第182話「北風とあざとい太陽」

 第七話「北風とあざとい太陽」


 ――時間軸は臨海りんかい王、鈴原すずはら 最嘉さいか率いる臨海りんかい第一軍の尾宇美おうみ攻め直前に遡る……


 「では、貴殿等は抜けると言うことか?」


 少し前まで臨海りんかい国本城であった九郎江くろうえ城で老将の目が光る。


 傘下に降した近隣小国群の王達を前に、怒気を孕んだ声でそう問うのは……


 臨海りんかい軍将軍統括である比堅ひかた 廉高やすたか


 先代の臨海りんかい王であった故人、鈴原すずはら 大夫たいふから現在のすずはら 最嘉さいかにまで仕える宿将である。


 「そ、そうは言っておらぬ、暫し様子を見たいと……」


 「そうだ、戦となるなら我らにも用意というものがだな……あ、あるのだ」


 老将の鋭い眼光を前に、そこに集った数人の王達は目をらしがちで”あやふや”な回答に終始していた。


 彼らは臨海りんかい国の近隣独立小国群の王達の面々であるが……


 少し前まで同等であったはずの臨海りんかい国が、赤目あかめ征服、旺帝おうてい領、那古葉なごは軍撃破という破竹の快進撃と、日限ひぎりの”あっさつおう”こと熊谷くまがや 住吉すみよしの示威行為の前に最近になってりんかい国に降っていた。


 「戦国に在っては戦こそが誉れっ!それが戦乱の王たる方々の考えなら失望しか無いっ!!」


 ――っ!?


 齢七十にも迫る老将でありながらも現在いまも一線で存在感を有する猛将の怒声は、戦国世界で揉まれてきた小国群の王達でも思わず身をすくめる迫力だったが……


 「我らが言いたいのは準備の問題であって、その様な精神論では無い!」


 王達の中でも特に実力のある十ヶ郷じっかごう領主、浦橋うらはし 森繁もりしげは、目前の猛将にも毅然と言い返す。


 「そ、そうだ。直ぐに兵は用意できぬというだけ、暫し時間を頂きたい旨を領王閣下にお伝え願いたいと……」


 「け、決して戦わぬと言っている訳では無い」


 それに南郷なんごう領の三守みかみ 平兵衛へいべい以下が続く。



 ――ここは臨海りんかい国、九郎江くろうえ


 「……」


 口々に発せられる反論に、無言にてギロリと眼光を向ける老将の隻眼。


 「うっ!」


 「ぬぅ……」


 分厚い顔面に刻んだ年輪よりも遙かに多彩に面積のほとんどを占める戦傷いくさきずと、そして光る比堅ひかた 廉高やすたかが片方だけの目は、その傷の一つにより永劫に開くことが無い。


 ――老いても尚、一睨みで王達の心胆を寒からしめる偉丈夫!


 長年の戦場で実戦経験値を最高値カンストにまで鍛え上げられたとさえ思われる鋼の肉体を持つ巨漢の老将は、臨海りんかい王である鈴原すずはら 最嘉さいかにも認められた臨海りんかい国軍随一の戦人いくさびとであった。


 「かく、我らは一度、所領に戻らせてもらう」


 だが、十ヶ郷じっかごう領主、浦橋うらはし 森繁もりしげは小国とはいえ流石は王……


 その迫力を正面から受け止めてそう言い放ち、ゆっくりと立ち上がる。


 「う、うむ……そう領王閣下にお伝え頂こう」


 そこに南郷なんごう領の三守みかみ 平兵衛へいべい羽谷田はやだ領の森宮しんぐう 行永ゆきなが井絽川いろがわ領のなかがわ きよひでが続いて立ち上がり背を向ける。


 実際のところ、小国群の王達は色々と理由をつけてはいるが……


 一度は勢いのある臨海りんかい国の傘下に入ったものの、ここに来て戦う相手が同じく勢いに乗る新政・天都原あまつはらであり、その新政・天都原あまつはらは元の盟主国の系統である国家で……


 そして、その新政・天都原あまつはら国軍は既にこの九郎江くろうえを脅かす位置に海上から兵力を差し向けて来ているという事実を前に、この状況で判断を誤れば自国領土を失いかねないと案じて、できるだけ関わらずに行方を見守ろうとっていたのだ。


