運命の歯車が動き出す

 行く当てもなく、暫くユニコーンたちにお世話になっていたこと。彼らを狩りに来た人間や出没するモンスターを倒していたら、少しずつレベルが上がったこと。これからどうしようかとぼんやり考えていた時に、アンドレたちに会ったこと。


 ここで、彼女たちが何故ジャンヌに傾倒していたか分かった。


 ある時、二人が住む町の湖がモンスターの毒によって穢され、利用不可となった。様々な方法を試したが一向に解決できない。主要な水源であったため、やがて飲み水の確保も難しくなり困り果てた。

 ユニコーンの角が毒を清めるという話が出たものの、彼らはアンドレが言った通り獰猛な生き物。処女厨であることも伝説に聞いた程度で真偽の程が分からない。その道のりも遠く険しく、乙女たちは皆、住処へ行くのを恐れたがアンドレが名乗りを上げた。


 彼女は町の女の子から大変人気があった。男顔負けの剣の達人、鍛錬に励む姿は凛として気高く、視線が合えば気絶する純情乙女も続出するほど。不愛想だったが、それも硬派で素敵と喜ばれた。これがnot美形なら、陰気根暗で片付けられるから世知辛い。


 立候補した彼女に、アンドレ様お一人で行かせるものかと他の乙女たちも挙手した。

 そうして有志を集め、アンドレはユニコーンの元へ向かった。そこで見たのは、暇過ぎてユニコーンと遊んでいたジャンヌの姿。人里離れた森生活で、見た目はすっかり女ターザンになっていたそうだが、そんな彼女にアンドレは一目惚れしてしまった。飾り気のない美しさに心を奪われたと言われたらしい。実際は野生化したモブ少女だったわけだが、ものは言いようだな。


 なかなか長くなったが、ここまで来れば展開は読めた。

 ジャンヌの一声でユニコーンの角をほんの少し分けてもらい、湖は無事元の清水に戻った。ユニコーンに惜しまれつつ、久しぶりに人の世界へ戻った彼女は、町で大いに歓迎され、接待を受けた。だが、元々根っからのモブだったためヨイショされる生活に気後れし、間もなく逃げるようにして町を飛び出した。それに、アンドレとリュカがついて来たというわけだ。


「割愛しますが、リュカも似たような経緯です。今は仲間として行動してます。押しは強いですけど、信頼できる二人です」


 おお、ちゃんとそれらしい理由がある。俺みたいに変態的な好かれ方とかしていない。眩しい。


「レベルとかあるんですね」

「はい、見てくれる場所があります。ただ、能力値として測るのでイアンさんはどうなるか分からないですけど」


 それって魔力ゼロとか言われたあれじゃないのか。俺は肩を落としつつ、質問をした。


「そういえば、なんで竹刀とか持ってたんですか?」

「剣道部だったので」

「あーそうか。そうですよね」


 やはりこの子、俺とは違う。俺みたいなモブと一緒にしてはいけない人だった。平凡系覚醒主人公だ。なんちゃってモブだ。持ち上げられ方も捏造あってのことじゃない。颯爽と敵を倒したり良いことをして、理由がきちんとある。モテ始めるのもおかしな吸引力じゃない。


「でも、なんでこんな力が使えるようになったかは分からないんです。このままこの世界で生きていくことになるのかも。大切な仲間はできたけど、元の世界に帰りたくないかと言われるとそれは嘘で」

「……そうですね」


 俺もその点は同じだ。美形に追い回される生活は大変だったが、モブなりに家族や友人はいた。会えない事実には確かにふと寂しく思う。心配をかけているかもしれない。先が見えない不安は、絶賛主人公をやっているジャンヌにもあるらしい。


「事故にあった直後のこと、覚えていますか」


 俺はかぶりを振った。


「私もです。いつの間にかこちらにいた。身体は元のままだから、転移には違いないんです。そしたら、あちらで私の身体は消えてしまったのかなとか。時は進んでいるのかなとか、家族や友達はどう思っているのかな、なんて」

