第185話「千変万化」後編

 第十話「千変万化」後編


 困惑の影で曇る翠玉石エメラルド双瞳ひとみ


 ――彼女……


 ――羽咲うさぎ・ヨーコ・クイーゼルほどの戦士ソルデアが……


 ――”ここまで”して決着を先延ばしされる相手とは……


 相棒パートナーの完璧な強さを知る鉾木ほこのき 盾也じゅんやは咄嗟に言葉を見つけられず、その対戦相手に視線を移す。


 「私の……”円盾アイギス”を正面から打ち破ったのは……貴女あなたで二人目……」


 そして二人の視線の先――


 腕を負傷した花房はなふさ 清奈せなは、闘気オーラを寸分も揺らがせずに”ゆらり”と立ち上がる。


 「……」


 応じる様に――


 澄んだ湖面に揺れる翠玉石エメラルドの月の如き幻想的な双瞳ひとみの美少女剣士は……


 ――スッ


 壊れた剣を捨て、最初の攻防で一旦は腰の鞘に収めていた剣を抜き放った!


 「う、羽咲うさぎ、お前……」


 只ならぬ彼女の雰囲気に、鉾木ほこのき 盾也じゅんやは異変を感じて問いかけようと……


 「三割じゃ失礼だったみたい。けれど結果は変わらないよ?」


 だがそれより先に、プラチナツインテールの美少女が放った言葉は相棒パートナーの男にではなく……いまだ立ちはだかる敵に対してだった。


 「……」


 ――羽咲うさぎ・ヨーコ・クイーゼルほどの戦士ソルデアがここまでして決着を先延ばしされる


 ――そう、だがそれは”先延ばし”になっただけ


 羽咲こいつが下手に本気になってしまえば、相手にとってより不幸な結果に……


 「う、羽咲うさぎ!落ち着け!あくまで俺達は……」


 ヒュバッ!


 細身の刀身を軽やかに一振り!


 「私は落ち着いてるよ、盾也じゅんやくん。今まで通りこの世界での命のやり取りは控える……けれど少しくらい本気でないと抑え切れない相手だから……」


 空を切った鋭利な切っ先を敵に向け、プラチナツインテールの美少女は美しい翠玉石エメラルド双瞳ひとみでその先を見据える。


 「……」


 そして、背筋の凍る瞳でそれに応じる女もまた……まみれの手刀を前に腰を僅かに落とした。


 ――あるじは……


 鈴原すずはら 最嘉もりよし様は、出会ってから一年も経たずに私よりも強くなった。


 それは総合戦闘力で……というのではなく、”無手格闘術の分野でも!”という意味だ。


 総合戦闘力では――


 ”あの出会いの時”でも既に私より強かった……かもしれない。


 そんなあるじの……


 さらに比べものにならないくらい強くなった現在の鈴原すずはら 最嘉さいかよりも、この少女は……


 新政・天都原あまつはら王族特別親衛隊プリンセス・ガード、十二枚目 十二支えと 十二歌たふか……


 連れの男が”羽咲うさぎ”と呼ぶこの相手は……


 「つ、強いかもしれませんよぉ?……お、王さまぁ」


 つい、花房はなふさ 清奈せながボソリと呟いた言葉は”素の方”になっていた。


 ――


 「ここからは……出来るだけ”そう”ならないように手加減の配分には気をつけるけど、それでも貴女あなたには死のリスクがある。それでもなお、鈴原すずはら 最嘉さいかって主君ひとの命令に殉じる気なの?」


 「……」


 十二歌たふかの最後通牒とも言える問いかけにも、無言で手刀を構える花房はなふさ 清奈せな


 「鈴原すずはら 最嘉さいかって人物ひと、過去の実績からも確かに非凡で英雄に足る人物だと思う……でも自分本位なとこ多いみたいだし、詐欺ペテン師なんて揶揄される人間に貴女ほどの女性ひとがそこまで付き合うこともないんじゃない?」


 「……」


 「この世界……乱世を治めるのは、陽子はるこさんの方が相応しいんじゃないかなぁって私は思うけど?それに貴女あなたほどの女性なら、この乱世でも別の生き方が……」


 「…………………………お……お、王さまわぁ……」


 ――っ!?


