第二章  法子、朝比奈家に行く 10月10日

 さて、法子と私は裕子先輩に真相を確かめるために、朝比奈邸に向かうことになった。

「バスで行く?」

 私は思わせぶりに言った。というのは、法子はアパートの駐車場に愛車のスターレットを置いているからだ。

 彼女の車に乗るのは実に楽しい。と言うより少し怖い。とにかく法子の運転は、私のような車オンチのペーパードライバーには、凄まじいの一語に尽きるものなのだ。

「私の運転が怖いから、車で行くの嫌なんでしょ?」

 法子はニッコリして尋ね返して来た。私は首を横にブルブル振りながら、

「とーんでもない。そうじゃないわよ。たださ、朝比奈邸って、門のところにガードマンがいるでしょ?」

「それがどうかしたの?」

 法子は全く意に介さないという感じだ。私は肩をすくめて、

「まァ、それは冗談なんだけどさ。今日はおとなしい運転にしてくれる?」

 少しお願いするような仕草と声で言った。法子はクスッと笑って、

「そうねェ、前向きに善処しましょ」

「国会の答弁みたいなこと言わないでよォ」

 私はちょっと剥れてみせたが、法子は微笑んで何も言わなかった。

「さァて、出かけましょうか」

 法子は早速何着も持っているスーツの中から、ネイビーブルーのものを選んで着ると、そう言った。

 ところで、理由はわからないのだが、法子はスカートを履かない。尋ねてみようと思ったりもするのだが、余計なお世話だとも思えるので、いまのところ訊くつもりはない。

 彼女はまさにスーツのペストドレッサーだ。どんな色でどんな模様のものでも、すんなり着こなしてしまう。私のような不精者には、決してできない芸当だ。と言うよりは、私の容姿がそれを許さないだけかも。あーあ。

 そして髪はポニーテールだが、少しはブラッシングしたらしく、さっきよりは整っているようだ。

「やっぱり、車?」

 私は怯えたように尋ねた。法子はニコニコしながら、

「今日は飛び切り張り切って運転しちゃおうかしら?」

「や、やめてよ!」

 私はムキになって言った。法子はケラケラ笑って、

「まァ、律子が大声を出さない程度の運転にしときましょうかね」

「た、頼むわよ」

 私は車に乗る前から、すでに酔っていた。


 私と法子がいるのは、日野市寄りの八王子市である。朝比奈邸があるのは、ここからやや南西になる。距離にすれば、ほんの数キロなのだが、このあたりは小高い丘があり、回り道になるところが多い。

「やっぱりさ、ブナンな線で大学の前を抜けて、野猿街道に出るのがベストなんじゃないの?」

 私がナビゲーターよろしく進路を指摘すると、法子はイグニッションキーを回しながら、

「そっちより、多摩テック経由の方が、近いんじゃない?」

「えっ?」

 私は一番恐れていたことが起ころうとしているのに気づき、身をこわばらせた。

「そうね。やっぱり、それ行きましょ!」

「えーっ!?」

 私のナビゲーションなど、あってもなくても同じなのだ。法子はニコニコしながら、アクセルを踏み込んだ。

「きゃっ!!」

 車はターボ車である。心地よいGを通り越した、気持ち悪いGが私の身体を助手席に叩き付ける。

「法子ォッ!!」

「何よ、もう叫んでるの?」

 法子の左手がまるで手品師の如きスピードで動き、車はいつの間にか、五速で走っていた。

「さァ、この信号はこのまままっすぐ!」

「きゃあッ!!」

 スターレット君は大きくバウンドして多摩テック前を通り、タイヤをきしませてカープを曲がった。問題はここから。道は次第に狭くなり、気をつけないと対向車とガッチャンコである。

「法子、少しは対向車のことを……」

「わかってるわよ」

 法子はニコニコしながら、本当に水を得た魚のようにハンドルをきる。私は顔がひきつるのを感じながら、

「ハ、ハハ、ハハ……」

 涙目を擦った。

 道路地図を作ってる会社、恨むぞ! この道の幅と、大学の前の道の幅を同じにして! そのせいで私は、この道を法子に教えてしまったんだから! 実際は半分よ、半分! どーしてくれんのよ!?

 何とか狭い道を抜けきった私達は野猿街道に出た。昔はその名のとおり、猿がうろついていたらしいが、今ではもうその面影はない。

「この次の信号を右よね、ナビゲーターさん?」

 突然法子が尋ねた。私はハッとして、

「そ、そうよ。もうすぐね」

 少し吐き気を催しながら応じた。

「あっ、見えて来たわ」

 私は右手前方の、少し小高くなっているところに見える、巨大な洋館を指差して言った。法子もそちらをチラッと見て、

「そうね。裕子先輩、いるかしらね?」

「ええ……」

 私は別の恐怖に襲われた。あの、『殺人予告者』というプリントをした人物の恐怖に……。

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