第189話「衣衣恋恋」後編
第十四話「衣衣恋恋」後編
「降伏した新政・
正面に
「で?」
そしてそれまで目を通していた
――
「
「
「
「ここに来て
俺は正面の
――下ろせば長そうな髪をアップに
鎧の
彼女は
「
俺の指名を受けて、正面の
「…………では、どうする?」
「全ては
続いて聞く俺にも
「……」
――なるほど、確かに”アレ”はそういう難物だったな
この期に及んでは、
――ここまで来て余計な遺恨を残すのは悪手だ
――なによりも……
「これ以上死傷者を出すのは避けたいな」
漏らした俺の言葉に、控える
「
――
俺は黙ったまま
「
女の真剣さが
「……」
それはつまり
それが既に固まっていると知るからこその、臣たる者の心からの嘆願だったろう。
「……」
「……」
「……」
俺と
重い空気が支配する中で俺は……
「……」
――秩序と法を
――時にそれを反故にしかねない曖昧な決断をも良しとする、俺……
天下を治めるに、二人の矜恃は相容れない。
俺は――
俺達はそれを承知だからこそ、お互いがお互いを屈服させようとした。
圧倒的な実力差を見せつけ、それさえも委ねられると思わせる様な大器を示すため……
だが――
「……」
「
難しい表情で黙り込んだ俺に、頭を下げたままの
「……」
美しい容姿を泥に穢された
彼女が虜囚となった以降に一言も言葉を発しなかったのは……
「…………俺には」
俺が
それは、”
彼女の矜恃を問答無用で
「……くっ」
もし、万が一、そういう事が在り得るならば……
――
”そういう”覚悟を実行する!
それがどう在っても不可能ならば、その
――
俺が欲しいのも本心、俺が邪魔なのも本心……
「…………ふっ」
自然と、意識した訳でなく俺は……
「
心配の視線が不可解な
俺は
――
――会う度にその整った紅い唇で俺に微笑みかける……
「ふふっ……」
この状況で俺は……
胸の奥をじんわりと暖かく浸す感覚で知らぬ間に口元が緩んでいたのだ。
――本気で欲して、本気で殺す
――共生を望み、共存を拒む
心底……”我が儘な女”だ。
俺の心はチリチリと焼けるような想いで、鼓動は静かに熱く脈打つ。
それは唯一の感覚。
「……」
――”だからこそ”俺は……
”最悪”の行く末を受け容れるわけにはいかない!
――そうだ、気に入らない未来を変えるため求め蓄えた”力”だった……な、
――
そうして、ふと俺の心に浮かんだのは、
「…………」
断じて
――そうだ!俺が
「わかった。必ず説得してみせる」
長い沈黙の後で
「
ハッと顔を上げ、眩しい笑顔を見せる
「……ふぅ」
少々苦々しくも、それでも納得した
皆、望む未来は同じでも……
それは殆ど不可能で、至難と表現出来得るならば幸いなくらいだ。
だが困難さ故に明確に言葉に出来ていなかったその解答を口にしてみれば……
「……よし」
やはり俺には”それしか無い”と確信できた。
――そうと決まれば
ガタッ
俺は速やかに座を立つ。
「
そして、愛しい女に仕える
――
―
「
コンコンコンコン――と、
重厚なドアにノックをした
――ガチャ
「
暫く間があってから静かにドアが開き、
「……」
少々緊張気味で部屋に入った俺と、ドア付近で頭を下げて控える二人の姉妹。
拘束されるどころか、従来通りに側近として侍女として長年彼女に仕える
――まぁ流石に、城はおろかこの部屋からの外出は許可されてはいないが……
「随分と久しぶりね……
豪華な貴賓室が部屋の中央辺りで腰掛けて、こちらを見る美姫は――
彼女の特徴でもある美しく輝く緑の黒髪を下ろし、落ち着いた装いながらも胸元と裾に繊細な刺繍の施された優しい色合いのドレス姿であった。
「…………戦からまだ二日しか経ってないぞ」
淡いピンクの可愛らしい装いで、優雅に腰掛け微笑む絶世の美姫。
当然の如くに
「そうだったかしら?そうね、こんな処に居ると時の流れから無縁にもなるわ」
――くっ!
相変わらず極自然に皮肉を織り交ぜてくる才媛だ。
「きょ、今日は黒一色ではないんだな……はる」
「
――おぅっ!?
少々”はにかんで”応える正真正銘の美少女に!不覚にも俺の心臓は大きく跳ねる!
