第188話「最良の盾と最狂の矛」前編(改訂版)

  第十三話「最良の盾と最狂の矛」前編


 ――尾宇美おうみ城で起こった異変は瞬く間に城前での戦いに波及した


 「後方から敵襲っ!!」


 ヒュ――ヒュオン!


 「うぉっ!」「なっ?」「ひぃぃっ!」


 ザシュ!シュバ!


 城を襲った部隊の将、白い駿馬を駆る姫騎士は――


 ヒュバッ!シュバッ!


 「ぎゃっ!」「ひぃぃっ!」


 城前に配備されていた新政・天都原あまつはら軍兵士を流れるような所作で端から撫で斬ってゆく!


 「し、城からなんで!?臨海りんかい軍がっ!」


 「首がっ!ひっ!!」


 新政・天都原あまつはら陣営が形成していた包囲網の外から!


 しかも真逆まさかの後方から――


 不意打ちされた新政・天都原あまつはら軍は瞬く間に大混乱へと陥ったのだった。


 ――



 「良くないねぇ……」


 臨海りんかい軍包囲網の正面に展開していた部隊の一つ、其処そこ尾宇美おうみ城から波及する混乱を目の当たりにした指揮官の女は、後方を振り返り眉をひそませていた。


 ――長い黒髪を束ね、それをうなじ付近でクルクルと無造作にまとめた気っ風きっぷの良い女


 彼女の折れそうなほど細い手にはつば無しの白鞘しろさやが握られている。


 「亜十里あとり、アタシは後方部隊の立て直しに行くさ。は任せたよ!」


 女はほんの数瞬、思案のためだろう細く切れ長な瞳を閉じたかと思うと……


 直ぐに開いて、薄く赤い唇でキッパリとそう言い放つ。


 京極きょうごく 陽子はるこの子飼い部隊である”王族特別親衛隊プリンセス・ガード


 その筆頭である十一紋しもん 十一といはそれが最善であると今、決断したのだ。


 「ちょっ!?ちょっと!といねえさん!奇襲で一時的に混乱してるからって!!て、敵は少数だし……持ち場ここを維持する方が優先じゃない、かな?」


 現場指揮官である十一紋しもん 十一といの突然の命令に慌てて反論する部下の十倉とくら 亜十里あとりであったが……


 十一といは既に手にしたつば無しの白鞘しろさやをするりと滑らせるように滑らかな動きでやわい肩に担いで馬首を返す。


 「どんな魔法使ったかわかりゃしないけどねぇ、こっちは城を落とされたうえに完全に無防備な後方を突っつかれてんだよ?しかもあの白馬のバケモノは……ありゃ間違いなく”久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろ”だろうさ」


 背中越しでそう付け足す十一紋しもん 十一とい


 「く!久井瀬くいぜ?……雪白ゆきしろ……臨海りんかい”終の天使ヴァイス・ヴァルキル”ですかっ!?」


 そして、その名にサッと顔色を変える亜十里あとり


 「そ、それじゃぁ!姫様の……陽子はるこ様のられる部隊に危険がっ!?」


 青ざめた顔色のまま、さらに慌てて聞き返すが……


 「そっちは、まぁ……”だ”大丈夫だろうさね。御姫おひい様の陣は特別あつらえさ、あの詐欺ペテン師でさえもそうそう見破れやしないさね……それより」


 くまで”最低限、危機回避の為だから”と――


 十一といの細く切れ長な瞳が向けられ、その意図に亜十里あとりは今度は納得して頷いていた。


 「といねえさん、行って下さい。包囲陣ここは私が引き受ける……かな」


 こうして――


 ”王族特別親衛隊プリンセス・ガード”筆頭である十一紋しもん 十一といは一時持ち場を離れ、以降は後方部隊の援軍に奔走することになる。


 きっきんの状況とはいえ、包囲陣のかなめである優秀な指揮官の前線離脱は……


 奇襲部隊による後方攪乱によって混乱最中である新政・天都原あまつはら軍の包囲陣容を保つことをより困難にさせることになるだろう。


 それはまさ臨海りんかい軍の悪名高き詐欺ペテン師が目論見通りだったろう。


 ――

 ―


 そして……



 「十倉とくら隊長っ!敵が!!木場きば将軍の部隊を突破したあの部隊が……来ますっ!!」


 「っ!」


 ――”だ”大丈夫だろうさね”


 と言い残した十一といの言葉に一応は納得した亜十里あとりであったが……


 自身が指揮権を受け継いだ部隊の後方には、彼女らの主君たる”京極きょうごく 陽子はるこ”が存在するのもまた紛れもない事実だ。


 「予測よりずっと速い……動き……かな」


 つまり――


 対処すべきは十一紋しもん 十一といの向かった後方部隊だけで無い。


 少数だろうと今まさに迫り来るこの敵強襲部隊に、この正面部隊を突破されるなんて失態があっては成らないということ!


