ツンデレとツンドラって似てる

 俺は逃げていた。見知らぬ美少女の手を引きながら。

 駆け落ちとかでは断じてない。ブスじゃないしな。


「あなた、なんですの!?」

「そっちこそ、誰ですか!?」

「わたくしを知らない……!? 無礼にも程がありますわね!」

「すみませんね! だけど、今はそれどころじゃないでしょう!」


 自己紹介はあとだ、今は背後に迫るモンスターからなんとか逃げ切らないと。


 謎の美少女と出会ったのは、今いる森の中である。

 お屋敷勤めをする俺は、通いの形で働かせてもらっている。今日も、相棒レナードとともに職場へ通じる森を抜けようとしていた。


 レナード(俺は愛称のレオで呼んでいる)は、親方が飼っている巨大な犬だ。人一人乗せても悠々と駆けていくほどに大きく、なんと犬の身で口から火を吐く。いや、人間(親方)も吐いてたわ。別に珍しくなかった。

 真っ黒の毛並みに燃えるような赤の瞳。ド―ベルマンが何倍も巨大化し、筋肉モリモリになった感じで、見た目は獰猛そのもの。だが、実際はちょっと気が抜けていてアホ可愛い。


 時々、親方の手伝いで窯に向かって炎の渦を放出している。その様がまさに地獄の業火という感じでも、初見で気絶した俺に驚いて顔をペロペロ舐めてくるくらいには可愛い。その件でどうにも弱っちい奴と思われたらしく、レオはやたらと俺の世話を焼きたがる。弟分のように思っているのだろうとおかみさんに笑われた。微妙な心境だ。


 そんなこんなで、俺はレオと出勤する毎日だ。お屋敷までそこそこ距離があるが、こいつにとってはちょうどいい散歩になるのだという。


「お、イアン! 今日もお勤めご苦労さん」

 

 通り掛けに声を掛けられる。挨拶を返した相手は、屈強なケンタウロスたちだ。この世界に限ったことかもしれないが、彼らは酒好きで陽気な種族である。初めて森を通る際、つまりあのお屋敷に行った初日に、俺は親方から昔馴染みだと紹介を受けた。圧倒的コミュ力で迎えられたことを今も覚えている。


 この世界、元の場所では幻獣扱いだったものがごろごろいる。初めは驚いたものだが、森の住人たちは皆優しい。親方の四番目の息子という認識にあるらしく、俺に向けられる眼差しはさながら見守り隊のようだ。彼らがいるから、俺はこうして一人(と一匹)の外出を許された。

 ただ、やはり人では相互理解が難しいタイプの種族、モンスター的なものはいるらしい。森の奥へ行っては駄目だと忠告を受けていた。そこは人の世ではないと。


 屋敷に向かって進んでいると、目の端にふと人影が映った。なんというか、森にはそぐわない雰囲気の人物だ。そう思って、レオへ声を掛けて足を止める。木陰に隠れながら、そろそろと近づいた。


「……女の子だ」


 何やら妙なほっかむりをしているが、あれは相当な美少女だ。布の間から見える顔かたちで俺はそう判断した。美形には興味がない俺だが、女の子一人森の中をうろついているのは少し気にかかる。それに、仕草などがどうもよく知っているお嬢様と似ていた。


「でもなんでこんなところに……まさか、人型のモンスターだったりとかしないよな」


 レオはアホ可愛いが、人語を解する。違うと首を振った。正真正銘、人間らしい。魔王のことがあるため、俺はほっと安堵した。


 あのメス気になるのか、オレがちょいと行ってきてやろうか。

 レオがそんな顔をしている。今にも走り出しそうな相棒を押さえつつ、俺は後を追った。おかしい、どんどん奥深い方へ向かっている。道を間違えているのか?


 そろそろ、これ以上は立ち入るなと言われたラインにさしかかる。少女に声をかけようとした俺は、気づいてしまった。


「レ、レオ、あれ」


 レオが低く唸っている。森の中を行く少女の向こう側に、見上げるようなモンスターが迫っていた。

 頭部と思われる箇所にどでかい花がついた、なんかその、人食い植物っぽい奴。触手のような太い蔦が蠢いていて、どうみても話が通じる感じの相手ではない。なんだあれ、今まであんな奴出てこなかったのに。


 少女は気づいていないのか、そのまま歩いている。駄目だ、このままでは!