 相棒パートナーの言葉が効いたのか?死闘を始める前になんとか回避できないかと説得を試みた様に見えた十二歌たふかの言動であったが、それにようやく応えた相手のコロッと変わった雰囲気と話し方に彼女は一瞬、戸惑った。



 花房はなふさ 清奈せなは――


 鈴原すずはら 最嘉もりよしの部下になってから暫くして、急に”どもった”自信の無い話し方の女に変わった。


 それは性格が豹変したのでも、してや意図しての役作りとかでは無く……


 幼少期、孤児であった彼女は、その才能から武の名門である東外とがの道場に使用人兼門下生候補として買い取られた過去を持つ。


 金銭で買い取られたという経緯から強制的に武の名門家の下働きの身分となったのだ。


 元から引っ込み思案で自信の無い性格だった彼女は、そういう身分差や特異な環境も加わり、かなり辛い幼少期を経験したものだった。


 上流階級や金持ちの門下生、その取り巻きが多い環境で……


 対する自分は奴隷同然の身分。


 だが、なまじ才能があった分だけ……


 親無しの捨て子が見所があるからと、上流階級の門下生達と同じ場所に立っているという妬みや嫉み、差別意識から来る虐め。


 それら全てから我が身を守るために彼女が作り出したのが……


 言葉少なく感情を抑えた仮面の自分であった。


 この外郭をまとっている間は自分で無い。


 自分で無いならどんな酷いことを言われても、されても現実では無い。


 だが何時いつしかその”人格無き外郭”で居る時の方が長くなり、本当の自分に上書きされてしまい……


 それが鈴原すずはら 最嘉もりよしの庇護下に入った後は、すっかり緊張の糸が切れたからだろうか?


 それとも、もう既に二重の生活は限界だったのか?


 それは本人にも解らなかったが……


 かく、この頃から花房はなふさ 清奈せなの性格は元に戻ることが多くなり、最初は周りを大いに驚かせたものだが……


 結構危ない、過酷で困難な仕事をやらされていても、清奈せなにとっては存外に”鈴原 最嘉かれ”のもとは居心地が良かったのだ。


 ――良いんじゃない?清奈せなさんは清奈せなさんだから。俺はどっちも本物だと思うよ


 そう言って、稽古の合間の片手間によく彼は事も無さげに笑っていた。


 それは……


 彼女の過酷な半生の枷を外す、無責任で、それでいて……


 とても優しい言葉に感じた。


 ――どっちでも……


 ――”俺の役に立つなら”良いんじゃない?


 「ふ……ふふ……な、なんて、ひどい方だろう……ふふ」


 実は花房はなふさ 清奈せなという女は、育った環境からだろうか?


 見た目よりもずっと聡く、鋭い。


 最嘉もりよしの意図も最初から感づいていたことだろう。


 ――でも彼は……


 ――鈴原すずはら 最嘉もりよし……最嘉さいかという、ひとは……


 ――ずっと彼を見て来たから……わかる……


 「お、王さまは……や、優しいから……たまに嘘が本当になっちゃうんですよ……ふふ」


 独り言の様にそう呟いた花房はなふさ 清奈せなは、まるで幼い少女の様に幸せそうに微笑わらったのだ。


 「………………わからない。実際は凄く立派な人ってこと?」


 十二歌たふかには……羽咲うさぎにはその意味はわからなかった。


 けれど、その笑顔が本物ということは……わかった。


 「ひ、ひどい方ですよぉ?……そ、それで……すごく……優しい男性ひと


 「??……貴女あなたの言ってること全然わからない」


 「そ、そうですかぁ?」


 困惑する十二歌たふかを前に、すっかり素に戻った清奈せなは意味深に微笑んでからそっと周りを見渡す――


 「?」


 そんな戦場とは無縁なおっとりした視線に釣られ、思わずそれを目で追ってしまう十二支えと 十二歌たふか鉾木ほこのき 盾也じゅんやは……


 「なっ!?」


 「お……おいおい!」


 ――”それ”を見た!


 「あ、貴女あなたたちのお船……なんだかボゥボゥ、も、燃えてますよぉ?」


 そして二人の反応を前に花房はなふさ 清奈せなはもう一度、今度は”悪戯少女いたずらっこ”みたいな彼女には珍しい表情で笑ったのだった。



 実際、新政・天都原あまつはら軍の二人が誘導された視線の先には――


 ワァァッ!


 ギャリィィン!


 ばん岬から上陸した新政・天都原あまつはらと迎え撃つ臨海りんかい軍兵士達の戦い……


 ――の、さらに先の海岸に!