「ぐ……うぅ……く、俺の負けだ…………めちゃくちゃ……似合ってる」
なにが負けなのかサッパリ意味不明だが、俺はそう絞り出していた。
「
そして応じる美姫の表情はそれとは対照的に少し憂いを帯びて……
「……」
――俺はこんな日常会話をしに来た訳ではない
「…………はる」
意を決して彼女にそれを尋ね……
「
「……」
その矢先に俺の決意は見事に遮られていた。
「
至高の笑みを浮かべながら問いかける美姫は――
「…………お前ならもう察しがついてるだろう」
少々ふて腐れ気味にそう応える俺に”ふふふ”と漆黒の
「なんだよ、感想戦でもしようってか?そんなことより……」
だがそれどころでない俺は、
ぶっきらぼうにその話題を終わらせようとするが――
「敗北した理由を明確にしたいだけよ。過ぎた
微笑む美姫は憎らしいほどの余裕で、だが
――ちっ!
「………………世界分断以前の、西方大陸での……城塞戦を参考にした」
――その真摯な視線に
――その切ない
俺は自然と応じてしまう。
「凡夫をその一戦のみで後世に”征服王”と至らしめた……そう、船が山を越えたのね」
そして
それだけで――
いや、既に予想していたと考えた方が自然だろうが、この才媛は俺の仕込んだ奇策に対して完璧な推測をしていたのだ。
世界が”近代国家世界”と”戦国世界”に別たれるまだ以前に……
海の向こう、大陸の遙か西方にて起こったという二大国家同士の戦争。
難攻不落の城塞都市攻略戦で、攻める側は終始海路を遮断され続けたらしいが……
なんと攻め手の王は船を陸に引き上げ、密かに丘を越えて川から奇襲を仕掛けたという。
この奇策に守備側は大いに混乱し、結果敵にその後の趨勢に大きく影響した、そういう戦史から発想を得た俺の策を……
「それで
俺に言うというよりは独り納得したように、形の良い顎を小さく頷かせる美姫。
――
戦史の王は一帯に油を引き、丸太を土台に敷き詰めて船を引っ張ったらしいが……
そこまで人手を
来たる時の為に”組み立て式”の簡易船を幾つか用意させる為だ。
実行以前に新政・
だが何よりも――
今、
それは工作部隊や別働隊へと意識が向かないよう、最大限注意を逸らすためであった。
「本当に”綱渡り”を好むのね、
諦めた様に穏やかに微笑む女に俺はもう限界だった。
「いい加減にしろよ、
「……」
「もういいだろ?俺とお前の戦は終わったんだ。これ以上は必要ない、この後は……」
らしくない彼女を見ているのが辛くなり、俺は一気に本題に踏み入るも、
「貴方と私は目指すものが似ていても方法が違いすぎるわ、それは最初から解っていた事でしょう?」
――ちっ!
「だから?それがどうした!敗者は勝者に従うのが……」
「私を処断しなさい、
「……」
――にべもない
今までで最も”にべもない”拒否の言葉だった。
「国家を導く頂点はひとつだけ。”船頭多くして……”と謂われるのは理解しているでしょう?」
――
「ああ……今回は本当に船は山を登ったのだけれど、ふふふ」
「……」
そして似つかわしくない、くだらない言い回しで場を濁す女。
「お前はどうだか知らないがな。俺は惚れてんだよ、そう簡単に失うわけには……」
「私も好きよ、
――平然と
”だったわ”と俺達を過去にする女に俺は心底……
いや、平然とそういう嘘を最後の言葉にしようとする女に俺は……
目の前で火花が散った錯覚を感じ、直後に理性が飛んでいた!
「お前の”魔眼”は
――そう、最悪の場面で
――最低の機会に”それ”を口にしてしまった俺
「…………」
そして先ほどまでの穏やかな微笑みは一瞬で消え、ゾッとする冷たい暗黒の
「くっ……」
後悔先に立たず……とは、
「そう……それが
冷たい……
本当に温度の霧散した奈落の
「ちが……いや……」
――違わない
――けど……
「だったらどうだと、
俺は熱い気持ちしか持たず……
「いまさら…………なにかしら?」
「だ、だから……俺はそれでも
「……」
俺は……
「俺はお前をずっと……ずっと……」
徒手空拳で挑む。
「……」
――否
「今回は俺の言うことを聞いてくれ、頼むから」
無防備を晒して無様に
――
そんな俺を見詰める暗黒の
「
そうして可愛らしい装いだった美姫は、戦場と変わらぬ”
「顔も見たくないくらい大嫌いだわ」
恐ろしいほど研ぎ澄まされし氷の
第十四話「衣衣恋恋」後編 END
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