第193話「垂乳根の……」中編

  第十八話「垂乳根たらちねの……」中編


 「この”あかつき”で信仰されている主立った宗教、それらの由来はちゃんと理解している?歴史とか時代背景とか」


 職業意識スイッチが入った熊原いや大神宮最高位である当世の”浄皇じょうおう”……


 我が母である菜里さいりの宮の問いに俺は沈黙したまま頷いた。



 ――神代かみよの世界


 辺り一面が海だった時代に、この島国……”あかつき”を生んだのは、


 最古の王国、天都原あまつはらの始祖とされる”国産み神”だ。



 そしてその後、大陸から伝来したのが”仏法”である。


 さらにその後世に民衆から起こったのが宗教国家七峰しちほうの”七神しちがみ信仰”であるが……


 いまあかつきが生まれる以前、大海を支配していたのは龍族と呼ばれる古神達であり、


 その代表格が旺帝おうていが崇める"龍神王”だ。



 伝統を重んじる奴ら宗教家が重要視する起源とやら、歴史の古さ……


 つまり、時系列的に並べるなら――



 そもそも仏法は渡来した時期でなく起源というならもっと昔であろうし、我が臨海りんかいも含む小国家群が氏神である地方神、”熊原いや大権現”も国産みの前から存在する神であると伝えられていたような……



 ――結論


 「カビの生えた神話の時代背景や起源の順番なんかに意味があるのかよ?」


 暫し考えた末の俺の返答はこうだった。


 どの国が推す神が最も歴史があるとか、どの神が正統だとか、


 普段から公言している持論どおり、俺には宗教論争なんぞには興味が無いという結論を再表明する結果になったのだった。


 「そうね、意味は無いわねぇ」


 「おい!」


 一応は真剣に考えて出した俺の応えに母親はアッサリと、我が人生の貴重な時間を浪費させた事を悪気も無く認めたのだ。


 「怖い顔してないで、的を射た息子の答えに感心しただけよ。意味があるのは順番で無くて……」


 菜里さいりの宮はそう言いながら、俺の隣に座る陽子はるこを見る。


 「…………共通点ということでしょう。そうね、例えば”神”という存在」


 視線による急なフリにも整然と答える陽子はるこ


 「さすが!最嘉もりよしくんの嫁」


 我が母親はその回答に十二分に満足したのだろう、グッと親指を立てて笑った。


 ――おいおい


 ”浄皇じょうおう”の威厳もなにもあったもんじゃない軽い反応だ。


 「……」


 ――で!


 陽子はるこ陽子はるこでそこで頬染めてうつむくんじゃない!可愛いなぁ、こんちくしょう!



 ”あの一件”から京極きょうごく 陽子はるこはなんというか……


 異性として俺に対する反応が非常にオープンになった気がする。



 「はいはい、もりヨキ。鼻の下のばさない」


 「うっさい!俺をつぶさに観察してんじゃねぇよっ!!あと”もりヨキ”言うなっ!」


 顔を真っ赤にした俺の抗議を”はいはい”と受け流した母親おんなは……


 「例えば我が熊原いや大権現は"光り輝く太陽神”と伝えられるけれど……天都原あまつはらの国産み神は夫婦めおと神で、その権能けんのうをそのまま引き継いだ娘神、太陽女神が主神とされているわ。それで仏法の最高到達点に在るという如来は”無限の光アミターバ”とか”無限の寿命アミターユス”と喩えられる阿弥陀如来アミターバ・アミターユスでしょう?」


