第192話「再編」後編
第十七話「再編」後編
壇上に登った俺が振り向いて敬礼すると――
ザザザザザッ!!
居並ぶ諸将達が一斉に姿勢を正して頭を下げた。
――壮観だな
眼下には整列した五百人越えの主立った部下達。
数メートルもある壇上の玉座に座した俺の足下に広がる光景だ。
右隣では参謀であるアルトォーヌ・サレン=ロアノフが控えて立ち、壇下の左右には
そして
言うまでも無く
――まぁ、な……
故にこの
城防衛設備と司令室などの改修工事、そして今後様々な儀式に利用するだろうこの講堂の建設だったのだ。
「……」
そんな事を思い返し、俺が玉座にふんぞり返っている間にも、儀式は滞りなく進んで行く……
――
今や”参謀”兼”秘書”ともいえる立場である才女、アルトォーヌ・サレン=ロアノフ嬢。
彼女はこういう面倒くさ……もとい!形式張った儀式にも委曲を尽くす有能な部下で、おかげで俺はこうして所々で手を抜く……いや!任せることが出来る。
「では、
そうしている間にアルトォーヌから俺へと目配せが在り……
――
俺は頷いて立ち上がる。
――ザザザザザッ!
途端に数百の諸将は深々と頭を下げた。
「……」
俺がこれから行うのは、先の戦での功労者を
つまりは”論功行賞”である。
武人にとっては最大の誉れの場、いつもながら諸将の緊張感が目に見えるようだ。
戦を
「
俺はお決まりである諸将を労う言葉を枕詞にゆっくりと後を続ける。
――
「……武功第一は
「
俺の言葉を受けて、アルトォーヌが指名された初老の男を促す。
「は!有り難き幸せ」
諸将一団から進み出た
「続いて武勲第二は……」
武勲第二の発表に対する諸将の反応もまた、実に静かなものであった。
ここまで――
滞りなく進行しているのには当然下準備あってのことだ。
――時は一週間ほど前にまで遡る
「”武勲第一”を
俺は自分の考えを参謀のアルトォーヌに打ち明けていた。
「そうだ」
「……」
俺の言葉を受け、白い肌、白い髪の色素が薄い美女は暫し考える仕草をする。
思いに耽る、透けるような髪と肌の薄幸の美女……
実に絵になる情景だ。
「
――おお、さすが
これだけで俺の意図を完全に酌み取った相手を俺は心中で賞賛していた。
――
いや、正確には戦闘に加わる機会が無かったという意味でだ。
戦場になった
それらの後方地域に当たる
一見地味だが必要不可欠、
実際、戦とは――
兵の質や量に劣ろうともやりようはあるが、食料を含めた物資を欠けば……
人は戦どころかその地で生きることさえままならない。
そういう当然であるが”当たり前”
命を張って最前線に立つことを至上とする猛者達を納得させ、
「では、武勲の第二は
――アルトォーヌは本当に物事の道理を
「そうだな、敢えて外様を重用するのは今後のためにも必要だろう」
俺は長年欲していた”参謀”に満足していた。
「そうするなら……その情報だけでも
――ほぅ……なるほど
俺は感心して頷いた。
――確かに……
ならばそれに納得する時間を与えた方が当日の儀式がスムーズに進むという、彼女なりの細やかな気遣いだ。
「そうだな。なら、それとなく武勲第一と第二の情報はリークしておくか」
賛同した俺の言葉に”白き美女”は微笑みで応えたのだった。
――
まぁ、そういった俺達の思惑通り儀式は滞りなく進み……
「武勲第三は……」
一転、眼下の諸将達から感じていた緊張感が”本気”のそれに変質する!
「……」
――無理もない
以上の理由から、実質的にこの”武勲第三”が今日の本命だろうからな。
痛いほどの注目を受けつつ、俺は該当者の名を皆に告げる。
「武勲第三は
――っ!?
一瞬、時間が停止した直後に――
「……」
「……」
諸将の視線が渦中の人物……
その一点にとても穏やかでない視線が集中する。
「あ……あの……ぼ……いえ、私が?……ええと」
色白で赤い唇で線が細く、一見して少女と
――こんな子供が?
