第194話「黄金郷と落日世界」壱

 第十九話「黄金郷と落日世界」壱


 「あかつき東の覇権を賭けた決戦との後に起こるだろう西の覇者との大決戦に乗じて北から来襲するだろう”王狼”を撃退せよとは……」


 割と大柄な体躯……


 「カハハッ!”捕らぬ狸”ならぬ”狩らぬ魔女”の皮算用話を持ち込まれた時はなんと大言壮語な事を吹く者よ、とあきれたものだが……」


 金糸銀糸を編み込んだ着物の上半身をはだけた禿げ男は、とても齢五十をうに越えている様には見えないほど精気がみなぎっていた。



 ――北の果ての王国に”黄金郷”在りなん


 ――文化の都、権威の都、あかつきに都は多々在れど、


 ――花と黄金に浸りし都は他にあら


 ――”極楽浄土”は天上に在らず


 ――旭光きょっこう


 ――或いは黄昏たそがれ


 ――繁栄と快楽にまみれし始まりと終わりの都成り



 通称”金色こんじき御殿”と謳われる奥泉おくいずみ領は泉尊夷せんそんい大寺院でも状況は着々と進んでいた。



 「カハハッ!見事そう相成ったと言うべきか?ぬしの仕える王は大概大人物よな、勘重郎かんじゅうろう殿!」


 奧泉おくいずみを仕切る藤堂ふじどう 日出衡ひでひらは下座にかしこまって座した顎髭あごひげ男を見据えて豪快に笑い続けていた。


 「ならば、約定通りに。藤堂ふじどう様には可夢偉かむい連合部族王、紗句遮允シャクシャインの対応に動いていた……」


 「れは暫し待て。相手が相手だけにな」


 「……」


 ならばと、話を進めようとする草加くさか 勘重郎かんじゅうろうに、一転した冷たい眼で返す禿げた男。


 ――全くもって一筋縄では行かぬ……


 臨海りんかい王、鈴原すずはら 最嘉さいかの命令でこの地へと赴いた顎髭あごひげ男はもう何度目だろうか?目前の男への説得工作に思いの外、梃摺てこずっていたのだ。


 「ふむ……」


 草加くさか 勘重郎かんじゅうろうは無言で顎髭あごひげさすった。


 流石は最強国で在った頃の旺帝おうていでさえ一目置いていた”東奥とうおく奸雄かんゆう”であると、勘重郎かんじゅうろうは立場を置いて感心してしまう。


 「戦力は十分だと思うが?俺の機械化兵団シュタル・オルデンだけでは不足か」


 そこで、その奸雄かんゆうの計算された優柔不断さに反論したのは――


 これまで精魂を費やしていた顎髭あごひげ男でなく、その隣に座った眼鏡をかけた青年だった。


 「……」


 「……」


 なんとも言えぬ空気感で対峙する禿げ男と眼鏡の青年。


 「……いいや?かつ旺帝おうてい二十四将に名を連ねし”独眼竜”、穂邑ほむら はがね殿の機械化兵団シュタル・オルデンが共闘するのは大いに心強かろうが……」


 藤堂ふじどう 日出衡ひでひらは値踏みするように青年をめ付けながら手にした酒杯をグッと煽った。


 「なぁ?勘重郎かんじゅうろう殿、ぬしの王はそれだけで済ます算段ではあるまい?」


 白酒を一気に飲み干し、話を続ける日出衡ひでひらの意味深な言葉は……


 「……」


 それを振られた顎髭あごひげ男でなく、その横に座った眼鏡の青年……


 穂邑ほむら はがねの歪みのないレンズ向こうに在る、造り物でない方の左目を鈍く光らせた。


 「ふむ……そこまでお見通しとあらば、仕方ありますまい」


 目に見えるほど高まる嫌な緊張をほぐすように、勘重郎かんじゅうろうは髭をさすりながら応えた。


 「ず、仰るとおり”我が王”はこの機に完全に北の禍根を断つ御積もりであります」


 「ほう?北の……」


 日出衡ひでひらはそれが意外でも無いだろうに、も驚きだと言うような反応をしてみせる。


 「ゆえに同盟国である穂邑ほむら はがね様の協力を請うたのです」


 そしてその三文芝居を軽く流した草加くさか 勘重郎かんじゅうろうの話は、隣に座る伊達眼鏡の……右目が義眼である穂邑ほむら はがねの必要性に入った。


 「同盟国?……同盟国とな、カハハッ」


 誘導されて四角いまなこの視線を穂邑ほむら はがねへと再び移動させた禿げ男は不敵にわらう。


 「なにか問題あるか?」


 明らかな蔑称に対し、穂邑ほむら はがねは落ち着いた低い声で返すが……


 「いやなに、ふと思い出したのだ。先の戦での正統・旺帝おうていとやらの所業をな」


 その水面下の脅しを真面まともに受けず、更に嫌みを返す古狸ふるだぬき



 藤堂ふじどう 日出衡ひでひらの言う、先の戦での所業とは――


 穂邑ほむら はがねの属する正統・旺帝おうていが中立を宣言したのにも拘わらず、


 臨海りんかいと新政・天都原あまつはらの戦で、密かに新政・天都原あまつはらに軍船と港を貸し与えて支援していたという不適切な行為に対するものだ。


