第192話「再編」後編

 第十七話「再編」後編


 壇上に登った俺が振り向いて敬礼すると――


 ザザザザザッ!!


 居並ぶ諸将達が一斉に姿勢を正して頭を下げた。


 ――壮観だな


 眼下には整列した五百人越えの主立った部下達。


 数メートルもある壇上の玉座に座した俺の足下に広がる光景だ。


 右隣では参謀であるアルトォーヌ・サレン=ロアノフが控えて立ち、壇下の左右には宗三むねみつ いち鈴原すずはら 真琴まことが山門の阿仁王、吽仁王の如く俺を守護して目を光らせている。


 そして此処ここ岐羽嶌きわしま領は烏峰からみね城に新設したばかりの講堂は、これだけの人数を収容してなお余裕がある巨大つ荘厳な造りの建造物であった。


 言うまでも無く臨海りんかい主城であった九郎江くろうえ城、謁見の間とは比べものにならず、天都原あまつはらの主城である紫廉宮しれんきゅうや、かつての旺帝おうてい領土にあった那古葉なごは城にある儀式用建造物と比べても遜色ない程であろう。


 ――まぁ、な……


 臨海りんかいという国家も、その国主たる鈴原 最嘉オレも、天下に号令する立場になった以上は多少散財してもこのくらいの体裁は必要だろう。


 故にこの烏峰からみね城を手に入れてから、俺が最優先で着工したのは――


 城防衛設備と司令室などの改修工事、そして今後様々な儀式に利用するだろうこの講堂の建設だったのだ。


 「……」


 そんな事を思い返し、俺が玉座にふんぞり返っている間にも、儀式は滞りなく進んで行く……


 ――


 今や”参謀”兼”秘書”ともいえる立場である才女、アルトォーヌ・サレン=ロアノフ嬢。


 彼女はこういう面倒くさ……もとい!形式張った儀式にも委曲を尽くす有能な部下で、おかげで俺はこうして所々で手を抜く……いや!任せることが出来る。


 「では、最嘉さいか様から今回の尾宇美おうみ戦での――」


 そうしている間にアルトォーヌから俺へと目配せが在り……


 ――


 俺は頷いて立ち上がる。


 ――ザザザザザッ!


 途端に数百の諸将は深々と頭を下げた。


 「……」


 俺がこれから行うのは、先の戦での功労者をねぎらい褒美を与える儀式……


 つまりは”論功行賞”である。


 武人にとっては最大の誉れの場、いつもながら諸将の緊張感が目に見えるようだ。


 戦を生業なりわいとする将達にとってその成果の正統な評価がなされる場で在り、また今後の地位に直結する一大イベントであるから無理もない。


 「ずは皆、大義だった」


 俺はお決まりである諸将を労う言葉を枕詞にゆっくりと後を続ける。


 ――


 「……武功第一は荷内にだい 志朗しろう!」


 愈々いよいよその発表に入った俺の言葉に、意外にも諸将は静かだった。


 「荷内にだい 志朗しろう殿、前へ」


 俺の言葉を受けて、アルトォーヌが指名された初老の男を促す。


 「は!有り難き幸せ」


 諸将一団から進み出た荷内にだい 志朗しろうは、俺の正面のまで来るとかしづいて感謝を述べた。


 「続いて武勲第二は……」


 なおも儀式は進むが――


 武勲第二の発表に対する諸将の反応もまた、実に静かなものであった。


 ここまで――


 滞りなく進行しているのには当然下準備あってのことだ。



 ――時は一週間ほど前にまで遡る



 「”武勲第一”を荷内にだい 志朗しろう殿にですか?」


 俺は自分の考えを参謀のアルトォーヌに打ち明けていた。


 「そうだ」


 「……」


 俺の言葉を受け、白い肌、白い髪の色素が薄い美女は暫し考える仕草をする。


 思いに耽る、透けるような髪と肌の薄幸の美女……


 実に絵になる情景だ。


 「韓非子かんぴし……”汗馬の労”という事ですね。宜しいかと存じます」


 ――おお、さすが長州門ながすどきっての才媛!


