第187話「散華の空」後編

 第十二話「散華の空」後編


 「……」


 「……」


 ――


 ブゥオォォォーーーーンッ!!


 大気を斬り!穂先を俺に定める武神。


 「……」


 片腕……それも利き腕で無いという障害ハンディは微塵も無いようだ。


 隙どころか、相変わらずの圧倒的圧力プレッシャーに俺はそう確信する。


 ――命を張るのは勿論だが……


 ――勝ったとしても腕の二、三本くらいの対価は……必須か


 いつも通り刀身を顔前で水平に構えながら、俺は得られる最善の未来を見定める。


 「……」


 ――いや……


 これで終わりの戦いならばそれも一興だが……


 この戦いに限っては、木場きば 武春たけはるは中ボスに過ぎない。


 この戦の最終目的は……


 京極 陽子ラスボスへ手を届かせるには、此処ここで深手を負うわけにはいかない!


 ――あの性悪お姫様に届くには……


 俺ははやる”戦人”としての気持ちを抑え込み、そしてチラリと一瞬だけ自身の右足を見た。


 「どうした、王覇おうはの英雄。来ないのか?」


 立ちはだかるのは――


 満身創痍のクセに全く揺るがない覇気の自信に満ちた真っ当な最強てき


 「ふ……」


 場違いと思いつつも、その時俺は”それ”に妙な安心感を覚えていたのだった。


 「……」


 「……」


 何度となく対峙してみれば本当に理解できる。


 木場きば 武春たけはる……いつは本当に本物の強者、正真正銘の化物だ。


 ズズ……


 俺はジリジリとり足で間合いを詰める。


 「……」


 間合いに入れば途端に繰り出されるだろう周到な敵の初撃は、負傷具合とは無縁の、なんら遜色無い一撃だろう。


 ズズズ……


 刀身で受けるのは不可能。かわすのは更に不可能な最強の一撃。


 ズズ……


 そう思考する間にも、槍を左手一本で構えて待つ”最強無敗”との距離は――


 「……」


 「……」


 ――詰まった!!



 ダッ!


 そして俺は生と死の境界線を一気に飛び越えるっ!!


 「おおおおおおおおっ!!」


 ブゥオォォォーーーーン!!


 迎え撃つは、聞きしに勝る空前絶後、破格なる豪槍っ!!


 ――ちぃぃっ!駄目だ!!


 俺の間合いに入る前に俺の胴は水平に真っ二つになるっ!


 ズザザザァァッ!!


 確信した俺は即座に足を止めて踏ん張った!


 ザザザザァァァァーー


 だが勢い余ってそのまま砂埃と共に前にたいが流れる!!


 「臆したかぁぁっ!!」


 いまさら緊急停止しても間に合わない。


 なんとかぎょうこうで胴体はまぬがれても、踏み込んで前に出た足は……


 ブゥオォォォーーーーン!


 ――確実に千切れ飛ぶっ!!


 「っ!」


 ――ブブゥゥン


 その瞬間とき、恰好の標的たる俺の右足が鈍く……


 だが僅かに僅かな青白い光りを放っていた。


 「ず一つ貰うぞ!王覇おうはの英雄っ!!」


 豪快な宣言と共に木場きば 武春たけはるのギラつく穂先が俺の右足を狩りにかかる!!


 ギギィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!


 「っ!!」


 「なにっ!?」


 刃の衝突と同時に、とてつもなく甲高い金属音が衝撃波となって鼓膜をつんざき!


 ィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!


 「くっ!!」


 「うぅっ!!」


 鼓膜から入った不快音が引き釣り落とす様に俺達二人の眉間までを痺れさせていた!


 ガガッ!


 薙ぎ払われた勢いで、弾けた右足はそのまま横に飛ばされるが……


 「なん……だとっ!?」


 「よしっ!」


 右足ソレは健在。


 ――斬れてないっ!


 片足立ちにされた俺は無論大きく体勢を崩すが……


 一級の戦士たる者!この程度で反撃出来ないようでは――


 「はっ!」


 ザシュゥゥッ!!


 「名折れだっ!」


 ザスゥゥ!


 二振り!続けざまに俺の刃が木場きばの肩を!胴に斬りつけられる!


 「ぐ……はぁぁぁっ!ぬぅぅっ!」


 しかし木場きばは、深く二箇所を斬りつけられた状態でさえも、


 ドシュッ!


 直ぐさまに槍を持った肘を引き返し再び必殺の攻撃を放つ!!


 ――くっ!?


 これも……信じられないくらいに鋭い突きだ!


 とても半死の人間が放ったとは思えない超一線級の突き!!


 「……けどなっ!!」


 流石にこの状況にて、


 トッ――


 初撃の様な回避不能の武技を放つ事は出来まいっ!


 ――グルンッ!


 唸り来る穂先が胸に触れた刹那、その力の奔流ベクトルを察知した俺は体軸たいじくに沿って自然に身をよじっていた。


 「なんだ……と!?」


 木場きば 武春たけはるの必殺突きを紙一重……いな!それは薄紙一枚でさえ無いっ!


 ヒュバァァッーー


 胸元を擦り抜け、後方の虚空へと流れる穂先!


 ――かわすのでは無い!無傷でえぐられ、そして……


 「す……ずはらぁ さいかぁぁっ!!」


 大きくまなこを見開く武神。


 奴には槍先が俺の体中をすり抜けたように見えただろう。


 だが実際は……


 この技の前では、寸分違わぬ精度で中心を射貫かなければ刃は空に還るだけだ。


 ――軸によって回転する”滑車”


 ――その名は”呑輪てんりん”!