 ゴォォォォーー!


 何隻かの軍船から空を覆うほどに黒煙が立ち籠めていたのだ!


 勿論、燃えているのは新政・天都原あまつはらが乗ってきた軍船で、隙を突いて燃やしたのは臨海りんかい軍だろう。


 そしてその策を仕込んだ張本人は――


 ”鈴原すずはら 最嘉さいか”という悪名高い詐欺ペテン師で間違いない!!


 「なんてこと……」


 プラチナツインテールの美少女剣士は呆然と煙り柱を見上げ呟く。


 「う……ああ……最嘉さいか君……あの男はホントに……えげつないなぁ」


 彼女の相棒パートナーである男も、心当たりの人物を思い出してガックリと肩を落とす。


 ――


 「それ燃えろ!やれ燃えろ!もーえろよ、もえろーよ、炎よもえろーー!!ははは!」


 火災現場では、臨海りんかい方である十ヶ郷じっかごう領主の浦橋うらはし 森繁もりしげが、蜻蛉かげろう部隊の手引きにより部下を使って更なる火付けを謳歌中だ。


 「おうよっ!敵は片道切符の宿無しだ!一気に蹴散らすぞぉぉ!!」


 オオオオオオッ!


 同時に、陸上では同じく臨海りんかい方である南郷なんごう領の三守みかみ 平兵衛へいべいが率いる増援が押し寄せる!


 ――


 「……」


 奇襲をかけた新政・天都原あまつはら軍は臨海りんかい軍の予想以上の抵抗で足止めされ、指揮官たる岩倉いわくら 遠海とうみと切り札たる十二支えと 十二歌たふかはまんまと誘き出されてしまった。


 その間に手薄になった軍船を臨海りんかい軍の別働隊が強襲して火計を施したのだ!


 「う、羽咲うさぎっ!このままじゃ帰れなくなるし、もう……」


 鉾木ほこのき 盾也じゅんやが焦った声で叫ぶ。


 「……」


 「羽咲うさぎっ!!」


 いつも通り落ち着かない男だが、今回に関しては鉾木ほこのき 盾也じゅんやの反応が正しいだろう。


 ――このままでは休息どころか退却も出来なくなる!


 「……」


 事ここに至るまでに新政・天都原あまつはら軍の誤算は三つ。


 一つは、いま臨海りんかいの下で結束していなかった小国群を分断する事に失敗したこと。


 それにより手薄になるはずだった九郎江くろうえ守備隊が思いのほか多くなり、奇襲攻撃も予定通り運ばず時間をより要する形になってしまった。


 もう一つは、主戦力であり敵軍突破の要である”岩倉いわくら 遠海とうみ”と”十二支えと 十二歌たふか”という二人が、臨海りんかい軍将軍”比堅ひかた 廉高やすたか”だけでなく”花房はなふさ 清奈せな”という予想外の難敵イレギュラーの参戦によって、意識と行動を制限されてしまったこと。


 これによる弊害は、致命的な誤算の三つ目に繋がり……


 ――


 「ひーのこぉをまぁきあーげぇ!てーーんまでのぼぉれぇぇ!!」


 「も、森繁もりしげ様、はしゃぎすぎでは……」


 つまり意識を目前の戦いに集中させすぎた隙を突かれ、敵の工作部隊が巧みに軍船……新政・天都原あまつはら軍にとって移動手段と母屋を破壊されそうな危機に陥ってしまったのだ。


 「……これって」


 ――戦場では今のところ五分ごぶ……いいえ、少し分が悪いかも


 プラチナツインテールの美少女剣士は速やかに頭の中で状況を纏め始める。


 「羽咲うさぎ!おおーーい!燃えちゃうってぇっ!!」


 ――このまま戦いが長引いたら……このままじゃ私達には戻る場所がない


 「羽咲うさぎさぁぁん!聞こえてますかぁ?今晩のご飯もなくなるよぉっ!!」


 ――当然、最悪の場合の撤退も出来なくなる可能……性……


 「羽咲うさぎぃ!!聞いてるのかぁ?もしもーーし!うさぎさぁ……」


 ドカッ!


 「てっ!」


 思考中の彼女の耳元で無神経にがなり立てる相棒パートナーすねを軽く蹴っ飛ばし、


 「ばか盾也たてなり……」


 ヒュオン、ヒュヒュ――――キン!


