(いざこざなく金を落としてくれる)お客様は神様です
「なんだてめえ、オレを誰だと思ってやがる!」
店員の女の子にちょっかいをかけた親父が、店主に諫められて逆切れしたようだ。どこぞで武勲を上げたそこそこ名のあるおっさんらしい。
「お客さん、」
「このオレが声をかけてやったんだ、名誉に思うのが筋だろ!? それをなんだあの女!」
エブリンが凶悪な顔をしてそちらに視線を向けた。ちょうど入ってきたケイリーも似た表情を浮かべている。獲物を見つけた目だ。
だが、ここの店主も中々好戦的だ。おっさんの罵詈雑言を笑顔で躱していたが、目が笑っていない。割とおいでになるんだよな、こういう勘違い野郎。多少腕に覚えがあるからといって調子に乗ったパターンだ。
俺自身、店主がそういう手合いと喧嘩になっているのを見たことがあった。その場合、始まったぞ、どちらに賭けると近所の住民が金を飛ばす。そもそも、村人たちは戦闘力が高めだ。白熱すれば、俺僕私も参加すると乱闘騒ぎになることも少なくない。
今回の奴は見たところ噛ませだった。店主の相棒、仕込み武器搭載の楽器で事足りそうだ。そう心配はいらないだろうが、あの暴言は女の子に聞かせたくないものだ。特にモブ少女、もといジャンヌ。聖女扱いされているなら、尚更――
キレたおっさんが腰に手を伸ばし剣を抜こうとした。意外にも本気で斬りかかる人はいない。こいつも脅しのつもりだったのだろう。しかし。
「危ないなあ」
「えっ」
いつのまにか竹刀袋を背から降ろしていたジャンヌが、それをとんと床に打ち付けた。小さな稲光のようなものが地を走って、ターゲットへ向かっていく。まくし立てるおっさんの背後から高速で忍び寄った光は、その足元でバチッと弾けた。一瞬の静寂。
間もなく、おっさんはぱたりと倒れた。
「入店時、武器を預かった方がいいかもしれないですね。刃傷沙汰は洒落にならないですから」
気絶したおっさんの手を素早く拘束し、ジャンヌは店主に話しかけた。おいおい、なんか手慣れてるんですけど。
呆気にとられつつ、店主も慣れたもの。駆けつけた兵士に、伸びたおっさんを引き渡した。
「……雷使い?」
「まあ、そんな感じです」
「いや、いやいや。うそだろ、本当に?」
「便利なんですよ、これ」
俺の問いにジャンヌはあっさりと頷いた。袋を撫でる手に呼応するように、ぱちぱちと火花のようなものが走った。スタンガンみたいだ。
「なんかすごい武器、とかですか」
「いかにも。ジャンヌ様が神より授かった武具だ。シナイという不思議な物質でできている」
アンドレが偉そうに説明する中、カーボン製なんですと少女が耳打ちしてきた。なるほど。
いや、なるほどじゃねえわ。製法がなんであれ、ただの竹刀から雷が出るか。
「詠唱なしで発動だと……」
「やはり噂は本当だったのか……!」
居合わせた他の客がざわめいている。アニメや漫画でよく見るやつだ。詠唱破棄。別に詠唱してもよくないか、なんかかっこいいしと思っていたが、こういう時には便利なのだろう。唱えないことのすごさはよく分からん。
「――聖女ジャンヌ!」
大きな歓声が上がった。なんだなんだ、そんな有名人なのか?
ジャンヌが苦笑いしてぺこりとお辞儀をした。拍手が沸き起こる。握手やサインを求める人が集まり、その場は一時騒然となった。
「ごめんなさい、余計なお世話でしたね」
「いや、そんなこと。助かりましたよ」
「そうだぞ、村も沸き立っている」
「ううん。みんな日常茶飯事だから特に手を出さなかったんだね。出過ぎた真似をした」
この村はゲームの序盤にありそうだが、それ故にそこそこ強い。さっきのおっさんみたいな輩が来るからだ。
のほほんと暮らす人の好さそうな村人たちを見て、横柄な態度を取る。大きな町と比べるとアイテムその他の仕入れも十分でないので、その点も馬鹿にする。
住人たちも心を持った生き物だ、行き過ぎた言動には腹を立てて対抗した。最初は上手くいかずとも、やがて力をつけていった。
そして、今のような戦闘系村となった。もちろん、住人全てが喧嘩は祭りだタイプではないので、平均するとものすごく強いわけではない。だが、集まればその辺の小悪党なら問題なく蹴散らせる。頼もしい人たちだ。
「ジャンヌさんは、なんでそんなに強いんですか?」
暫くして飯屋から出た俺たちは、解散すべきかどうか決めかねていた。客たちからおごりにおごられ腹は膨れたが、結局あまり話ができていない。ここに来た経緯、それからのことも曖昧にしか聞けていない。
この子は一体、何者なのだろう。さっきの活躍から一転、今はモブとして俺同様、立派に背景と化している彼女に尋ねてみた。
俺と同じく、日本から来た人みたいなのにな。まさか世紀末系日本だったのか? 平行世界とかいう。
「神の恩寵を受けしお方だからだ」
「アンドレは少し口を閉じていてね」
ジャンヌはなかなかつれない。熱っぽく目を光らせたアンドレを押しやると、俺の手を取った。リュカの悲鳴が上がる。そういえばこいつ、ずっと大人しかったな。ジャンヌをうっとり眺めるのに忙しくて。
「ジャ、ジャンヌ様っ、僕以外の男の手をそんな!」
「リュカも静かに」
「ジャンヌさん?」
相手がブスではないので、俺も別に動じない。煽っているわけではなく、女の子との接触は慣れているんだ。美形ばっかりだったが。いや本当、喧嘩売ってるわけじゃないからな。
「あなたと話がしたいんです。二人で」
「ジャンヌ様、」
