第187話「散華の空」前編

 第十二話「散華の空」前編


 ず……


 その異変は尾宇美おうみ城の後方で起こった。



 「敵襲っ!!てきしゅうぅーー!!」


 「て、敵軍勢は三本足の”烏”!臨海りんかいの軍旗を掲げております!」


 唐突過ぎる後方からの奇襲劇……


 ドドォォーーーーン!!


 尾宇美おうみ城背後から完全なる不意打ちで襲いかかった謎の軍勢は――


 ワァァッ!ワァァッ!


 烈火の勢いで城門を打ち破らんとする!!


 「ば、馬鹿なっ!どうやったら背後から臨海りんかい軍が来る事が出来るって言うんだ!?」


 ――尾宇美おうみ城の背後には”あかつき”随一の面積を誇る巨大な湖、峰月ほうづき湖が存在する


 「だ、駄目ですっ!!勢いが凄まじく、このままでは第二門も……」


 それは、遙かいにしえの時代に天上の月から舞い降りし美しき天女が、湖面に映る月影に身を投じて帰ったという伝承がある名勝、


 「香賀美かがみは抜かれていないのだろう!?」


 「は、はい!いまだ交戦中であると報告が……」


 その峰月ほうづき湖とは、百本以上の支流を持つ尾宇美おうみの水瓶であるのだが……


 地理的にこの巨大な湖が天然の堀となることで、香賀美かがみ領方面から攻め込んで来る臨海りんかい軍相手には香賀かが城周辺を抜かれない限り後背防備は万全のはずであった。


 「なら何故に臨海りんかい軍が後背から来るのだっ!!」


 尾宇美おうみと隣接する香賀美かがみ領ではいまだ、新政・天都原あまつはら軍の香賀美かがみ守備隊と臨海りんかい第ニ軍が交戦中であると報告が入っていたはず……


 あかつき海側の海岸線を有する香賀美かがみが落ちていない現状で、海路から川を下って峰月ほうづき湖へと侵入するのは到底不可能!


 香賀美かがみ方面から侵攻の可能性は無いはず!!


 ドドォォーーーーン


 「だ、第二問突破されましたぁぁっ!!」


 「くっ……」


 だが現実には、完全に虚を突かれたのだ。


 「敵軍!……来ますっ!!」


 そしてそういう理由から城守備が手薄であったことも……


 ドドドドドッ!ドドドドドッ!


 地響きで城壁を震わせながら、臨海りんかい軍騎馬隊が侵入するのを誰も止められない!!


 「うわぁぁっ!退けー退けぇぇーー!」


 それどころか、城門付近にひしめいていた兵士達は慌てて我先にと逃げ出す始末だった。


 「くっ!それでも、この尾宇美おうみという堅城の城門をこうもやすく粉砕する恐るべき突破力の敵とは何者が率いて……ぐはっ!」


 ――白刃一閃!


 血飛沫を引いて、疑問だらけで混乱したまま、尾宇美おうみ城守備隊隊長の首が宙に舞う!


 ドドドドドドドッ!!


 それは、切り開いたばかりの道を通った白馬を駆る白金プラチナの閃光がはしり抜けた瞬間だった。


 「……」


 輝きを放つ白金プラチナ光糸を三つ編みに束ね、それを後方へと向け美しくなびかせ白刃を閃かす!


 ザシュ!シュバ!


 「うぉっ!」「なっ?」「ひぃぃっ!」


 白い駿馬と共に城内を思うままに蹂躙する閃光の正体は――


 ヒュバッ!シュバッ!


 「ぎゃっ!」「ひぃぃっ!」


 芸術的なまでの神速剣にて次々と兵士の首を宙に打ち上げる白い死神!


 煌めく銀河の双瞳ひとみが美しい姫騎士……


 ――通称、”臨海りんかい終の天使ヴァイス・ヴァルキル”!


 久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろであった。


 「ひ、退けーー退けぇぇーっ!!」


 「く、首と胴体が……」


 「生きたまま分断される事になるぞぉっ!!」


 見惚れるほどのその惨状に――


 運悪く彼女の通り道を守備していた新政・天都原あまつはら兵達は――


 「き、聞いてないっ!聞いてないっ!聞いてないっ!」


 「こんな状況!!臨海りんかいの悪魔っ!」


 「な、なんで……純白しろい死神がぁぁっ!」


 自身の両手で思わずだろう首根っこ辺りを押さえながら、青ざめた顔で一も二も無く逃げ出してゆく……


 揃いも揃って本来の職務を怠たるこの為体ていたらくは……まったもって目も覆うばかりだった。


 「ひぃぃっ!」


 「た、たすけ……」


 いいや!不運なのは尾宇美おうみ城守備隊。


 えて新政・天都原あまつはら尾宇美おうみ城守備隊側の弁護をするならば……


 兵力の殆どを城前に回したことで城守備兵力が極端に少数であったこと、


 前述の地理的理由と戦況報告から、こういう守備体系を採択しても万全であるだろうという確信が、現在に至るこの尾宇美おうみ城守備隊の悲惨なまでの瓦解に拍車をかけたとも言えるだろうか。


