第186話「鉄の棺桶」中編

 第十一話「鉄の棺桶アイアン・メイデン」中編


 ――”尾宇美おうみ決戦”が始まる少し前の事である


 京極きょうごく 陽子はるこが率いる新政・天都原あまつはらに敗れた旺帝おうていは、その後は北方の陸狗みちのくという一領土を有するのみになっていた。


 そして程なく、その陸狗みちのく領内でも内乱が勃発する。


 廣崎ひろざき城・不来方こずがた城と所領内の城が相次いで奪われる状況下で、領内西部へと追いやられた燐堂りんどう 天成あまなり旺帝おうてい九戸ここのへ城に居を変えて反乱軍と睨み合う状況であった。


 かつて”あかつき”最強国家とまで恐れられた大国、旺帝おうていだが――


 この短期間でここまで衰退し、内にも問題を抱え身動きも出来ない滅亡一歩手前になろうとは……


 臨海りんかい軍が那古葉なごはを攻略中にの地にて、本州最北端に位置する旺帝おうてい領土”陸狗みちのく”陥落の報告を受けた鈴原すずはら 最嘉さいかは、その侵略者が海を挟んだ北の大地、”北来ほらい”を統一した可夢偉かむい連合部族王である紗句遮允シャクシャインだと直ぐに察した。


 それは臨海りんかいと正統・旺帝おうてい連合軍が、旺帝おうていとの那古葉なごは決戦のために敵本国からの援軍をできる限り阻止出来るよう兵力分断を狙い最北の覇者である可夢偉かむいを利用する算段であらかじめ策を仕込んであったからなのだが……


 ――予想外なほど早々にこの結果


 あまりにもやすやすと得た大果に、策を仕込んだ本人も疑問を抱いたものだった。


 ――如何いかな北の王狼おうろうとて、最強国家旺帝おうていの領土をこうもアッサリと切り取れるのか?


 現に彼が仕込んでいた諜報工作部隊、その指揮官であった花房はなふさ 清奈せなからは、その時点で未だ紗句遮允シャクシャインと直接的な接触までは至っていないと報告されていたのだ。


 つまり……


 策なかばだった臨海りんかい以外に何処どこか他の勢力が介入していたという事になるだろう。


 言わずもがな、状況からそれは、新政・天都原あまつはらを率いる京極きょうごく 陽子はるこしか……該当者はいない。


 そして、その京極きょうごく 陽子はるこの仕込んだ謀略とは……


 彼女は旺帝おうていにとって北の要衝である陸狗みちのくの領主、難武なんぶ 蔵人くらんどが配下の一人を籠絡した。


 具体的には、難武なんぶ 蔵人くらんどが居城であった廣崎ひろざき城に攻め寄せた可夢偉かむい連合部族王、紗句遮允シャクシャインと内応させ、内外から城を陥落せしめたこと。


 この流れで京極きょうごく 陽子はるこの用意した策は上首尾に進み、陸狗みちのく領はアッサリと紗句遮允シャクシャインの手に落ちた。


 その後に臨海りんかい、正統・旺帝おうてい連合軍と可夢偉かむいの侵攻で多大な被害を受けた旺帝おうていを最終的に倒したのは、漁夫の利を得た彼女の新政・天都原あまつはら軍であった。


 さらに周到な事に京極きょうごく 陽子はるこは後の処理も怠らない。


 同様に戦にて多大な傷を負った紗句遮允シャクシャイン可夢偉かむいをも北の地へと撤退させたのだ。


 全ては新政・天都原あまつはら京極きょうごく 陽子はるこ、”無垢なる深淵ダークビューティー”の描いた筋書き通りだった。


 そして――


 利用される形になった旺帝おうてい内部の造反者、可夢偉かむい部族連合に内通し城を落とすのに加担した”元”旺帝おうてい家臣は”宇良津うらつ 為信ためのぶ”という男で、可夢偉かむい軍が撤退したその後も、廣崎ひろざき不来方こずがた城を占拠したまま、この機に落ち目の旺帝おうていから独立して自らの立身を画策する梟雄きょゆうであった。


