【ラジアナの回想】留守番〜ネイピアとの約束
「ねえ、ラジアナ?」
「え、何?」
「もし私がここを離れている僅かな時間の間に、ストレンジ物質の脅威があなた達に迫ってきたとしたら……、大変でしょ?」
「あ、うん」
「だから、もしそうなった場合には、
あなたにはアイピスとナルータと三人協力して私が戻ってくるまでの間時間稼ぎをしてもらいたいの。
つまり、あなたにサブリーダーの役割を任せたいということなのだけれど、任せて大丈夫かしら?」
「え、あたし?
だって、ネイピア直ぐに戻ってくるんでしょ?」
「もちろんできるだけ早く戻れるよう最善は尽くすわ。
だけど……」
「え、どういうこと?」
「私には嫌な予感がするのよ。
状況があまりにも平和過ぎる。
だから、これは罠かもしれないって……」
「いくらなんでも考え過ぎじゃない?
状況が平和なのはいいことじゃん。
ポジティブに考えようや」
「あ、まあ確かにそうなんだけれど……」
「きっとネイピアの思い過ごし!」
「そうね、思い過ごしだといいのだけれど……。
だけど、念の為よ!
万が一の時はあなたに任せたいの?
お願い、ラジアナ」
普段は絶対に人に見せることのない謙り懇願するようなネイピアの瞳。
そのキラキラと輝く眼は真剣で、まるでラジアナ自身の心の中を見通すかのようだった。
「ったく、負けたよ。
いいよ♪」
「ありがとう、ラジアナ。
ところで、早速具体的な話をして悪いのだけれど、ストレンジ物質や中性子星についての最低限の基礎知識は理解してる?」
「あ、うん。
ナルータと戦ったときにいろいろ勉強したからね」
「それじゃあ、
物質中の原子の元になっている原子核が、
陽子と中性子からできていることは
あなたも既に知っているかしら?」
「うん、テスト勉強で知った。
授業中は寝てたけど」
「質問の応えに末尾の一言いるかしら?
まあいいわ。
実はね、
中性子星という奇妙な性質を持ったこの天体は、
"宇宙に浮かぶ巨大原子核"
と例えられることもあるのよ」
「え?
だって、サイズが全然違うじゃん!」
「まあ、黙って続きを聞きなさい。
物質を形作っている原子の重さのうち99.97%は、
中心にある小さな原子核に集中しているの。
原子核のサイズは原子のわずか約1万分の一。
もし原子核の周りを回る電子を全て取り除いて原子核だけを寄せ集められたとしたら、
物質の密度は最初の状態に対して1万の3乗倍。
つまり1兆倍にもなるの」
「ヒぇ〜!!
そいつ、ある意味潔いってくらい常識を振りキッてるっていうか、
もはやヘンタイ豚野郎。
そんな無茶苦茶な暴挙、あたし達5次元少女の力をもってしても到底できないじゃん、ブヒブヒ」
「そうよね。
だけど、重力の力でその無茶苦茶な暴挙を実際に実現させてしまったヘンタイ豚野郎こそが、
この天体"中性子星"なのよ」
「なるほどブゥ……」
「例えば太陽の重さの8倍以上ある大きな恒星があるとするじゃない?
これらの星は寿命が尽きるときに爆発してバラバラに壊れてしてしまうの。
そして、中心部では物質が極限まで圧縮されていって、最終的に中性子星かブラックホールになるわ。
ここでもし中性子星になる道を選んだ場合、
天体全体が帯びる電荷にも変化がおきるのよ。
通常、ある一定の規模までの原子については、内部の陽子に対して引き離す力と引きつけ力、そして中性子自体の数によって安定が保たれているの。
だけど、例えば鉄よりも大きな原子核の場合には、長く安定を保つことができず分裂して陽子の数が少ないより小さな原子核へと変わってしまうわ。
そして、その小さな原子核については、
先ず陽子が正の電荷を電子に渡すことで中性子に変わり、
陽子から正の電荷を譲り受けた電子は、
電荷が中性のニュートリノに変わって宇宙空間に飛び去っていくの。
結果、中性子星全体としては電荷が中性に落ち着くとそう言えるわけ」
「え〜と、
ストレンジ物質の弱点とか中が実際どうなっているかとかの方が、今は超越因子に対抗する為には大事なんじゃない?」
「ラジアナ、あなたにしても珍しくまともなことを言うわね」
「失礼な〜!」
「まぁまぁ落ち着いて。
その点についても順を追ってから話すつもりだったわ。
中性子星の一番内側にある"内核"という場所、
それがおそらくあなたが今一番知りたがってる情報よ」
「内核?」
「そう。
中性子の一部が内核の中で"ストレンジ核物質"に変化している可能性がある。
ストレンジ核物質というのは陽子や中性子より質量が重いの。
通常は仮に偶然ストレンジ核物質が生まれたとしてもすぐに壊れて質量の軽い中性子へと戻るはずなのだけれど……」
「え、どういうこと?」
「通常ストレンジ核物質というのはそもそも生まれにくいものなのよ。
そして、仮に偶然生まれたとしても一瞬で消える運命なの。
ただしこれらは通常の状況の話ね。
だから、その裏を返せば、
"特殊な状況では生まれる可能性もあるし、
消えない可能性もある"
ということよ」
「生まれる可能性?」
「そう、生まれる可能性がある。
強い重力の影響などからの特殊な超高密度環境では膨大な運動エネルギーが生まれるんだけど、その運動エルギーの影響を受けた中性子は通常の変化の性質とは反対に振る舞るの。
そしてこのときに、中性子からより重くてエネルギーが高いストレンジ核物質へと変化する可能性があるとつまりこういうこと。
この説明で少しは理解できたかしら?」
「う〜ん、わかったような。
わからないような。
じゃあ、もう一つの消えない可能性っていうのは何?」
「 中性子を構成する部品の一つが
ストレンジ部品に入れ換わった場合の強力な結束力の方が、
元の中性子の部品へと元に戻ろうと働く力より勝るということ。
但し、いったん生まれてしまったストレンジ核物質は壊れないというのはあくまである条件での仮定よ。
実際には、ストレンジ核物質が周りの物質をとりこんで増殖していくのかどうかは、表面張力の力の大きさ次第とも言えるのだけれど」
「ごめん、読者もあたしもさっぱりわからん」
「まあ、大丈夫よそのリアクションは想定していたから。
結局、私があなたに何を言いたかったかというとね、
私達がストレンジ物質の影響を受ける具体的な問題について、
私にだってまだわからないことだらけなんだから。
私の助言はフェルミ推定程度のヒントと考えて、過信しないで頂戴。
あなたの命なんだから、
最終的にはあなた自身の責任と判断、そしてヒラメキであなたとナルータ、そしてアイピス、みんなを守ってみせなさい」
「ふん、だ。
このあたし、天才ラジアナ様を見くびってもらっては困りますなぁ〜。
オーケーオーケー、大きい動悸〜。
後で、あいおそれいりましたと惨めに土下座する形になってもあたししらないからな、アハハ、ハハハ……」
「ラジアナ、顔が引き付ってるけど大丈夫ノラか?」
「アイピスちゃん、し〜!」
「まあ、それだけでかい口聞けるなら安心ね。
私が今あなたに伝えておきたいことはつまりそういうことよ。
それじゃ、ナルータ、アイピス。
あなた達二人もラジアナと協力して上手くやってちょうだいね」
「了解〜!」
「オッケーなのら」
「……」
姿が確認できないくらい距離が開くまで、
ひたすら大きく手をふり見送るナルータとアイピス。
一方で一人背を向け黙っているラジアナ。
3人の無事を祈りながら、ネイピアは自ら計画した作戦の実行ポイントへと向かった。
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