「アンドレ、お願い。大切なことなの」
ジャンヌの強い視線に飲まれて、アンドレがたじろいだ。ほう、あばたもえくぼ。惚れ込んだ相手のそれなら、モブでも威力を発揮するんだな。カイルも見習ってほしいものだ。あいつ、興奮するばかりで全く怯む様子がない。
「それなら、私のところへ来るか」
ケイリーが口を開いた。エブリンと比べると静かで口数も少なめだが、彼女もエブリンと並ぶイケメン(♀)だ。
「今日は裏庭の作業場が空いている。無人だから話もしやすいだろう」
「や、そんな迷惑はかけられないよ」
「どこで話すつもりだ? お前は先程の件で目立つ。イアンは言うまでもない」
えっそうなのという顔でジャンヌがこっちを見た。そうなんだよ、びっくりするよな。いつも美形に構われてるうえ、魔王の件も未だ尾を引いている。俺は特別な子扱いが継続中だった。
「私とジャンヌでまず店に戻る。イアンは後で合流。それでどうだ」
俺も彼女と話がしたかった。異論はない。アンドレとリュカも不承不承といった風に頷いた。エブリンもそれがいいと笑った。
そして今、俺は謎の空間の中にいる。薄く膜を張ったような球体の中で、隣に座すはジャンヌ。辺りには他に誰もいない。ケイリーは、終わったら声をかけてくれと言って店へ戻った。
「一応、防音してます。大事な話なので」
かなり強力なので大丈夫です、とジャンヌは太鼓判を押した。なんとかという塔で見つけたアイテムなのだそうだ。レアらしいが、こんなことに使っていいのかそれ。
「回数制なんです。まだあと二回使えます」
魔法のランプみたいだな。俺がそう思っていると、ジャンヌは真面目な顔で切り出した。
「イアンさん、あなたはどんな能力持ちですか」
「え? いや、何も持ってないですけど」
「そんなはずないです。現に私だって電撃系の魔法を使う」
「本当になにもないですよ。俺、魔力ゼロだし」
「えっ」
「え?」
お互い、ぽかんとした。どういうことだ。エブリンから聞いていないのか?
「だって、魔王に勝ったって」
「いや、勝ってないですよ。魔性とかいうのも、美人だったから俺には効かなかっただけで。面白がった魔王に連れ去られかけて散々でした」
「でも、ここにいるじゃないですか」
「そこなんですよね。ワープ空間みたいなのを魔王が作って、そこに一緒に引き込まれようとしたんですけど、俺だけ入らなかったんですよ」
「異世界の人間だからでしょうか」
「分からないです。でも、そのせいでますます妙な誤解は生んでいるかもしれない」
ジャンヌは難しい表情になった。
「美人だから効かなかったって、どういうことですか?」
「あー、その……俺、ブス専なんです。美形には一ミリも興味がなくて」
「エブリンの話、冗談じゃなかったんですね……!」
「あの人達はそこに何か訳があると思ってるみたいですけどね。そんなことないですよ。ただのブス専ですもん、俺」
女の子に向かってブス専の告白をしたのは初めてだ。何しろ、美形以外との交流が極端に少なかった俺である。話す機会すらまずなかった。
この際だと、これまでのことを言ってみた。
「美形限定でモテまくる」
「はい。相手にすでに意中の人がいたりすると大丈夫なんですけど、いなかったら最悪で。なんかものすごい吸引力で引き寄せてしまうんです。原因が分からない」
「それだ」
「え?」
「それですよ、イアンさんの固有スキル。魔性です。しかもどうやら半永久的。あらゆる美形を惹きつけ虜にする、傾国の男」
「いや、元の世界にいた時からこうでしたからね? 別に能力とかでは」
とんだお笑い草だ。確かに謎のモテ方はしていたが。
「異世界に来る人って、転生でもしない限り大体詰むんですよ」
「はい?」
ジャンヌが何やら語りだした。
「転移だと、本当に詰むんです。特に私たちのように平和ボケして生きてきた人間は、言葉も通じず魔力もなく、平凡そのものだと最悪です。着いた瞬間からバッドエンド。だって、不審者そのものじゃないですか。そんな人間がどうやって生きていくんです? 世の中、お人好しばかりじゃありません」
「た、確かに」
「フィクションと違って、ここは現実です。ゲームの世界みたいに、死んだらやり直しなんてききません。私は、『力がほしいか……』とかいう謎の声に導かれてここにやってきましたが」
「おい」
そうだ、トラックにやられたとか言ってたじゃねえか。やり直し利いてんじゃん。俺もだけど。
「なんだそれ、俺はそんな声聞こえなかった。聞いてたら、俺も今頃かっこいい魔法とか使ってブスにモテていたんですかね!? 俺も欲しかった!」
「美形にモテてるんだから、贅沢言わない方がいいんじゃないですか」
「俺ブス専な!?」
「世の中、ままなりませんね」
少女は遠い目をして笑うとまた真面目な顔つきになった。
「さっきお話ししたように、気が付くと私はユニコーンの住処に落ちていたんです。突然降ってきた怪しい人間を当然彼らは警戒したんですけど、ちょうど現れたユニコーン狩りの人間を竹刀から出た電撃で追い払ったら懐かれて」
「話が超展開過ぎる」
「やっぱりそうですよね。ここに来て暫く立つので、麻痺しかけていました。そもそも、なんで別の世界に来たんでしょう、私たち」
「分からないです……」
そんなの俺が聞きたい。少女はそうだよねと言わんばかりに頷いて話を進めた。
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