ネイピアの賭け

中性子星の内部。

ネイピアは一旦、ついて来ようとするラジアナ達を制止し、距離を置くと、目には見えないクオークが無数に飛び交っているより中心核の方へと歩みを進めた。


「対応可能な時間と安全圏から考えると、

この辺りが妥当そうね」


ラジアナ達と別れてから10分程は歩いただろうか。

ネイピアの肩に下げた緩めの小さなポーチから、

小さな部品がたくさん取り付けられ無骨にカスタムされた小型ライフルが1丁姿を現す。


「この銃の形をしたポータブルグラビティジェネレーターは、私の微分方程式耐性を無効化出来るよう博士に特別に作ってもらっていて、

発動までにゼロ〜最大十五分、一分刻みでタイマーを設定できるはずなのだけれど……」


よいしょっと。


「タイマーセットはこれで本当に大丈夫かしら?」


疑り深い性分のネイピアである。

彼女だって最初はもちもん事前に試すつもりでいた。

しかし、遠くからでも観測可能な程の絶大な影響を与える切り札だからこそ、

物理法則によって動作する武器全般はネイピアには扱えないだろうとたかをくくったアイラだからこそ、

その存在を前もって悟られる訳にはいかなったのだ。


「本当はこの切り札、こんなところで使いたくは無かったのだけれど。

だけど、今は急を要する不測の事態だから仕方がないわ。

アイラとは、ズルはせず正々堂々この頭脳で闘うしか無いということね」


ネイピアは自らのその華奢な両腕で

大きなライフルを構える。


無駄に大きめの銃の構え辛さから、弾丸が自分の方に当たらない程度に照準を定めるまでには多少時間を費やすが、

弾丸発射後は弾丸の軌道自体が自ら中性子星中心核にある強力な重力源の方へと引っぱられていく、

というのがネイピアの推測だった。

そして、結果ネイピアの推測は案の定その通りになった。




「バン!!!!」

※ネイピアの声



迷いの無い一撃。



ぐはっー!!


微分方程式耐性無効化の手前、

物理法則の影響をもろに受けることはネイピアも当然覚悟していた。

とは言え、

発砲の衝撃による反動で、銃を持った手首を軸にして銃向とは垂直方向にクルクルとスピンしながら勢いよく後ろへと飛ばされた。

そして、発砲予定地点に歩いて辿り着くまでの途中に着地点付近としてあらかじめ予測し、

布を張って設置しておたエアバッグ代わりの大きな簡易トランポリンに激しく背中を打ち付けたのだ。


痛たた。

「やっぱり予想通りだわ。この地点では超越因子の謎の力によって中性子星の超重力の影響は受けないようね。

つまり、

無重力状態での単純なF=ma

ニュートンの運動方程式 第3法則。

作用反作用の法則ね。

私の体重約40キログラムに対して、

このライフルの銃弾の重さが40グラムと考えると、

私が反作用として受ける速度は弾丸発射速度の千分の1になる計算だわ。

このライフルの弾丸発射速度が時速約3000キロだから、

3000/1000=時速3キロになるわけね。

わずか時速3キロつまり、秒速83、3センチメートルはつまり、ガラパゴス諸島に生息するゾウガメくらいのノロさになるのだけれど、

足を地面に着けて踏ん張れない無重力では、

この程度の反動でさえ簡単に体のバランスを崩してしまうという訳ね。

この博士お手製ライフルの微分方程式耐性無効化の影響がどの範囲まで適応されるのかわからなかった訳だし、

念の為トランポリンを用意しておいて正解だったわ。

だけど、空気抵抗の無い無重力の特殊な環境下では、トランポリンは、思うようには働かないわね」


しかし、ネイピアにとって、いつまでもここでじっとして痛がっている場合では無かった。



「タイマーが回っている今のうちに早くラジアナ達のところに戻らなくちゃ」


ネイピアが背中を打ち付けた場所から、ラジアナ達が待っている場所までは、

銃を使った場所から考えると距離が大幅に縮まる計算だった。

しかし、往路わざとゆっくり歩いたときのネイピアの歩幅に比べるてみても、復路、背中を庇いながら歩くネイピアの足取りは、決して時間に余裕のあるものでは無かった。

発砲ポイントから待機地点までの距離でのストレンジ物質の核反応に対する安全性、感染エリアの分布、発砲の地点からうける反動の衝撃緩和、

いざというときの微分方程式耐性、

そのどの点を鑑みても、ネイピアの背中の強打はネイピア自身が考え得る、一番被害の少ない合理的な選択だったのだ。


ドクン、ドクン。


底なしの中心核から絶えずゴ~という低くて恐ろしい重低音が聴こえてくるだけのこの世界では、

彼女自身の激しい鼓動だけが無駄に大きく感じられた。


 何者かによって意図的に調整された中性子星表面の重力は、無重力のエリアと地球と同じくらいの重力のエリアに分かれていた。

 みんなが待つ地点まで戻る方向へは、途中から地球と同じくらいの重力が続く。

  ネイピアの重い一歩一歩に対し、タイマーのカウントは決して待ってはくれない。


「このペースだと、例え間に合ってもギリギリね」


ネイピアは、ラジアナとアイピスが自分が待機場所に戻るまでに準備を済ませておいてくれることを、ただただ祈るしか無かった。

















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る