 「……」


 ――確かに、


 天都原あまつはらの神話では太陽女神の子孫が現代の天都原あまつはら王家となっているし、


 仏法では菩薩の上に如来が君臨し、それが悟りの到達点と云われているが……



 「そして七神しちがみ信仰の主神は”光輪神こうりんしん”と呼ばれているわね」


 「成る程ね、見事なほどに共通点があるな」


 俺は母親おんなの話に納得を示しながら、チラリと隣を盗み見る。


 「……」


 ――澄ました表情のままで座る黒い瞳、黒い髪の見目麗しき姫君


 天都原あまつはら王家の血を引く陽子はるこもまた、その名の由来は太陽にあるのだろう。



 「つまり?信仰は違えど崇める神は同種、人間の立場で神は都合良く姿を変えると」


 ――俺にしてみれば、宗教なんてものを利用する輩には付き物の”あるある話“だ



 「そうだけど、その宗教に携わる家系の者としては……くまで”人間の都合”とだけ捕捉しておきましょう」


 相変わらず冷めた、物事を斜めから見る鈴原 最嘉オレに対して、菜里の宮ははは呆れたように笑うとそう付け足す。


 「ああそうかい、神様ってのは邪心が皆無で偉大だねぇ」


 本性は”ちゃらんぽらん”な母親も、こういう気遣いというか、職業的誇りプライドを忘れぬあたり、熊原いや大神宮、当世の浄皇じょうおうである”菜里さいりの宮”であるのだと、俺は再認識させられていた。



 「けれど……最嘉もりよしの見解も真実の一端ではあるでしょう。熊原いや大権現は天都原あまつはら夫婦めおと神、その女神の事だとも伝えられているし、仏法の阿弥陀如来アミターバ・アミターユスと同一とも伝わってるのよ」


 「は?」


 ――いやいや、それは初耳だ……


 俺の怪訝な表情を見て取っただろう、母は続けた。


 「無論、秘伝にされてる事よ。門外不出、口外できないのよ」


 「……な、なるほど」


 ――な、なんか軽い秘伝だ


 いや、息子の俺だから口にしたと……信じたい。


 「確かにそれが真実なら、天都原あまつはら王家や仏法僧達にしてみれば面白くない話だろうしな」


 特に天都原あまつはら王家としては……


 国家として掲げる主神の母神となるワケだし、色々とプライドが傷つけられる話だ。


 「……!?」


 ――ああっ!


 ――だからか!?



 かつて……天都原あまつはら熊原いや大神宮を信仰する小国群を武力で脅かし、熊原いや大権現を有名無実化した……


 「……」


 俺は、その天都原あまつはら王家の隠れも無き姫君である陽子はるこの様子をチラリと見るが……


 「……」


 王家を貶める様な母の発言にも、彼女は意外と涼しい顔で流していたのだった。



 「母神の権能けんのうは娘に引き継がれるものだから……というか、神とは”唯一無二”で在る事を求められるから、母と娘はある意味同一神でもあるのよねえ」


 ――ややこしいな、その理屈


 他宗教の神が実は同じというのと同様に、親と子が同一ってのも"神話あるある”だ。


 ようは神という絶対的な権威の象徴が矛盾しないように整合性を求めるあまり、生物界の理は矛盾しても問題ないという……


 「唯一って……だいたい夫神はどうなってるんだ?宗教によっては神って八百万やおよろずだろ?」


 宗教の理不尽に今更文句を言っても仕方が無いので、俺は別の違和感を尋ねるが……


 「色々鋭くて聡い割には”お馬鹿な"子ねぇ……創造するのは何時いつの時代も女であって、”神"とは本来は女神の事を指すのよ。男神は主神を守護するために生み出された最も便利な道具にすぎないわ」


 ――理不尽だっ!!


 「……」


 男の立場としては色々悲しくなる解釈だが……


 そう言えば人間の遺伝子も元々は女しか無くて、男はそれを守るために突然変異で生み出されたとか?そんな説があるとかなんとか。


 女のために狩りをさせるため。


 女のために身を挺して外敵から守るため。


 女によって創り出された便利な分体。


 女のために命を差し出すことを喜びに感じるDNAを刻み込まれた悲しき生命体……



 ――なんか俺も、天都原あまつはら傘下時代に散々味わっていた事のような……


 「”最も便利な道具”………………言い得て妙だな」


 隣に座る超可愛い美姫を眺めていると――


 理不尽だと思いながらも受け入れてしまう自分がいる。


 ――これが生命の神秘なのか



 「今話している神とはもちろん”主神”のことよ。”唯一無二”だからこそ”全知全能”で有り得る存在」


 ――確かに


 多少、禅問答の様相ではあるが……


 「”全知全能”なんてものが複数も存在したら、色々と矛盾が発生するよなぁ」


 ――いや!?


 ――ちょっと待て!


