第195話「駒と王」前編

 第二十話「駒と王」前編


 八月初旬――


 岐羽嶌きわしま領、烏峰からみね城には予想外の客が訪れる予定となっていた。


 「非公式とはいえ国の代表同士が会見する場に私が同席するのは当然でしょう?」


 暗黒色に輝く双瞳ひとみの美姫はも当然だとそう言った。


 「う……まぁ、良いけどな」


 受けて俺は渋々頷く。


 ――


 この一連の流れの大元は数日前に遡る。


 我が臨海りんかいと新政・天都原あまつはらとの戦で、どちらの国にも恩が在りつつも”どっちつかず”の対応を取った宗教国家”七峰しちほう”は……


 その釈明だろう、国家代表が直々に臨海りんかい王である俺と会見したいという申し込みがあったのだ。


 言わずもがな、宗教国家”七峰しちほう”の代表と言えば……


 ”神代じんだい”である六花むつのはな てるだ。


 ――



 「そう、だったら……」


 俺の許可を受け、陽子はるこは部下になにやら指示を出していた。


 ――とはいえ


 六花むつのはな てるは釈明にと臨海りんかいへ訪れるのだろうから、もうひとつの当事者国であった新政・天都原あまつはらの統治者だった京極きょうごく 陽子はるこが居るのはさぞ居心地も悪かろうに……


 実際、今回の事である意味、我が臨海りんかいは助かったとも言えるが、新政・天都原あまつはらとしては傀儡かいらいであったはずの七峰しちほうが動かなかったのは裏切り行為と捉えても仕方が無いだろう。


 現在いまはその新政・天都原あまつはら臨海りんかいの支配下になっているとはいえ……


 ――陽子はるこが同席するのはなぁ?


 と、思わなくも無いのだが……


 「……」


 俺にはもっと身近な問題が目の前にある。


 そう、俺の眼前には――


 「……むぅ」


 白金プラチナの髪と双瞳ひとみ見目麗みめうるわしいお嬢様が、まるで捕獲された河豚ふぐの様に”ぷくっ”とした膨れっつら陽子はるこを睨んで立っているのだ!


 「雪白ゆきしろ、あのな……」


 「陽子はるこは”弱っちい”から護衛にならない。いらない」


 この見た目は最高に可憐で美しい白金プラチナの騎士姫は、俺の護衛をすると言って聞かなかったので同席を許したのだが、その場に陽子はるこが乱入したことで大変に御冠おかんむりだったのだ。


 「いや、陽子はるこの場合は護衛じゃなくて……アルトォーヌの代わりみたいなもんだから、な?」


 飽くまで参謀の様なモノだと、俺はなんとかそう理由付けてなだめるも、


 「むぅ……さいかはときどき優柔不断」


 「くっ!」


 ――この天然娘、たまに核心を!?


 密かに精神的ダメージを受ける俺だった。


 実際、次の”大戦”に向けての準備で大忙しな我が臨海りんかいは、志那野しなのへと配備した軍の総大将としてペリカを、その参謀としてアルトォーヌを任命したものだから、俺の傍には今現在は”参謀”足る人物はいない。


 だが、そう説明したところで、色々と陽子はること折り合いの悪い雪白ゆきしろは納得しないのだろう。


 ――まぁ、陽子はるこはこんな低レベルで張り合わないだろうが……


 「直接”剣”を振り回す非効率な作業でしか最嘉さいかの役に立たない雪白あなたと、最嘉さいかが片時も離したくないと駄々を捏ねる私とでは必要とされる度合いが雲泥の差なのは仕方の無い事でしょう?黙って足下で”魔除け像”の代替品として据え置かれていなさい」


 ――っって!?


 誰が駄々を……じゃなくて!


 なに嫌みたっぷりに対抗してんのっ!?


