第4話 双子のうっ憤と不器用な気遣い。

 「改善できそうな場所は相当浮かぶな」

 「そうでしょう!?」

 「そういう熱意からボランティアやるやつもいていいと思うが……」

 「あのさ、会長」

 「ゆとりがないとボランティアってできないよ」

 「む?」

 「お金がなくて生活に困っていて、それでも人のために動ける人って稀だよ」

 「一定以上安心がなきゃ、好きなことも、まして何かを変えたいってことは難しいと思う。私達はまだ親元で、兄弟も働いていて、生活に困窮するってことは無いから多少は動けるけど」

 「それだって、目立ては叩かれるような世の中じゃ」

 「心が折れないで信念を貫くって」

 「難しいよ」

 「だから、浅ましくてもお金ってわかりやすいんだよ」

 「報酬としてお金が支払われる。うまくいけば感謝される」

 「お金が関わればやるって、浅ましいかもしれないけれど……」

 「人間って対価が欲しい生き物じゃん」

 「……なるほどな」


 冠城は自身の考えの浅さに苦い思いを抱いてため息をついた。そして行政はお金がないという理由で色々打てる手をできない理由にしている。人の善意に縋るとは何て都合のいい言葉なのだろう。現実には動きたい人間、声をあげたい人間がいるのだろうにそれを躊躇い、飲み込まずにはいられない風潮が世間に蔓延っている。それを感じたからこそ自分は計画を立てのではなかったか。


 「お前達も、対価は欲しいか?」

 「身近な人が泣かないなら、元気なら」

 「それでいい」

 「欲がないな」

 「そう? 欲深いと思うけど」

 「家族が、友達が絶えず元気でいる環境」

 「一寸先は闇を照らしたいって」

 「切実だけど、傲慢だと思っているよ」

 「思うだけで、私達、動かないし」

 「怖いし」

 「面倒くさいし」

 「頑張れない」

 「でも」

 「諦めきれないから苛々して」

 「つまらない」

 「でも」

 「冠城、君が声をかけてくれたから」

 「最近、少し楽しいよ」


 自己嫌悪に凹んだのを気遣われたらしい。2人は優しく目を細めた。こうも直接気持ちを伝えられるのはなんだかこそばゆい。冠城は指先で自分の頬を掻いて目を逸らした。まったく、こいつらは。


 「愚痴を聞くくらいだけどな」

 「くらいじゃないよ」

 「会長は」

 「動く」

 「動かす」

 「……選挙が嫌いなのは? 学生選挙か?」

 「全部」

 「全部か。……今聞けば学生選挙で反映できるかもしれないな」


 嫌なことを思い出したのか双子の顔が僅かに険しくなった。面白いくらい不満をため込んでいるなと照れは横に置いておいて冠城はノートに書きつつ耳を傾けることにした。学生選挙は1か月後だ。


 「建前は」

 「いらないんだよ」

 「建前」

 「票集めにその時だけいいことしたり、いいこと言ったり」

 「当選したら掲げていたことはどうしたって多すぎ」

 「広報も結局忖度ばっかり」

 「マスコミは本来平等のはずでしょ」

 「情報を伝達する。真実を発信するものだったはず」

 「本当の情報なんてどこにあるの」

 「何を信じればいいの」

 「いいこと言った裏側で、真逆のことしていたり」

 「弱者を虐げているのに、味方だけには優しいとか」

 「だったら、こういう人間の味方ですってはっきり言えばいいんだ」

 「結局、選ぶ側がどれだけ騙されないかじゃん」

 「本当はどうなのか」

 「普段はどんな人なのか」

 「何を思って政策を掲げているのか」

 「知りたいことは不確かばっかり」

 「挙句の果てに敵か味方か」

 「勝てば何でもやっていい」

 「少数派は冷やかし程度に取り上げて」

 「バッシングした方が話題集めになりそうならそうする」

 「何をもって選ぶの?」

 「反対は責められるものなの?」

 「騙し合いで、少数は叩かれる選挙なんていらない」

 「違う意見も尊重して」

 「尊重したうえで戦うなら」

 「全然いいのに」

 「都合が良い方を選ぶのもその個人の選択だけど」

 「それ以外を否定するなら」

 「それを増長する風潮が当たり前なら」

 「未来なんてどこにもない」

 「真実も希望も見えないなら」

 「負けた方がぼろくそに言われる戦いなら」

 「見たくない、聞きたくない」

 「気が、狂いそうに」

 「なるんだよ」


 双子が顔を歪めて、耳を塞いで俯いた。明らかに様子がおかしいと冠城は立ち上がって2人に近付いた。顔色も悪い。大丈夫とはどうあっても見えないから、言葉にも迷う。伸ばした手が届くよりも先に乱暴に学生会室の戸が開かれた。荒井だった。冠城を押しのけるようにずかずかと入ってくると2人の襟元を絞めるように持ち上げた。