 「ふむ、日出衡ひでひら様、その件は既に解決済みで我が王も今回の協力を要請……」


 「そうか?わしにはそうは考えられんが?」


 すかさずフォローを入れようとした勘重郎かんじゅうろうの言葉を遮る日出衡ひでひら


 奸雄かんゆうの四角い目は笑っていない。


 「何が言いたい?藤堂ふじどう 日出衡ひでひら


 かつての旺帝おうていでさえ一目置いていた”奥泉おくいずみ奸雄かんゆう”の敵意とも取れる圧を受けて、穂邑ほむら はがねは毅然として真意を問うた。


 「狼を相手にしている最中さなかに後ろから節操の無い竜に狙われたのではかなわんと言うておるのだ。信頼とは過去の実績から成る物ぞ、穂邑ほむら はがね


 ――


 ならばと堂々とぶっちゃけた失礼な態度をとる藤堂ふじどう 日出衡ひでひら


 「……”奸雄かんゆう”と揶揄される古狸ふるだぬきがよく言うな」


 穂邑ほむら はがねはボソリと返す。


 「常識を解いたまでだ、黄金竜姫おうごんりゅうきの”独眼竜いぬ”」


 聞き流さずしっかりと言い返す。


 ――


 「まぁまぁ、お二方……それはそれ、これはこれと、その辺りは我が臨海りんかいが保証致しますので」


 あまりにも物騒になりつつある空気に、普段はしたたかな草加くさか 勘重郎かんじゅうろうさえ、焦って仲裁に入る始末である。


 「確か……秋山あきやまとかいう青二才が主君の……黄金竜姫おうごんりゅうきの評価を得ようと焦って独断先行した結果だったか?麗しい美姫に対して影響力を競う青臭い行為だが、その秋山あきやまというのは独眼竜おぬしの同期であったな、成る程、其方そちらの方が"正常な男"の行動ぞ、穂邑 鋼ぬしの如き歪んだ愛情はわしから見れば異常も異常のたぐい、愚にもつかぬ」


 説明されなくても内情はうにお見通しだと……


 何気に奥泉おくいずみの力を誇示して見せる奸雄かんゆうであったが、実は日出衡ひでひらにしてみれば、本心から穂邑ほむら はがね燐堂りんどう 雅彌みやびに対する度を超した献身は信じ難いものであったのだ。


 ――なんぞ?自己犠牲


 ――無償の愛とか言う絵空事など……


 世に噂される好色漢で、実利最優先主義、自己保身のために、実情は旺帝おうてい家臣で在りながら、もう一つの大国である天都原あまつはらにも取り入るために自らの姓を天都原あまつはら王家の藤桐ふじきり旺帝おうてい王家の燐堂りんどうの両方から取って藤堂ふじどうとしたほどの、筋金入りの日和見、自己保身優先の古狸ふるだぬきだ。


 穂邑ほむら はがねの異様なほどの燐堂りんどう 雅彌みやびへの一途さと献身は、藤堂ふじどう 日出衡ひでひらにとって理解するには気味が悪いほど不可解であったのだ。


 「……」


 だが今度は、穂邑ほむら はがねは応じず黙っていた。


 所詮、余人に自分の雅彌みやびへの想いなど理解出来ない。


 して欲しいとも思っていないから。



 「藤堂ふじどう様、その一件につきましては既に我が王である鈴原すずはら 最嘉さいか様も燐堂りんどう 雅彌みやび様からの謝罪を受け容れられ、事ここに至っているのです。その話題はもう……」


 藤堂ふじどう 日出衡ひでひら穂邑ほむら はがねの生理的相性がここまで悪いとは……


 草加くさか 勘重郎かんじゅうろうは中々本題に入れず、癖である顎髭あごひげさする暇も無く仲裁に忙しかった。


 「聞き及んでおるぞ。臣下の管理責任による不手際だと、正統・旺帝おうていの代表である黄金竜姫おうごんりゅうきが直々に臨海りんかいへと赴き詫びたとか」


 旺帝おうてい家臣団の中に在って名門であった秋山あきやま家。


 かつ穂邑ほむら はがね秋山あきやま 新多あらたは同年代で初陣も同じだった。


 幼少期から利発で何事にも器用だった新多あらたはその家柄もあって次世代の旺帝おうていを背負って立つ有望株ホープだと”もてはやされて”育ったのだ。


 だが、彼の人生には大きな壁が出現した。


 言わずもがな、穂邑ほむら はがねである。


 穂邑ほむら家は王族である燐堂りんどう家の遠縁といってもほど遠い末席で、既に実権から見放された凋落した家であった。


 そんな穂邑ほむら はがねが二十四将に異例の出世を果たしたのは実力と努力の賜物であるのだが……


 秋山あきやま 新多あらたはそうは考えなかった。


 旺帝おうていに身を置く若き将なら誰しもが焦がれて止まない黄金の美姫。


 彼自身も憧れる燐堂りんどう 雅彌みやびに取り入ったと……


 従来の嫉妬が重なり、そして那古葉なごは城の戦いであえなく捕虜になった新多あらたは家の事情とは言え憧れの雅彌みやびと敵対していた後ろ暗さも手伝い、正統・旺帝おうていの臣下に迎えられてからも穂邑ほむら はがねに見せていた個人的で異常な対抗心が爆発、今回の独断専行を犯す原因となってしまった。



