ブスとかいう超SSSキャラ

 一向にブスと出会えない。

 俺は悲しい現実に打ちひしがれていた。まず、魔王による誘拐未遂の件で行動範囲が制限されていることは大きいだろう。


 そんなの勝手にどこへなりとも行けばよくね。目が離せない幼児じゃあるまいし。

 大多数はそう思うかもしれないが、俺は魔力ゼロの最弱に近いステータスだ。平和な世界でぬくぬくと育ってきた人間が、いきなり武器を持って戦えるはずもなく、本気で弱い。ブスに意識して欲しい一心で筋トレをやっていたくらいでは、なんの足しにもならない。


 だから、モンスターが普通に生息しているこの世界で、迂闊に人里以外は出歩けない。下手すると幼児の方が俺より強いと思う。


 通勤途中に通る森は人に友好的な人外(見守り隊の皆さん)がいるし、レオとともに行動しているから大丈夫なだけ。村から一番近い町でも遊びに行くには遠すぎて、そうそう相棒に無理はさせられない。よって、今の俺には気軽に行ける場所ではない。


 それに、また会おうという魔王の言葉も、あれは結構ガチのやつだと第六感が告げている。俺に付きまとう美形は変態的にしつこいのが多かった。多分、彼女も例に漏れずそのタイプだ。再び連れ去られたら、今度こそバッドエンド間違いなし。現実世界だからコンティニュー機能も使えない。あんな美女に玩具にされるとか、ぞっとする。


 そうなると頼みは村の中になるのだが、どういうわけかこの世界、平均して顔面偏差値が高かった。元の世界では美形の垣根の向こうに見かけたブスも、こちらではほとんど遭遇しない。やっとの思いで見つけても、エリザのママのようにその側には当然のような顔をしてイケメンがいるのだ。


 イケメンのブス専ほど質の悪いものはいない。俺は拳を交える前に敗北を喫する。おのれイケメンめ、欲張るなよ。世の倣いに従って、美男美女でくっついてくれよ。


 しょげているのが表に出ていたらしく、イアンに最近元気がないようだと小さな噂になっていることは知っていた。顔がいいのが多い、つまり俺への好感度が初期値から高い人間ばかりこの村には集まっている。


「若いのを村に閉じ込めておくのはと思って、お屋敷まで通わせているが……」

「まさか、あの子に惚れた森の者が迫ってくるなんてね。どうやら発端は、あの子が奥へ行ってしまったことのようだから改めて言い聞かせたけれど……やっぱり、心配だよ」

「過保護が過ぎるといけないのは分かっているが、どうにも放っておけんな」


 また、夫妻の会話を立ち聞きした。別に夜な夜な耳をそばだてているわけじゃない。流石に怪しいからな。本当にたまたまなんだ。


「あの子は危ういんだよ」


 おかみさんがぽつりと呟いた。


「記憶を失っているせいか、ふとここにいないような顔をする。一人でいると、どこか遠くを見るような表情の時が多いんだ。それに胸がざわついて、構いたくなってしまうんだよ」

「何かを探すような顔だろう。あの子が来てからというもの、村は随分活気づいた。よく声をかけられているところを見る。だが、あの子はいつも、どこか寂しそうだ」

「そう、そうだよ。あの子は何かを探している。無意識に、きっと……過去の思い出を」


 悲し気なため息が二人分漏れた。


 惜しい二人とも! 探しているのはブスです!

 いや、全く惜しくなかったわ。どうやったらここまで妙な方向へ勘違いを進めることができるんだろうか。首を捻る俺を他所に話は続く。


「心配ではあるが、お屋敷へはこのまま行かせるべきだろう」

「オースティン、」

「あの子が求めているなら、やはり出自の手がかりを探さなければ」


 えっ、なんだって。


「……宮廷舞踊の足運びだったそうだ」


 何の話かとおかみさんの声がする。彼女と俺の思いが一致した瞬間だった。


「先日、ルーシーがあの子と踊ったらしい。祝福の踊りをな。すると、初めてだと申告していたあの子が途中で手を加えた。それが、宮廷舞踊と全く同じだったと言うんだ」

「え……?」

「俺たちに馴染みがあるのは、宮廷舞踊を簡素化したものだということは知っているな? ルーシーは元々、都の出だ。宮廷で踊りを披露していたこともあると聞く。のんびりしたいと言って、こちらへ流れてきたが」

 

 そうだったのか。身分の高い人が集まる場所は、色々とドロドロしてそうだな。だから、大変空気を読む人なのかもしれない。

 いや、そこを考えている場合じゃなかった。俺が何をしたって?