 「考えたってしょうがねぇだろ! 何うざく言ってんだ。何、色んな人間の感情に溺れたようなこと言ってんだ、バカか!」


 ぴくりと苦しげな2人の表情が動いた。意外にも荒井はそれを見て2人を解放して、手近な椅子に乱暴に腰かけて2人をねめつける。


 「……お前らさ、敏感過ぎんだよ。聞いたこと、あるぜ。そういうやつらがいるって。俺に言わすと他人の感情まで引き受けてどうすんだってとこだけど」

 「好きで引き受けているわけじゃない」

 「防御が壊滅的に下手なんだろ。で、滅びるんだろ。……なんだよ、その目。好きで滅ぼうとしてないって?」

 「こっちの、気も、知らずに……」

 「知るわけねぇだろ!? 他人のことなんて! 俺は俺のことだけで手いっぱいだ! 俺は俺だ、他人なんて気にする余裕なんてねぇ! 大抵はそうなんだよ、勝手に引き受けて、壊れるなんて、バカだろ」


 荒げた言葉に隠れた何か別な感情。冠城は不確かながらそれを感じて静観する。双子が、荒井の言う通り他者の感情に敏感なら自分以上に読み取るはずだ。現に2人の顔は怒りから驚愕、真意を読み取ろうとする真剣な表情へと変わっている。


 「……やれる奴がやればいい。それを応援するでいいだろ。他人の分まで悩んで、苦しんで、いいことねぇだろ。お前らはお前らで好き勝手にやって、どうしようもない奴には毒吐いてりゃいんだよ。他人なんかほっておけ」

 「荒井さん……」

 「俺は俺の近くで悶々としていたり、つまらなそうにされると気分が悪いんだよ。さすがに学生会から消えろとは言えねぇから喧嘩を売ることにした。以上」


 2人の顔に苦笑が浮かぶ。そして、目つきの悪い荒井に未だかつてない人懐っこい顔をして2人は囀った。


 「ツンデレ」

 「目つき悪いのに優しい」

 「俺様」

 「わがまま」

 「声でかい」

 「お前ら、喧嘩売ってんのか⁉」

 「売ってない」

 「事実言ってるだけ」

 「あぁ!?」

 「ムカついたけど」

 「うれしかったから」

 「少しは荒井さんを見習うことにする」

 「……ほどほどにしておけよ、お前達」

 「大丈夫、冠城は困らせない」

 「どういう意味だ」

 「しらなーい」

 「この! 同じ顔で、一緒に騒ぐな!」

 「無理」

 「双子だし」

 「名前も一緒とか、わかりずれぇんだよ!」

 「頑張れ」

 「名札でも付けろ、ドッペル双子!」

 「荒井さんは、ボリューム調整付けるといいよ」

 「なんだと、こらぁ‼」

 「何の騒ぎ? 廊下にも響いているよ」

 「荒井君はいつも通りだけど、結城さん、勇樹さん、楽しそうね?」


 講義を終えて他のメンバーが続々と部屋に戻ってくる。不貞腐れた荒井を宥めるメンバーと双子を構うメンバー。そのうち各々が好きなように過ごし始め、いつものてんでばらばらな不思議な一体感が満ちる。

 冠城はそれが楽しいと思う。ばらばらがそれぞれのままひとつの目標に動いて、ぶつかったり、フォローしたりして形になるのが好きだ。発見もそう。相性が悪いと思っていた双子と荒井の関係性は違う方向に行きそうだ。どちらかといえば良い方に。双子が何故面談が嫌いなのか聞きそびったが、まぁいいかとノートを閉じる。また次に聞くとしよう。

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双子の妄想話と未来ノート よだか @yodaka

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