@bashment

第1話秀吉

「いいから書け」

城の裏手に広がる鬱蒼とした林の一角を切り開き作った池を見つめながら、秀吉は御伽衆たちに自ら語った話で自身の伝記を書かせていた。


 人心を掴むということは、難しいものよ。人を思い、人のために世を作ろうと思うても、人の気持ちは虚ろで、己の都合ばかりを考えておる。民の意見を聞くのも考えものじゃて。しかし、人は噂話が好きで、自分の都合の良いよう話を受け止め、また他人に話したがる。

「良いか。三国志演義のように、人の心を掴む物語をでっち上げるがよし。わしが百姓から天下人となったとなれば、民百姓には活き活きと生きる夢を見させられる。そのような物語を、わしの話を膨らませ書くのじゃ」


 最近の秀吉は、伝記もそうだが御伽噺も多く創作させるようになっていた。戦国の世、命を狙われるのは慣れたものだが、先日昔馴染みの旧友に寝首を搔かれそうになり、それからというもの城の裏手に作った池を眺める時間が長くなった。


「殿。殿の幼少期のお話を元に物語を書き上げました。」御伽衆の大村由己が秀吉に書き上げた書物を献上した。それは、後の世にも伝わる有名な御伽噺。


 むかし、むかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがありました。まいにち、おじいさんは山へしば刈かりに、おばあさんは川へ洗濯せんたくに行きました。

ある日、おばあさんが、川のそばで、せっせと洗濯せんたくをしていますと、川上かわかみから、大きな桃ももが一つ、「どんぶらこ〜、どんぶらこ〜」



 「小一郎。母の元を離れず、家をしっかり守るのだぞ」まだ5歳になったばかりで話すこともなく、笑いながらいつも兄の後を付いて回る弟の小一郎に、いつになく真剣な眼差して、藤吉郎が話すものだから、小一郎はなぜか悲しくなり涙が流れてきた。

「小一郎。何を泣くことがあるか。わしは、父に負けないくらい強くなり、そして必ずこの中村に戻ってくるぞ。だから小一郎はしっかり母上をお守りし、家をしっかり守るのだ。」

父親が戦で亡くなり、肩身が狭くなった藤吉郎は、村を出ることを決めていた。8歳になったばかりだが、弟の小一郎にだけ、村を出ることを告げ姿を消そうと考えていたのだ。小一郎は、まだ言葉を発することもままならないが、大きな体と仏のような瞳が、他人をなぜか安心させる雰囲気を身にまとっていた。


小一郎がいれば、大丈夫だ。父が亡くなった今、わしがこの村にいても、うだつがあがらん。父以上に村の衆から頼られるようになるには、一度村を出て城に奉公できるようにならなければと思い立ったのだ。


「小一郎。そうだ。母上に山で取れた蛇を持って行ってくれないか。」

小一郎は、先ほどまで流していた涙が嘘のように、細い瞳をまん丸に見開き、嬉しそうに蛇の死骸を藤吉郎から受け取って、一目散に母の元に駆け出した。

その後ろ姿を少し見送り、藤吉郎は山道に繋がるあぜ道を一歩ずつ強く踏みしめてゆっくり前進した。行くところは決まっていた。周りの同い年の子供達より背が低く、体も痩せこけている藤吉郎は、力はないが足の速さと、いじめっ子に捕まらず永遠と走り逃げる体力があった。

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