第193話「垂乳根の……」後編

  第十八話「垂乳根たらちねの……」後編


 「邪魔よ!いちっ」


 ショートカットの美少女が手にした棒状武器が上段から勢いよく振り下ろされ――


 ガッッ!


 「やり過ぎだ、真琴まこと!」


 長さは違うが同様の棒状武器にて、それを頭上近くで受け止める青年。


 「我が君を侮辱した不遜の輩なのよっ!」


 ドカッ!


 頭上で武器を水平にして受け止めていた青年の無防備な腹に、少女の容赦ない蹴りが入る。


 「ぐっ!」


 ――ヒュバッ


 「ちっ!」


 しかし、表情を歪めながらも青年は、頭上にあった武器を横一閃して少女を後方へと跳び退かしていた。


 ――


 ―


 ――ええと


 「どゆこと?」


 俺は外に出て直ぐ、目に入った光景にキョトンとしていた。



 用事を済ませた俺は、熊原いや大神宮本堂から出た中庭で……


 其所そこに待機させていたはずの、部下達が何故か激しく内輪揉めの真っ最中だったのだ。


 「……」


 善く善く見れば――


 腹を押さえて片膝を着いた宗三むねみつ いちの後方には、二人のスーツ姿である女が這いつくばっている。


 ――山門をくぐる時に門前付近で見た、二人のスーツ姿の女達


 王族特別親衛隊プリンセス・ガード五味ごみ 五美いづみ九波くなみ 九久里くくりを見かけた時に、俺は要らぬいさかいが起こらなければよいなぁ、と懸念していたが……


 「宗三むねみついちぃっ!!」


 ショートカットの美少女が手にしているのは金属製の警棒。


 両手にそれぞれ、三十センチほどの得物を握り独特の低い構えから彼女は一気に間合いを詰める!


 「鈴原すずはら 真琴まこと!」


 片膝を着きながらも正面から受け止める青年の手には……


 先ほど敵ごと空を薙ぎ払った、相手の倍程の長さである同様の警棒。


 「その無礼者達を庇うというのなら……」


 どちらの得物も護衛用に携帯している軽く強度の高い特殊合金製だ。


 短い二本と伸縮する一本、護衛用に造られた武器は、高電圧銃スタンガンの様に高圧電流を流すことも可能な特別製である。


 「既に勝負は着いている。これ以上は最嘉さいか様の顔に泥を塗る事になると解らないなら仕方がない」


 二人は睨み合いながらゆっくりと対峙して……


 ――


 「だぁぁぁぁぁっ!!なにしてんの!?お前らちょっと目を離したらなんで死闘演じてんのっ!!」


 俺はその間に割り込んでいた。


 「わ、我が君!?」


 「最嘉さいか様!」


 俺の姿を確認していち真琴まことの二人は即座にその場にかしづいたのだった。


 ――


 「いやいや……だから何してんだよ、お前ら?」


 そんな二人に呆れながら問う俺。


 「あ……あの……ええと……お疲れ様です、我が君」


 微笑んで誤魔化そうとする真琴まこと


 「これは……ちょっとした行き違いと言いますか、申し訳ありません」


 取りあえず素直に頭を下げるいち


 「たく、ちょっとした行き違いで命のやり取り始めるなよ」


 とはいえ――


 いちの後方で這いつくばった二人の女達を見れば……大体の予想はできる。


 「いたた……えらいめにおううたわぁ」


 クリクリとした毛質のショートカットで地味な顔立ちの女が先に立ち上がる。


 「く、屈辱ですわ、この役立たず」


 続いて、長い巻髪の女が相方に文句を垂れながら鞭を手に立ち上がった。


 「ウチはもともと技巧派や、武術こっち手慰てなぐさみ程度って知ってるやろ?それよりアンタこそポチとタマがおれへんと口ほどにもないやん」


 「な、なんですって!!ルヴトーとヴランシェは由緒正しき狼ですわ!そこいらの駄犬や駄猫と一緒にするなんて!この田舎女が!」


 ――おいおい、立ち上がるなりに仲間割れ始めたよ、此奴こいつら……


 ――てか、駄犬はともかく駄猫ってなんだ?由緒正しき狼ってのも謎だし


 俺は本当に面倒だと思いながらもう一つ、やっておかなければならない事があった。


 「で?雪白おまえはなにをしてたんだ」


 騒動を遠巻きに、境内の石に腰掛けて白いモノを頬張る女がひとり。


 「”おにぎり”食べてた?」


 ゴツンッ!


