モブタもおだてりゃ木に登る

 ブルーブラックの髪、ターコイズブルーの瞳。めかし込んでいたので一瞬迷ったが、激弱の俺に呆れて植物モンスターを圧倒していた女の子だ。氷雪系の魔法を使う人。

 

「そう。貴方、ここの者だったの」


 フラグ回収かよ。

 そんな顔をしたつもりだったが、美少女は勝手に納得した様子で頷いた。小さく息を吐いて呟く声はどこか棘がある。


「こちらの妹君と随分仲がよろしいのね」

「いえ、私は」

「淑女一人も守れぬ殿方が側仕えで、大丈夫なのかしら」


 うわ、また腹立つ言い方しやがった。事実でも他に言い方があるだろ。

 助けてもらった恩はあるが、どうも嫌味な人だ。俺は黙って頭を下げると一旦裏方へ戻ろうとした。暫くジュリア様は帰ってこない。よそのお貴族様の相手をするには、まだまだ経験も少なく言い回しも稚拙でなっていない。


 さっきまで近くにいたクロエさんも、ちょうど姿を消してしまっていた。うーん、タイミングが悪い。

 そうか、一人になるところを見計らっていたんだな。最悪だ。


「お待ちなさい」


 こんなモブに構ってないで、その辺のイケメン貴族様たちと踊ってろよ。とは言えないんだよな。俺は雇われた平民だ。無礼を働けばお屋敷にも迷惑がかかる。


「よく顔を見せて」


 踊り場をメインに照明がつけられているため、端の方は少し暗がりだ。辺りに視線を流して、美少女は側へ来るよう促してきた。

 こうなってしまっては仕方ない。俺はカーテンの奥から出てくると、片膝をついて座った。


 この世界では階級の違う者が対面した場合、状況に応じてこの体勢を取る。例えばこうして、何か申し付けられた時。お屋敷でも普段は基本フランクに歩き回っているが、正式な儀礼などでは作法に則っていた。


「ふうん……身なりを整えて黙っていれば、それなりね」


 この前の恐怖で冷や汗だらだら状態と比べれば、そりゃいくらかマシだろうな。家の格が問われるから、客人の目につく可能性のある使用人たちは皆、フォーマルな格好をしている。馬子にも衣装だが、俺も無難な見た目にはなっていた。


 舞台設定をつけるなら文化祭で執事喫茶を開いたクラス。なんだかんだリア充やってる学園もの主人公の後ろで、注文取ってたりする役だ。もちろんCVはつかない。


「あなた、こちらの国の出ではないのでしょう? 漆黒の髪と瞳に、薄く浅い顔立ち……不思議な容姿ね」


 閉じた扇の先で顎を掬われ、まじまじと観察された。何プレイなんだよ、これ。


「……妙ね。ずっと見ていたい」


 噛めば噛むほど味が出るスルメモブではないですよ。気の迷いだそれは。

 だが、俺は驚異の吸引力を誇る美形ホイホイ。彼女もまたよく分からない力で引き寄せられたらしい。


「いくらでこちらに引き取られたの? 教えてちょうだい」

「は、」

「倍は積むわ」


 すっと目を細めた美少女に俺は戦慄した。ま、待て待て、図体のデカい男がいつの間にか両脇にいるんだが。なんだ、どういうことだよ!?


 氏にお話をお通ししましょう、などと美少女が言っている。あわや拘束されかけたその時、冷たく響く声がした。


「わたくしの使用人に何かご用?」

「あら、ジュリア嬢」


 ジュリア様が戻って来ていた。何やらひどく怒っている気配がする。


「ごめんあそばせ。男性の使用人にしては、あまりに地味……いえ、影に徹していらしたので驚いてしまって。間者の類かと」

「それは失礼をいたしましたわ。新入り故、今宵は場の空気を知るよう暫く待機を命じておりましたの。何か粗相を?」

「いえ、立派にお勤めを果たしていらしたようですわ。ただ、もう少しお話がしたくて。ねえ、イアン」


 確かに、ジュリア様のこめかみが引きつった。俺はそう感じた。


「……名を申し上げたの?」

「あ……はい。お尋ねされたので」

「そう」


 ジュリア様は静かに答えた。

 嘘ついてすみません。でも、森で会ったことあります、この人モンスターをぶちのめしてましたとか口が裂けても言えねえ。多分今度は俺が氷漬けにされる。黙って微笑んでくるそこの美少女に。


