不思議な体験

「ねえ!

おじさんに聞きたいことがあるナリ!」


「え!?」


おじさんは突然後ろから声をかけられたことで

少々驚いてはいたが、

我輩の方へ振り返るとすぐに落ち着きを取り戻した。

「なんだ、お嬢ちゃんか。

私に聞きたいこと?

なんだい?」



「おじさんが自分の防災服を最後にみたのは

どれくらい前ナリか?」



「私が防災服をロッカーから出して準備をしていた時に、避難所に避難している人達の夕食の弁当の買い出しを、頼まれてね。

15分くらいしてたった今戻って来たら無くなっていたんだ」


「15分くらい前ナリね?

おじさん、ありがとうナリ~!」



「ちょっとお嬢ちゃん?

走って何処に行くつもりだい?

火災現場には危険だから絶対に行っちゃ駄目だよ!!」


我輩には確信があった。

姉上フエルマは火災現場にたった一人残されたネイピアを助けに行ったのだと。



(間に合ってくれナリ……!

姉上、ネイピア……)

我輩は火災現場手前の封鎖されていたバリケード前まで来ると、近くの建物を見回した。


「あの建物がいいナリね!」

我輩が目をつけた建物は工場だった。

工場は南北に長い作りで

ネイピアのマンションのすぐ隣まで続く。


(この方法は姉上には使うなと言われていたナリが仕方ないナリ)

我輩は目を閉じると、

無人の工場の固く施錠された鍵穴に軽く人差し指を当てた。

すると……。

「カチャ!」

頑丈なはずのドアの施錠がいとも簡単に解除されてしまった。


「よいしょ!よいしょ!」

ドアの作りは重く、非力な我輩には

自分が通れるくらいまで開けるのにも一苦労だった。


「キキー、バタン!!」

我輩が工場に侵入すると、ドアはその元々の構造から勢いよくひとりでに閉まった。



「あれが防犯設備ナリか?」

我輩はドアの近くに設置されているテンキーとディスプレーのある端末をみつけた。


もう一度目を閉じると、今度は端末に右手をかざした。


「ピィィィ……」

すると、何かしらのシステムエラーの様な音が工場内部に響き渡った。

そして、天井数ヶ所に設置されていた防犯カメラが急に動き出したかと思うと、そしらはすぐに止まった。


「ゆっくりしている時間は無いナリ!」

我輩は工場内部から北側を目指し

姉上フエルマとネイピアの残された火災現場に急いだ。


そして、

我輩は工場内の一番北側らしき通路のドアまでたどり着いた。


「カチャ」


我輩は迷うことなくすぐにドアを開けて外に出た。

すると、辺りを確認する暇もなくものすごい熱波が襲ってきた。


「ゴホ!ゴホ!ゴホ!

姉上、ネイピア、どこナリか?

すぐに助けに行くナリ!

たしか、ネイピアの部屋は一階だったナリ」

我輩は右手で自分の顔面を庇いながら、

周囲の状況を確認した。


ネイピアの住んでいたマンションの玄関までは

距離にして残り10メートルくらいだろうか?

マンションはまだ倒壊こそしてはいなかったが、

火災で壁は黒焦げ、辺り一面に煙が充満していた。

「姉上~! ネイピア~!

ゴホ!ゴホ!

二人とも無事ナリか~!

どこにいるナリか~!

返事するナリよ~!」

我輩はまだ比較的火の粉が行き渡っていない場所の窓から中に侵入し、二人を探し回った。

「バタン! バタン!」

暫くすると、天井が崩れだし、

我輩の頭上から隕石のようにコンクリートの大小の破片が落ちはじめた。


「ゴホ!ゴホ!

グズグスしている場合じゃ無いナリ!」


我輩はたちこめる煙と熱波で気が動転し、

方向感覚を失っていた。

それでも諦めることなく

ネイピアの部屋に遊びに行った時の記憶を頼りに見覚えのある通路を必死に進んだ。



「姉上!!」

そして我輩はついに、

燃えて無くなった壁を挟んだ場所に

女の子をおんぶした防災服を着た女性の姿をみつけた。



「アイラ!?

どうしてあなたがここにいるの?」


姉上フエルマは我輩がこの場にいることがよっぽど意外だったのか、猫が驚いたときのような目をして

口調も普通に戻っていた。



「姉上が、心配で……、

ネイピアも……。

勝手についてきてごめんなさいナリ。

グスン、グスン」

我輩は急に感情が溢れ出しその場で泣きそうになった。



「アイラ……」

姉上フエルマは優しい表情で我輩をなだめてくれた。



「ネイピアは……無事ナリか?」


「ネイピアは無事よ。

この子火災のショックでよっぽど疲れてたみたい。

酸素マスクを当ててから、

寝息をたててしっかり眠っているから安心して」



「姉上もネイピアも無事で

本当によかったナリよ~!」

我輩はそう言って胸を撫で下ろした。



「アイラ?

安心するのはまだ早いわ!

今は一刻も早くこの場所から安全に出るわよ!

今私があなたのところまで行くから

そこでじっとしていて」



「姉上はネイピアをおんぶしているナリ!

我輩が行くナリよ!」



「アイラ、来ちゃ駄目~!!」

我輩と姉上フエルマとの距離はほんの5メートル程だったが、姉上フエルマは我輩にそれ以上近づくなと叫んだ。



「え? 姉上?

どうしてナリか?」

我輩は半信半疑なまま、反射的に姉上フエルマの方へと歩み寄ってしまった。



「ドスーン!!!」


それは一瞬の事だったが、

我輩にはスローモーションのように感じられた。


我輩の立つすぐ上の階から崩れたコンクリートの大きな塊が自分の頭めがけゆっくりと落ちて来ていた。


我輩の魂は体から抜け出していて、

今まさにコンクリートの塊が頭上からふりかかろうとしている自分自身を冷静に遠くから

ただ呆然と立ちつくして眺めていた。

(何で我輩は自分自身を助け無いのなか?)

(あれ?我輩の体はあっちか?

じゃあ、今ここから眺めているのは我輩の意識だけなんだ……)

(我輩、このまま死んでしまうのかな?)

(我輩、姉上フエルマに最期まで心配かけちゃったな)

(いつも心配ばかりかけてごめんね、

お姉ちゃん……)



コンクリートの大きな塊が自分のすぐ頭の上に差し掛かると、

我輩はそっと目を瞑った。


不思議と我輩は気持ちが穏やかだった。

「…………………………あれ?」


我輩は暫くその体制でじっとしていたが、

激しい痛みは無かった。


「アイラ?

ゴホ!ゴホ!……無事?」



(今の姉上フエルマの声!?

咳をしてる?

我輩はまだ火災現場にいるのか?)

我輩は慌てて目を開けて辺りを見回した。


すると……、

あの瞬間我輩と姉上フエルマ

二人の身に何が起こったのかがすぐに理解できた……。















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