 「あぅ!痛いよ、さいかぁ」


 俺は無言で歩み寄って、そしてその白金プラチナ髪の女が脳天に拳骨をくれてやった。


「止めろよ」


 恨めしそうに俺を見上げていた銀河の瞳は一転、パチクリと瞬いてから、


 「…………息の根を?」


 と、至極当然の様に白金プラチナのお嬢様は物騒な言葉を返す。


 ――だめだ、この娘は……


 というか、いち真琴まことは護衛のために特殊警棒を装備していたが、雪白こいつは手ぶらだ。


 えものが無いと超ポンコツな雪白ゆきしろになにかを望んでも、最初から仕方が無い事だったのだ。


 ――


 「つまり要約すると……」


 ここで出くわした真琴まこと達と王族特別親衛隊プリンセス・ガードの二人は些細な事から言い合いになった。


 因みに些細な事とは、二人が臨海りんかい軍に入るのを拒否して、元からの主である京極きょうごく 陽子はるこの護衛としてだけ職務を全うするという事に対してだ。


 それが臨海りんかいを束ねる俺に対して不遜だと、特に真琴まことあたりが噛みついたのだろう。


 敗戦の将の処遇は勝った方が決める。


 配下に入れるか、処分するか、それとも自由を与えるか……生殺与奪の権利は勝者にこそあるのだと。


 ――とはいえ、二人の事は俺が許可した


 と、言うかそもそ王族特別親衛隊プリンセス・ガードの面々は全員が臨海りんかい軍に入ったわけではない。


 二人のように陽子はるこの護衛に留まりたいという希望者も何人かいて、俺はそれを許可していたのだ。


 「俺の判断だ。異論があるのか?」


 「い、いえ!そんなことは……」


 俺の視線を受けて真琴まことは小さくなる。


 ――悪気が無いのは解るが……


 毎回いつもながら真琴まことの行き過ぎた俺への忠誠心には手を焼く。


 「ええと、誤解の無いよう言うとくけど……領王閣下はんのことは凄い方やてわかってますけど、なんていうか、仕えるにはちょい気持ちの整理がていうか、怖いていうか……」


 ――”領王閣下はん”?


 敬称を重ねる謎な呼び方に少々呆れるも、俺は中々に本質を見抜く目がある五味ごみ 五美いづみに素直に感心した。


 「鈴原すずはら様は知勇に秀でた素晴らしい方ですわ。わたくしとしても家臣の末席に加われる栄誉は光栄な事なのですが、如何いかんせん、あの”飛びザル”が同僚になるというのが耐えられませんの」


 ――飛びザル?


 ああ、加藤かとう 正成まさなりのことか。そう言えば前の戦で一悶着在ったらしいな。


 俺は二人の言い分?を聞いてから問題無いと頷いて見せた。


 「あら、どうかしたのかしら?闘いの残り香がするけれど」


 其所そこへ――


 燃えるような赤髪と瞳のペリカ・ルシアノ=ニトゥと、気怠い雰囲気の宮郷みやざと 弥代やしろ、そしてお団子髪型ヘアーでおっとりな花房はなふさ 清奈せなが連れ立って現れる。


 「いや、なんでもない。思ったより早かったな」


 俺は話がややこしくなる前にやり過ごそうと、これまでの経緯いきさつには一切触れずに会話する。


 ――しかし流石、鼻が利くな戦闘狂バトルフリークスめ!


 「そう?母子おやこの感動的対面はもう果たしたのね?立ち会えなくて残念だわ」


 見事に燃える赤髪を掻き上げて、勝ち気な美女は微笑む。


 ――此奴こいつらが遅れて来て本当に良かった


 破壊女ペリカが居たなら小競り合いが大嵐に成りかねなく、大神宮の本堂も跡形無く焼け落ちていたかも知れんし、弥代やしろは物事をややこしく掻き回す厄介な女だからなぁ。


 「なにかしら?」


 「いや、それよりサッサと温泉に行くぞ、休暇は今日一日だけだからな」


 思わず二人の美女をジッと見ていた俺、


 それに気づいたペリカが不審な視線を向けて来るが俺は誤魔化した。


 「そうですね、用意した車に銘々別れて乗って下さい」


 容赦ない蹴りを食らって、未だ腹をさすりながらも仕切るいち


 「悪いないち、お前も忙しいだろうに」


 その横に並んだ俺は聞いた。


 「お気遣い無く。日乃ひのへは御山を下って車で二時間ほどですし、明日朝一で向かっても問題ありません、温森ぬくもりが一足先に覧津みつ城の猪親いのちか殿の元へ到着していますから……彼は仕事を任すに足る、頼りになる副官ですよ」


 部下の自慢で誇らしく笑ういちに俺は応えながらも再度心の中で感謝する。


 ――あのバカ親の事もそうだが……


 一見して愉しみ満載の美女軍団との温泉旅行であるが、実際、こんなクセのある女ばかりの中で、いちが居てくれるのは俺としては非常に心強いのだ。


 ――


 「約一名ほど無関係な者が居るみたいだけど、揃っているみたいね」


 そうこうしている間に俺から遅れること数分、黒髪の暗黒姫クールビューティーが姿を見せた。


 ――!!


