第十四章 裕子先輩との話 10月11日
私達は一旦法子のアパートまで行き、そこから彼女の愛車で朝比奈家へ向かった。
「ねェ、法子」
私が話しかけると、法子は、
「ごめんね、律子。しばらく話しかけないで」
真剣な顔で前を見たまま応えた。私は仕方なく前に目を向けて黙った。
朝比奈家に到着すると、門の所に「朝比奈長次郎お別れ会」という大きな立て看板があった。
「お葬式はまだみたいね」
私が言うと、法子は、
「まだ御遺体が戻っていないもの。それに、故人の遺志で、しないのかも知れないしね」
私達は車をガレージに駐めると、正面玄関には弔問客がたくさんいるようなので、裏口に回り、キッチンから入った。
「大変ですね」
法子はキッチンで料理のキリモリをしている三池さんに声をかけた。他に何人か女性が手伝いをしていたが、朝比奈家の縁者の人達だろうか。
私達はキッチンを抜け、ロビーに出ると、他の人の目を避けるようにして階段を上がり、先輩の部屋に向かった。
「どうぞ」
法子のノックに応えて、先輩の弱々しい声が聞こえた。
「失礼します」
私達が入って行くと、裕子先輩は暗く沈んだ顔を少しだけほころばせて、
「来てくれたの……」
か細い声で言った。先輩は椅子に静かに座っていた。ワンピースの喪服がいつもと違った美しさをかもし出しているような気がしたのは、私だけだろうか。
「夕べは申し訳ありません。挨拶もキチンとしないで帰ってしまって」
法子が頭を下げて言うと、先輩は微笑んで、
「いいのよ。でも……。ありがとう、今日も来てくれて」
私達も皮張りの椅子に腰を下ろした。
「先輩、お察しします。お父様を亡くされた上、家族の中に犯人がいるかも知れないなんて」
法子が気遣うように声をかけると、裕子先輩は、
「ええ。父が亡くなったことも悲しいけど、犯人が家族の中にいるかもしれないというのは、もっと悲しいわ」
「そうですね」
法子も少し目を潤ませている。私なんかもう、泣き出す寸前だ。堪えるのがとても辛い。
「それより、ここへ来たっていうことは、私に何か訊きたいことがあるんじゃないの?」
先輩は作り笑いをして、法子を見た。法子はちょっとバツが悪そうに、
「はい、そのとおりです。でも、それも犯人を捕まえるためなので……」
「犯人を捕まえる?」
先輩はビックリしたようだった。法子は頷いて、
「はい。おぼろげながら、この事件のトリック、見えて来ました。もう少しで、解けると思います」
「そう……」
先輩はやや微笑んで言った。法子は小さく溜息を吐いてから、
「ではお尋ねします。昨日、高林先生を出迎えた時、先輩はコンタクトレンズを着けていましたか?」
私はキョトンとしたが、先輩はますます驚いた様子で、
「着けていなかったけど、それが何か?」
「何故着けていなかったんですか?」
法子は間を置かずに質問した。裕子先輩は、
「私、コンタクトレンズをどこかに置き忘れてしまったのよ。だから昨日は、朝から着けていなかったわ。それにメガネもどこかにしまいなくしてしまって」
「じゃあ、ガレージで私達と会った時も着けていなかったんですね?」
法子は続けて尋ねた。先輩は頷いて、
「そうよ。あの時も、すぐそばまで行って、やっと貴女達だってわかったんだから」
「そうですか」
法子は妙に納得したように頷いた。 そしてさらに、
「それから、朝比奈さんはあの時、先輩に飲み物を持って来るようにおっしゃいましたよね?」
「え、ええ。そうだったわね。それで?」
先輩は確かめるように法子を見た。法子は、
「何故朝比奈さんは先輩に頼んだのでしょう? キッチンには三池さんがいらしたはずですし、インターフォンもキッチンにあったはずなのに」
それは私も思ったことだ。私は興味津々の顔を先輩に向け、回答を待った。
「私にもわからないわ。居間にいる私にわざわざ頼む理由なんてあるのかしら?」
先輩自身もよくわからないらしい。法子は突然質問を変えた。
「大崎先生は、よくここにいらっしゃるんですか?」
「大崎先生? ああ、医学部のね。よくいらっしゃるわよ。父ばかりでなく兄もよく呼んでいるから」
先輩は唐突な質問に多少呆気にとられながら、答えた。法子は浩一の名前を聞いてハッとした。
「浩一さんが? どこか具合が悪いんですか?」
「どこも悪くないわよ。肉体的にはね。兄は父の容態をよく訊いていたわ」
「なるほど」
法子は合点がいったという顔で頷いた。私もよくわかった。おそらく父親の身体を案じてではなく、その逆だろう。
「松子さんとお話できますか?」
「松子さんと? ええ、大丈夫よ。自分の部屋にいると思うわ」
先輩の答えに、法子は疑問を抱いたようだ。
「弔問客の方々は、どなたが接待しているんですか?」
「兄よ。もう、喪主気取りでね。それが嫌で、私も松子さんも、部屋に戻ったのよ」
先輩は不愉快そうに言った。あらあら、あのイジワル兄さんが仕切ってるのかァ。それじゃ、一緒にいるの、ウンザリだよな。
「では、先輩も一緒に松子さんのところへ行ってくれませんか?」
法子が切り出すと、先輩はニッコリして、
「ええ、いいわよ。私もちょうど会いに行こうと思っていたところなの」
と応えてくれた。
私達は先輩の部屋を出た。松子の部屋は翁の部屋の西側にある。私達はそこまで行く間、いろいろ話をした。
「先輩、もうひとついいですか?」
法子が階段を降りながら尋ねた。先輩は法子を見て、
「ええ、いいわよ」
法子は先輩には目を向けず、一歩一歩踏みしめるように階段を降りながら、
「高林先生が昨日来た理由を知っていますか?」
「いいえ、知らないわ。高林先生が来るということは聞かされていたけど、何をしに来るのかまでは知らなかったわ」
先輩も階段を見たまま答えた。法子はさらに、
「では、10月 8日に高林先生が来たのは何故か知っていますか?」
「それは確か、父が入院中に作成させた遺言状が完成したので、持って来たって聞いてるけど」
「そうですか」
私達は階段を降り切ると、ロビーにごった返している弔問客の間を縫うようにして居間の前の廊下に出た。
「そう言えば、昨日は門の所に警備の人がいませんでしたけど、今日はいましたね。昨日はどうしたんですか?」
法子が尋ねると、裕子先輩も小首を傾げて、
「言われてみると、確かにそうね。何で昨日はいなかったのかしら?」
答えながら疑問を投げ返して来た。法子は思案顔になり、
「事件と関係がありそうですね」
呟くように言った。
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