「はい」


 ジャンヌは淡々と話していた。だが、最後の言葉だけ、少し震えているような気がした。


「でも、私は幸運だった。聖女とか言われて、できすぎたレールの上に乗っていて……それが怖くもあるけれど、確かに生きてる。生きてるんです」


 あの時聞こえた声の正体を知りたくて、その情報を求めてジャンヌは旅をしていると言っていた。道中、見聞きしたことがあるのかもしれない。俺も知らない現実を。


 結界から出ると、俺は連絡手段を渡された。シルバーのコンパクトミラーだ。対になっていて、開けて顔を映すともう一方を持つ者と話ができる。連絡がほしい旨などを鏡の部分に書いて相手に送ることも可能だった。携帯みたいなものだな。なんという便利道具。

 これもレアアイテムなのかと思ったが、都会の方では流通し始めているらしい。今日会う相手、つまり俺次第で渡すかどうか考えていたそうだ。


 圧倒的主人公属性のジャンヌにも、転移者として共通の気苦労がある。数日は逗留するらしい彼女と、また近く話そうと約束した。そして、ケイリーに礼を言って店を後にした。


――イアンさん。


 話を終える間際、真剣な顔でジャンヌが言った言葉を思い出す。


――最近、王都にある予言が出回っているそうです。


『変革の黒き力、黒き影を天地に落とす』


 なんかぼんやりとした言い回しだな。今のところ、魔王が当てはまる感じの内容だ。全体的に黒かったし、手下を大勢作っているようだったし。何しろ圧倒的に強そうだった。


――支配には、必ずしも物理的な力を必要とはしません。イアンさん、あなたのその力もともすれば危険かもしれない。


 これを伝えたかったのだとジャンヌは強い眼差しで言った。


――予言なんていくらでも解釈は可能です。例えば、私たちの容姿も警戒対象になり得ます。どうか、気を付けて。


 そういうのフラグになるからやめてほしい。どこか生温い風がタイミングよく吹き、目を伏せた少女の姿を思い返す。いや、ないない。だって俺、主人公キャラじゃないしな。


***


「イアン。最近、お友達ができたそうね」

「え?」


 お屋敷で書き取りの練習をしていた俺は、かけられた言葉に顔を上げた。口を開いたのは、隣に品よく座って先生役を務めるジュリア様。身分その他を考えればまずありえないことだが、この家では日常風景として定着しつつあった。


「ほら、黒髪に黒目の女性剣士」

「ジャンヌのことでしょうか」

「そう、呼び捨てなの。随分、親しいのね」


 おっと、不機嫌そうだ。これはよくない。他の女の子の話を出すのはNGだ。

 好かれたいわけではないが、彼女の場合、一歩間違えるとヤンデレのMさん化する可能性がある。基本的にはいいお人柄だし、難しいところだ。


「いえ、同年代の平民の子だったので。ジュリア様は何故それをご存じで?」

「お兄様が目撃なさったの。焼きもちをやいて、自分も結えるくらい髪を伸ばした方がいいだろうかと呟いていらしたのよ」

「あいつストーカーしてんのか」

「えっ?」

「いえ、なんでもないです」


 だって俺は、あれから直接ジャンヌと話し込んでいない。黒髪黒目、神の子扱い。それが揃った二人が会っていると、磨かれたモブの俺たちでもここでは目立ってしまう。お互いが見ると見事に背景なんだけどな。

 村の中で見かければ挨拶するくらいにして、込み入った話は例の鏡で行っていた。村人としての交流程度でもチェックしてるのかあいつ。暇だな。


 記憶喪失を通し、異世界から来たことは絶対に口外するな。誤解されているならそのままに。薄幸のモブ少年として庇護対象のポジションを活用しろ。


 これがジャンヌから厳しく言われたことだ。


――この世界は、どうやら神様が視認できる存在でいるようです。だから、神様から遣わされた子と思われていた方が話が運びやすい。

――それなら余計まずくないですか、嘘だとバレたら大変ですよ。

――だから、自分では決して認めないんです。目覚めるとここにいた、気がつくと敵を倒してた。なんでかジャンヌ分かんない。多少イラッとされてもそれを貫くんです。嘘じゃないですよ、本当に分からないんですから。