 「け、剣だけじゃない!わ、わたしも……離したくないって……駄々をこねられる…………予定」


 余裕たっぷりな暗黒姫になんとか反論する騎士姫だが――


 ――いや、だから俺は……そんな駄々は捏ねない



 「そう、そこに置いて……良いわ」


 そして当の陽子はるこはというと――


 既に雪白ゆきしろは相手にしておらず、なにやら部下を使って”豪奢な椅子”を玉座の横に設置させていた。


 「…………なにしてんの?お前ら」


 俺は作業に忙しい二人の女……


 「ええと、新條しんじょう 美苗みな島迫しまさこ 睦美むつみだったか?」


 二つの三つ編みで肉欲的グラマラス体型スタイルの人懐っこそうな女と、スラリとした凹凸の無い体型スレンダースタイルの長い黒髪を後ろで束ねた凜とした女に問う。


 「あははっ!”三堂さんどう 三奈みな”でいいよぉ!」


 「はい。今は姫様の命で動いておりますので……私も”六王りくおう 六実むつみ”とお呼び下さい」


 「……」


 二人は豪奢な椅子の設置を終えて、振り向いてからそう応える。


 ――王族特別親衛隊プリンセス・ガード……


 天真爛漫な剣士である三堂さんどう 三奈みな生真面目きまじめな槍使い六王りくおう 六実むつみ


 二人は臨海りんかい軍に編入されたが、任務の無い時はこうして陽子はるこの側近として過ごしている。


 故に、今は本名で無くて王族特別親衛隊プリンセス・ガード士官名コードネームで呼べとのことだろうが……


 「そういうことじゃなくてな、お前等がなにをしてるかと……」


 「良い感じだわ」


 「……」


 俺の疑問は、既にその椅子に腰掛けてご満悦の美姫を見て全て解決した。


 「陽子はるこ、おまえ……」


 「ず!ずるいっ!!」


 俺が言うより早く、段下から雪白ゆきしろが叫ぶ。


 「ふふ……”弱っちい”私は護衛には向かないから。残念だけど、こうして大人しく最嘉さいかの横で”王妃”をしているわ」


 あかい口端が意地悪く上がって、陽子はるこは優雅に微笑んでいた。


 「う……ぐぎぎぎぃ!!」


 そして雪白ゆきしろは……


 まるで漫画のキャラみたいなコミカル表情がおで悔しがるのだった。


 ――

 ―



 そんなこんなで来賓を迎え――


 謁見の間に来訪した”七峰しちほう”の面々は三名。


 「……ぁ?」


 「……うっ!」


 主賓である六花むつのはな てるとその従者の女は烏峰城ここに新政・天都原あまつはらの代表であった京極きょうごく 陽子はるこが同席していることに驚き、暫く固まっていた。


 「…………お、おお!?」


 そしてもう一人の従者である男は”あんぐり”と……


 「……」


 俺が今まで見てきた男達同様の反応だった。


 玉座隣に座した”至上の美姫”・京極きょうごく 陽子はること、段下で控える”白金プラチナの騎士姫”・久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろという……


 たぐまれなる二人の美貌に強制的に数十秒間はほぅけるのだ。



 ――まぁ、色々と……無理も無い反応だ


 「う、ごほん!遠路遙々えんろはるばる、良く来られた。七峰しちほうの巫女姫殿」


 ――


 その後は俺の言葉を皮切りに七峰しちほう陣営による謝罪が始まり……


 「は、はい、臨海りんかい王、鈴原すずはら 最嘉さいか様。先の我が宗都、鶴賀つるが奪還の戦いで多大なるご助力を頂きながらも此度こたび尾宇美おうみ戦にはなんのお役にも立てず誠に申し訳ありませんでした」


 玉座に座した俺の前で軽く頭を下げてから謝罪を始めたのは、七神しちがみ信仰最高位である”神代じんだい”の六花むつのはな てるだった。


 「……」


 大きめの潤んだ瞳は少し垂れぎみであり、そこから上目遣いに俺を伺う様子はなんとも男の保護的欲求がそそられる……


 相変わらず誰の異論も挟む余地の無い美少女であるが、どこか頼りなげな仕草と雰囲気から美女という表現よりも可愛らしい少女の印象が一際強い特異ともいえる魅力がある美少女。


 「ですが、我が七峰しちほう臨海りんかいとの関係を重視しているのは変わらず……」


 その巫女姫は、”本日は”どうやら外行きの”猫っかぶり”モードの様子だった。


 ――以前に会った時と基本同じ巫女装束だが……


 「……」


 俺はそのてるの深めに巻かれたしゃの薄い肩掛けが妙に気になった。


 ――この季節に首まで覆う衣装はどうなんだ?


 と……


 「それで、え、えっと?どうかされましたか?鈴原すずはら様」


 ――おっと!?


 観察するのに気を取られてしまっていた俺はかのじょの声で役割を思い出す。


 「貴国の事情は理解した。一国を率いる身となれば事情も様々、気にされることはない。それより本日は巫女姫殿の護衛に見慣れぬ顔があるが?」


 俺は予定通り謝罪は快く受け取り、そして咄嗟に誤魔化して話題を変えた。


 「は、はい……か、彼も六神道ろくしんどうの神官家のひとり……です」


 ――?


 なんだ?


 適当に話題を振っただけなのに、なんだか妙な反応だな?


 俺は違和感を覚えながら取りあえずもう一度、七峰しちほう面子めんつをざっと観察してみる。


 ――


 ”神代じんだい”である六花むつのはな てるの一歩下がった両脇には男と女が各一名。


 片方は既に見知った顔の、前髪を横に流したミディアムヘアで真面目まじめな印象の東外とが 真理奈まりな


 そして、もうひとりの男が初見の……


 「……」


 年齢的には三十前後、目付きというか、ガラの悪さを全身から醸し出す痩せ男だ。


 「六神道ろくしんどう永伏ながふし 剛士たけしだ……です。臨海りんかい王……閣下、悪ぃがこの後で志那野しなのへ寄ってそこに滞在してるっていう黄金竜姫おうごんりゅうき……様とウチの神代じんだいの面会する許可もらえねぇ……頂けませんかね?」


