ハーレムリポート フロム ゴシップガール

ピクルズジンジャー

#1 ゴシップガール、紙媒体に進出する

◇ハーレムリポート 出張版 vol.2◇


 この号が出るころは四月なのかな。ということは春だね、春。これを読んでくれてるみんなの所じゃ四月はどんな調子? 春ーって感じ? サクラか何か咲いてる? それともまだ雪が残ってる? ひょっとしたらこれから枯れ葉が舞ってる? 熱かったり寒かったり雨ばっか降ってたりで春なんて「何それおいしいの?」だったりする?


 それ以前に季節を愛でる余裕なんか無かったない? 特に戦地方面の読者さん。


 改めましてこんにちは。第一学園島のゴシップガールことレディハンマーヘッドだよ。


 先月号から、いつもの電子個人誌ジンを飛び出して栄えある第一学園島文芸部さん発行の歴史ある文芸誌『ヴァルハラ通信』に『ハーレムリポート』出張版を連載することになって2回目だよ~。こちらにもぼちぼち出張版読者からの反応が届き始めているよ! やっぱいいね、紙ってのはさ。このカードの向こうにこのフカガワハーレムのことが気になって気になって仕方ないって読者がガチで存在するんだって実感できるから。


 ……え? お前のおしゃべりはどうでもいい? そんなことで行数稼ぐな?

 焦らない焦らな~い。今からみんなおまちかねのフカガワハーレム先月末までの同行を教えてあげるから。


 バレンタインデーのある二月、この学園島では修了式と卒業式のある締めくくりの月でもある三月、否が応でも「誰がこの学園で唯一の男子・フカガワミコトのハートを射止めるのか」って盛り上がるイベント立て続けな期間だからそりゃあ盛り上がったんだから。


 勿論、お料理の得意なカグラちゃんは調理実習室でチョコを作るっていうでしょ? この前の戦闘で助けてもらったお礼を込めてってことで。

 そこで親友のタツミちゃんにも声をかけたのね、あなたも作ってみたらって? 

 やさしいんだよね~、カグラちゃんは。恋敵になるかもしれない親友なのにそうやって声をかけてあげるんだもん。


 で、タツミちゃんは親友に勧められたからって体裁で、渋々、あくまでも渋々ってポーズでチョコを作り始めたの。――まあ、普段アイツには世話になってることもなくはなないわけだしぃ? まあアイツが悪いにしても暴力振るいすぎてるところは確かだしぃ? チョコレート一つでチャラにできるなら安いもんだよね~……なんてみえっみえの言い訳をしつつ。


 でも、その日チョコレートを作ろうとしていたのはカグラちゃんとタツミちゃんの二人だけじゃなかったんだよね。フカガワミコトのハートをチョコで射止めてやろうっていうワルキューレが勢ぞろいしたわけだよ。


 その結果、どうなったとおもう? 調理実習室が大爆発! 現在まで使用不可状態になっっちゃった。

 

 たかだかチョコづくり――なにもものすごく難しいのを作ろうとしていたわけじゃないんだよ? カグラちゃんはこんなクソ暑い島だっていうのにフォンダンショコラあたりを作ろうとしていたみたいだけど、お料理初心者だったタツミちゃんは十代の女の子向けた無難なレシピを参照にしようとしていたみたいなのに。


 にもかかわらず、大爆発。


 聞くところによると、調理室の中は一面真っ黒で、その上に溶けたチョコやそのほか粉や卵が飛び散って地獄のような有様だったらしいよ。勿論その中にいたワルキューレたちもみんな悲惨な状態。どんなことになったかどうかは、二十世紀後半のコント番組の爆発オチを参考にね。もちろん、プリティーでキュートでビューティフルな全世界のヒロイン、ワルキューレだから次の日にはみんな無事元通りだよ。安心してね。

 

 なぜどうしてたかだかチョコづくりでそんなことになったかって?