 「”黄金竜姫おうごんりゅうき”、燐堂りんどう 雅彌みやび様には、我が王から此度こたびの共同戦線の話も快く引き受けて頂きました。そしてそのまま本作戦の後方支援地である志那野しなの領にとどまられても居ります」


 「…………ほぅ?」


 くまで正統・旺帝おうていは信用出来ないという立ち位置スタンスを貫く事で、可夢偉かむい連合部族国との共闘を回避しようとする日出衡ひでひら勘重郎かんじゅうろうはその事実で釘を刺したつもりだったが……


 結局、これほどの失態をしでかした秋山あきやま 新多あらたにも厳罰を与えずに譴責で済ませたという燐堂りんどう 雅彌みやび


 そしてその尻拭いに自ら動いて危険を負うとは……


 日出衡ひでひらはそこから本能的に、賢君と噂高い燐堂りんどう 雅彌みやびの優しさでなく弱さを透かし見る。



 ――成る程、燐堂りんどう 雅彌みやび臨海りんかい領である志那野しなのの地にとどまっていると


 その事実から深読みしなくても、信用を得るため自ら”人質”を買って出たのは明白だろう。


 日出衡ひでひらも懸念を示した事柄に先手を打った……”約束を違えて裏切らない”という臨海りんかいに対する表明アピールである。


 「……」


 奥泉おくいずみ奸雄かんゆうは黙り込んで思案する。


 「それで改めて日出衡ひでひら様、可夢偉かむい連合部族国に対する共闘の件ですが……」


 草加くさか 勘重郎かんじゅうろうはその事実を盾に一筋縄で行かない希代の奸雄かんゆうが逃げ口上を潰したと、ここが決め時と待望の交渉を一気に進める。


 ――兵を出したくない"奧泉おくいずみ古狸ふるだぬき”と出させたい”臨海りんかい顎髭あごひげ男”


 静かなやり取りに見える水面下では、こういった激しい鍔迫り合いの応酬も進行していた。


 「……」


 さらにそれらを遠巻きに冷めた表情で見据える穂邑ほむら はがねの生きた左目は……


 不満一色で染まっていた。


 奸雄かんゆうの口から燐堂りんどう 雅彌みやびに関する話題が出てから一転して。


 「……」


 この”燐堂りんどう 雅彌みやび"第一主義の青年がこんな人質紛いの状況に納得しているはずも無かった。


 だが――


 この件は燐堂りんどう 雅彌みやび自身が決めた事であったのだから、はがねも反対を押し通せなかった。


 謝罪はともかく、人質紛いで身の潔白を証明する思い切ったやり方には同意出来るはずも無いというのに。


 そしてこれには、それを受ける側の臨海りんかい……鈴原すずはら 最嘉さいかの方が戸惑っていたくらいだった。


 ――雅彌みやびが人質など納得など出来るはずも無い!


 とはいえ……


 相手が臨海りんかいだから、鈴原すずはら 最嘉さいかであるから、


 穂邑ほむら はがねは最終的に雅彌みやびの決意を受け容れたのだ。


 穂邑ほむら はがね鈴原すずはら 最嘉さいかをなんだかんだで信頼に足る人物だと確信しているからである。



 「後方支援と言ったが?志那野しなのにはどの部隊が駐留しておるのだ」


 顎髭あごひげ男によって逃げ口上を潰された恰好の日出衡ひでひらではあるが、そこは流石の”古狸ふるだぬき”……


 焦る様子も無く、ズイッと肥満の身を乗り出して詳細を聞く。


 「志那野しなの駐留部隊の総大将はペリカ・ルシアノ=ニトゥ様ですな」


 「……ほほぅ?」


 勘重郎かんじゅうろうの答えに日出衡ひでひらはしっかり張り出したあごを引き、太く上がった眉を寄せてギョロリとした四角いまなこを閉じる。


 ――


 「…………成る程」


 そして暫し間を置いてそう呟くと、バンッ!っと畳を叩いた。


 「の名高い闘神姫ウリエル!覇王姫が味方ならばこれ以上は無い!!さらに!さらに!独眼竜の穂邑ほむら はがね殿が率いる機械化兵団シュタル・オルデンが在るならば北方の蛮族、紗句遮允シャクシャインなどという愚狗ぐくなどは物の数ではあるまいっ!我が”奥泉おくいずみ十七万騎”も大いに戦おうぞっ!!」


 全くもって見事な手の平返し……


 諸々瞬時に計算した結果、勝ち馬に乗り遅れまいと、


 ”東奥とうおく奸雄かんゆう”は此処ここに来て即断即決したのだった。


 第十九話「黄金郷と落日世界」壱 END

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