 「退くなっ!!退くんじゃないっ!!もし尾宇美城ここを落とされでもしたら城前の前線が……」


 そしてそれでも僅かに残っていた勇敢な兵士達も――


 「ぎゃっ!」


 「ひっ!」


 白い閃光という死の刃の前に容赦無く露と消える。


 「良し!尾宇美おうみ城の制圧は成ったも同然……後はこの有馬ありま 道己どうこが請け負う!貴公は早々に次の地へと向かわれよ!」


 「……」


 混戦が終息に向かう中、臨海りんかい軍方である立派な髭の部将がそう叫び、それに応じた白金プラチナの姫騎士は無言で頷いた。


 ヒュ――


 シュバッ!ヒュバッ!ヒュオンッ!


 「ぎゃぁぁっ!!」「ひぃぃっ!」「がはぁっ!」


 その直後、美しき白金プラチナの乙女は目にも止まらぬ抜刀で前を薙ぎ払い、別の方角へと道を切り開いていた!


 ヒヒィィン!!


 そして雪のように白い愛馬を操り、その場を後にする!


 ダダダッ!ダダダッ!


 「まってて……」


 ダダダッ!ダダダッ!


 揺れる馬上で決意に輝く白金プラチナ双瞳ひとみ


 彼女は城外の死地へと向け再びひたはしる!


 ダダダ!ダダダッ!


 「さいかの敵は……わたしが全部斬るから!」


 散々に血風を撒き散らし、だが自身は返り血の一滴さえ浴びない白き死神、


 臨海りんかい終の天使ヴァイス・ヴァルキル久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろの背が小さくなるのを見送った髭の武将、有馬ありま 道己どうこもまた……


 「ふんっ!はっ!」


 ザシュゥ!ブシュッ!


 城内に残った新政・天都原あまつはら兵を一通り斬り伏せてから今度は違う方向へと視線を移す。


 「猪親いのちか様!これで城制圧はほぼ成りましたゆえ、本隊へ連絡を!」


 強襲部隊の中心で全体指揮をっていた若き主君に向けて次なる段取りを促していた。


 「そ、そうだな、誰かっ!最嘉さいか兄さま……領王閣下に合図を送れ!」


 それを受けたのは、相変わらず美少女とまがう線の細い少年……


 だが、特殊任務の分隊長という大任をこうして全うしたという事実は、この少年、伊馬狩いまそかり 猪親いのちかの成長が著しい事を物語っている。


 「ははっ!」


 兄と慕う臨海りんかい王、鈴原すずはら 最嘉さいかから授与された”黄雀こうじゃく丸”を手に猪親いのちかはそう指示を出し、部下の一人がそれに従って黒い鳥を窓から放った。


 バサッ!バサッ!


 そして、瞬く間に解き放たれた黒き翼は天へと昇り――


 ――

 ―



 ――クワァッ!


 「あれ……は」


 尾宇美おうみ城前で圧倒され続けていた臨海りんかい軍……


 その将のひとりである鈴原すずはら 真琴まことがそれを見つけて瞳を大きく見開いていた。


 ――クワワワッ!!


 血と鋼が入り乱れる極地と、それらを巻き上げる鉄臭い砂塵の天頂に――


 「遂に……成したの……か?」


 同じくほぼ半数が戦闘不能に陥る苦境の最前線で、宗三むねみつ いちも同時に天を仰ぐ。


 ――バサッ!バサッ!


 そんな地上の些末事など我関せずとばかりに、しゅじょうを見下ろし悠々とこうてんへと至る”黒き翼の覇者”は……


 ――バサササッ!


 遂には天守に舞い降りたのだった。


 「…………はは」


 ――この瞬間


 ――それは結実する


 そうだ、俺は……


 「けんこんいってきっ!!絶望の盤面をひっくり返すのは、この鈴原すずはら 最嘉さいか様だぁぁっ!!」


 思わず大きく拳を振り上げ、そして高らかに叫んでいた!