 そして空気は……特に女達の雰囲気が一瞬で張り詰めるのがわかった。


 「残ってなにを話してたんだよ?」


 俺はそんな空気を少しでも和らげようとそう声をかけるも、


 「唯の世間話よ、最嘉さいかがどうやって私を口説いたかとか……気になるかしら?」


 ――!!!


 更に凍り付く女達の空気。


 ――はるこぉ!!なんでそう好んで俺を修羅の地へと誘う!


 怒り心頭、だが俺は……


 「いえ、結構です」


 丁寧なお断りの言葉を返し、益々鋭くなった刃物のような女達の視線に串刺しになりながらも、ぎごちなく魔女が創った"修羅の地”を踏み出していた。


 ――い、一秒でも早くこの場を去りたい!


 ――温泉、そう温泉で身も心も癒やすのだ!


 「姫様、ではわたくしたちは先に……」


 主君の姿を確認してだろう、王族特別親衛隊プリンセス・ガードの二人は頭を下げてからこの場を去った。


 恐らく先回りして車の護衛をするためだ。


 「そうね、行きましょう」


 そんな部下達に一瞥だけした、俺の心情をきっと理解しているだろう小悪魔は……


 なんとも悪戯っ子の笑みでそう微笑むと俺の隣に並んで華奢な腕を絡めて来る。


 「だ・か・らぁっ!わたくしの許可も無くなにをしているのかしら、暗黒姫!!」


 ペリカの紅い双瞳ひとみが怒りで更に紅く燃えあがり、上品ながらもドスを効かせた声で拳を構える。


 ――いやいや、全然冗談になってないぞ?一般人に”覇王の拳"は流石に……


 「私は最嘉さいかの隣で良いわ。他の有象無象は適当に余所よその車に乗りなさい」


 ――ってぇぇ!!だからお嬢さん!!状況!!危機管理能力皆無かよっ!!


 「後から出しゃばって来て仕切らないで!京極きょうごく 陽子はるこ!」


 陽子はるこの度重なる傍若無人ぶりに耐えきれず、真琴まことも加わる。


 「そうねぇ、陽子はるこ様がどういう算段つもりかわからないけどぉ?その態度はちょっとぉ、優位なつもりでそれを振りかざしてるみたいでぇ…………不愉快だわ」


 ――おおっ!


 相も変わらず気怠げな女、弥代やしろだが、さっきのは……


 最後の最後で毛色がガラリと違う、鋭利な刃物と化した言葉と鋭い視線で……


 メチャ怖い!!


 ――


 かくこれは、尋常で無い殺気を放つ女達を向こうに回した”三対一”の死闘デス・バトル


 ――流石の陽子はるこもここは少し折れた方が……


 「優位なつもり?事実そうでしょう。最嘉さいかにとって私は、貴女達とは全てが違うのよ」


 しかし、京極きょうごく 陽子はるこはある意味で今日もブレずに京極きょうごく 陽子はるこだった。



 「ふふ……ふふふ……我が拳を前に巫山戯ふざけ暗黒姫おんなだわ」


 「こ、この……この女ぁ」


 「……」


 ペリカの拳が怒りでプルプル震え、真琴まことが今にも飛びかかりそうに腰を落として、弥代やしろは無言にて殺気を解放する。


 「事実、圧倒的に優位なのよ。そうね、昼も…………”夜"も」


 ――は?


 ――は?は?


 「おおおおおぉぉぉぉーーーい!!」


 この女、なに含んでんのっ!!


 てか、言うかっ!?


 格式高き大国のお姫様が!普通"それ”を公衆の面前で言うかぁっ!?


 ――っ!!


 ほら見ろ!敵意が一気に俺に向いて来てるし!


 特に真琴まことなんかポロポロ泣いて……


 「さ、最嘉さいかさま……」


 ――くっ!