 臨海りんかい軍がどういう方法で尾宇美おうみ城を落とし、この状況を作り出せたのか……


 ――戦場で謎解きをしている暇は無い!!


 そして、後方の攪乱部隊はあの”終の天使ヴァイス・ヴァルキル”が率いるとは言え少数だ。


 ならば尾宇美おうみ城を落とした敵の別働隊も虚を突いただけで大した兵力では無いだろう。


 現在は少々混乱しているが、十一紋しもん 十一といが向かった以上は本隊を編成し直した後での奪還は困難では無いはず!


 「……そう、変わらないかな」


 ――ならば、十倉 亜十里じぶんは目前の敵をしっかり駆逐するまで!


 やることは変わらない。


 「至急、兵を中央に集めてっ!もう包囲陣形にこだわらなくてもいいからっ!それから……よく聞くかなっ!!」


 このまま包囲網の正面部隊を堅持する事が、後を託された十倉とくら 亜十里あとり緊褌一番きんこんいちばん、最重要任務だ!!


 「”あかつき”が国産み神の後裔であらせられ、海龍王かいりゅうおうの血統をも継がれる最も尊い御方、しんに高貴にして唯一の導き手たる我らが主君!京極きょうごく 陽子はるこ様は言うまでも無く神聖にして不可侵であるっ!故に我らは当然の如く!姫様をお護りする鉄壁の盾をに築くかなっ!!」


 現場指揮権を引き継いだ亜十里あとりは、馬上にて小鎚リトルメイスを高々と振り上げて部下達を鼓舞した!


 オオオオオオッ!オオオオオオッ!


 「姫様の!!我らが主君の元へは何人なんぴとたりとも行かせんぞぉぉっ!!」


 オオオオオオッ!オオオオオオッ!


 「我らに散々に打ち減らされ死に損ないの臨海りんかい軍など、なにするものぞっ!!」


 「そうだ!そうだ!むしろ返り討ちにしてくれるわぁぁっ!!」


 オオオオオオッ!オオオオオオッ!


 オオオオオオッ!オオオオオオッ!


 新政・天都原あまつはらで絶対的求心力カリスマを誇る主君の名を前面に押し出した亜十里あとりの一声にて、兵士達の目に炎が宿り、その場は異様な熱気に支配される。


 「みっしゅうーー!密集せよっ!!」


 ザザザザザザッ!!


 そしてその勢いのまま、兵士達は自ら中央付近に集って見る間に分厚い壁を形成していった。


 「護るは東外とがの神髄。そして私は姫様の”不破の盾”……かな」


 ガララァァン!


 自らの職務を見事遂行し、自身は手にしていた小鎚リトルメイスを地上へと手放す。


 ヒュン――ヒュヒュン――ヒュッ


 そして無手にて風を切って空に円を描く彼女の両腕。


 「虚空につむぐは我が使命……」


 素手による古流組み打ち術を極めた闘士、


 王族特別親衛隊プリンセス・ガードが十枚目の”円盾アイギス


 ”王族特別親衛隊プリンセス・ガード”でも最強の守護神と賞される彼女の偉能は――


 誰かを護る戦いにいて遺憾なく発揮される!


 ――そう、十倉とくら 亜十里あとりの真骨頂は防衛戦なのだ!


 「いざ、来るなら来るかなっ!鈴原すずはら 最嘉さいか!」


 ――


 ――ワアァァァァッ!!


 ――ワアァァァァッ!!


 そして――


 その鈴原すずはら 最嘉さいかが一騎打ちにて、希代の猛将”木場きば 武春たけはる”を打ち破ったという報は少し遅れで臨海りんかい軍第三隊に伝播していた。


 「当然だわ、わたくしの見込んだ男よ」


 一見。当然とばかりに感想を漏らす赤毛の美女だが、普段なら絶対的な自信を常備するだろう彼女の石榴ざくろの唇からは僅かにだが安堵ともとれる吐息が零れた様にも見えた。


 ダダダッ!


 「覇王閣下!旗がっ!尾宇美おうみ城にがらすの御旗が翻りましたぞっ!!」


 そこへ、”チリンチリン”と涼やかな音を鳴らした、すっかり朱に染まった鈴付きの槍を手にした武将が馬で駆け着けてそのまま促すように遙か前方を指さした。


 「…………へぇ」


 美女の紅蓮に燃える双瞳ひとみは”それ”を確認し、石榴ざくろの唇はさも愉しそうに口角を上げる。


 ――”そこ”には確かに……


 遙か前方にそびえる敵だった城に、ハタハタと風を孕んで踊る臨海りんかい軍の御旗……がらす


 それはすなわち、交戦中であった尾宇美おうみ城が臨海りんかい第二軍の別働隊によって完全制圧に至ったという証だ。


 「やるものね、あの猪親いのちかって坊やチコ。流石は最嘉さいかの見立てだわ」


 ただ一度ひとたび目見まみえただけで確実に脳裏に刻み込まれる程の見事な紅蓮の瞳、


 つめる者ことごとくを焼き尽くしそうなほどあかあか紅蓮あかく燃える紅玉石ルビー双瞳ひとみが、


 遙か先の旗を眺めたまま細められる。


 「いやはや、噂に高い天都原あまつはらの才媛を相手に、一時はどうなる事かと」


 鈴の槍を手にした長州門ながすど軍が猛将、国司くにつか 基輔もとすけは安堵の笑みを零す。


 「基輔もとすけ、たとえあの暗黒姫が天稟にいて他の誰より天に愛された存在だとして……」


 「は、はあ」


 「それは徒々ただただ、図抜けて優れているというだけのことよ。最初はなから満たされた泉の如き綺麗なだけの器の京極 陽子おじょうちゃんが、風雨の中、炎天の下で汚泥にまみれながらも果て無き努力の末に掘り起こされし荒野の井戸に……鈴原 最嘉かれの築き上げた真実の器量に及ぶはずも無いのよ……ふふふ」


 そう言って赤毛の美女は、今度は心底愉しそうに、なんなら少なからず底意地の悪い含みを持たせた笑みを見せる。


 「な、なるほど……し、しかりですな」


 この気高く完璧な”ほのおの美姫”にしても、そういう俗な感情を抑えられないとは……


 女の悋気りんきとはくも恐ろしい。


 流石の国司くにつか 基輔もとすけも少々ドン引きしながら、それでも主君に向け慌てて深く頷いてやり過ごす。


 「ふふ、戯れ言はお仕舞い。ああして合図も出たことだし……性に合わない守備戦ゲーラれまでよ。アルトに連係を伝えなさい、直ぐにも打って出るわ!」


 彼女の象徴たる、通常を遙かに凌駕する巨大で黒鉄くろがねの物々しい籠手こてでブワッとくうを払い――


 赤毛の美女、ペリカ・ルシアノ=ニトゥは揚々と前へと視線を据える!


 「ははっ!」


 国司くにつか 基輔もとすけも合点承知とばかりに頭を下げ、即座に部下への指示を出したのだった。


 ヒヒィィン!!


 ペリカは愛馬”アルヴァーク”の手綱を引きつつ、鈴原すずはら 最嘉さいかから請け負った部隊に向け、


 ――ブワッ!


 再度、”日輪黒籠手ジャマ・エスパーダ”をこれ見よがしに天に突き上げた。


 「精強にして信愛なるわたくしの”兵士諸将あなた”たち!!から先、は我が炎舞えんぶが狩り場!人生を切り開く勇者の道は常に前にのみ在ると知りなさい!」


 雄雄しいまでの造形を誇る”覇者の拳”を振りかざし!


 戦国最強の一角として畏怖される”紅蓮の闘姫神ミューズ”は遂に大攻勢の断を下すっ!


 オオオオオオーーーー!!


 オオオオオオーーーー!!!


 「行くぞ!!長州門ながすど兵が精強さを新政・天都原あまつはらの軟弱共に見せつけてやれっ!!」


 ワアァァァァッ!!ワアァァァァッ!!


 国司くにつか 基輔もとすけの号令で殿しんがりを守備していた臨海りんかい軍第三隊所属の長州門ながすど部隊が、


 ワアァァァァッ!!ワアァァァァッ!!


 「これより最終段階へ移行、全軍進みますっ!」


 アルトォーヌの指揮する臨海りんかい軍第三隊が連係して前へ前へと動き出すっ!


 ――


 「ふふ、最嘉あなたの指示通り”二人”で護り抜いてあげたわよ。覇王姫わたくしの”切り札”を譲ってあげたのだから……必ず暗黒姫アレ虜囚モノにしなさい」


 情熱的なあかい衣装の気高くも豪奢な姫将が、少し癖のある燃えるような深紅の髪を熱り立つ戦場の風にあおらせ揺らめかせる様はまるで燃えさかる炎のよう……


 「それと散々好き勝手にやってくれたわね、暗黒姫。此処ここからはわたくし炎舞ロンドが全てを蹂躙する時間よ!」


 それは――


 覇王の冠を頂く”ほのお闘姫神ミューズ


 ペリカ・ルシアノ=ニトゥが本当の意味で殺気と破壊を纏い、の戦場に参戦した瞬間であった。


 第十三話「最良の盾と最狂の矛」前編 END

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