 

 それはもちろん毎度毎度おなじみの話。


 調理実習室で鉢合わせたメンバーの中に、タツミちゃんと犬猿の仲のマコちゃんがいたのが運の尽き。マコさんの上流階級で培われた執拗かつ的確な嫌味とあてこすりに毎度のことながら煽り耐性ゼロのタツミちゃんがブチギレて、そこから乱闘に発展。何かのはずみで電気系統が故障した火花がこれまた何かのはずみで発生した可燃性ガスに引火してドカーンってなったみたいだよ。ちなみにガスの発生源は当然タツミちゃんがつくったチョコらしきものだって線が濃厚。


 やばくない? なんでたかだかチョコ作ってるだけでそんな危険なガスが発生するんだって? それもまたワルキューレの特殊能力ってやつ?

 でも、暴力、ツンデレ、お料理下手という超トラディショナルな正ヒロインのポイントを抑えてるところがタツミちゃんの可愛い所だよね。そう思わない? 二十一世紀前半には絶滅したクラシカルタイプな暴力ヒロインだよ、貴っ重〜。


 そんなわけでみんなチョコレートを彼に渡せなくてションボリなバレンタインになったってオチでした。


 

おまけにウチの学校には、その下で愛を告白すると泰山木マグノリアの木なんてものがあったりするものだから、その下でどうやって告白するのかがこれがまた大変で――(後略)。


 

 ◇◆◇


 太平洋上にあるワルキューレ育成機関、通称・太平洋校の初等部(外の世界では中学校に相当)に初の男子生徒が編入して約半年になる。


 亜熱帯に属するために季節感に乏しい第一学園島の四月も終わりに差し掛かったある日、ガラスが派手に割れる音が一帯に響き渡った。

 何気なく外を見ると、初等部と高等部まで合わせて学園唯一の男子生徒が向かいの校舎1階の窓ガラスをつき破って吹っ飛んでゆくところだった。


 敵の攻撃を食らっても被害が最小限ですむよう学園の窓ガラスは全て強化ガラスが使用されている。にもかかわらずそれらは全て粉々に砕け散り、奇麗な放物線を描きながら中庭の植え込みに落下する少年を演出するキラキラ効果と化していた。

 あの窓ガラスがあったあたりは、言わずもがなな女子更衣室だ。きっとなんらかの事情で更衣室に潜んでいたことがワルキューレの誰かにバレて、弁解の機会も与えられないまま鉄拳制裁をくらったというあたりだろう。


 観察者たちの予測通り、毛先がくるんと渦を巻く妙なクセのある黒髪をポニーテルにした女子が窓から飛び出した。手には彼女が愛用する日本刀型ワンド、そしてその身にまとうのは上下とも下着のみ。

 下着姿の女子は中庭の植え込みに落下した少年が起き上がった所を、愛用のワンドを振りかざして襲いかかる。



 ――フカガワミコトぉぉぉ~っ、あんたはまたしょうこりも無く……っ!



 ワンドとはワルキューレのみが扱える特殊な武器の総称だ。

 本来外世界からの侵略者にのみ使用が許可されるものであり、一般的地球人類に向けることは厳禁とされている。ただし少年は一般的地球人類ではない。生物学的に男性とされる者には無いはずのワルキューレ因子を持ち、外世界からの侵略者たちと戦える強固な肉体と戦闘力を有するからだ。

 よって下着姿の女子はワンドからビシビシとなんでも切り裂く斬撃を放ちながら、逃走する少年を追いかける。



 ――このスケベ、最低! 今日こそあんたを叩っ斬ってやる!



 そういった月並みな台詞を下着姿のワルキューレは喚き散らしながら逃げる少年を地球人離れした脚力で追う。

 全世界の女子の模範となるべきワルキューレの中でも現時点では初等部三年で一番とみなされている首席ワルキューレ、彼女の名前はトヨタマタツミ。美人、強い、成績優秀という評価だったが少年の転入以後はこのように我を忘れて激昂する様子がよく目撃されるようになった。指揮能力に関する成績の低下は避けられまい。



 ――誤解だ、誤解! 話を聞けって!

 ――うるさい、問答無用!