 駄目だ、このままじゃ……なんか色々……駄目っぽい。


 ――ぐぐ……


 そうだ!こういう事態ときこそ”宗三むねみつ いちくん”だっ!


 そう彼しかいないっ!!


 俺は藁にも縋る思いで決断し、即実行に移る。


 「お、俺は、いちと同じ車で行くから……お、男同士、積もる話もあるし?な、なぁ?いちさんや…………おっ!?」


 だが、其処そこに俺の”救世主”の姿は無かった!


 「お?おお!?なぜ!!」


 宗三むねみつ いちはそそくさと、先に門まで歩いていたのだろう……その人影シルエットは既に小さくなっていたのだ。


 「お、おい、いち!!いちさんよぉぉ!!俺も……俺も連れてってぇぇっ!!」


 俺は力の限り叫ぶ。


 「すみません、最嘉さいか様。やはり私には命に代えても外せぬ仕事があるので日乃ひのに向かいます」


 一応振り向き、蚊の鳴くような小さい声でそう返す男。


 「いや!お前、仕事は大丈夫って……」


 「温森ぬくもりも、いまいち頼り無いですから!ではっ!」


 言うが早く、サッと背を向けて脱兎の如く場を去る男。


 「言ってることがちがーーーう!!」


 ――てか、自分の保身で部下の評価を公然と落とすなんてなんて鬼畜だ!


 温森ぬくもり 泰之やすゆき、四十三歳。


 理不尽に社長の前で評価を落とされる悲しき中間管理職。


 ああ無情レ・ミゼラブル! 宗三むねみつ いちが副官……


 ――


 「最嘉さいか?」


 「最嘉さいか……さま?」


 「サイカくん?」


 「もぐもぐ……」


 ――おおおおおおおおっ!!


