タワーマンション

 最近の若いもんは高い所に住みたがるもんだねぇ。

 超高層マンションって言うんですか?最近はタワマンと言うんですか?やたらと高い所に住みたがる。


 そういうあっしもその高層マンションの管理人なんてのをやっているんですけどね。

「コンシェルジュ」とかいう、名前で呼ばれて、あっしも昼間は「作用で御座いますか?」なんて声色使ってますけど、まぁ管理人ですわ。


 この前もそんな夫婦がおりましてな、若い夫婦でした。

 特に奥さんのほうが高層マンションに拘ってましてな。三十路前で童顔の可愛らしい奥さんでしたわ。

 結婚して、旧姓は鈴木とか田中とかよくある苗字が本仮屋とかなんとかの偉そうな名前になってからは、何故か高層ビルに住みたがりましてね。

 結婚二年目にとうとう四十八階建てのマンションに引っ越してきたんですわ。


 それも地震でも有ったら、湾岸の液状化や断水なんかで大変なトコになる地域の四十階ですからねぇ。馬鹿ですねぇ。


 四十八階建ての四十階ですよ。旦那の稼ぎが良いようで、出来るだけ高い部屋に入居したんですよ。

 地震でも起きたら、エレベーターは止まる、液状化してビルが傾く、水道ポンプも届かなくなるような階数ですからねぇ。


 しかも、可愛らしい小型犬なんか飼っちゃって、もうセレブ気分を満喫してましたよ。毎日、ワンちゃんのお散歩で奥様友達なんか作っちゃって。


 三十二階に住む知子さんと十八階に住む百合さんと毎日仲良くだべって楽しくやってましたねぇ。

 そのワンちゃん友達の百合さんという奥さんが突然変なことを言い出したんです。



「えっ?てんとう虫?」と四十階の奥さん。

「あの、赤くて黒い点の付いた丸くてかわいい虫でしょ?」知子さんも不思議そうに尋ねたんですが、百合さんの顔は真っ青でねぇ。


「でも、それが何百匹もいたら気持ち悪いわよ」



 百合さんが言うには、タワマンのベランダの天井の隅に無数のてんとう虫がたむろしていたということで、その蠢く様に大声で悲鳴を上げたそうな。


「数匹や数十匹だったらまだいいわよ。何百匹もウジャウジャしてたのよ。もう気持ち悪くて……」

「それホント?百合さんの部屋十八階でしょ?」知子さんが眉根を寄せたね。「虫って四階くらいまでしか飛べないんじゃないの?」

「主人が言うには上昇気流に乗って上がってきたんじゃないかって言うの」

「それでどうしたの?」四十階の奥さんも真っ青になったね。

「主人が箒で退治してくれたの」


 まぁ、その時はそれで話は終わりました。何百匹ものテントウ虫いなんて、誰も想像もつきませんし、「気持ちが悪い」という漠然とした想像しか出来ませんからねぇ。

 それに三十二階の知子さんも四十階の奥さんも、流石にそんなところまで動物が這い上がってくるはずはない思ってましたから他人事ですよ。


 それから二月くらい経った頃、朝からパトカーが沢山マンションのまわりにやってきたんですよ。

 なんだか、マンション内で変死体がでたようで。当然、警察が話を聞きにきましたよ。警官が二人、玄関に来ましてね、二人が言うにはカボチャくらいの大きさの虫を見たことがないかと、それ一辺倒なんです。死因についても、自己か他殺か自殺か全く教えてくれないんですよ。まあ、だから「変死体」なんですけどね。


 それにしてもカボチャくらいの大きさの虫なんて見たことがある人がいるでしょうか?「恐らく外来種のペットかと思うんですが」と刑事さん。


 そんな怖い昆虫をペットにする人がいるのかしら、と奥さんは恐ろしくなりました。

 考えてみれば、このタワマンで知っている人は知子さんと百合さんくらいで、他の百世帯近くの人のことは奥さんは何も知ら無かったんです。


「三十階のご夫婦でしょ?二階下で変死体なんて怖いわ」と知子さん。「百合さんのベランダに発生したてんとう虫が関係あるんじゃないの?」

「まさか、普通のてんとう虫だったわよ」

「カボチャくらいの虫だって言うからねえ」と奥さん。

「あら、うちに来た刑事さんは猫くらいの大きさって言ってたわよ」と百合さん。

「それにしても死因は何だったのかしら」




 そのご夫婦が巨大なてんとう虫に喰われたらしいということは黙っておくことにしました。





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