 プラチナツインテールの美少女剣士は、光る切っ先で数度空を斬ってから華麗に鞘に戻す。


 「お、おい!痛いって!てか、盾也たてなりって呼ぶなっ!」


 「……」


 理不尽な仕打ちに抗議する男を無視し、美少女剣士は翠玉石エメラルド双瞳ひとみいままみれの手刀を構えたままで自分を見据えている女闘士に向けていた。


 「ここは……臨海軍あなたたちの勝ちね。悔しいけど」


 そして意外なほどアッサリとそう語りかける。


 「……」


 先ほどまで死闘を演じていた二人の女の視線が静かに絡み合い。


 ――


 一呼吸置いて、プラチナツインテールのまれなる美少女剣士は自らの利き腕である白く美しい左手をゆっくりと動かした。


 スッ……


 滑らかな膨らみの曲線を包む上質な衣装の前にその手を宛てがって軽い握り拳を作る。


 「私は――」


 ばゆいプラチナブロンドの髪と、月光に輝く湖面の如き翠玉石エメラルド双瞳ひとみまれなる美少女。


 「ファンデンベルグ帝国が第一の騎士、”月華の騎士グレンツェン・リッター”の羽咲うさぎ・ヨーコ=クイーゼル」


 神秘的な微笑みを用立てて優雅に名乗る、麗しき佳人にして気高き騎士……


 自信に満ちた翠玉石エメラルド双瞳ひとみの美少女は、先ほどよりべにが増して見える整った唇の口角を誇らしく上げて自らの真名しんめいを堂々と名乗ったのだった。


 「…………」


 その姿はどこまでも透明で……


 魅せられた者の背筋を震わせるほどの存在感。


 謎の美少女剣士と異質の刀鍛治という、なにかいわく在り気な男女ペアではあるが……


 彼女がえてその真名しんめいを名乗ったのは、堂々と剣を交えた相手への彼女なりの矜恃で在るのだろう。


 「臨海りんかい軍、諜報部隊隊長の花房はなふさ 清奈せな……です」


 そして――


 それを察した清奈せなも礼節で返す。


 「ええ、花房はなふささん。良い闘いだったわ」


 相応の応えに微笑んだ新政・天都原あまつはら王族特別親衛隊プリンセス・ガードが十二枚目、”十二支えと 十二歌たふか”改め”月華の騎士グレンツェン・リッター”の”羽咲うさぎ・ヨーコ=クイーゼル”は――


 「いわくらのおじいさん!ほら、撤収しましょう」


 少し離れた場所で再び”臨海りんかいの大虎”と”死闘を演じじゃれあっ”ていた”元、天都原あまつはら十剣じゅっけん”の岩倉いわくら 遠海とうみに声をかける。


 「なんですと!?船が……燃えておるのか!?」


 そしてその時になって、初めてその状況に気付き目を白黒させる老将。


 「おいおい、今頃気付くって……もうボケ始まってんのか?なら、向こうはちょうど燃えてるから火葬場に……」


 「撤退くぞっ!速やかに後退!船を確保せよ!!」


 とはいえ、流石は歴戦の名将である岩倉いわくら 遠海とうみ


 直ぐさま状況から最善を選択し、直ちに全軍に命令を下した。


 「てっ!こ、くなよ!ボケじいさ……いたっ!い、いえ、いわくらさん!いてててっ!やめて!羽咲うさぎっ!このじいさんがドサクサでいてくるんだよぉぉ!」


 一言多い馬鹿な男に軽い制裁を与えながら……


 「バカしてないで私達も戻るよ?盾也じゅんやくん」


 また、そんな茶番には付き合わずにサッサと背を向けるプラチナツインテールの美少女剣士。


 「つ、冷たいじゃねぇか!マイハニー!ててっ!なんで俺ばっかりこんな!くそぉぉ……」



 こうして――


 新政・天都原あまつはら軍の奇襲部隊は、一時的に臨海りんかい沖へと去って行った。


 無論、現状での交戦継続は兵に対する損害と危険度リスクが増すばかりと判断したからである。


 ――


 そんな敵に無駄な追撃をする事無く、かつて氷と評された女闘士は困ったような微笑みと共にそれを見送っていた。


 「で、ですからぁ……お、王さまはひどいひとだって……ふふふ」


 第十話「千変万化」後編 END

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