 つまり、今し方の王達の言い分は――


 結果を見てから安全に動きたいが為の、唯の言い訳に過ぎないことは明らかであったのだ。


 「ふん……」


 だがたとえそれが見え透いた言い訳と解っていても――


 比堅ひかた 廉高やすたかが飽く迄も臨海りんかい軍将軍統括でしか無い以上、掌握する兵権は臨海りんかい軍中でのこと、当然の如く小国群の王達に対しての命令権は無い。


 この時点ではりんかい王であるすずはら 最嘉さいかの代行権を授けられてなく、また緊急時の対応法マニュアルも整っていない。


 急成長した臨海りんかい国の体制は、未だそこまで命令系統が確立されていなかったのだ。


 ――恐ろしいのは、この襲撃はそこまで見抜いての”無垢なる深淵ダークビューティー”の計略であった


 「良い。ならばせいぜい気をつけて領地に帰られよ、は我が精鋭で十分!!」


 分厚い顔面に刻んだ皺を歪ませ、鋭い眼光でそう吐き捨てる廉高やすたかであったが……


 正直、城防備に残った兵力のみで襲来した新政・天都原あまつはら軍を退けるのはかなり困難な状況であった。


 「そうか、では我らは……」


 「おう!安心召されよ、廉高やすたか殿。準備が整い次第に直ぐ戻る」


 心にも無い台詞を残し、その場に居た小国群の王達数人は激戦となるだろう九郎江くろうえ城を後に去ろうと――


 「はてさて、れはどういう状況で在ろうか?父上様」


 剣呑な話し合いがお開きになる寸前の広間に、可愛らしいながらも中々に尊大な口調の声が響いていた。


 「もうお帰りになられるのか?せっかくわらわが会いに来たというに」


 大きなリボンで結ばれた”ゆったり”とした長い黒髪と、自信に輝くどんぐり眼という、中々将来有望そうな容姿の少女が仁王立ちして入り口を塞ぐように立ちはだかる。


 見た目は非常に愛らしいながらも、少々気性に難が有りそうな少女の後ろには、同じように数人の少女達……


 戦が始まる直前の城には似つかわしく無い、華やかな集団がそこに存在したのだった。


 「こ、琴璃ことり……」


 その少女を見て一際大きく反応したのは――


 小国群の王達が急先鋒であった十ヶ郷じゅっかごう領主、浦橋うらはし 森繁もりしげだった。


 「で、父上様、これはどういうお心か?」


 そう、生意気な少女の名は、十ヶ郷じゅっかごう領主、浦橋うらはし 森繁もりしげの娘である琴璃ことり


 彼女達、急激に強大になったりんかい国に対して近隣小国群国家から人質として送られてきた姫君達は、りんかい首都である岐羽嶌きわしま領北部の烏峰からみね城は戦場となる尾宇美おうみから近いという理由で戦に巻き込まないよう万が一を考えて、この九郎江くろうえ城まで避難していたのだが……


 結果的にそこが最前線の一つになるとは全く皮肉であった。


 「仕える臨海りんかいの大事に戦地を離れるとは、在り得ぬ事でありませぬか?」


 「ぬ、ぬう……幼いお前にはまだ政治はわから……」


 突然現れて虚を突かれた父は一瞬だけ戸惑うが、そこは小国とはいえ王たる者の威厳、小娘の青臭い正論如きは切って捨て……


 「政治?政治とな?ならばわらわ臨海りんかい王たる鈴原すずはら 最嘉さいか様に嫁いだ身、この身を捧げるのは当然じゃ。十ヶ郷じっかごうが娘を政略の道具として使いながらも更にそれを裏切る恥知らずというのなら、わらわは父娘の縁を切る覚悟!」


 王たる者の威厳で切って捨て……


 「え……マジ?」


 一瞬で浦橋うらはし 森繁もりしげの顔がこわばった!


 「浦橋うらはし殿?」


 それを見た南郷なんごう領の三守みかみ 平兵衛へいべいが思わず声をかけるが……


 「真剣まじじゃ。小国といえど一国の王たる者が一度ひとたび、与すると決めた以上!臨海りんかい国と命運を共にするのが道理であろう!違うであろうか?父上様!」


 「いや……それは……てか……父と縁を切るって?琴璃ことり……」


 ドンドンと捲し立てる娘に父親は……


 「浦橋うらはし殿、我らは時領を護る王ぞ!」


 「う、うむ……琴璃ことりよ、其方そなたにはまだまだ解らないだろうがだな……つまり……な?……ええと」


 浦橋うらはし 森繁もりしげは同じ小国群の王達の手前、なんとか体裁を保とうとチラチラと後方の王達を見ながらも、先ほどまでの威厳は何処どこへやら、


 「それに父上様……琴璃ことりは……鈴原すずはら 最嘉さいか様に……」


 その態度に娘は何かを感じたのか、一転して雰囲気を変えてモジモジと、


 「!?」


 「……た、大変……可愛がって頂いており……ます」


 恥じらいいっぱいの声でそう告げた。


 「か!?可愛がってっ!?そ、それは……」


 生意気であった少女は、伏し目がちに頬を染めて乙女の表情かおでコクリと頷いた。


 「っ!!!!!!!!」


 そしてその反応に、その言葉に、浦橋うらはし 森繁もりしげは顔色も真っ青に……


 「はい……そういう意味でございます」(←ウソ)


 幼いまでもしたたかな少女は、ここが機であると判断してダメ押ししたのだっ! 