 念には念のさらに念押し……


 自らが用意していた、保険の保険ともいえる策がこうして大逆転への道筋を照らしたのだから。


 ――すぅ


 打って変わり、小さく深呼吸。


 直ぐに気持ちを落ち着けた俺は指示を出す!


 「これ以降、第三隊の指揮権はペリカに委譲する。アレには、後事は全て任せるから尾宇美おうみに我ががらすの御旗が掲げられるまで殿しんがりを……そうだな、”二人”で守り通せと伝えよ!」


 ――ガッ!


 俺は近くに控えた部下にそう伝えると愛馬の腹にあぶみで合図した。


 ヒヒィィン!!


 張りのあるでんしなりある四脚しきゃく、額の流星が凜々りりしい栗毛の良血馬は大地を力強く蹴って走り出す!


 「我が精鋭五百は着いて来いっ!残りは長州門ながすどの美女二人と死地ここで留守番だ!」


 オオオオオオッ!


 ひたすらに耐え忍んで来たための爆発もあるだろうが……


 流石は俺があらかじめ選抜していた精鋭中の精鋭兵達!!


 ドドドドドッ!ドドドドドッ!


 一気に奮い立っては、先頭を行く俺の愛馬”しゅんせい”に続いたのだった。


 ――


 ドドドドドッ!ドドドドドッ!


 一見して防戦一方の大劣勢に耐え切れず自棄やけになって無策で飛び出したかの様に見える俺と一部隊だが……


 ――当然、確信してのことだっ!


 ドドドドドッ!ドドドドドッ!


 ――陽子はるこの用意した鋼鉄の包囲は時間を置かずに崩れるだろう


 ドドドドドッ!ドドドドドッ!


 ――そして、再度前方を塞ごうとするだろう左右の部隊はきっと間に合わない!


 ドドドドドッ!ドドドドドッ!


 ――なら、鈴原すずはら 最嘉さいかの成すべきは残る”厄介な壁”の排除……


 ドドドドドッ!


 砂煙を撒き散らし、俺と精鋭部隊は駆け上がる!


 ワァァッ!ワァァッ!


 ギャリィィン!ギギィィーーン!


 いまされまくりの臨海わが軍中央を強引に割っ――


 「開いてっ、きみの通られる道を作りなさいっ!」


 ――ザザザザザッ!


 ――ザザザザザッ!


 いや、割る必要など無かった。


 混戦渦中でも俺の意図を察した第二隊は統制のとれた動きですっかり中央を空け、俺達に道を用意してくれたのだった。


 ドドドドドッ!ドドドドドッ!


 「最嘉さいかさま……ご武運を」


 走り抜ける刹那、俺の視界にチラリと祈るような瞳のショートカット美少女が入っては消えていた。


 ドドドドドッ!ドドドドドッ!


 さらに前へと爆走する俺達は既に第二隊の管轄を抜け、第一隊が奮戦する渦中へ――


 「もう……すぐだ」


 ――我慢に我慢を重ねた先に僅かに見えた女神の後ろ髪を……


 ドドドドドッ!ドドドドドッ!


 ――いや、”魔女”の後ろ髪を強引に引っ掴んで乱暴に押し倒し!


 「俺なりの優しい暴力で……屈伏させてやるよ」


 馬上にて湧き上がる感情を抑えきれなくなってきた俺の視界には、既に敵軍の姿が映っていた。


 「さ、最嘉さいか様っ!今すぐ残兵の全てをもってあの化物を抑えますので……」


 この場を仕切る宗三むねみつ いちが何とか段取りを調えようとするがっ!!


 「必要……無いっ!」


 今度はいちとすれ違い様にそう応えた俺は、そのまま前方へと躍り出て、


 そして――


 「おおおおうっ!!待ちかねたぞっ!!王覇の……」


 ギャーーーーーーーーーリィィィィンッ!!


 「覇のぉぉっ……ぬうぅぅ!!」


 ズザザザァァッ!!


 打ち合う鉄の火花で”武神”の槍を削りながら踏み込んだ俺と愛馬のしゅんせいはそのまま!勢いのままに横に跳ねていたっ!!


 ヒュバッ!


 ――悪いないち……チンタラしてたら、性悪なお姫様にフラれちまうんでな!


 煙が出そうなほどに熱を帯びた小烏丸こがらすまるで一振り空を斬り、


 ヒヒィィン!!


 再びしゅんせいで武神との距離を詰める!!


