第十三章  喜多島警視の話  10月11日

  私達がロビーに戻ると、まだ森尾さん達と喜多島さんがあたりをウロウロしていた。

「おじ様!」

 法子が声をかけると、喜多島さんばかりでなく森尾さん達までもが法子を見た。私はちょっとたじろいだが、法子はそんなことはないらしく、喜多島さんに近づいて行った。

「おじ様、ちょっといいですか?」

「何だい、法ちゃん?」

 喜多島さんは法子に誘われるまま、ロビーの隅に歩いて行く。森尾さん達はそれを横目で見ていたが、ついてくる様子はなかった。法子はそれでもあたりをはばかるように、

「いくつかお尋ねしたいことがあるんです」

「まだ何かあるのかね?」

 喜多島さんはニヤリとして尋ねた。法子は軽く頷いて、

「ええ。礼子さんと松子さんのことなんですけど」

「礼子さんと、松子さんね」

「そうです。礼子さんは犯行時刻頃、どこにいたのですか?」

 法子は尋ねた。すると喜多島さんは考えるようにして眉を寄せた。そして、

「確か、居間の脇のサンルームにいたと言っていたよ」

「そうですか。松子さんは?」

「松子さんは、庭園で山本さんと話をした後、ロビーに入って来たところで君達に会ったと言っている」

 喜多島さんが答えると、法子は、

「それで、その証言を裏付けるようなことは?」

「どちらも弱いね。松子さんと話をしたのは、山本のじいさんも証言しているが、その前に松子さんがどこにいたのかは知らないし、礼子さんがサンルームにずっといたのを見た人はいない。しかもサンルームは外への出入りもできるからね」

「つまり、お二人共、アリバイがない、ということですか?」

 法子が念を押すように尋ねると、喜多島さんは頷いて、

「そういうことだ。でもアリバイがないのは、浩一さんも裕子さんも同じことだ。二人も犯行時刻頃、どこにいたのか誰も証明してくれる者はいない」

「そうですね。それと、警察では外部の者の犯行というケースは考えていないのですか?」

 法子のその問いに喜多島さんは苦笑いをして、

「テレビの刑事ドラマじゃないんだから、思い込みの激しい主任警部が、独断専行で容疑者を絞り込むなんてことは、現実にはありえないことだよ。警察は全てのケースを想定して動く。もちろん、通り魔的犯行も考えている。今回の場合、その可能性は低いけどね」

「では、高林先生の行方はわかりましたか?」

 法子が尋ねると、喜多島さんは痛いところを突かれたような顔をして、

「いや、まだわからない。立ち寄りそうな所や自宅の周辺、事務所の近所、いろいろなところを捜しているが、見つからない」

「警察は、高林先生をどういう扱いで捜しているんですか?」

 法子は喜多島さんをジッと見つめて尋ねた。私も喜多島さんを見た。喜多島さんは、

「重要参考人だよ。高林先生が一番最後まで朝比奈さんと一緒にいた人物だからね」

「いえ、そういうことじゃないんです。高林先生の生死について、どういう扱いで捜しているのか、ということです」

 法子が発言すると、喜多島さんはびっくりして、

「法ちゃんは高林先生が死んでいるかも知れないと思っているのか?」

「ええ。いえ、高林先生は亡くなっているに違いないと思っています」

 私は思わず喜多島さんと顔を見合わせてしまった。

「法ちゃん、君は一体……」

 喜多島さんはそこまで言って絶句してしまった。法子は、

「おじ様、どうもありがとうございました」

 ペコリとお辞儀をして、スタスタとロビーを出て行きかけた。

「待ってよ、法子!」

 私も法子を追って、医学部棟を出た。

「法子、どういうことよ?」

 私が息をはずませながら言うと、法子は前を向いたまま、

「律子、先輩に会いに行くわよ。そして……」

 意味ありげに口を噤んでしまった。私も敢えてそれ以上聞こうとせず、法子の後から歩いて行った。

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