「逃げてください!」


 俺は木陰から飛び出すと、少女の手を掴んでレオに乗ろうとした。だが、ここにきてレオに拒まれ、奴と美少女の間に挟まれて猛ダッシュする羽目になった。

 長い回想だな、説明下手くそか。


「レオーっ! なんで乗せてくれないんだよおおお! 突然の反抗期か!?」

「わたくしがいるからでしょうっ。それは、仲間と認めた者にしか背を許しませんっ」

「そうなんですか!? レオっ、緊急事態なんだ、頼むよ! やべーってアレ!」

「わたくしを置いていけばよろしいのに、」

「そんなことできるわけないだろ!」


 俺の大声に、少女はあっけにとられた顔をした。ほっかむりが取れた姿はやはり美少女だった。ブルーブラックの巻き毛が、小奇麗な顔周りを泳いでいる。瞳はターコイズブルー。つんとした印象で、どこか猫っぽさを感じた。多分、どこかの金持ちの娘さんだ。平民の格好はしているものの、しゃべり方といい、ジュリア様と同じ雰囲気がある。


「このわたくしが、怒鳴りつけられた……?」


 げっ、まずい。こういう展開前にもあったぞ。元の世界では社長令嬢だったけど。勝気で嫌味な女だったのに、とんだM女になって大変なことになったんだ。

 だが、俺の懸念は見事に外れた。繋いでいた手をぱしんとはたき落とされたのだ。


「わたくし、ご一緒しません。逃げたければ、どうぞご勝手になさって」

「ハア!? 何言って――うわあああっ!」


 モンスターがズンズンやってくる。俺の悲鳴に、レオがぱかりと口を開けた。炎を吐くつもりだ。助けようとしてくれているのは分かるが――


「おやめ! こんな森の中で火を吐いたら大火事になってしまう!」

「ホントそれな! レナード、待て!」


 え、なんで? という顔だ。お前の友だち(幻獣の皆さん)の家がなくなってしまうだろ。急いでそう説明すると、不承不承といった様子で鳴いた。本来の名前で呼んだので、大事であることは分かったらしい。


 でも、どうすんだよこれ。

 そんな顔をしている。本当だよ、どうすんだこれ。逃げるしかないわな。


「いいから行きましょうっ、俺たちには無理です!」

「訂正なさい。『己には』無理だと」

「え……?」

「全く、仕様のない。見ておきなさい、こうして戦うのです」


 目の前にモンスターが迫る。美少女はひるむことなく片手を翳した。

 途端、吹雪のようなものが手のひらから放たれる。見る見るうちに氷雪に覆われ始めたモンスターは、動きをとめた。


「ご挨拶もなしに向かって来るなんて、野蛮じゃありませんこと」


 わたくしの邪魔をしないでちょうだい。

 美少女の凍てつくような瞳が向けられる。静寂が訪れた。


 野生の生き物は人よりずっと本能に忠実だ。自分より強いものを見抜き、従う。大人しくなったモンスターに、美少女は手の甲を返すとぐっと拳を握った。氷があっけなく砕け散る。解放と同時に、こうなりたいかと暗に知らしめている。

 少し濡れそぼったモンスターは、すごすごと森の奥へ帰っていった。


「スゲー……」


 ゲームの世界だ。イベントボスとかでいそう。目の覚めるような美少女が可憐に微笑みながら残酷な鉄槌を下していくのだ。一度パーティーが敗北する、負け確定のやつな。


「なんと情けない。淑女一人も守れぬ殿方だなんて」

「悪かったですね……」

「それに貴方……」


 随分と薄口のお顔立ちでいらっしゃるのね。

 美少女はそう言うと、口元を隠した。おい、今明らかに嘲笑っただろ。なんだこいつ、自分が美形だからって。


「情けない主人だけど、失いたくなければ守っておやり。お前がしっかりするのよ」

「わうんっ」


 任せとけって!

 絶対、そういうことを言っている。先ほどまでは気に入らなさそうにしていたのに、美少女の声にレオは大きく吠えて応えていた。そうそう、こいつ鳴き声も可愛いんだよな。見た目はヘルハウンドなのに。あ、言っちまった。


「ここは森の奥に近い場所。わたくしは近道だから通っていたけれど、丸腰で歩くには少々危険ですの。特に、貴方のような方では」

「俺だって最初は安全な道を行ってました。女の子が一人で入っていくから、気になって追いかけてきたんです」

「まあ、なんてこと……わたくしの美しさに見惚れて、つきまとってきたというの? 変質者という方ですのね、わたくし初めてお会いしましたわ」

「違ぇよ! 誰があんたみたいな美少女!」

「なんですのそれ! 褒めているのかけなしているのか分かりませんわ!」


 こんな細身の美少女が、まさかあんな攻撃魔法を使うとは予想できなかった。あ、駄目だ。こういう会話してると喧嘩ップルのフラグが立つ。やめよう。


「イアーン! どこだー!」

「まだ森を抜けてねえ、レオの匂いがする!」

「氷系の魔法があがったぞ、あいつは無事か!?」

「貴方を呼んでいるのでは?」


 頷くと、美少女は手を振った。


「お行きなさいな」

「でも、そっちは」

「わたくしは平気。迎えが来ていますの」


 残念ながら、ここまでですわね。

 しゅんとつまらなさそうに首を落とした美少女の後ろに、近づいてくるたくさんの人影が見えた。お嬢様ッ、と怒れる爺やっぽい声がする。やっぱりどこかの令嬢だったのかこの人。


「その、ありがとうございました。助けてくれて」


 美少女は目を瞬かせると、微笑して踵を返した。


 ケンタウロスたちと再会した俺は、なんでこんな奥まで来てるんだと叱られた。女の子に会ったのだと正直に訳を話す。


「いいとこの嬢ちゃん……? あーそういやなんか見かけたことあるな」

「どこの誰かとかは知らないね、魔力が大きかったから心配は無用と思って放っておいたよ」

「窮屈な屋敷生活に嫌気が差して、抜け出してきてたんじゃない~? お嬢様って、そんな感じでしょ?」


 抜け出して森の中を身一つで歩いていたのか。一応平民の格好をしていたし、町にでも行くつもりだったんだろうか。

 もう会うことはないと思いたい。だが、相当属性持ちっぽい彼女のことを考えると、嫌な予感は大きくなるばかりだった。ルーシーの意味深な表情も判明していないしな。


***


 後日、あの時のモンスターが俺たちを追ってきた理由が判明した。その種族での美形だった「彼女」は、最近よく獣に乗って森を駆けていく人間の男に一目ぼれしたのだそうだ。

 そう、俺。最初から目的は俺だったのだ。あの美少女は全く眼中になかった。


 今日こそ声をかけてみようかな(※言葉は通じない)、でもなんて言おう……(※やっぱり言葉は通じない)。

 モジモジしながら俺を遠目から見ていたらしい。「彼女」は奥手なモンスターだった。かつ、結構な高嶺の花だった。植物だけに。

 そしたら、俺が自分の住処へ近づいてきたから驚いた。


 ヤダっ、散らかってるのに!

 どうしようと慌てていたら、意中の男が急に少女の手を取って逃げ出した。それを見て動転し、思わず追いかけてきてしまった……というわけだ。


 つまりは、「だ、誰よその女!?」状態か。ケンタウロスたちから話を聞いた俺は、彼らの立ち合いのもと、モンスターのお見舞いに行った。氷の魔法を受けて風邪を引いた上に、彼女らしき女から罵倒を浴びせられて萎れているという。植物だけに。


 俺はブスが好きなので、綺麗な花は愛でることができない。

 どうやら少女漫画気質のようだったので、自分でもクサいし似合わないとは思ったがそんな内容を言って栄養剤をかけてきた。


 こういう手合いは放っておくと危ない。かと言って、変に優しくしても駄目だ。一方的に危害を加えてしまったお詫びだと説明して誤解を解き、丁寧に謝罪すると俺は帰ってきた。……まあ、ぽっと咲いた花はなかなか見ごたえがあったと思う。


 結局、見守り隊に新たなメンバーが加わった。今日もレオとともに森を駆ける俺を、遠目にも鮮やかな花が見送る。手を振るように蠢いた蔓に、一礼した。

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