 主席ワルキューレの俊足を振り切って逃げる少年も負けじと何かを叫び返している。

 彼の名前はフカガワミコト。この学園唯一の男子生徒だ。

 逃げる少年と追う少女、二人の声は遠ざかる。その跡はトヨタマタツミの放つ攻撃のせいで局地的な戦闘でも起きたかのような有様に変わり果てていた。



 校舎と垂直の位置にある文化部クラブ棟は、このような騒動を目撃するのになかなか適していた。


 

「フカガワってば何をどうしたら毎回更衣室に潜伏する展開になるんだろうね」

「トヨタマさんも毎度のことなんだから服着て飛び出せばいいのに」

「っていうか普通、体操服から制服に着替える時に下着のみにならないよね」

「特級ワルキューレたるもの着替える時にはスカートの下から体操服を脱ぐようなことはしてはなりませんって規則があるんじゃない?」

「きっと特級ワルキューレ同士が風呂入ったら乳の大きさの比べ合いもしなさいって規則でもあったりするんだよ」


 文化部クラブ棟、文芸部所属のワルキューレたちは今までの光景を見送りながら好き勝手に呟く。


 その中の一人購買部で売っているインスタントコーヒーに湯を注いだだけの雑な飲料を飲みながらメガネをかけたワルキューレ、ワニブチジュリは呟く。


「この展開も新味が無いな。そろそろ新機軸がほしい」

「フカガワハーレムはお触り禁止だよう。あの人たちは常に本気なんだから」

「分かっているさ。対象を思い通りに演出しようなどと大それたことを考えているわけではない。僕らはただの観察者だからな」


 文芸部部長ワニブチジュリ、整った容貌をメガネと無造作なショートカットで汚し、時代を超越する普遍的こじらせ気味な思春期女子のように己のことを僕と呼ぶ。この時代にわざわざメガネなんてアクセサリーじみた矯正器具を愛用している所から、彼女の拗らせっぷりが察せられよう。


「僕たちは文芸に携わる者だ。ならばペンのみで物語らねばならない。対象者に演出を施して物語を創作するのは文芸としては邪道だ。そうではないか、サメジマ?」

「うーん、ワニブチの言うことはまあよくわかんないけどヤラセはダサいよう、ヤラセは」


 それにしてもなんでこんなに芝居掛かった喋り方をするのかなあワニブチは、似合うからいいけど……。


 同じインスタントコーヒーに粉末ミルクと砂糖を山盛りにしたものをちびちびとすする文芸部副部長、サメジマサランは心の中で呟く。


 サランも新米ではあるが一応ワルキューレには違いない。が、それなりに整っていはいてもモンゴロイド系名子役調なのであまり目立たない。

 この文芸部で一応副部長という位置にはいても、基本的に年功序列の学園島において初等部二年生在籍時に文芸部部長に就任するやいなや辣腕をふるいだしたジュリとは違い、サランはくじ引きで副部長職を押し付けられた志の低いモブ娘だ。


 モブ気質も度を越して、時々なぜ自分がワルキューレを育成する学園島なんぞで生活することになったのかうっかり忘れそうになることがある。


 亜細亜州の片隅の片隅のそのまた片隅、住んでいた町内限定で神童と称えられる程度の優等生──つまりは自治体全域でみればそこそこ普通の小学生だったサメジマサランが、たまたま平均値より高めのワルキューレ因子保有率を叩き出してしまい、地域の教育委員会と役所の偉い人に目をつけられてしまったこと。全ての端はこれに発する。

 普通の住宅街の普通の家庭に、地域の偉い人たちが毎夜やってきては躍起になって学園島へ行くことを勧めたのだ。


 あなたには才能がある。

 あなたには全世界の女子の模範となるべきワルキューレになれる。

 普通の学校で普通の女学生とすごし普通の女の平凡な一生を終えるより、全世界のヒロイン・ワルキューレとして生きるべき。


 三顧の礼で説得されて、ついうっかりその気になってしまったのが運の尽きだった。

 