 これだけで俺の意図を完全に酌み取った相手を俺は心中で賞賛していた。



 ――荷内にだい 志朗しろうは今回、戦働きをしていない


 いや、正確には戦闘に加わる機会が無かったという意味でだ。


 戦場になった岐羽嶌きわしま領と尾宇美おうみ領、香賀美かがみ領、そして九郎江くろうえと……


 それらの後方地域に当たる赤目あかめ領にて、宗三むねみつ いちが不在の間は領主代行を務める荷内にだい 志朗しろうもっぱら物資や情報中継地点としての後方支援、または不測の事態へ対する備えとして……


 一見地味だが必要不可欠、つ少しの失敗が全体に影響するという重要なかなめ部分を担ってくれた。


 実際、戦とは――


 兵の質や量に劣ろうともやりようはあるが、食料を含めた物資を欠けば……


 人は戦どころかその地で生きることさえままならない。


 そういう当然であるが”当たり前”ゆえに疎かにされがちな役職の評価を戦場で先陣を切って戦う様な、総大将としてはあまり褒められたモノでない俺が自ら示すことにより……


 命を張って最前線に立つことを至上とする猛者達を納得させ、尚且なおかつ後方支援に身を置く武官や内政に身を捧ぐ文官達にも”やり甲斐”を見いださせるという目論見があったのだ。



 「では、武勲の第二は九郎江くろうえを守り抜いた旧の独立小国家軍の領主達ですね」


 ――アルトォーヌは本当に物事の道理をわきまえている


 「そうだな、敢えて外様を重用するのは今後のためにも必要だろう」


 俺は長年欲していた”参謀”に満足していた。


 「そうするなら……その情報だけでもあらかじめ周知させておくのが宜しいかもしれませんね?」


 ――ほぅ……なるほど


 俺は感心して頷いた。


 ――確かに……


 如何いかに最前線に身を置く俺自身が決めたとはいえ、戦場での武を生きがいにする猛将達には少なからず不満と動揺が発生するだろう。


 ならばそれに納得する時間を与えた方が当日の儀式がスムーズに進むという、彼女なりの細やかな気遣いだ。


 「そうだな。なら、それとなく武勲第一と第二の情報はリークしておくか」


 賛同した俺の言葉に”白き美女”は微笑みで応えたのだった。



 ――


 まぁ、そういった俺達の思惑通り儀式は滞りなく進み……


 「武勲第三は……」


 一転、眼下の諸将達から感じていた緊張感が”本気”のそれに変質する!


 「……」


 ――無理もない


 以上の理由から、実質的にこの”武勲第三”が今日の本命だろうからな。


 痛いほどの注目を受けつつ、俺は該当者の名を皆に告げる。


 「武勲第三は伊馬狩いまそかり 猪親いのちか!」


 ――っ!?


 一瞬、時間が停止した直後に――


 「……」


 「……」


 諸将の視線が渦中の人物……


 その一点にとても穏やかでない視線が集中する。


 「あ……あの……ぼ……いえ、私が?……ええと」


 色白で赤い唇で線が細く、一見して少女と見紛みまがう容姿の少年は、好意的でないどころかむしろ敵意剥きだしとも言える強烈な視線の集中放火を受けて大いにたじろいでいた。


 ――こんな子供が?


 ――南阿なんあ子供ガキじゃないか!?


 長く天都原あまつはらの属国扱いであった臨海りんかいにとってはかつての敵国である南阿なんあの、既に滅んだ国家の遺児……


 伊馬狩いまそかり 猪親いのちかとその一団に対し、実は現在いま臨海りんかい軍内では影で貶める者も少なくない。


 国が滅んだからといって、民草を置いて恥ずかしげも無く敵対していた臨海りんかいを頼って逃げて来た小者。


 南阿なんあの英雄と称えられた伊馬狩いまそかり 春親はるちか、父親とは似ても似つかぬ臆病者と……


 臨海りんかいで一部の者達が抱く”ひ弱で臆病者の馬鹿息子”という印象イメージは、十四になったばかりという幼さと父譲りの少女の如き見た目が相まって、その噂を一層助長していたのだ。