 「たびぞやと真逆に勤勉だな!王覇の英雄ぅっ!」


 ”志那野しなのの咲き誇る武神”木場きば 武春たけはるが吠え、嬉々として待ち構えていた。


 ダダダッ!ダダ…………カクン!


 だが射程に入る寸前でしゅんせいは前足を折って馬体を沈め!一瞬だけ木場きばの視界から消える。


 「ぬうぅ!?」


 浮き上がると同時にロデオの様に大きく馬上で横に乗り崩した俺は、完全に死角から斬り掛かるが……


 ギギィィーーン!!


 ――ちぃぃっ、これさえも凌ぐのかよっ!?


 とんでもない反射神経……いや動体視力もか!?


 「おおおぅっ!」


 ブゥオォォォーーーーン!!


 ――っ!


 俺の存在した空間ごと引き裂いて振るわれたかと錯覚する豪槍の一撃を咄嗟に仰け反ってかわす俺!


 チリリ!と頬をかすめただけの槍先が、それ故に肉で無く僅かな血を強奪して去って行った。


 「れをその体勢で……おにかっ!?鈴原すずはら 最嘉さいかぁぁっ!!」


 ――”最強無敗おまえ”がそれを言うか!?ったく……


 そして俺は呆れながらも既に次手に移っていた。


 「ぬっ!?なっ……」


 そしてその次手には流石の武神も驚いたようだ。


 火花散る激しい打撃と速度が支配する戦場から一転――


 ”ヌルリ”――と


 俺は小烏丸こがらすまるの刀身を口に咥えて両手の自由を確保し、馬を寄せたまま相手の振るった強烈な一撃の根元へと自身の両手を宛がって……密着する。


 さらにそのまま、およそ”武”の形を成さぬままに距離を奪ったのだ。


 「こ、このっ……なんだ!?」


 距離を奪う超接近戦!つまりは”組み打ち術”に持ち込んだという……


 ”動きそのもの”に注力した特異な挙動は、時に速度を凌駕する!


 脳の錯覚や経験による先読みを逆手に取った虚を突く動き!


 大木に巻き付く蛇の如くに木場きば 武春たけはるの鍛えられた図太い利き腕に全身を余すこと無く巻き付けた俺は……


 ダッ!


 先の腕穫りと連動する動きでそのまま鞍を蹴り、踏み切った足を相手の首を刈り取る様に左膝裏で締め上げたのだっ!


 「ぐっぬおぉぉっ!!」


 即座に木場きばは力任せで振り払おうとするが……


 ――ギ、ギギ……


 その時には既に、奴の腕と同化した俺がビクともするはずも無い。


 「うっ……ぐっ……ぷはっ!!はぁはぁ……」


 両腕で相手の右腕肘関節をめ、飛びついた左膝裏で鎌のように頸動脈を締め上げる!


 腕拉うでひしぎ逆十字と三角締めの合体した壮絶な関節技は――


 「ぐ……おぉぉぉ!!」


 ――無駄だよ、”最強無敗”


 膂力で外せる技じゃ無い。


 いやむしろ暴れるほどにミリ単位で食い込み、さらなる深みに陥ってゆく……


 古流体術の名門で天才と恐れられた武闘士が医術を極め、人体を知り尽くして完成させた異色の格闘術を……花房はなふさ 清奈せな関節死技アントライオンを……


 「ぐ……おお……ぐ……はっ……かはっ……っ」


 木場きばの顔色が見る間に紫色に枯れ、しっかりとした口の端からはかすれ声と泡が飛ぶ!


 ――終わりだ、木場きば 武春たけはる……


 今日、お前の前に立ちはだかったのは以前対峙した、


 王として、指揮官として、将軍としての鈴原すずはら 最嘉さいかではないっ!


 後先無視の私情全開!!


 自らの最優先案件がために危険リスク回避を投げ捨て、持てる能力を個人的戦闘力に全振りした純粋なる戦士としての鈴原すずはら さい……


 「ぬ……おおおおおおおおおおおおっっ!!」


 ――っ!?


 勝手に勝利を確信していた俺は高く持ち上がっていた!!


 ――慢心!?いや……


 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」


 ――単に”最強無敗こいつ”が無茶苦茶に化物なだけだっ!?


 ブゥゥーーーーオォォォォォーーーーン!!


 そう気づいた時、俺の身体からだは意識と残像を残して馬上から消え……


 ズドォォォォォォーーーーーーンッッ!!!!


 「ぐはぁぁっ!!」


 相手の巨体諸共に大地へと叩き付けられていたのだった。


 第十二話「散華の空」前編 END

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