 華麗に変身して体にぴったり張り付く特殊兵装を纏い、空の彼方や海の底からやってくる外世界の怖い怪物と戦うかっこよくて可愛くてちょっとセクシーなワルキューレ、うちにもなれるのかなー。なれちゃうんだー。えー、やだちょっとどうしよう。


 太平洋校に入学できる才能を持つ女子を一定数排出した自治体は一種の箔がつき、お役所業界での査定が上がる。そのワルキューレが大出世でもして世界に名を知らしめる英雄級ワルキューレにでもなればファン達が世界各地から押し寄せてきて観光特需も期待できる。――サランが、大人達によるそんな汚い裏事情を知ったのは学園島にやってきて数ヶ月後である。

 それは、厳しい訓練に根をあげて「思ってたんと違う!」と心の中でだけ抗議する間もなく眠りにつくのが当たり前になった頃でもあった。


 そしてそれは、以下の真実が骨身にしみたのと同じ時期でもある。

 最前線で戦うワルキューレの大半はどこにも報道されることなく負傷し戦死する精神を病んでしまうという要は単なる消耗品である。

 太平洋校含むワルキューレ養成校に短期間でも籍を置いたワルキューレは、除隊しても予備役として緊急時には前線に出て人類と地球の財産の保護に努めねばならない。

 学科でその規則を教えられ「えーなにそれ除隊の意味ないじゃん最悪〜」なんて言ってた新米ワルキューレが運良く戦死を免れそこそこの武功を立て、それじゃあそろそろ普通の女の子に戻ってやっかとばかりに一般社会に復帰したものの特殊な環境で育っていたが故にあれほど焦がれていた平凡な日常との間に深刻な適応障害を起こし結局ワルキューレとして復帰するか軍関係の職につく率が9割を超えること。

 つまりワルキューレになったものは永劫に、戦闘とは縁が切れないこと。



 くっそー、こんなことなら父さんや母さんのいうことちゃんと聞いて私立の難関中学受験するべきだったなー。

 外世界からの侵略者のせいで未来がどうなるかなんてちっとも読めないのにいい学校入っても無意味じゃん。アホみたいな受験勉強と就活の末に入った企業が外世界からの攻撃によって物理的に消滅するなんてことも平気でありえる時代なんだし(物理的に消滅するならまだマシな方で侵略者のレベル次第では局所的な時空に干渉されてその企業がそもそも存在しなかったレベルで消え去る可能性だってある)、どうせ勉強するならワルキューレになった方がいいや〜、将来安泰万々歳……なんて軽はずみに判断したうちのバカバカ。



 ――と、当初は後悔ばかりしていたがサランが文芸部という居場所を見つけて以降、不自由な絶海の学園でもそれなりに愉快に暮らして四月に三年目に突入する。

 ソメイヨシノも咲きやしないというのに、この学園島の初代学長による出身地域へのノスタルジーからこの学校は四月から新年度が始まる。旧欧米圏から来たワルキューレには体になじまぬと批判されたりエキゾチックだと面白がられたりする妙な習慣だった。


 自分と同じようにパッとしない子とジュリのように変な子の集積所である文化部は、何から何までふざけている太平洋校の中でサランにとっては比較的居心地のよい場所だった。




「やっぱり『ハーレムリポート』が戦地の兵隊さんからは一番人気あるっぽいですねえ」


 部誌に寄せられた感想カードを読みながら、部員の一人がジュリに報告する。

 ペーパーレス時代に突入しても、紙版の部誌の刊行は続いている。戦闘によって電子機器が使えない一帯で起居する読者もいるためだ。電子版の方が広く読まれているとはいえ、熱心な感想をくれるのは紙版の読者だ。感想はもちろん冊子に綴じられた愛読者カードで届く。


 推しワルキューレの愛を語り、愛しの誰それちゃんの報告を増やしてくれと語る文章のそばに泥はねによる飛び散り、雨粒か涙かそれ以外の液体で滲んだインクの筆跡、これを記入後に戦友は敵攻撃を受け負傷しましたと筆跡の異なる追伸が添えられた血しぶきの滲んだカードから得られる戦場からの便りには電子越しでは得られない臨場感がある。