――
長く
国が滅んだからといって、民草を置いて恥ずかしげも無く敵対していた
「
傍観者達の期待通りに”おろおろ”とするばかりの少年に向け、アルトォーヌは至って静かな声で促す。
「じゃ……じゃけんど……あ、
公式の場で思わず素が出てしまうほど焦っている
「……」
しかし、
「う……」
――
そう目で言われた
「困難極まる敵中を見事に
――
「お……おお」
「おおおお」
――オオオオオオッ!
俺の賞賛で寸前まで冷えていた諸将の目の色が大きく変わり場は一変した。
「え……え……ええと……あ、有り難き幸せ……です」
それに最も驚いていたのは誰でもない”
「文句のない武勲だ、胸を張れ」
「
――まぁ……少々大袈裟には言ったが嘘ではない
成長という意味で、最もそれを成したのはこの
俺は足下にひれ伏す
「どうだ?
「……」
聞く俺に、
「こ、
「そうか……」
俺は思う。
”水下の魚がいずれ大空へと羽ばたく翼を得るだろう”と与えた証は――
未だ小さくとも確かな翼を得て大空へと羽ばたいたのだ。
「……」
――”東南風吹かば海魚変じて
あの時願った通り、
――それは誇れぬ”本願”を突き進む俺にとって
「
「ああ、そうだな」
アルトォーヌの囁きで俺は感慨から現実に戻る。
「
俺の言葉に諸将からまたもワッ!と声が上がった。
準将軍とはそのまま、将軍に準じる地位にある者だ。
大隊を幾つも束ねた一軍を率いる将軍と殆ど変わらない職権を持つ。
押しも押されぬ
いままで
それが仮を外されるだけか昇進し、いきなり準将軍である。
諸将が喝采するのも無理もない。
「さい……領王閣下……ぼ、僕……私がそんな地位に……あ……あの……」
「
俺は有無を言わせずに更なる
「
「それも南部一帯!そ、それは
先ほどとは比較にならない”ざわめき”が講堂内を埋め尽くす中――
「……」
俺はサッと手を上げてそれを制する。
――っ!?
それで騒いでいた者達は一斉に口を塞いで背筋を正した。
――
「これの意味が解るな?
静まりかえった場での俺の問いに
「
本州中央南部を制する大国
二国間を分断する
軍艦が大手を振って進める様な海路はここ一本だけなのだ。
そして
本州南部、
そして、
「
この大抜擢からも俺の意図は明白で――
「あ……僕が……父上の……」
震えて立ち尽くす
「
背後の諸将群の中では立派な髭を生やした将が人目を
無論、俺は浪花節だけでこの采配をした訳では無い。
誰よりも現地をよく知る旧
知識と経験が在り、
そういう思惑があるのは当然のことだ。
陣地を入れ替えた、なんとも皮肉な
「つ、謹んでお受け致します、この大任……有り難き幸せ」
震える声ながらも決意に光る瞳で俺を見上げた少年に俺はゆっくり頷いた。
――
――
「諸将も各々が備えよ、
俺は視線を居並ぶ諸将達に戻し大仰に腕を振るう!
「前人未踏、未だ見ぬ歴史は既に我らの手中にある。あとはこの手で……」
計算され、演出されたこの場の俺の
そして諸将の心を痺れさせるに足る
「掴み取るだけだっ!!」
諸将へと差し出した掌を天にグッと握りしめた!
「お……おお」
「おおおおおおおおっ!!」
それが功を奏した証拠に、居並ぶ
――わぁぁぁぁぁぁぁっ!!
――おおおおおおおおっ!!
「……」
時に演出は大輪の華である。
花びらを大きく開かせて魅せ、印象的な香りで心の芯から酔わせる。
人中に咲かせる興とは、部下とは……
「……………………活用するものだ」
ボソリと、誰にも聞こえぬように呟いた俺は……
――俺が与えた期待と希望……
――それは、それに覆い隠された挫折と死を背負う俺の……責任
「
消え入るような俺の呟きは当然、割れんばかりの喝采にかき消される。
「
だがそれでも、俺の表情からか?微妙な異変に気がついたアルトォーヌが俺を見るが……
「海峡を渡る
未だ沸く喝采の中で俺はそれを
「現在、
アルトォーヌもまた、その避けて通れぬ課題に先の違和感は忘れて俺に応えた。
「……」
無言で頷く俺。
グルリと三百六十度の絶壁に囲まれた天然の要害。
そそり立つ城は黒き鋼鉄の壁、堅き黒甲羅を纏う大蟹、
長らく
そう……
「難攻不落の”
第十七話「再編」後編 END
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます