e^iπ+【1】="null" 『いち』、量子的《目にみえない》それはあたし達を繋ぐ大切なもの

アーレス先輩は日が経つ毎に薄く病弱になっていった。

「先輩の好きなイチゴですよ」


「ありがとね、チルダ」


「先輩、立ち上がらなくてもいいですよ。

あたしが食べさせますから」


「うん」

先輩は落ち着いていて、

先輩から滲み出す笑顔にむしろあたしのほうが元気を貰っていたほどだった。


「あ、あのさ、チルダ」


「どうしました? 先輩?」


「僕の記憶には沢山の錯覚が混じっているのは

もう理解できてるよ。

例えばこのイチゴも、仏壇や墓前のお供え物と同じで実際には僕は食べていないというのもね」


「先輩はあたしの気持ちが信じられないんですか?」

あたしはつい感情的になって真剣な目で先輩を問い詰めた。


「違うんだ。僕もチルダが僕の事をそう気遣ってくれているその気持ちが凄く嬉しいんだ。


僕はもうじき消えて無くなってしまう。

だけどね、僕とクオーリア先輩とチルダ、

僕達三人はまた違う世界で必ず出会えるってそう信じてるんだ」


「先輩……」


「だからチルダに渡しておきたいものがあるんだ」


「何ですか?」


「このノートさ!」


「これ、科学部の活動内容を毎回書いてたノートじゃないですか?」


「そうだね」


「読み返してみるとこれ、難しい数式がいっぱいですね」


「アハハ、そうだね!」


「でも先輩、これをどうしてあたしに?」


「このノートは、この世界での記憶を失った後の君への、

僕からのプレゼントなんだ」


「先輩、こんな数式ばかりのノート、

気持ちは嬉しいですが、

プレゼントで貰った記憶を失ったあたし、

たぶん困りますよ!」


「だからこそだよ。先入観を持たずに感じてみて。

この部活で僕達3人の思い出がつまった大切なノートだろ?」


「そうですね。

あ~思い出しました!

確かアーレス先輩が

数式や数学記号だけで喋るようにして、

最初にギブアップした人が罰ゲームって言う

遊びを始めたことありましたよね?

あのときあたし本当に困ったんですよ~!」


「アハハ、そうだったね。

だから、この僕達の思い出の詰まった大切なノートを持っていて欲しいんだ。

そして、チルダが向こうの世界でもし僕やクオーリア先輩にそっくりな人に出会ったらこのノートをみせて欲しいんだ」


「わかりました、先輩! ありがとうございます」


あたしは先輩から部活で使った一冊のノートを貰った。

そして、そのノートの表紙にはなぜか『1』という数字だけ書かれていた。

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