 全世界の少年の憧れかつ少女の模範となるべく素敵なヒロインを目指すことを早々に放棄した文化部棟のワルキューレ達も、これを読めばよりよい物を提供せねばなるまいと自然に力が入る。


「読者からの反応によると、トヨタマさんじゃなく、ノコちゃんとカグラちゃんに人気集中してますね。あとお色気枠のジャッキー姐さん。ああいう古典的グラマラスブロンド美人はやっぱ生きるか死ぬかの戦場じゃ強いっぽいですねー」

「なるほど、やはりな」


 部員からの報告を聞いた部長のジュリは、マグカップを窓辺に置く。


「ならば次号のハーレムリポートはフカガワミコトがソウ・ツーとミカワカグラと接触していたシーンを中心にするか。ピンナップはジャッキー姐さんの水着姿で。異議のあるものは?」


 特にないでーす、と部員たちはのんびりと声をあげた。一応この場は次号の編集会議だったのだ。


 第一学園島文芸部の部誌『ヴァルハラ通信』、元々は文芸部員たちによる小説や詩歌や評論などをまとめて載せて身内だけで閲覧するだけのものにすぎなかった。

 それが歴代部長たちの個性や癖が加味されて独特の進化を遂げてゆき、次第に広範な読者を得るようになって十数年。現在の愛読者は学園島のワルキューレではなく、太平洋上の学園島ではどんな毎日が繰り広げられているのかと興味津々な一般地球人がほとんどだった。


 現在の人気連載は『ハーレムリポート』。

 学園島に在籍する唯一の男子の周辺で巻き起こる騒動を匿名のゴシップガールが報告した読み物だ。

 

 太平洋校には本来男子はいない。いるはずがない。

 この学園に集う女子は、特殊兵装をまとうワルキューレに不可欠な因子――ふた昔前なら超能力だの魔力だの霊力だのと呼ばれた類のもの――を持つ少女に限られる。因子を持たぬもの、そして生物学的に因子を持つはずがないXY型染色体を持つものに学園の門戸は開かれぬはずだった(学園運営に携わる一部の職員、軍属、出入り業者のごく一部をのぞく)。


 学園は原則男子禁制、太平洋上に浮かぶ乙女の花園。

 浪漫と揶揄と下卑た好奇心をもって語られる学園の門扉がある少年のために例外として開かれたのは、彼が男性であるにもかかわらず検査で異常なほど高いワルキューレ因子保有値を叩き出し、扱いが難しいため長らく封印されていたワンドを解放したためである。


 彼は歴代の名だたるワルキューレですら使いこなせなかったワンドを振るい、初出撃で外世界から次元をこえて飛来した龍型の尖兵相手に金星をあげた。


 それをきっかけに、学園の女子生徒たちが色めき立つ。


 彼に対して敵愾心を燃やしていたもの。

 普段見かけない異性という生き物に興味津々なもの。

 彼がみせたささやかな親切に胸をときめかすもの。

 男であるにもかかわらずワルキューレ適正の高い彼にただならぬ関心を示すもの。

 彼の実力を認めよきライバルとしてみなすもの……等々。

 

 何故か彼に関心を示すのは将来有望なワルキューレたちほど色めき立ち、彼の周辺に集いだす。そしていつしかある種のチームを結成するようになる。


 その様はさながら一匹の雄と複数の雌からなるライオンの群れのごとし。

 

 彼は雄ライオンにしては覇気がなく大人しい、出撃時の勇猛果敢ぶりが嘘のような平凡な一少年にしか見えなかったが、それでも学園のワルキューレたちは少年を中心とした小集団を陰でこう呼んでいた。


 フカガワハーレム。

 その呼称はフカガワミコトという彼の名前にちなむ。


 『ハーレムリポート』は匿名のゴシップガールを名乗るワルキューレが、砕けた口調でフカガワハーレム周辺で起きたしっちゃかめっちゃかな毎日を報告するという記事である。創作は一切交えずにに全てあったことを報告しているのがウリだ。ノンフィクションであることは、騒動を目撃したワルキューレたちの証言により保証されている。