「イアン、わたくしは疲れました。もう休むことにします」

「は、はい、承知いたしました。それでは、」

「いつものように御本を読んでちょうだいね、イアン。わたくしの部屋で」

「えっ」

「ですので、アリス嬢。大変申し訳ございませんが、わたくしたちはこれにて。不慣れな新入り故、御令嬢に失礼があってはなりませんもの。どうぞ、素敵な殿方と心ゆくまでご歓談くださいませ」


 ここで、このタイミングでそれを言うのか。というか、ジュリア様いつもと雰囲気が違わないか。

 涼しい顔のジュリア様と焦る俺を交互に見て、美少女はまあと呟いた。


「まだそのようなお世話が必要なのね、可愛いジュリア」

「イアンのそれは歌よ。柔らかな声で紡がれる詩は、夜闇に溶ける星々の囁き。月影に織り交ざってわたくしを包み込むの」

「そう……」


 二人の間にバチバチと火花が散っているのが見える気がした。よく分からんポエムだったが、美少女を煽るのには成功したらしい。


 どや、こいつ侍らせて本読んでもろうとるんやで。ええやろ。

 男の使用人はステータスになるから、色々とハイスペックな人が揃えられている。つまりそんな感じの自慢なのだろうが、相手が俺じゃ全く話にならんだろ。大体、その中に一応所属しているのがおかしいんだよな。いくら書生扱いとはいえ。


 美少女二人の様子だが、敬称が取れたり言葉が崩れたあたり、結構な知り合いと思われた。そして、どうやらものすごく仲が悪いことも読み取れた。家同士の折り合いがよくないのだろうか。


「ご忠告申し上げるわ。寝室へみだりに殿方を招き入れるのははしたなくてよ」

「何やら先走ってお話されているのね。わたくしは一言もそのようなこと申し上げておりませんのに。嫌ですわ、余程、余裕がなくていらっしゃるのかしら」


 絶対零度の視線がアリスなる美少女から放たれたが、ジュリア様は素知らぬ顔で俺に同意を求めてきたりなどした。エーそこで俺に振る!? いや、無理です。今の俺は一歩も動けない。


 気持ち的にはこうだった。やめて、俺のために争わないで!


「まあ、あそこをご覧になって。ジュリア様よ」

「アリス様も」

「殿方とご一緒ね。使用人かしら……初めてお会いする顔だわ」

「黒髪に黒目よ、まるで夜の帳を降ろしたかのよう」


 あっちでもなんかポエムってるよ。貴族様ってみんなこうなのか?


 というか、ちょっと注目を集め出してる。まずいって、二人ともそのへんでやめとこうぜ。醜聞が立っちまうぜ。腰を上げるべきか俺が迷っていると新たな人物が現れた。


「おやおや、アリス。こちらにいたか」


 リチャード氏系統の渋いイケメンだ。だが、なんとなく油断ならない目つきをしている。誰だこのおっさん。


「お父様」


 美少女がすぐさま柔和な表情になって近寄った。お父様か、なるほど。間違いなく偉い人だ。

 俺が膝をついたまま頭を下げると、おっさんの磨かれた靴が目に入った。


「その者は?」

「当家に新しく入った使用人ですよ、エドガー」

「おお、リチャード」


 おっさんに対抗するようにおっさん……いや、リチャード氏も登場した。イケオジVSイケオジの構図だ。


「イアンがいかがいたしましたかな、アリス嬢」

「いえ、偶然にもこの隅でお顔を合わせて。少しお話をしていたら、ジュリア嬢もいらしたところでしたの。素敵な方ですわね」

「それはありがたい。そうだ、ちょうどご紹介をと思っておりました」


 照明が急にこちらに当たった。リチャード氏から、立ちなさいと柔らかな声がかけられる。前に来いと手招きされた。え、なんで?


