第2話 いつだって「そんなこと」が原因。

 昼近く、講義を終えた双子とすれ違う。一瞬目が合った。情報は早くも集めたらしい。目がそう言っている。冠城は即座にLINEをした。会議をする、と。有無を言わさぬ指示にある者は不機嫌そうに、慣れつつある者は呆れた顔で総勢7名が集まる。クールな副学生会長、綾波 恵子。アッシー要員の赤城 真央。事務能力に優れた姫井 あやの。自己顕示欲が強い荒井 良太。社交的で教授陣からも気に入られている久乃木 新。そして双子達。

 双子達はいつも一番最後に来て、入り口近くに座る。冠城と向かい合う位置だ。それが始まりの合図。中途退学者食い止めの手を打ちたい旨を示し、双子に目を向ける。


 「一言でまとめるなら、レポートだって」

 「はぁっ!? そんなことで?」

 「荒井、ちょっと黙れ。続きを」

 「レポートは短大に入って初めて加わるものだけど、ほぼ全教科に評価材料としてあるよね。書き方はネットで探せばいくらでもあるけど、有り過ぎなわけ。とりあえずで出すとコピペでダメだって言われたり、書き直しが嵩んで締切超えて単位落とす。教授陣の罵倒も問題」

 「そんなのできないやつがダメなだけだろ! くっだらねぇ」

 「……それを言ってしまえば教授陣に相談されたのに役立たずだったと言われると思うけど、荒井さん」


 双子が眉間に皺を寄せるのを見て久乃木がゆったりと自尊心を刺激するように微笑する。荒井は自分が失敗したり、人にバカにされるのを何よりも嫌う。俺は別に……と言い訳めいたことをぼそぼそと言い黙ったところで冠城は首を傾げた。


 「沢辺、お前達が感じた問題点は?」

 「なんで、うちらに聞くの?」 

 「結城さん、勇樹さん。話を集めた人の感覚として意見が聴きたいの。お願い」


 綾波の水の向け方はうまい。律儀にふたりの名前を呼ぶ自然な声掛けがささくれ立っていた気持ちも鎮めたようだ。冷静で、評価ポイントを外さず、自主的に行動を求める。双子もそのスマートさが気に入っているようで、こくりと頷いた。


 「まずは、レポートの書き方がわからないというのがある。教授陣によって求めるものや傾向も違う。基礎も何もわからないのにそこまで考えて書けるのは文章力を持ち合わせている人くらいだ。でも……それよりも温度差が大きい気がする」

 「温度差?」

 「ん。世代差ともいうかも」

 「あー、私の若い頃は~云々で見下すってやつね」

 「そうそう」

 「昔はネットも普及して久しかったし、資料で調べたり教授に聞きに行ったりという形でやっていたと思う。でも、今は困ったらネットで、人に聞くのは格好悪い、的な空気あるじゃない。そのくせ、個性が個性がって育っているからプライドは高い」

 「そこを踏まえずに、一方的に教授陣が今時の若者は……ですか」

 「それを憂いている教授もいるよ? でも、どうすればいいかわかんないみたい」

 「つまり……きっかけはレポートへの挑戦で、意識のずれから衝突して、モチベーションが下がって、自主退学?」


 赤城が軽く口を挟み、久乃木と綾波がまとめに入る。それを姫井がパソコンを開いてまとめていく。問題点も漏れなく書き加えられ簡単なレジュメが完成。同時に人数分作成して配るところまでやってのける。それが定番の流れだ。レジュメを一瞥した冠城はふんっと息を吐いた。


 「さて、意見を求めよう。放置論はナシで」

 「得意な人が教えるとか」

 「モラハラ禁止ー」

 「ダメなやつは排除と明言」

 「荒井」

 「あのさー、そのできない世代に荒井さんも入るからね?」

 「はぁ!? 何言ってんのお前達。俺は出来るし」

 「教授陣はひとくくりで見るんだよ。出来て当たり前って意識なら余計に記憶に残んないし、できない中途退学者が多いどうしようもない世代だったって語られて終わりよ。目立ちたがり屋ならヒーローになんなよ」


 双子の面倒くさそうな指摘と意見にやる気がなさそうだった荒井が僅かに興味を持ったように立ち上がり双子を睥睨する。


 「どういうことだよ、あ?」

 「だからさー、救世主になっちゃえばって言ってんの、冠城ー!」


 いい加減に助けろと言うように双子が駄々をこねるように足をばたつかせる。他のメンバーはとりあえず状況を静観していた。荒井が空気を悪くして、双子が苛立ち、冠城が発言するといった流れで決まると良い方向に動くことが多いからだ。


 「荒井は人前で話すのが巧い。大人数を一気に動かしたり、大人を説得するのにも適任……なるほど」

 「俺が動く?」

 「評価は跳ね上がるな」

 「仕方がないな、やってやってもいい」


 周囲は必死で笑いそうになるのを堪える。ここで機嫌を損ねたらまた元の木阿弥 だ。期待していると重々しく冠城は頷き、机を指で叩いて双子の注意を引く。


 「お前達の案は?」

 「荒井さんを使えって言った」

 「結城さん、勇樹さん、具体案が聴きたいな」

 「…………なるべく授業始まる前に、今回に限ってはなるべく早くレポートの書き方講座を開く。各教授陣に生徒に求めることも全部提示する形で。基礎と禁止事項、理想と悪例。全員参加で。教授陣には不明点を生徒が気軽に聞きに行けることを約束してもらう」

 「生徒優遇か?」

 「ちょっと違う。先に説明したにも拘らずできないとか、納得がいくまで対応すると言っているにも拘らず基準に達しない人間は切り捨てる。教授達も生徒に自分の価値観を押し付ける態度を改めてもらう。こんなこともできないのか的なことを言う教授にはイエローカードだ。それを説得するのに荒井さんが適任かと」

 「お膳立てをして逃げ道を失くすというわけか。お前、えぐいな」

 「努力次第。お気楽にやりたいだけなら辞めてしまえ。環境整えてもできないならどうしようもないでしょ」


 冠城は暫く発言を咀嚼して、ゆっくりと口角を吊り上げた。パンッと手を打って注目を集める。


 「まずは教授陣の説得からいこう。書き方講座の計画を練ると同時に、生徒がいかにやる気を持っているか、継続の為に大人の助けがいるのだと熱く語る……荒井、やれるか? フォローに久乃木」

 「面白そうじゃねーか」

 「了解です」

 「綾波は具体案、生徒からも協力者を集めろ」

 「わかった」

 「姫井は書類やポスター試作、赤城はフォロー」

 「うん」

 「OK」

 「双子は状況監視、何か不測の事態が起きたらすぐ知らせろ」

 「動きと反応、変化に注視……了解」

 「よし、行動開始だ」


 一斉に動き出す。「そんなこと」で終わらせないために。尤も大義名分よりも楽しいからという方が多いかもしれない。自分達の動きで何かが変わる。8人はその中心にいるのだから。

 

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