 だが俺は……忘れている事に気が付く。



 「旺帝おうていの!その理屈だと燐堂りんどう家が崇める”龍神王”はどうなる!?あれは……」


 論法が回収しきれていない事柄に気付いた俺は、即座に突っ込みを入れるも――


 「龍神王ねぇ、見事なほど爬虫類っぽいわね」


 と、


 まるで他人事のように返された。


 「ど、同一の太陽神がなんたらじゃなかったのかよ!!」


 当然、俺は猛然と抗議するが……


 「もりヨキ、視力は大丈夫なの?龍は龍よ。山のように大きくて、長くて、角とか牙が生えてて、太陽と似ても似つかぬ怪物でぇ……どちらかというとアレはけものの類いねぇ」


 ――くっ!龍は想像上の怪物で見たこと無いから視力は関係ないっ!!


 ――あと”もりヨキ”言うなっ!


 「け……けもの?」


 逆ギレっぽい難癖に、俺の口から文句が出る前に……


 俺はその言い回しに違和感を覚えていた。



 「そうよぅ。けものといったら、なんて言ったかしら?世界を滅ぼす”いにしえの魔獣”って」


 シャッ――と!


 手にしていた扇を開き、口元を隠した我が母はそう言ってのける。


 「!?」


 ――なんか……


 見たことがない母親の真剣な眼差しに俺は押し黙ってしまった。


 「深海の闇に住まう目の無い巨大な蛇が、太陽を飲み込む神話があるのだけど……多分実話ね」


 俺は……


 「目の無い蛇……そんな神話は聞いたことがない」


 「言ったことないもの。これもやしろの極秘事項、秘伝、門外不出、口外できない口伝よ。最嘉もりよしはこういうの聞きたかったのよね?」


 ――くっ……


 ――まさしくそうだが……色々と腹が立つ!



 「まぁい。それで?その蛇……龍がいにしえの災厄、邪眼魔獣なのか?燐堂りんどう家の龍神王とはどんな関係だと言うんだ?」


 俺は自分でも感心するくらいに、なんとも大人の態度で会話を継続することを優先していた。


 「さぁ?わかんない。お母様はピチピチの二十歳だから、そんな昔に生きてないもの」


 「実体験は聞いてないだろうがっ!!大体お前は三十路も後半で……」


 バシ!


 「おうっ!!」


 皆まで言えず、宙に放たれた扇が俺の脳天を直撃していた。


 「くっ!事実を指摘されたら暴力に訴えるってさいて……」


 「わきまえなさい臨海りんかいの王。この場は聖域ですよ」


 凛と正座した神装束の女はいきり立った俺をたしなめる。


 ――うぅ……ずるい


 「永遠に光が届かない暗闇の底に君臨してきた大蛇の化物は、太陽を呑み込んで待望の光りを得たのです。全智にして全能の、太陽神の権能けんのうを取り込みおのが光とした……この意味がわかるかしら?」


 都合良く”場に相応しい態度”を使い分ける”自己中心女セルフィッシュ・ドレスコードレディ”は……


 残念ながら俺の母親だった。


 ――


 「呑み込んだのは太陽神の権能だというなら、それが魔獣の象徴である十二の魔眼……」


 母子おやこの不毛な争いを他所に、そこまで黙っていた陽子はるこがそっと思考を零す。


 「やばたん!!はるぴょんは、もりヨキとはレベチねぇ!」


 ――おいっ!!


 「せ、正確には、”十の神眼”と魔獣が従来から所持していた自前の、光を得られない”虚無の対眼"を合わせた”十二の魔眼”ね」


 ギロリと睨んだ俺の視線を受け流石の母も多少反省したのか、いな、流石に真剣な表情の陽子はるこに悪いと思ったのだろう、コホンと咳払いをして仕切り直した。


 「その十の神眼……俺達が言うところの魔眼ってのはつまり」


 気を取り直して俺も会話に加わる。


 「そうね、瞳とは対で存在するもの。だから十の神眼は五つの権能けんのう、つまり五人の”魔眼の姫”と同義でしょうね」


 ――主神の権能けんのうから生み出されし姫……



 ”なんで姫……女なんだ、男じゃ駄目なのか?”



 それはかつて――


 天都原あまつはら南阿なんあの戦が終わった後に、目の前の陽子はることの会話で俺が投げた”魔眼の姫”の疑問への答え合わせだった。


 ――成る程、だから”魔眼の姫”なのか


 一年九ヶ月近く経ってから得た解答こたえに、俺は大きく真実に近づいてゆく手応えを感じていたのだった。


 第十八話「垂乳根たらちねの……」中編 END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る