 それは元々、文化部棟限定で閲覧できる電子版個人誌ジンだった。レディハンマーヘッドと名乗る正体不明のゴシップガールがその日目撃したフカガワハーレムの出来事を報告し、限られた閲覧者だけが読んでクスクス笑っていたものに過ぎない。

 

 だがしかし、ある日部長に就任したばかりのワニブチジュリが運命的な決断を下す。

 『ヴァルハラ通信』で『ハーレムリポート』を連載する、と。


 ジュリは十四にして優秀な編集者だった。海千山千の文化部のワルキューレたちもその正体がつかめていないレディハンマーヘッドなるゴシップガールと接触し、紙媒体で連載するという契約を結んだのだから。


 ジュリの読みは当たった。

 『ハーレムリポート』は全世界にいるワルキューレファンに大いに受けた。特に電脳世界への攻撃を得意とする侵略者が出没する地帯のために電子機器の仕様が禁じられている所では特に歓迎された。

 こうして『ヴァルハラ通信』は売れに売れ、文芸部の財政はかつてないほど潤っていた。



 サランはパラパラと『ヴァルハラ通信』のバックナンバーをめくった。

 

 フカガワミコトが優秀なトヨタマタツミの着替えをたまたま目撃して殴られたり、キタノカタマコと何故か混浴するはめになったり、困ってるミカワカグラに親切にしたり、逆に親切にされたりする合間に不幸な偶然で意図せず下着を見て泣かせて仕舞ったり、親友が泣かされると勘違いしたトヨタマタツミに再び殴られたり、そんな毎日に興味を持つ人々が多いというのがどうにも信じられないのだった。


 部誌には他にも読み応えのある小説や評論、詩歌が載っているのに、レアな境遇にいる少年少女のスラップスティックな日常にそこまで関心持ってどうするのだろう? まして「フカガワミコトは誰を生涯のパートナーに選ぶのか?」なんてことを気にしてどうするというのだ?

 地球人類はここ数十年文明の停滞にあえいでいると偉い社会学者や経済学者が軽警鐘をならしているけれど、こんなガキんちょの恋愛に一喜一憂しているようなやつがこんなにいるようでは人類衰退待ったなしだわ、そりゃ。


 甘ったるくした安コーヒーを飲みながらサランはあまり明るくなさそうな地球の未来に思いを馳せる。自分がその地球の未来を明るくする方の一員であることを一瞬忘れて。


 だから、サランはジュリのことを尊敬している。

 凡百なワルキューレの自分には、ゴシップガールのおしゃべりめいた文章を部誌に載せようなんて発想はできない。


 伊達に自分のことを「僕」と呼んだり、もったいぶって芝居がかった口調でしゃべってるわけじゃないんだな、と一目置いている。


 部誌が売れているおかげで、美味しいコーヒーを淹れる為のマシンだってそこそこいい豆だって買えるのに、購買部で買えるあんまり美味しくないインスタントコーヒーを飲み続けている。


 ふと気になってサランは尋ねた。


「ねえ、なんでワニブチはそのコーヒーを飲んでるの? 好きなの? それとも敢えて安くて美味しくないコーヒーを飲んでる自分が好きなの?」

「……三番目が正解だな。笑いたくば笑え」

「素直に肯定されると笑えないよう。ていうか普通は顔真っ赤にして否定するもんだよう?」

「言葉を返させてもらうが、友人の中二じみたふるまいを目撃したときはそっと目を伏せて見ない振りをするのがおそらく普通というやつだぞ、サメジマ。お前のせいで僕は今日眠る前に枕に顔をふせて恥ずかしさに身もだえすることが決定した」


 そういう割に一向に恥ずかしがっている様子の無い涼しい表情のジュリと、眼鏡越しに視線が合う。サランはなんだか照れくさくてヒヒっと笑った。


 

 太平洋上にある全世界のヒロインかつ使い捨ての少女兵士を育成する特殊な学校。


 なんでそんなところに自分がいるのか時々分からなくなるけれど、ジュリという変な友達に出会ったことはよかったと素直に思う。

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