを待つ。


 その短い間に、ノートを一枚切り離してペンでメジロタイガがやってくるまでに考えていたことをさらさらと走り書く。放課後にジュリと合流したときに話のネタにするため、昔懐かしいお手紙というやつにしたためるのだ。

 曾祖母の代のティーン雑誌で見かけた「かわいい手紙の折り方」を参考に拡張現実上のノートの切れ端をハート型に折りたたむと、右手を振って違う教室のどこかにいるジュリのアカウントへ向けて送信する。


 

 世界のどこかは今日も外世界からの侵略に遭い、人間たちはいがみ合い、人々は不自由な生活を強いられている。


 なのに、その日のサランは申し訳なるくらい平和でやすらいでいた。

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