 「伊馬狩いまそかり 猪親いのちか殿、前へお越し下さい」


 傍観者達の期待通りに”おろおろ”とするばかりの少年に向け、アルトォーヌは至って静かな声で促す。


 「じゃ……じゃけんど……あ、有馬ありま?」


 公式の場で思わず素が出てしまうほど焦っている猪親いのちかは、後ろに控えて立つ立派な髭の家臣……有馬ありま 道己どうこに視線で助けを求める。


 「……」


 しかし、有馬ありま 道己どうこは微笑んで頭を下げるのみだった。


 「う……」


 ――猪親いのちか様、自信を持って行きなさい


 そう目で言われた猪親いのちかは、とつとう観念して渋々と前へと進み出る。


 「困難極まる敵中を見事にくぐり抜け、山中での隠密作業と兵を伴った命がけの川下りを完遂、以降は寡兵をもって後背から尾宇美おうみ城を攪乱した偉業はひとえに指揮官としての才気のたまものだ!本軍の戦いを大いに助け勝利に導いたのは紛れもないこの伊馬狩いまそかり 猪親いのちかと言えよう!」


 ――


 「お……おお」


 「おおおお」


 ――オオオオオオッ!


 俺の賞賛で寸前まで冷えていた諸将の目の色が大きく変わり場は一変した。


 「え……え……ええと……あ、有り難き幸せ……です」


 それに最も驚いていたのは誰でもない”伊馬狩いまそかり 猪親いのちか”本人で、彼は慌てて俺に向け頭を深く深く下げる。


 「文句のない武勲だ、胸を張れ」


 「最嘉さいか兄さ……領王閣下」


 ――まぁ……少々大袈裟には言ったが嘘ではない


 成長という意味で、最もそれを成したのはこの伊馬狩いまそかり 猪親いのちかだろう。


 俺は足下にひれ伏す猪親いのちかを見ながらフッと笑う。


 「どうだ?猪親いのちか、論功行賞とは別に欲しいものはあるか?」


 「……」


 聞く俺に、猪親いのちかは頭を下げたままで腰の刀を鞘ごと抜いて前へ差し出す。


 「こ、大事ことを成せたのも全ては領王閣下の……先に頂いたこの”黄雀丸こうじゃくまる”のおかげです。ぼ……私は既に過ぎたご恩を頂いて戦場に立っていましたので、お気遣いは不要です」


 「そうか……」


 俺は思う。


 ”水下の魚がいずれ大空へと羽ばたく翼を得るだろう”と与えた証は――


 未だ小さくとも確かな翼を得て大空へと羽ばたいたのだ。


 「……」


 ――”東南風吹かば海魚変じて黄雀こうじゃくとなる”


 あの時願った通り、鈴原 最嘉オレは少年の東南の風きっかけとなれたのだろう。


 ――それは誇れぬ”本願”を突き進む俺にとって一縷いちるの救い……


 「最嘉さいか様」


 「ああ、そうだな」


 アルトォーヌの囁きで俺は感慨から現実に戻る。



 「伊馬狩いまそかり 猪親いのちかは今後、準将軍とし、その配下で士官級の者は全て一階級の昇進、それ以外の者は報奨金を与える」


 俺の言葉に諸将からまたもワッ!と声が上がった。


 準将軍とはそのまま、将軍に準じる地位にある者だ。


 大隊を幾つも束ねた一軍を率いる将軍と殆ど変わらない職権を持つ。


 押しも押されぬ臨海りんかい軍の”要”である。


 いままで猪親いのちかはあくまで亡命して来た客将で、臨海りんかい軍内で階級をつけるならば仮の大隊長と言ったところであった。


 それが仮を外されるだけか昇進し、いきなり準将軍である。


 諸将が喝采するのも無理もない。


 「さい……領王閣下……ぼ、僕……私がそんな地位に……あ……あの……」


 「伊馬狩いまそかり 猪親いのちかには日乃ひの領は覧津みつ城を本拠とし、日乃ひの領南部一帯の統治と防衛を任せる!」


 俺は有無を言わせずに更なる軍配備サプライズを発表する。


 「日乃ひの!?い、いきなり城主とは……」


 「それも南部一帯!そ、それは伊馬狩いまそかり殿は領主に次ぐ者と……」


 先ほどとは比較にならない”ざわめき”が講堂内を埋め尽くす中――


 「……」


 俺はサッと手を上げてそれを制する。


 ――っ!?


