第193話「垂乳根の……」前編

 第十八話「垂乳根たらちねの……」前編


 臨海りんかい国の今後について、烏峰からみね城で宗三むねみつ いちと色々相談していた時だった――


 「最嘉さいかさま、菜里さいりの宮様からお手紙が届いております」


 鈴原すずはら 真琴まことが”それ”を手に現れた。


 「最嘉さいか様、何処どこに行かれるのですか?」


 なにも聞かなかったとばかりにトンズラしようとした俺をいちが呼び止める。


 「最嘉さいかさま、菜里さいりの宮様も悲しまれますよ?」


 「最嘉さいか様、臨海りんかいの主としても覚悟を決めて一度ご挨拶に伺わないと失礼に当たります」


 二人は揃ってやんわりと俺をたしなめる。


 「くっ……」



 ――”菜里さいりの宮”


 ”あかつき”中央南部で信仰盛んな熊原いや大神宮、最高位である当世の”浄皇じょうおう”だ。


 「支援を頂いたご挨拶に、後日に最嘉さいか様自身が熊原いや大神宮の浄皇じょうおうであられる菜里さいりの宮様と面会されると言われていたではないですか?」


 「うう……」


 いちめ、耳の痛い正論を……


 独立小国群の多くはこの熊原いや大神宮の氏子であることから、俺はその威光を利用して国を束ねた。


 その挨拶が”だ”であったのだ。


 「ちょっと今は時間が取れそうにないかも、なあ?」


 「愛おしい息子に会いたいと泣かれておいででしたよ、おいたわしい」


 それとなく真琴まことに助けを求めるも、悲しい瞳を返される。


 ――そう、熊原いや大神宮の浄皇じょうおう菜里さいりの宮は我が母なのだ


 臨海りんかい国前領主であった鈴原 太夫たいふの側室であり、三男である俺の実母。


 「あ、あぅ」


 ――真琴まこと……そんな涙目で見るなよ、絶対”あの女”はそんなタマじゃない


 家庭の事情と自身の心情から、それを先延ばしに延ばしてきた俺は反論できずに渋々と真琴まことの手から手紙を受け取って、ガサゴソと封印を解いて内容を確認す……



 ――前略、拝啓


 ――直ぐ来い


 ――早々に!かしこ



 「………………………………………………………………………………ねっ!」


 そらみたことか!と激しく同意を求める俺に、二人の"側近”兼”幼馴染み”はそっと手紙ブツから目を逸らしていた。


 「いやいやいやいや!!なんだこのふざけた手紙はっ!”早々”がなんか別の意味で余計に煽って来ててムカつくしぃっ!!」


 ――ホンッと"こういう母親おんな”なのだ!!


 「これが氏子を導く大神宮の浄皇じょうおうが一国の王に宛てる手紙かよっ!紙と輸送労力の無駄遣いしやがって!!」


 ――だから会いたくな……


 「最嘉さいか様」


 「最嘉さいかさま」


 ――う!


 怒りにまかせてまた先延ばしにしようとする俺を、二人は優しい視線で諫めていた。


 「私もちょうど例の件で日乃ひのへ打ち合わせに向かう予定でしたから、途中までご一緒しますよ、最嘉さいか様」


 「そうそう、御山には有名な老舗温泉旅館があったじゃないですか?一日くらいは時間的に大丈夫ですし、一泊されて今後のために鋭気を養われてはどうですか?ね?ね?最嘉さいかさま、お背中お流ししますよ、我が君」