 ――口を開いた”ガラの悪い男”は……中身も見た目通りだった


 「どんな理由でだ?」


 俺は礼儀とかはあまり気にならない方なので、それを軽く流して理由を問う。


 ――まぁな……


 真琴まことあたりがこの場に居たなら、俺に対する口の利き方にブチ切れて飛びかかりそうだが、幸いこの場に同席しているのは陽子はるこ雪白ゆきしろである。


 「……」


 実際、陽子はるこはさっきから全く相手にする価値も無いとばかりに――


 良家の子女としてはどうかと思う行儀であるが、豪奢な椅子の肘掛け部分に頬杖を着いているし……


 「……♪」


 雪白ゆきしろ雪白ゆきしろで、既にきたのか?多分、別のことを考えて鼻唄を口遊くちずさんでいる。


 基本この娘は相手に”殺気”さえなければ特にその辺は関係ないようで……



 「あ、あの、”魔眼”という共通の宿命を背負う者同士、あの……燐堂りんどう 雅彌みやび様には一度お目にかかってみたいと……」


 そして俺の問いには、その”ガラの悪い男”でなく六花むつのはな てるが答えていた。


 「……」


 ――成る程、それらしいが……なんとなく違和感もある


 「あの……駄目でしょうか?」


 ――だが


 断る理由は在るかと言うと、それも無い。


 「許可しよう。但し護衛は十名以下で頼む。向こうもバタバタしているだろうからな」


 恐る恐る確認してくる六花むつのはな てるに対し、如何いかにも取って付けた理由を足して臨海側こっちの警戒心をワザと相手に悟らせ牽制しておく。


 「はい……有り難う御座います」


 「……」


 ――よそ行きの猫かぶりモードだとしても本日の六花むつのはな てるはなにか……


 ――変だ


 「では私共はこれで……」


 どこか違和感を覚えつつも、俺は頭を下げてから別れの挨拶をする七峰しちほうの面々をそのまま見送るしか……


 「あの!臨海りんかい王陛下!!」


 ――と、その時


 用件も済み、まさに去ろうと挨拶をする神代あるじの言葉を横から遮る従者の女。


 「?」


 ――東外とが 真理奈まりな


 ――今回は”やけに静か”だと思っていたが……


 「すみません。今回ご迷惑をおかけしたのもありますので……鶴賀つるが名産をお持ちしたのを忘れていました!」


 ――名産?……手土産の話なら事前に聞いている


 荷車二台分もあったそうで、それらは既に倉庫へと納められたと。


 それに、俺はそれが主君の言葉を遮ってまで捻込む話かとも思ったが……


 「ああ、聞いているぞ。確か名物の”豆落雁まめらくがん”だったか?結構な量を持って来てくれたそうだな」


 取りあえずは頷いてみせた。


 ――豆落雁まめらくがんとは、大豆を原料にした鶴賀つるがの銘菓である


 「はい。既に受け渡しはさせて頂きましたが……特に選りすぐりを手元に持参も致しましたので、ぜひ!」


 そう言うと真理奈まりなかしこまった作法で懐から包装されたお菓子を差し出した。


 「お、おう?それは……ご丁寧に」


 ――”選りすぐり”?


 量産のお菓子にそんなものあるか?


 思いつつも俺は、それを物欲しそうに見ていた雪白ゆきしろに受け取らせてから礼を言う。



 以前まえに会った時、六神道ろくしんどうでは参謀的役割であろう東外とが 真理奈まりなは――


 「……」


 一見、生真面目きまじめそうな外見だが、実は透けて見える含みのある悪い笑みが似合う中々の切れ者であった……


 だが、なんというか今回は様子が違った。


 しかし――


 「では我々はこれにて失礼致します」


 最後に数秒間、俺の顔をジッと見た東外とが 真理奈まりなは仕切り直しで頭を下げてからあるじである六花むつのはな てるを促して去って行く。


 「……」


 受け取った”豆落雁まめらくがん”を見て――


 俺は確信する。


 ――


 烏峰からみね城を去って行く七峰しちほう一団を確認してから俺は隣を見た。


 「どう思う?」


 そしてそれだけ問うと、隣に座った美姫はも”つまらない事を聞くのね”とでも言うように、行儀悪く頬杖を着いたままで俺に視線を向ける。


 「こんな解り易い伝聞はないでしょう?」


 「だね、お早くお召し上がり下さいってことだよ、さいか」


 ”豆落雁まめらくがん”を手に、物欲しそうな視線を張り付かせる雪白ゆきしろ余所よそに――


 「……」


 「……」


 俺と陽子はるこは視線で同意しあっていた。


 ――食いしん坊騎士姫の手に有るのは……


 包装紙の”両端が紐で固く結ばれた”銘菓。


 ――


 俺は軽く溜息を吐いてから呟いていた。


 「鶴賀つるがの地に裏切りの兆し……有りか」


 第二十話「駒と王」前編 END

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