第190話「京極 陽子」前編
第十五話「
「そうね、確かに私は
奈落の
「は、
そんな主君に思わず横から口を挟んでしまう
臣下としては無作法この上ない行為だが、それだけ主君の言葉は辛辣で失うだけの皮肉しかない言葉だったからだろう。
「……」
故に、同じく控えていた
「貴方が"いまさら"察した通り、本人か愛しい者に発症する覆面怪人の呪いは、
だが暗黒の美姫は部下には一瞥もくれずにそのままの態度で続ける。
俺は……
「いや、俺が悪かった、もう全て過去の事だった。赦してくれ
――っ!
これにはその場の女達は全員言葉を失うほど驚いた様だった。
「随分と……簡単に頭を下げるものね、安い男だわ」
少し困惑気味にだが、高慢な態度を続ける美姫……
「気づいた時からずっと嫉妬が
しかしそれこそ俺は、
そうだ、
”顔も見たくないくらい大嫌いだわ”
恐ろしいほど冷たい氷の
俺は二度と過ちを繰り返さないと誓って
「……」
「……」
主君に向けられたあまりにも真正面な言葉に、二人の侍女は思わず頬を染めて視線を下げ静かに控えている。
「…………」
表情からはよく解らない。
だが俺は続ける。
「
「……………………………………父……よ」
「だから違う結末を欲してい…………えっ?」
説得に躍起になる俺の耳に、蚊の鳴くような
「だから、
――!?
俺は一瞬言葉の意味が……
いや!勿論意味は分かるが、それは――
慌ててドア前に控えて立った二人の侍女に視線を向けるが、
「……」
「……」
銀縁眼鏡の女と
「父おや?……
――なるほど、この場で知らないのは俺だけ……か
現在の
だが、形式上の王位は未だ病に伏せる
そして
と――
世間では認知されている。
現在から十八年程前、戦国史の始まりであった二大国家である
お互いの王家同士の婚姻関係により成立――
しかし、現在の状況でも分かる通り、結果的には国々の併合も
「
「……」
いや、国家的には大したスキャンダルだが、俺が言いたいのはそう言う意味で無く……
敵国同士という悲恋を外交的な謀略を利用して成就させたという、安っぽい恋愛小説に俺はさして興味は無いという意味だ。
――それより
「お
「…………
未だ戸惑いが残ったままであるが、そう推測した俺の言葉に
なるほど、そう言われると色々と納得がいく。
なにより――
あの”英雄色を好む”を地で行くような男が、この絶世の美姫に全く手を出さなかった事にもスッキリと筋が通る。
「だから……
俺が珍しく真っ正面から対峙したからだろうか?
「でも、だからと言って……私の気持ちは……世界を……」
――とはいえ、そっちはそうだろうな
「
――”矜恃”とはそういうものだ
「世界を統べる者は……やはり代償を背負うものなのね」
――”代償”
王として、為政者として、秩序を守る者として、
更に思いつくのは、魔眼の姫、神如き権能……
そして…………
事を成すには必ず等価交換とはとても言えない理不尽な代償が付き
「代償か……俺はそれにはもう
「
心底からの言葉を零し、俺は決意して今一度問う。
「
それは
「…………既に盤上に無い
案の定、
既に理解済みでしょう?
と言う
――まぁ”命乞い”なんてするような可愛げのある女では無いのは重々承知だったが……
身を捨てての交戦維持を部下達に指示しなかったのはそういう理由だ。
――あの時点で
つまり、王たる
故に
「あの”棺桶”で勝敗をつけておけば……なんにせよ、
少しだけ過去を悔やみ蒸し返す様な
――
そして俺は――
「聞いてくれ……俺の”本願”の話だ」
――それでも諦めてはいない
「…………」
雰囲気の変わった俺に、
――これからする話は、
「
――真の意味は理解していないだろう
二人には”そういうふう”に話した。
「……ああ」
――だが、
「解ったわ……聞くだけ、聞いてあげるわ」
そう言うと
俺が今から話す内容に配慮して場を作ったのだ。
「俺は……」
そして俺は洗いざらい話す。
――
―
「
一通り聞き終わり、美しく整った眉を
それは俺の真意に気付いた証拠でもある。
――
そう思っていた通りだった。
「でも……それなら、なおさら共存はあり得ない。話は終わりだわ」
”それ”に対する応えも予想通り。
「抱く矜恃の違いか?」
「そうよ」
俺は再度確認し、そして
「なんのつもり?そんなことをしても……」
「人には時に助けが必要だ!」
被せるように俺は言う。
「相容れないわ、助けなんて!私が今まで散々忠告しても聞かずに
――ガシッ!
俺は頭越しに苛立ちを降り注ぐ美姫に対し、床にぶつけるように膝を折る。
「さい……!?」
俺は――
「助けが必要なんだ」
土下座していた。
誰のためでも無い。
「さい……か?」
俺の為に。
「”俺”を……助けてくれ」
そうして
「…………嫌なら
「頼む……
いや、生まれ落ちてからしても初めてだったろう。
「…………」
「…………」
俺は生まれて初めて――
恥も外聞も無く、他者に助けを乞うていたのだった。
「
「ああ、そうだ」
土下座したまま即答する俺。
「その相手に……”それ”を言うのね……
――全く
床しか見えない俺には
だが……
「私だから……
「
弱い本心を隠すこと無く晒していた。
「……」
「……」
馬鹿な男が肯定しかないと信じて疑わない暫しの沈黙は――――
「…………ほんとうに」
「……」
甘く甘美な待ち惚けの時間だった。
「
そしてやはり、俺の耳に零れ入る言葉はそうだった。
――満たされた母性に似た響き
「はる……」
そっと視線を上げる俺。
「マジ……?」
そう言いながらヨロヨロと立ち上がる俺。
「いまさら貴方がそれを言うの?……ふぅ」
呆れ気味に、
「そうね、けれどタダではないわ。私の条件も……」
「ああ、もちろんだ。聞こう!」
俺が頷いて応えると、
「聞かなくていいわ」
同時に消え入りそうな声でそう言うと、
自らの
「聞かなくて……いいのよ」
切なく揺れる漆黒の宝石で俺を見上げる。
「こうして
「……そうだな」
確かに俺達はお互いが国家元首という責任のある立場から、
或いは、恋人未満ともいえる微妙な男女の間柄という個人の立場から、
通常の男女と比べれば決して多くは無くとも、こうして会話を重ねて来た。
「……」
「……」
視線は絡めたままで、
「はる?」
それは歩を進めるというより、前のめりに
「
そして彼女は切なさが溢れて零れる寸前の
――とん
「……」
俺の腕の中に収まったのだった。
「ただ逢うために……逢いたい」
第十五話「
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