「踊り始めは、ルーシーの指示に合わせておぼつかない様子だったそうだ。だが、途中から少しずつ変わっていった。ルーシーを導き、流れるような動きになった。まさに身体が覚えているようだったと」

「あの子が、そんな……」

「宮廷の雅な楽隊と煌びやかな広間が見えたそうだ。あの瞬間、確かに自分はかつての場に立っていたとルーシーは懐かしそうに目を細めていた」


――あの子はきっと、然るべき家の子。


「あの子が傷つくのは嫌だ。けれど、あの子が求めてやまないのなら、せめて故郷の状況を、家族の今を……密かに調べることは必要かもしれない。そうルーシーが伝えに来た」


 数日前のことだと、親方は静かに締めくくった。

 おかみさんは黙っていた。俺も物陰に隠れたまま、口を押さえていた。


 そんなことってあるか?

 謎のご都合展開に混乱は大きくなるばかりだ。フォークダンスは、いつも美形としか触れあえない俺が(煽っているつもりはない)、ブスと合法的に手を繋げる一大イベントだった。大体、美形たちが争奪戦を起こすから無残な結果に終わっていたが。


 それくらいしか印象がない。その起こりなどについては何も知らなかった。元はお偉いさんたちがやっていたものから来ているのだろうか。


「平民で宮廷舞踊のそれを知る者など、まずいない。しかも、あの子が披露したのは古式ゆかしいものだったそうだ。今の流行りとは違うが、貴族階級においてはまず習う基本の形であると」

「それなら、あの子は本当に……」

「まだ推測の域だ。だが、お屋敷にいれば、他の貴族階級と顔を合わせる機会も出てくる」

「あの子がそれで危険な目にあったら……? また、海辺で見つけた時のようなことが、起きてしまったら……!?」

「マリア、落ち着きなさい」


 少しだけ声が大きくなったおかみさんを、親方が宥めた。


「そのためにも、リチャード様のところで見ていただいているのだ。上の力がかかった時、俺たちではどうすることもできない。だが、あの方なら、そういう抜け道もご存じだ」

「だけど……!」

「アリアナのお告げであの子が見つかってから、悲劇の少年として噂は少しずつ広がっていた。先日の魔王の件もそうだ、あの子だけが魔性を跳ねのけた。一部では神から遣わされた子ではとも言われているらしい」


 ちょっと待て。吹き出しそうになったぞ。


「吟遊詩人が触れまわっているとかなんとか。全く迷惑な話だ……」

「なんてこと……! やめさせることはできないのかい?」

「人の口に戸は立てられん。実際、あの子には何かある。これからも何かが起きる」

「……あたしは、アリアナの予言が恐ろしくてならない」


 俺を巡って争いが起きるというやつか。分かる。当人も怯えている。ブスとの睦まじい生活がますます遠のきそうだと。


「あたしにとってはただの男の子だよ。海から送られてきた大切な子だ、真夜中の色をした。それだけでは、どうしていけないんだろう……」

「おれもそう思っている。だが、あの子が望むなら、おれたちはいつか送り出さねばならない」

「オースティン、」

「おれたちは親にはなれない。だが、少しでも夢を見させてくれたあの子のために、できることをしよう」


 駄目だ、いい人たち過ぎてこんな俺でもなけなしの良心が痛む。正直に話すべきじゃないか。

 俺は別の世界から来たモブ男です。美形には言い寄られて大変だったし最後は電車に跳ねられたようだけど、そこそこ平和なところでした。うーん、なんかシリアス感が拭えないな。


 ここは魔法やファンタジーな生物が存在する世界だが、別世界からの訪問者はいるのだろうか。もし例がなければやっぱり頭がまだアレだとか誤解を招くだろうし、面倒なことになることも分かる。

 迷っているうちに、そろそろ休もうかと親方がおかみさんに話す声がした。ここにいてはまずい。俺は忍び足で寝室に帰った。


 否。その前に、弟子トリオと遭遇した。


「あまりに便所が長いとチャールズが心配してな」

「オレは、年頃なんだからそっとしといてやれって言ったんだぜー」

「こら、ライリー」


 三人に挟まれながら、こそこそと寝室に戻る。俺は冷や汗をかいていた。嘘だろ、気づかなかった。こんな筋肉集団なのに。自分は会話がギリギリ聞こえる場所に立っていたが、彼らはどこまで耳にしていたのだろう。

 それぞれのベッドに座り、暫く沈黙が続いた。


「……俺たちは途中から聞いた。魔王の話のところだ」

「ごめんよ、声をかけるにかけられなくて」


 まずイーサンが口を開き、チャールズが続いた。ライリーはそわそわとしている。何か言いたげな様子のためか、後の二人はちらりと視線を寄越しながら黙っていた。


「その、オレはさ、お前がなんだって別に構わないと思うんだ」

「ライリー……?」

「イアンはイアンだろ。俺たちとレオの弟、つまりは末っ子。それでよくね?」

「はは。うん、そうですね」

「未だに敬語交じりなのもお前だな」

「盗み聞きする度胸があると分かって、なんだかほっとしたよ」


 常々、イアンはいい子過ぎると思っていた。

 そう言って、チャールズが笑った。


「陳腐な台詞だけど、今から作っていく君の未来に僕らも登場させてはくれないか」

「おうおう、うちのチャールズは相変わらず爽やかだ」

「オレが同じようなことを言っても、女の子にはさっぱり受けないんだよなー」

「答えは最初から出てるな。人柄だ」

「なんだとこの野郎」


 この家にいると、元の世界を思い出す。こんな風に兄弟がいた。両親がいた。平凡な家庭に生まれ、非凡な人間関係を作り上げていった。驚異の美形吸引力で。

 そう、ここまでなんとなくしんみりした雰囲気だったが、そもそも全部が誤解である。今、弟子トリオの前にいるのは、ブスを探すのに本気で必死の男だ。


 軽く小競り合いを起こした後、三人は揃って笑いかけてきた。なんだよ、いい歳して青春みたいな顔してさ。


「こちらこそ、よろしく」


 気恥ずかしいが、その気持ちは嬉しいんだ。事情を隠しているのが本当に申し訳なく感じる。頭を下げると、ベットから降りてきた三人から順番に髪をかき回された。


 これにて就寝。末っ子が寝付けたかと気にする三つの気配を感じつつ、俺は彼らに対して失礼なことを考えていた。

 この人たちが美形ラインにひっかかっていなくてよかった。


 明らかに、うわ美形だ逃げよと分かる容姿だったら警戒しやすいのだが、彼らのようにイケメンか普通か判断しかねる顔立ちは難しい。凹凸のはっきりした顔面、筋肉に覆われた雄々しい身体。俺は同じ男として、ただ純粋にかっけえなと感心するわけだ。


 そうすると、さては世に言うイケメンか!? と身構える。三人ともフリーだからだ。だが、彼らからは今までのような妙なアタックは受けなかった。ノンケだが、老若男女の美形に迫られてきた俺にはそういう空気が分かってしまう。悲しい察知能力だ。


 結果、彼らは一応「一般」に当たるらしかった。色々と癖の強い美形が多すぎて、本来ならイケメンなのに枠からあぶれてしまった。そんな気がする。イケメン(補欠)とでも名付けておくか。

 このラインは誰が決めているのか分からない。世情だろうか。全く厄介なものだ。

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