 一年近くいるだけで、なかなかしたたかになるようだ。話がずれたな。


「イアンは、一つに結っているのが好き……?」

「その人が好きな格好をしているのが好きです」


 少し、モジモジとしながら問いかけてくるジュリア様は可愛らしいと思う。妹みたいな意味だけどな。俺の答えに、イアンったらと彼女は袖を小さく引いた。うーん、美形といい雰囲気にはなりたくないんだが。


 いや本当、このままの関係性でいさせてほしい。このお嬢様とお兄様が、俺を二人で共有しようと計画しているようだが取りやめになってほしい。麗しき兄妹愛の果てにモブ男とトライアングルとか目も当てられないだろうが。


「今夜はお客様が大勢いらっしゃるわ」

「はい、そうみたいですね」


 今日はお屋敷で社交パーティーがある。貴族社会の空気を知るためということで、俺は泊まりが決まっていた。見習いにも程があるから、表での仕事はないけどな。実質見学だ。


 着飾った女性もたくさん、とジュリア様がぽつりと呟く。控えめに俺をちらりと見た。目移りしないか気にしているんだよな。うん、そういうところは男心を擽ると思う。俺には響かないが。

 心配せずとも、美人は最初から目に入ってないですよ。そう言いたいが言えない。


「俺は、ジュリア様のご様子を陰から拝見させていただきます」


 小さく笑ってそう答えた。


***


(金持ちってスゲーな……)


 その日の夜。俺は、カーテンの陰からパーティーの様子を眺めていた。モブらしさを如何なく発揮して、緊張するジュリア様を背後から元気づける係だ。話には聞いていたが、彼女は本当に男が苦手らしい。進んで壁の花になりたがった。

 扇で口元を隠し、裏に隠れる俺に囁いてくる。


「イアン、あちらの殿方なのだけれど。先程からずっとこちらをご覧になっているの。怖いわ」

「ジュリア様が御綺麗なので吸い寄せられているんですね。花に惹かれる蝶をご想像いただければ」

「もう、貴方まで気取らなくていいのよ」


 俺が言ってもうすら寒い台詞なのは重々承知。だが、他の使用人の皆さんに言い回しを躾けられているから仕方ない。客人の対応もいずれあるかもしれないからな。主人を立てつつ、相手も下げないのがポイントだ。

 ジュリア様はくすりと笑って、微かなため息をついた。


「わたくし、貴方と踊りたいわ」

「それはなりません。俺は使用人です」

「イアンの意地悪」


 後で御本を読んで。

 幼い子どものようなお願いに俺は頷くしかない。同じく裏に控えていたクロエさんが、やれと手で合図してきたからだ。くそ、できるメイドさんだよ本当に。


 読み聞かせは、結局俺のための時間だ。どこまで読めるようになったかテストされる。初めのうち、あまりのとんちんかんぶりに、ジュリア様が大喜びして花をまき散らしていたのはいい思い出だ。ポンコツぶりがカワイイというやつ。


 とうとう、例の男がジュリア様にダンスの誘いをかけてきた。主催者の娘だ、逃げてばかりもいられない。ドレスを美しく靡かせて、彼女は己の戦へ向かっていった。

 俺がいる場所は炊事場その他に繋がる裏口だ。やれやれともう少し奥の方へ引っ込もうとした瞬間、呼び止められた。


「イアン」

「はい、」


 条件反射で答え、あれと思った。聞き覚えがあるようなないような。少なくとも、その声で名前を呼ばれたことはない――


「――と、おっしゃるのでしたわね。変質者さん」


 豪華なドレスに身を包んだ美少女が、明るく華やいだ空間側からこちらにひたりと視線を合わせていた。

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