 鈴原すずはら 最嘉さいかは激怒した。


 かの邪知暴虐の宗三むねみつ いちを除かなければならぬと決意した。


 「おおおおおっ!!セリヌンティウ……じゃなくていちぃぃっ!!」


 俺は意味不明な怒りでその場を誤魔化し、なんとか脱出したのだった。



 ――

 ――



 「それで?本当はどういう理由でわたくし達を……最嘉さいかに関わる女達を集めたのか、聞きましょうか?暗黒姫」


 鈴原すずはら 最嘉さいかが下手な演出で一時離脱したのを見届けた後、ペリカ・ルシアノ=ニトゥは打って変わった冷徹な口調でそう尋ねた。


 「う……ぐす……そ、そうよ、最嘉さいかさまにも内緒でなんて……私に我が君に対して嘘までかせて……キッチリ説明して貰うから」


 半べそながら、ここぞと鈴原すずはら 真琴まことも気迫を込めて詰め寄る。


 「そうね……関係無いのが一人ばかり入っているけれど、まぁ全員ね」


 暗黒の美姫はその奈落の双瞳ひとみでチラリと、指摘したお団子髪型ヘアー花房はなふさ 清奈せなを見る。


 「花房 清奈かのじょは温泉に行くならとぉ、主治医だからサイカくんの治療に同行したのよぉ」


 突如放り込まれた予期せぬ女の戦場に戸惑いオロオロするだけの清奈せなに代わって、宮郷みやざと 弥代やしろがその理由を口にする。


 「もぐもぐ……」


 そして――


 庭石に腰掛けたまま、四個目のおにぎりを口に運ぶ雪白ゆきしろ


 「そうね、ああ見えて身体からだはボロボロだもの彼……良いわ同行を許可するわ」


 身を貫く三人の敵意と、一人のオロオロした視線、そして”おにぎり”を頬張る食いしん坊美少女と……


 京極きょうごく 陽子はるこは他を全て敵に回す状況でさえも一ミリも動じない。


 「自分だけが最嘉さいかを知ってるとでも言う様な物言いが気に障るけれど、かく、話しなさいな」


 「最嘉さいかさまのお命にかかわると言うから、我が君にも黙ってこの場を用意するのに手を貸したのよ!」


 ペリカと真琴まことの二人はもう跳びかかる寸前の剣幕である。


 「そうね……」


 だが、陽子はるこはこの期に及んでもまだ少し思案している様子であった。


 「お姫様の道楽と違ってぇ、ちゃんと軍に携わる仕事のある私たちってぇ、暇じゃないのよぉ?」


 「え、ええと……は、はい、そうかも……です」


 気怠そうな言い方でもズキリと的確に急所を突いてくる宮郷みやざと 弥代やしろと、


 ひたすらに落ち着かないでいる花房はなふさ 清奈せな


 「もぐもぐもぐ」


 そして――


 握り飯を食べ続ける白金プラチナのお嬢様。


 「そうね、けれど少し込み入った話だから詳しくは宿で……彼が居ない場所でゆっくりと話すわ」


 「……」


 「……」


 「……」


 「……」


 「もぐもぐ……ごっくん」


 そこまでで――


 遠く門の方から人影が……ガックリと肩を落とした人影シルエットがこの距離からも確認出来た。


 そうだ、鈴原すずはら 最嘉さいかが唯独りで門をくぐって戻ってくるのが見えたのだった。



 ――

 ――



 「くそ、逃げやがった……いちめ……?……なんだ?なんかあったか?」


 信頼していた腹心にアッサリと逃げられ、仕方なく戻って来た俺は……


 先ほどとも違う妙な空気に、つい懲りずに聞いてしまう。


 「別に、なんでもないわ。それより行きましょう」


 しかし、ニッコリと微笑んだ陽子はるこはそれには答えず、先ほどの再現とばかりに俺の肘辺りに自らの華奢な腕を回して寄り添った。


 「だからなんで貴女が最嘉さいかさまの隣にっ!!」


 またも血を見るような展開が始まるのか!?


 と、俺の血の気が引きそうになった時だった……


 「あ?……あああああっ!?」


 ――!?


 場違いな大声が響き、その場の全員が思わずそちらを向いたのだ。


 ――果たして其処そこには……


 「あ、あの……いえ、”夜も”ってあの……そ、そう言うことなんですね」


 「……」


 ――いまさら……


 ――今更なんだよ、清奈せなさん


 俺は肩を落とし、他の者達も彼女の天然ぶりに毒気を抜かれ呆れていた。


 「そ、そういうひとが、王様の、と、隣に座るんですね?なら……」


 そんな皆の反応に気づきもせず、お団子髪型ヘアーの女子はニッコリと眩しく微笑んで……


 「でしたらぁ、お、王様の最初は、わ、私ですねぇ?ふふふ。む、昔からそういうのお好きですし」


 ――超特大の不発弾を起爆させるっ!!


 「……」


 「……que?」


 「……え?」


 「……なにぃ……それぇ」


 陽子はるこ、ペリカ、真琴まこと弥代やしろの表情が同時に凍り付いた。


 「おおおおおおおおおおおおぉぉーーーーーーーいぃぃっ!!」


 俺の頭は一瞬で真っ白になり、次いで怒濤のツッコミが魂からほとばしっていた!


 「お、王様が……"女性の事も知っていないと色々とこの先困るから経験を"と、は、花街に行かれようとしていたので、それは安全じゃないし、お、お金が勿体ないから、そ、それならば私がと……」


 「は?最嘉さいか……貴方あなた


 ――事実です


 ペリカの燃える双瞳ひとみに睨まれて俺は項垂うなだれるように頷いた。


 「い、何時いつですかっ!!清奈せなさん!!最嘉さいかさまとそんなこと、いつ……」


 「え?ええと、お、王様が十二?い、一緒に修行してた時?そ、その後も……」


 「っ!?うぅ……」


 真琴まことはもうポロポロと泣いて俺を恨めしそうに見続けるばかり。


 ――くっ……


 確かに、十二の時の俺は清奈せなさんと共に修行と研究に明け暮れていた。


 で、技とかだけでなく"そういう”のも……


 一応、駄目もとで言ってみたら意外とあっさりOKだったのだ。



 「わ、私も男性は知らなかったのですが、まぁ、ひ、必要な経験ならと、王様と二人で研究を……なので私が先?でしょうか?だったら、お、王様の隣は……わ、私?」


 「……」


 「……」


 「……」


 「……」


 無垢な花房はなふさ 清奈せなを通り抜けて、四人の女の殺意が俺を……


 「……」


 「Diablosディアブロスっ!!」


 「さ、最嘉さいかさまぁ!!」


 「はぁ、彼女が一番”部外者”じゃ無いじゃないのぉ?」


 全くもって反論できない俺。



 因みに陽子はるこは、温泉に着いてからも暫くは口さえ聞いてくれなかった。


 そして……最早どうでも良いとさえ言えるだろう車の座席争いは――


 ――


 「……」


 「さいか?」


 いつの間にか姿を消していた雪白ゆきしろが”ちゃっかり”と車で待機して居り、


 俺の憔悴しきった顔を不思議な表情で眺める白金プラチナ美少女を隣に置いて、一行は温泉宿に移動したのだった。


 第十八話「垂乳根たらちねの……」後編 END

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