 「なっ!?……ななっ!」


 なんとも乙女の恥じらいを前面に出した、中々の演技力で浦橋うらはし 琴璃ことりは言ってのけたのだ。


 ――元を正せば、


 政略道具として娘を差し出したのは十ヶ郷じっかごうであるが、その政治判断は王として苦渋の決断であった。


 実は父親としての、親馬鹿な浦橋うらはし 森繁もりしげとしては全く納得していなかったのだ。


 「お兄ちゃ……最嘉さいか様はわらわのことを大変にお気に召された様子で、というか昔から狙ってた?みたいなで……お腹にはお子の気配も……」(←大ウソ)


 策略のためとはいえ、自身の願望を実際に口にすることにより、なんだか自分でも気持ち良くなってきたのだろう……


 流れるように次々と並べられる嘘八百!


 そして琴璃ことりの後ろに並ぶ各小国群の姫達からも、感化されて”きゃー!”きゃー!”と次々と黄色い悲鳴が上がっていた。


 「ぬ……ぬぬぬ……」


 「お、おい、浦橋うらはし殿?」


 浦橋うらはし 森繁もりしげの震える肩を前に、南郷なんごう領の三守みかみ 平兵衛へいべいは嫌な予感を感じて名を呼ぶ。


 「ぬぅおぉぉぉっ!!琴璃ことりちゃぁぁんっ!!」


 「う、浦橋うらはし殿っ!?お、おい……」


 「くぅぅ!あの鈴原すずはらわっぱめぇぇ!俺の可愛い琴璃ことりちゃんに、なんて淫らな事をっ!!うぬぅぅ!!」


 「いや、だから浦橋うらはし、落ち着け……」


 「そればかりか稚児ややこだとっ!?小童ガキ子供ガキをこさえるなんて十年早いわっ!くぬぅっぅ!!」


 「森繁もりしげぇっ!!」


 ドカッ!


 先ほどまでの王たる振る舞いはどこへやら……


 完全に取り乱しまくる馬鹿親の後頭部に三守みかみ 平兵衛へいべいのチョップが入る!


 「うっ!い、痛いではないか、平兵衛へいべい……なにをす……」


 「お主が娘の言葉如きでみっともなく取り乱すからだっ!この馬鹿親が!!」


 とんだ見かけ倒しの王だと、呆れて怒鳴りつける三守みかみ 平兵衛へいべい


 「ふん、十ヶ郷じゅっかごうなんぞにこの場を任せたわしが愚かであった。後はこの南郷なんごう三守みかみ 平兵衛へいべいが……」


 「お父様、実はわたくしも……領王閣下には大変可愛がって頂いております」(←超大ウソ)


 すかさず、琴璃ことり姫の後ろに控えていた清楚な女性……


 南郷なんごうしぎ姫がポッと頬を染めて目を伏せる。


 「ぶっ殺すぅぅっ!!あの鈴原すずはらわっぱぁぁっ!!」


 親馬鹿は三守みかみ 平兵衛へいべいもどっこいであった。


 「父上様、わらわりんかいと共に戦うことこそ武門の誉れと考えておるのじゃが……」


 「おうよっ!この父上様に……否!ジィジに全て任せよっ!」


 親馬鹿どころか既に未だ見ぬ孫の祖父馬鹿モードの浦橋うらはし 森繁もりしげ


 「お父様も……」


 「やらいでかっ!わっぱはともかく、我がしぎちゃんとその子のため……いいや!小国群の意地として!不届きな侵略者どもに背など見せられようか!なぁ皆の衆っ!」


 馬鹿具合がどっこいの三守みかみ 平兵衛へいべい


 「え、えぇーー?」


 完全なる私情にて王としての威厳も、統率者の政治とやらも……百八十度ひっくり返った浦橋うらはし 森繁もりしげ三守みかみ 平兵衛へいべいの勝手な言い分に、残りの王達はポカンと開いた口がふさがらない顔で立ち尽くしていたが……


 「ここまで来て怖じ気づくような腑抜けなどこの場には居るまいっ!」


 「お……おおー」


 二人のあまりの勢いに流され、つい小さく腕を振り上げる。


 「声が小さいっ!それでも王を名乗る強者共かぁぁっ!!」


 「おおおおーーーー!!」


 完全に場の雰囲気に呑まれ、残りの王達も成り行きで一致団結する。


 「…………ぬぅ?これは……なんとしたことか」


 そして呆気に取られているのは、なにも小国群の王達だけでは無かった。


 ”臨海りんかいの王虎”の異名を冠する猛将、比堅ひかた 廉高やすたかもまた同様だ。


 近隣諸国にその武名を響き渡らせた猛将の威をもってしても不可能であった小国群の王達をアッサリ変節させてしまった姫達の奸計……


 押して駄目なら引いてみろ!


 まさしく寓話の”北風と太陽”……


 「時に廉高やすたか殿、この件はくれぐれもお兄ちゃ……鈴原すずはら 最嘉さいか殿によしなに」


 そして――


 大きなリボンで結ばれた、ゆったりとした長い黒髪と、自信に輝くどんぐり眼という、まだまだ幼くも将来有望な容姿のしたたかな少女は、


 「う……うむ……承知」


 頬を染めながらもコッソリと猛将にそう告げるのだった。


 第七話「北風とあざとい太陽」END

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