最終話 Null

Q=√エイチバーωa†c 超量子化フェーリエ解析コーデック~NULL 僕達は「みえない数字」で繋がっている


ついに、運命の日。

あたし達三人の研究が完成した。

研究の完成を看とどけた後、

間もなくしてアーレス先輩は消えてしまった。


次の日の昼休み、あたしはクオーリア先輩に呼ばれて部室に向かった。

そしてクオーリア先輩は、あたしが家族や先輩達との思い出が詰まったこの世界とお別れないといけない辛さを理解し励ましてくれた。



そして、遂にみんなとの別れの日当日になった。

あたしはクオーリア先輩から10年前の生まれ故郷の世界に還すことを改めて伝えられた。



あたしは元の世界に向けて旅立った。

長くて短い旅の間に、あたしはアーレス先輩の記憶を断片的に思い出した。

「もつれ光子に情報化したチルダの体と

ナビゲーションAIスジャータを記録する。

反粒子の対消滅対生成を利用し、

電子向き過去へ10年タイムスリップさせる。

いいかいスジャータ?

タイムスリップは光の速度に到達するまでに行うんだ」


「はい」


「チルダ、よく聞いて。

何人も光子も光の速度を超えられない。

だから、ゲートの虚数圧縮コーデックNull25dを使って

体の構成情報を一次元へ情報化する。

そうして君は光になるんだ。

※光子から電子、電子から光子へと

情報を複製移動、対生成や対消滅を利用しながら、

過去へ戻る事が出来るんだ。

君は、次元の旅を終え故郷に到着し、

実体を100%化固定させている間は

因果律を乱す特別な能力は使えないよ。

君が鍵を見つけ、全てを思い出すまでの間はね」



今あたしの目の前に広がっているは、

暗いトンネルの中心に白い光、

そして、中心の外側に広がる赤や青や黄色など

沢山の光のプリズム。



「チルダ?」


またアーレス先輩の記憶。

アーレス先輩から確か説明を受けたっけ。


「君は元の世界へ進んでいく内に

三回意識の消失がある筈なんだ。

薄く軽くなりながら光の速さに向かう

重力昇り速度、

単体では透明で電子に反応し、

光速一定速度で飛び続けている

光子だけの光の速さが速度の終点、

濃く重くなりながら光の速さから遅くなる斥力下り速度。


君が三回も意識を失うのは存在確率が±無限大%になるからなんだ。

そして、意識がある時に

前に向かってスピードを上げながら今まで飛んでいたのが、

途中からスピードが落ちながら後ろに引き戻されてるように感じる現象が二回起こる筈なんだ。

でも、それでいいんだ。

最後は量子重力効果の斥力作用が働くんだ。

背中からゆっくりゆっくりゆっくりゆっくり

消える前のブラックホールの『裸の特異点』の※出口に入ればいい。

そう、つまりクオーリア先輩が前に言ってたけど、

僕達のこの広い宇宙は裸の特異点の中の世界なんだ。


出口を抜ければ、

もう一つの裸の特異点、つまり鏡宇宙に出るからね。

頑張ってね」



あたしはゲート内部のスメールタワーの中でみつけた資料の事を思い出した。

ドーラ人はみんな、こことは鏡宇宙の関係にあるあたしの古里の星からランダムで飛ばされてきた人類だったのだと言うことを。



拒むあたしにクオーリア先輩が言ってくれた言葉があたしの脳裏から離れなかった。


「これはね、あなたに幸せに生きて欲しいっていうアーレスと私の願いなの。

私は、もっともっと研究して、いつか必ずドーラ人がアース人から差別されない社会にしてみせるから。

その時は、また私達の世界に遊びに来てね!約束よ、チルダ!」


「はい!」





(え!? これ、どういうこと?)