 宇良津うらつ 為信ためのぶの如き代表的な野心多き梟雄きょゆうの存在が示すように、この後も落日の旺帝おうてい軍からは多数の家臣が離散して行く。


 その理由はそれぞれ、自己保身であったり、野望を燃やした結果であったり。


 或いは……


 ――


 そんな状況の中、現在いまは新政・天都原あまつはら領土となった志那野しなの領の植田うえだ城を独りの男が訪れる。


 「今までかたくなに首を縦に振らなかったの大英雄が、何故なぜ今更に陽子はるこ様との面会を受け入れたのでしょう……充分にお気をつけ下さい」


 給仕メイド姿の腹心が城内の廊下を先導しながら主君に具申する。


 「問題ないわ。”もうそろそろ”だと思っていたところよ」


 その忠告に主君たる希なる美少女は事も無げに応えて歩く。


 この見目麗しき黒髪の美姫は、毎回どこまで見通しておられるのだろうか?と……給仕メイド姿の腹心は思う。


 そうして二人は暫し歩く、そして……


 「……既にお待ちです」


 ――ガラ


 ”会見の間”入り口前に控えていた使用人が、場に到着した二人の姿を確認してかしずき挨拶してから部屋への扉を引く。


 「……」


 そこには――


 人数に対しては些か広すぎる部屋の中央付近に、ポツンと座した独りの大柄な男の姿。


 がっちりとした肩幅に鍛えられた太い腕、厚い胸板とまこともって均整の取れた完成した肉体の男の表情かおは、意気がみなぎる自信に満ちた双眸としっかりとした鼻筋の下にある大きめの口をキリリと精悍に結んでいた。


 誠に陽とした風貌にして実に見事な男ぶり!


 三十歳そこそこの実に堂々とした”武人”は……


 「お初にお目にかかる。我が名は木場きば 武春たけはる


 上座に立ち見下ろす黒髪の少女に対し、床に座して”しっかり”と美姫を見据えた男は、志那野しなのの”咲き誇る武神”と畏怖されし将軍、木場きば 武春たけはるであった!


 「急な申し出に時間を割いて頂き恐悦至極」


 かつての最強国”旺帝おうてい”に在って地上最強と名高い武将であり、旺帝おうてい八竜が一竜であった英雄中の英雄だ。


 「いいえ、”最強無敗”と名高い木場きば 武春たけはる将軍に会えて光栄だわ。私は京極きょうごく 陽子はるこ、この新政・天都原あまつはらを統べる者よ」


 多くの旺帝おうてい家臣が自己保身のために離散する中で、彼は違う事情で国を出奔し故郷であるこの志那野しなの植田うえだに隠者としてその身を置いていたのだったが……


 「……」


 英雄は堂々と名乗り、感謝の言葉を述べた後で暫し陽子はるこを見据えていた。


 「木場きば将軍?」


 それを不審に思ったお付きの給仕メイド……七山ななやま 七子ななこが彼に問う。


 「……」


 「木場きば 武春たけはる将軍っ!」


 「はっ……」


 美姫の従者である七子ななこの言葉に”はっ”と我に返る男。


 「どうかしたかしら?」


 その理由を見透かしているかの如き美姫の微笑みは目も眩むほどに美しい。


 ――英雄は魅入られたかの如く、不意に意識を持って行かれていたのだ


 「い、いや……噂に違わぬ美しさに……その御姿、我が旺帝おうてい雅彌みやび様にも、確かに……」


 そして、思わず素直に不躾な感想を述べてしまう。


 因みに彼が言うところの雅彌みやび様とは無論……正統・旺帝おうていの代表、燐堂りんどう 雅彌みやびの事である。


 旺帝おうてい王家の正統なる血筋である燐堂りんどう 雅彌みやび天都原あまつはら王家ゆかり京極きょうごく 陽子はるこは母親を姉妹とする従姉妹同士であるのだからそれも納得なのだが……


 「そ、それよりも……この身は既に将軍では無い」


 木場きば 武春たけはるは軽く頭を振って仕切り直す。


 「そう、解ったわ。それよりも、こうして貴方あなたから会見を願い出て来たという事は……そういう事と考えて良いのかしら?」


 陽子はるこにとって魅蕩みとれられるのも、ほうけられるのも、も当然の事象で在り、日常茶飯事の些末事である。


 故に英雄の反応を特に気にかけることも無く本題へ入った。


 「その件に関しては……”三つ”ばかり条件を頂きたい」


 自らの容姿の美麗さを甘受したしいまでの自信に満ちた才媛。


 至上の美姫を前にして、英雄はそれでも肝心なところはしっかりと口にする。


 「控えて下さい、将ぐ……木場きば様」


 ここに来て自らの立場をわきまえぬ男の、主君に対する物言いに、従者である七子ななこが即座にたしなめようとするが……


 「三つ……随分と欲をかくものだけれど。良いわ、七子ななこ


 それを軽く制する陽子はるこ


 「言ってみなさい」


 そして英雄を足下に見下ろした美姫は、暗黒の双瞳ひとみを冷たく光らせてそう促す。


 「……感謝する」


 英雄は軽く頷くと続けた。


 「我が主君……”元”主君である燐堂りんどう 天成あまなり公の御子息、天房あまふさ殿は未だ新政・天都原そちらに捕虜となっていると聞き及んでいるが、その解放を願いたい」