 それはまさしく読んで字の如し!


 相手の攻撃による衝撃を呑み込み、その力の奔流を自在に操る。


 ”受け流す”だけの防御術とは一線を画する”さばき”の極致!


 つまり、鋭い穂先を胸に突き刺された瞬間に体軸で受け流した俺は、


 ――かわすのでは無い!無傷でえぐられ、そして……


 「はっ!」


 そのまま距離を詰めて――


 ズシャァァ!


 ――迎え撃つ!!


 ここぞとばかり、小烏丸こがらすまるを突き上げる!


 「ぐっ!!……はぁぁっ!!すず……は……」


 ”攻撃は最大の防御”という言葉がある。


 ”んでまわわす“と表す奥伝の由来通り、そのまま攻撃に転ず。


 これぞ”防御こそ最速の攻撃”を体現する、極められし一つの到達点なのだ!


 「ぐはぁぁっ!!」


 ドサッ!!


 「はぁ、はぁ、はぁ……」


 息も切れ切れ、身体からだは恐らく軽度の骨折が複数と……


 とても勝者とは思えない状態の俺は、血塗ちまみれの刀を手にしたままで力尽き遂に倒れた”志那野しなのの咲き誇る武神”を見下ろしていた。


 「はぁ、はぁ……」


 そして――


 ワアァァァァッ!!


 「我らが王がっ!!あの”志那野しなのの咲き誇る武神”をぉぉっ!!」


 「旺帝おうてい最強とうたわれた武神をぉぉっ!!」


 「”最強無敗”を!我らが領王閣下が見事討ち取ったぞぉぉっ!!」


 ワアァァァァッ!!ワアァァァァッ!!


 戦中にあっても常に注目されていただろう俺と木場きばの闘いは――


 ワアァァァァッ!!ワアァァァァッ!!


 ドッと湧きあがった津波のような歓声に飲み込まれていた。


 「……」


 ――まぁ、これで……形成は完全に


 新政・天都原あまつはら側は城を奪われ、完璧に進行していた鉄壁の包囲網を背後から崩される形で崩壊させられ……


 ――たった今、防波堤たる”かなめ”も失った


 あとは……


 「ぐ……ぬぅぅ……すず……は……」


 ガッン!


 この状況でさえ立ち上がろうと藻掻く死に損ないの後頭部を、俺は足蹴にして押さえ込む。


 「がはっ……く……う……」


 此奴こいつ此奴こいつで、死に場所でも探しているのかも知れんが……


 「大人しく転がってろ、武神」


 俺は冷たく見下ろす。


 「ぬ……うぅ……決着を……下せ!」


 「……」


 ――この男、くまでそれを望むか……


 「”志那野しなのの咲き誇る武神”とも在ろう者がこの程度で身動き出来ん為体ていたらくだ。もう終わりなんだよっ!」


 足下にて睨み上げる木場きばを見下ろし、俺は言い捨てる。


 「ここから先は俺と陽子はるこ舞台メインステージだ。端役はサッサと退場して余生のことでも考えるんだな」


 「ぬぅ……すず……はら」


 助命したつもりは無い。


 ただこの最強無敗おとこには、もう興味を失っただけ……それだけだ。


 「敗残の将が率いていた騎馬隊など捨て置け!付いて来い、勝利は目の前だ!!」


 言うが早く、俺は既に愛馬”しゅんせい”に跨がり、率いて来た兵を纏めて先を目指す。


 オオオオオオッ!オオオオオオッ!


 大将が目前で敗れ、士気の下がりまくった木場きばの騎馬隊はもう戦を続行できる状態じゃないだろうし、そうでなくても脅威とは程遠く、いちに任せて全く問題ない。


 ダダッ!


 「……」


 愛馬を駆りながら考える。


 ――まぁな……愉しめなかったわけでも無いし、アレだ……


 俺はチラリとあぶみを踏む右足を見た。


 ――ちょっとだけ”ズル”をした……負い目もあるか


 ダダダッ!ダダダッ!


 ――



 「木場きば様っ!」


 「……」


 「木場きば様!大丈夫ですか!!」


 「……」


 木場きば 武春たけはるは大胆にも、未だ怒号が入り交じる戦場只中で仰向けに大の字になって動かない。


 「あれは矢張やはり”鬼子おにご”……戦姿はまさしく神威じんいすべだな」


 自身は長く”最強無敗”などと呼ばれたが……


 なんのことはない、好きで闘い続け、唯々負けなかっただけ。


 そう、それだけ……


 ――”志那野しなのの咲き誇る武神”


 それでも最強と冠された本物の武人はゆっくりと噛み締める様に目を閉じる。


 「花は……いずれ散るもの……か」


 ごろりと仰向けに、再びまぶたを開いた男は天を眺めていた。


 クワァァ!


 そこにはいつの間にか天守に居たはずの烏が一羽。


 ――空は高い


 そして大空に悠然と舞う黒い翼。


 ――随分と高く行くものだな……あれは


 「木場きば様っ!!」


 未だ激しい戦闘が続く戦場で無防備に反応しない上官を心配した部下が駆けつけるも、武春たけはるはそれには気もやらずに寝転んでいた。


 ――


 そして――


 「これが……負けか」


 そう呟いた、


 最強でも無敗でも無くなった男の顔は妙に満ち足りたものに見えたのだった。


 第十二話「散華の空」後編 END

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