第六章  家族の相関図  10月10日

 松子を始めとして、翁以外の総ての朝比奈家の人々が居間に集まったのは、それから10分ほど経ってからだった。

「一体誰に殺されたんだ?」

 さして悲しんでいる様子もない浩一が誰にともなく言い、一人掛けのソファに腰を下ろして脚を組んだ。

「それはまだわかりません」

 法子が窓の外を見ていた目を浩一に向けて答えた。浩一はフンと鼻で笑い、

「どうせバカな奴が、親父の遺産を欲しくて欲しくて、焦って殺したんだろうぜ。愚かなことだ」

 吐き捨てるように言った。するとこれまた少しも悲しんでいる様子もない礼子が、浩一の向かいのソファに座り、

「あァら、そうすると、この中に犯人がいるとおっしゃるの、お兄様?」

 浩一をバカにしたような口振りで尋ねた。浩一もその口調に気づいたのか、ムッとして礼子を睨みつけ、

「じゃあ他に誰がいるんだよ!? 外からいきなり殺人鬼がやって来て、親父を殺して逃げたとでも言うのか!?」

 すると礼子はケタケタと笑い出して、

「そんなこと言ってないわよ。私には何もわからないわ」

「お兄様もお姉様も、不謹慎です。お父様が亡くなったというのに……」

 法子や私と一緒に窓のそばに立っていた裕子先輩が、たまりかねたように言った。すると浩一がギロッと先輩に鋭い目を向けて、

「何が不謹慎なんだよ、シンデレラ気取りの裕子お嬢様?」

 皮肉めいた言い方で尋ねて来た。裕子先輩は、ちょっとキッとなったようだったが、反論せずに黙っていた。今度は礼子が、

「そういうとこが、シンデレラ気取りなのよ、裕子」

 口をはさんだ。しかし、先輩は何も言わずにいた。礼子はそれを不機嫌そうに見ていたが、やがてプイと顔をそむけると、テーブルの上に出されたコーヒーカップを手に取った。

「お嬢様……」

 山本のおじいさんが手拭いを手にしたまま、先輩に近づいた。先輩は山本のおじいさんに目をやり、小さく頷いた。

 三池さんも目を潤ませて先輩を見ている。

 先輩達のやり取りをただ悲しそうに見守っている松子は、哀れな未亡人としか言いようがなかった。

「先輩……」

 法子が小声で呼びかけると、裕子先輩はハッとして法子を見た。法子は先輩に近づき、さらに小声で、

「ちょっと確認したいことがあるんですけど」

「何かしら?」

 先輩の声は少し震えていた。法子は先輩の耳元に口を寄せて、

「高林先生は、先輩がコーヒーと紅茶を持って行った時には、まだいたのですか?」

 私も法子と先輩に近づき、耳を傾けた。先輩はキョトンとしたような顔で法子を見つめていたが、

「え、ええ。まだいらしたわよ。それが何か?」

「もめている様子はありませんでしたか?」

「そんなことはなかったわ」

 先輩は言ってから少々間をおいて、

「貴女、高林先生を疑っているの?」

と尋ね返した。法子は軽く頷いて、

「今わかっている状況から判断すると、それが一番自然です」

「そうね」

 先輩は悲しそうに同意した。すると法子は、

「でも高林先生が犯人だとすると、いくつかの矛盾が出て来るんです」

「矛盾?」

 先輩は不思議そうな目で法子を見た。法子も先輩を見つめて、

「あの短剣と例の手紙です」

「……!」

 先輩は蒼ざめていた。私もやはり蒼ざめていただろう。きっと先輩は私と同じことに思い至ったのだろうから。

「矛盾を解決する方法が一つだけあります」

 法子は続けた。私はドキドキして法子を見た。先輩も同様のようだ。

「高林先生は共犯で、他に犯人がいて、その人が短剣を使って……」

 法子は言いかけて口を噤んだ。サイレンの音が聞こえて来たのだ。法子は再び窓に近づいて外に目をやり、

「警察が到着したようね。思ったより早かったわ」

と言った。

「裕子、お前、白状した方が罪が軽くなるぞ」

 浩一が立ち上がりながら言い放った。礼子もそれに続いて立ち上がり、

「そうね。その方が、情状酌量の余地があるってものよね」

 イケシャアシャアと言ってのけた。何よ、こいつら! 先輩はついにたまりかねて、

「いい加減にして!」

と叫んだ。浩一はフンと鼻を鳴らして、

「冗談だよ」

「そうよ。貴女みたいな意気地なしの小娘に、人を殺せる訳がないじゃないの」

 礼子の言葉はあまりにひどかった。しかし、先輩はそんな挑発に乗るどころか、反撃に転じた。

「犯人は饒舌になるとも言いますよね、礼子お姉様」

 礼子は先輩の反撃に一瞬ビクッとしたが、すぐさま凄まじい形相になり、

「姉に対して口答えするんじゃないよ、裕子!」

と怒鳴った。気性が激しい女なのだ。そんな二人のやり取りを、浩一はニヤニヤして眺めていた。

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