 それで騒いでいた者達は一斉に口を塞いで背筋を正した。


 ――


 「これの意味が解るな?猪親いのちか


 静まりかえった場での俺の問いに猪親いのちかは……


 「日乃ひの……日乃ひの領は天南てな海峡への入り口……それは支篤しとく……南阿なんあへの……」



 かつて――


 本州中央南部を制する大国”天都原あまつはら”と支篤しとくという離島の覇者である”南阿なんあ”は天南てな海峡を挟んで睨み合い小競り合いを続けていた。


 二国間を分断する天南てな海峡……


 軍艦が大手を振って進める様な海路はここ一本だけなのだ。



 そして現在いま――


 本州南部、日乃ひの領を支配下に置いているのは我が臨海りんかい


 そして、南阿なんあを滅ぼし支篤しとくという島を支配するのは藤桐ふじきり 光友みつともが率いる天都原あまつはらだ。



 「伊馬狩いまそかり 猪親いのちか、お前を旧南阿なんあ領、支篤しとく攻略戦の総大将に任じる!」


 この大抜擢からも俺の意図は明白で――


 「あ……僕が……父上の……」


 震えて立ち尽くす猪親いのちかと、


 「鈴原すずはら様……かんしゃ……感謝致しまする!!」


 背後の諸将群の中では立派な髭を生やした将が人目をはばかること無く膝を着いて熱い涙を流していた。


 無論、俺は浪花節だけでこの采配をした訳では無い。


 誰よりも現地をよく知る旧南阿なんあ軍の者達を軍の中心に置く。


 知識と経験が在り、尚且なおかつ故郷奪還に燃える心意気を大いに利用する……


 そういう思惑があるのは当然のことだ。



 日乃ひの領を南阿なんあ軍残党が、支篤しとく天都原あまつはら軍がと――


 陣地を入れ替えた、なんとも皮肉な因縁の決戦リターンマッチは……


 いきな天の采配などでなく、鈴原 最嘉オレの戦略が一部に過ぎない。



 「つ、謹んでお受け致します、この大任……有り難き幸せ」


 震える声ながらも決意に光る瞳で俺を見上げた少年に俺はゆっくり頷いた。


 ――


 ――て……当然、天南てな海峡には”アレ”が存在する



 「諸将も各々が備えよ、の大国との戦はそう先でない!」


 俺は視線を居並ぶ諸将達に戻し大仰に腕を振るう!


 「前人未踏、未だ見ぬ歴史は既に我らの手中にある。あとはこの手で……」


 計算され、演出されたこの場の俺の支配者的魅力カリスマ


 そして諸将の心を痺れさせるに足る言葉フレーズ


 「掴み取るだけだっ!!」


 諸将へと差し出した掌を天にグッと握りしめた!


 「お……おお」


 「おおおおおおおおっ!!」


 それが功を奏した証拠に、居並ぶ臨海りんかい諸将の瞳には少年の様な煌めきが宿り肌は昂揚で赤くなる。


 ――わぁぁぁぁぁぁぁっ!!


 ――おおおおおおおおっ!!



 「……」


 時に演出は大輪の華である。


 花びらを大きく開かせて魅せ、印象的な香りで心の芯から酔わせる。


 人中に咲かせる興とは、部下とは……まさにこういう風に……


 「……………………活用するものだ」


 ボソリと、誰にも聞こえぬように呟いた俺は……



 ――俺が与えた期待と希望……


 ――それは、それに覆い隠された挫折と死を背負う俺の……責任


 「現在いままで通り俺が背負い、現在いままでと違い俺が……背負わない未来さき罪悪つみ


 消え入るような俺の呟きは当然、割れんばかりの喝采にかき消される。


 「最嘉さいか……様?」


 だがそれでも、俺の表情からか?微妙な異変に気がついたアルトォーヌが俺を見るが……


 「海峡を渡る海路ルートは、そこに浮かぶ小幅轟おのごうという小島を経由した一本きり……」


 未だ沸く喝采の中で俺はそれを無視スルーして参謀に言う。


 「現在、天都原あまつはら側が支配する難攻不落の大要塞……ですね」


 アルトォーヌもまた、その避けて通れぬ課題に先の違和感は忘れて俺に応えた。


 「……」


 無言で頷く俺。



 小幅轟おのごう島に在る有名すぎる要塞は――


 グルリと三百六十度の絶壁に囲まれた天然の要害。


 そそり立つ城は黒き鋼鉄の壁、堅き黒甲羅を纏う大蟹、


 長らく南阿なんあの守護神であったそれは――


 現在いま天都原あまつはらの鉄壁の壁として我らを阻むだろう。


 そう……


 「難攻不落の”蟹甲楼かいこうろう”だ」


 第十七話「再編」後編 END

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