 いち真琴まことには母子おやこの事で大変に気を遣わせて申し訳ない。


 ――あと、真琴まこと……”お背中”は慎んで辞退させてもらう


 「…………わかった」


 俺は最早これまでと、ほんっっとうに渋々と頷いたのだった。


 ――


 ―


 ――で


 半島中央の険しい山中に建立されし熊原いや大神宮へ。


 そこで久方振りに対面した母子おやこは……



 「でぇ?”はるぴょん”は”もりヨキ”のどこらへんにぃラヴなのぉ?」


 ものすっごくくつろいだ女が主座にて身を乗り出し、前に正座した黒髪の美少女に超馴れ馴れしい口調で絶賛絡み中だったのだ。


 「ええと……それは……」


 姿勢良く正座した美少女は、困惑の表情で整った紅の端を震わせている。


 「…………なにしてんだ?陽子はるこ


 俺は部屋に案内されるなり、意外な人物とその人物にしては珍しい表情を目の当たりにしていたのだ。


 「顔?顔とかタイプ?はるぴょん的にはイケメン?」


 「ええと……よ、良いと思います」


 「わぁぁぁ!はるぴょんは面食いだぁ!もりヨキぃ、嬉しい?嬉しい?」


 そして俺の方を見てふわふわと手を振る”ウザ絡み女”


 「誰が”もりヨキ"だ!やめろって言っただろうがその呼び方」


 俺はズカズカと部屋内まで歩き、そして困惑で少々憔悴気味である美少女の隣に座る。


 「さ、最嘉さいか……」


 ホッとした表情で美しい暗黒の瞳を滲ませた"無垢なる深淵ダークビューティー”の姿は……中々に希少レアで可愛いらしい。


 「で……なんで陽子はるこ熊原大神宮ここに居るんだよ?」


 俺は一応聞いてみるが――


 山門をくぐる時、門前付近で待機した二人のスーツ姿の女達を見かけた。


 王族特別親衛隊プリンセス・ガード五味ごみ 五美いづみ九波くなみ 九久里くくりと言ったか?


 その二人を見かけた時から大方の予想はしていた。


 「ご、ご挨拶によ、最嘉さいかが今日ここに来ると聞いたから……」


 ――同じく山門付近で待たせた、真琴まことたちと揉めてなきゃ良いけどなぁ


 俺は連れて来た……というか、着いて来た面子を思い返し、少し頭痛がする。


 「なるほど」


 そして陽子はるこの行動は……


 ――雪白ゆきしろ真琴まことたちに対する抜け駆けか


 俺は納得しつつ、相変わらず大した情報網とその無駄な使い道に呆れていた。


 「最初はねぇ、”陽子はるこ様”、”菜里さいりの宮様”だったんだけどぉ、もりヨ……最嘉もりよしの良いひとっていうから、ね、他人行儀もなんだしぃ、”よろー”ってことでぇ」


 「く……相変わらず頭痛い話し方しやがって、この女」


 途中で俺が睨んだことで辛うじて俺の呼び名を訂正する母親おんな


 ――まぁ、かく……


 「此度こたびの御支援、誠に痛み入る。遅くなりましたが臨海りんかいの王としてお礼申し上げる」


 このままでは話が進まないと、俺は色々横に置いて深々と頭を下げた。


 ――


 「れはご丁寧に、臨海りんかいの繁栄は我が氏子の繁栄、なれば巡り巡って熊原いや大権現への御奉公にも成りましょう。頭をお上げ下さい臨海りんかい王、鈴原すずはら 最嘉さいか様」


 スッと背筋を正し――


 主座に座した女は凜として応じていた。


 黄金の平額を冠した女は長い黒髪を丈長で結い、絢爛でありながら厳かな神職装束で俺と対峙する。


 職業意識スイッチの入った彼女は……


 真に古神に仕えし最高位の神官であった。



 「実は……本日は礼とは別に聞きたいことがあって来た」


 続ける俺に母親おんなは……


 「……」


 「これは重要な話だ。古くからあかつきを支える熊原いや大神宮の浄皇じょうおうならばと……」


 「……」


 「つまり、これはあかつき全体の命運も左右する……」


 「……」


 「……」


――


 「…………………………陽子はることの"馴れ初め”は後で話す」


 「それなーーー!!」


 古神に仕えし最高位神官はやっぱりバカだった。


 第十八話「垂乳根たらちねの……」前編 END

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