「こちらはイアン。勉学のため当家で召し抱えております少年にございます。異国育ち故、作法の勉強にと家内のあれこれを申し付けておりまして、待遇としては使用人。ですが、才知に長け、将来有望と期待する次第でございまして」


 ほう、とあちこちから声が上がる。スポットライトを浴びる俺は間抜けな顔を晒していた。なんで俺、めちゃくちゃ持ち上げられてんだ。


「珍しき妙技も身につけてございます。今宵はそれをお披露目いたしたく」


 次に示されたのは、いつの間にか用意されたテーブルセットだ。何か盛られた皿と空の皿が置いてある。


「だ、旦那様?」

「イアン、あちらへ」


 にこやかなリチャード氏だが圧がすごい。そうか、最初からそのつもりだったんだな。

 俺が渋々歩き出すと、遠慮のない視線がいくつも飛んできた。


「今より、こちらの豆の山をひょいひょいと移し変えてご覧にいれます。どうぞ皆々様、前へ前へ」


 俺の前にあるのは小さく積まれた大豆の皿。うわ、また高そうなシルバーだな。側にある箸のちぐはぐ感がすごい。これはこれで高級そうだけど。


 あんな棒切れで何をとざわめく声がする。いやいや、絶対スベるやつだってこれ。元の世界だとネタにされすぎて飽きてるやつだって。

 だが、やるしかなかった。


 俺は衆人が見守る中、黙々と豆つかみを行った。最高に地味な画だ。別にめちゃくちゃ早いわけでもないし。

 しいて言うなら、途中、ぽろっと落ちかけた豆を奇跡的に掴みなおしたくらいだな。それもショーの一環だと思ったのか、どよめきが上がった。いや、たまたまです。


 終わると、イベント好きな感じの貴族様が何人か挑戦した。外国人だろうとなんだろうと慣れればなんてことないんだが、初めて触れたそれに彼らはてんやわんや。

 その場は白熱し、あの地味男スゲーみたいな空気感ができあがった。


 そこまで盛り上がる要素あったか?

 俺がそろそろお暇します、とモブスキルを発動しかけた時、リチャード氏に思い切り肩を抱かれた。つ、強い。まだ逃がさんよという思いが伝わってくる。


「なるほど、なるほど。君が最近結構な宝石を手に入れたようだと噂を耳にしたが、彼のことだったか」


 拍手をしながら出てきたのは、美少女アリス嬢の父親だ。エドガー氏だったか。


「彼があの“黒真珠”だろう? リチャード」

「このとおり、恐縮しがちではございますが、謙遜も美徳。隠された才知の輝き、そして神秘的な容姿も相まっての異名でしょうか。ありがたいことです」

「神の遣いとお告げがあったそうだが?」

「そのような話もございましたかな」


 リチャード氏は穏やかに微笑んだ。うわ、ジュリア様と似ている。やっぱり親子なんだな。


「氏がおっしゃいます通り、このところ少々お噂に上っていたようですので。出し惜しみもいかがかとご紹介させていただきました」


 堂々と自慢するのがこの人のやり方のようだ。開き直りは強い。そういうところ、息子にも引き継がれてるわ。あいつの場合、斜め上だが。


「王立校への入学を?」


 どこかから飛んできた声に、リチャード氏はにっこりと笑った。


「検討の上でございます」


 この日一番のどよめきが上がった。最高潮に注目させたところで、氏は俺を下がらせた。アリス嬢と刹那、視線があう。感情は読めない。だが、飢えた獣のようだと感じたのは、恐らく間違いではなかった。

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