あたしの体は成長が早回しで逆戻りし、

少しずつ縮んで行った。

結局、最終的には10年くらい前、幼稚園児の頃の姿に変わってこそで落ちついた。

あたしの体とタイマー式自動運航ナビゲーションプログラムスジャータは情報化され、一緒に情報入り電子の中に収められた。

情報入電子が電子と陽電子の内、過去へ向かう方に情報をコピー、それを何度も繰り返しながら10年を遡りつつ、

光速の直前(重力と斥力の均衡の直前)からワームホールを通り裸の特異点の外のもう一つの鏡宇宙へと向かっている。


また、クオーリア先輩の記憶。


「クオーリア先輩、お願いがあります。

これはビルのコンピューターで私が見つけた

古代アース人が書いたゲートの碑文データです。

私の夢は、

アース人に事実を伝えて、

ドーラ人への差別を無くすこと。

科学や宗教を怖くて悲しいものに

思わせているこのゲートを

改善して、

科学や宗教の本来の姿を

みんなに伝えられるものにしたいんです。

私の夢、すごく勝手ですけど、

先輩に託します。

ドーラ人の希望を奪うゲートの存在を、

子供達の未来に希望を与える存在に出来るように役立てて下さい」


「ありがとう。でも、キラルに関するこんな膨大なデータをいつの間に!?

それはそうとチルダ。

あなた目にくまが出来てるじゃない?

寝てないんじゃない?

疲れてる私を気遣って、

私が寝ている時に調べてたのね?」


「先輩達があたしのためにしてくれたことに比べたら、

こんなのたいしたことじゃないですよ」


「私はチルダの夢受け継ぐわ!

そして、チルダがいつか必ず

この故郷に帰って来られるように、

してみせるからね!」


「ありがとうございます、先輩」

あたしはクオーリア先輩の胸に泣きついた。


「行って、さあ早く!」

クオーリア先輩は泣きながら、あたしの手をはじいた。


「ありがとう……クオーリア先輩、

そして、アーレス先輩……」



理由はわからない。

だけど、間違いない。

旅立ったあたしに宛てて、アーレス先輩の言葉が確かに聞こえてきた。


『チルダ?

無事鏡宇宙に着いたかな?

そこは、左右の極性が君と同じ人達だけが住む世界。

相対的時間換算で約10年前の君の故郷なんだ。

そこは、君やその他の人達が神隠しによって鏡宇宙に飛ばされる前の、つまり

本当の意味で君が生まれた場所なんだ。

銀河規模の突然変異で局所的に極性が入れかわったものだから、今日まで君が暮らしていたこことは、見える景色も違うと思う。

残念だけど、

君は改変後の僕達の宇宙での記憶は忘れてしまうだろう。

そして、仮に君が自力で僕達との記憶を思い出せたとしても、

その記憶を思い出す事と引き換えに、

君の存在は周りに認識されなくなってしまう。


君の記憶をずっと守ってあげたかった。

本来の故郷にずっといられるように

してあげたかった。

でも、因果による宇宙のリセットが働く力に阻まれてできないんだ。

だから、記憶の最後のピースを埋める

扉だけは

君が自分の意志で開けられるように鍵をかけておいたんだ。

その鍵は、

僕達の世界での思い出もつまった

因果を超えた君の本当の名前。

君には本当の故郷で、

誰かを愛し愛されて、

素敵な幸せを見つけて欲しいんだ。

幸せになってね、チルダ」


あたしは言葉では言い表わせないくらい嬉しかった。

そして、アーレス先輩とクオーリア先輩に

いつかまた笑顔で必ず『ただいま』と言える事を強く信じて、

あたしは故郷へと向かった。


※ファイマン図

空間と時間における粒子の振る舞いについてわかりやすく視覚化したものです。

 この図で記述されるものの中には、仮想粒子が消滅したり時間をさかのぼったりする内容のものもあり、誰もが経験的に知っている物理学の常識に反するような現象でさえミクロな領域の範囲内であれば実際に起こりうることを教えてくれます。



※ここでの裸の特異点の出口はホワイトホールを意味していません。

 しかし、その一点を通じてワームホールの様に他の時空と繋がっていて、脱出時に斥力が働く不思議な出口です。

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