 「……」


 敗者として命がけで挑んだ会見にて――


 自身や自領であったこの地への願い入れで無く、他ならぬ自分を閑職へと追いやった親子への融通とは……


 「ざんげんを真に受けた挙げ句に貴方の叔父に責めを負わせ、貴方を閑職に追いやった主君とその跡継ぎだと思うけれど?」


 世論を代弁する様な尤もな疑問を口にする陽子はるこだが、木場きば 武春たけはるもそれを裏で仕込んだ張本人には言われたくないだろう。


 「に」


 それはさてき、男の応えは一切揺るがない様子だ。


 「その件は……残る旺帝おうてい領土を差し出して陽子はるこ様に完全恭順する事が条件であると、天成あまなり公には伝えております。それを拒否されたのは向こうの都合ではないでしょうか?」


 かさず、七子ななこが主人の意を汲み取って割って入る。


 「是非、御願い申し上げる」


 「木場きば様!」


 「良いわ、七子ななこ。それで残りは?」


 頑固な男に美姫の従者が声を荒げるが、陽子はるこはまたもそれを制する。


 「重ねて感謝する。それと我が身は故郷と祖国に捧げた……そして故国亡き現在いまは引退した身でもある。ゆえに貴公の麾下に降るのは今回これ一度ひとたびだけと考え頂きたい」


 ――主君親子に対する温情と、事成った後の自らの身の自由と……


 敗戦国の将が願い出にしては、中々に図太い申し入れだが……


 「……」


 陽子はるこは黙って頷き、そして誰にも知れずに小さく溜息をいた。


 彼女がそれを甘受するほどに今回敵対する臨海りんかい国……


 鈴原すずはら 最嘉さいかを相手にするのは京極 陽子かのじょであっても、この”英雄”の助力が欠かせない要素であるのだろう。


 ――にしても……


 ”忠臣は二君に仕えず”と言うが、この男の場合はそれとはまた違った意味での意地になるのだろう。


 ――”武人”と自らを誇る人種の矜恃とは……


 まこともっくだらない事にこだわるだけの無価値な勲章かたがきであると。


 同じく武人の気質をも併せ持つ”鈴原すずはら 最嘉さいか”ならぬ京極きょうごく 陽子はるこは、この時再認識したからの軽い嘲りに似た溜息であったのだろう。


 「それと最後の一つは……我が身を最前線の要にて、あの”王覇おうはの英雄”が喉元に迫る死地にて、存分にこの命を捨て石に活用頂きたいっ!」


 打って変わり、巨体を乗り出し熱い言葉を吐く男は……


 「き、木場きば 武春たけはる……将軍!?」


 敗残者として半強制された、本人にとっては決して望まぬ戦のはずが……


 それでもこの鬼気迫る迫力と意図せず口角の上がった口元は……


 それはやはり”武人”として!戦場に残してきた矜恃を再び拾える喜び!


 七子ななこは生粋の戦人たる目前の武人が存在に気圧され、思わずその名を口にしてしまっていた。


 「……ふ」


 ――ほんとうに……度し難い


 ただ、麗しき暗黒の美姫だけはその光景を悪し様にわらう。


 結果が全ての世界で、執拗なほど過程に価値を見いだす者達……


 そしてそれにられ、要らない荷物を抱えてしまう……鈴原 最嘉かれ


 「良いわ、木場きば 武春たけはる。一度きりの生を私の捨て駒として存分に全うなさい」


 一粒の聖邪も混入されない純粋なる暗黒の双瞳ひとみ


 見る者のことごとく全てを奈落へと吸い寄せ魅了する至上の美姫が微笑みは、それこそまさに……


 ――”無垢なる深淵ダークビューティー


 その時、暗黒の美姫が可憐な口元は口にした冷徹な内容とは正反対に、”そっと”優雅に美しく綻んで至高の美を体現していた。


 ババッ!


 あかつき一と謳われし大英雄はここまで来て初めて深く深く頭を下げた。


 そして――


 自らも大きな口の口角を上げ力強く応じたのだった。


 「委細承知っ!」


 第十一話「鉄の棺桶アイアン・メイデン」中編 END

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