第181話「至る道」後編
第六話「至る道」後編
「領王閣下から
隊列を組んだ騎馬群、疾走する馬上にて
本来なら
これは
ダダダッ!ダダダッ!
「これでぇ、あのツインテールちゃんの部隊は袋の鼠だけどぉ……」
黒髪の尻尾を靡かせて馬を駆る
「はい!
報告通り、新政・
兵士の言葉はそういう解釈である。
「…………そう、ご苦労様ぁ」
その時、
「はっ!」
兵士は敬礼し、そのまま
「……」
――やはり取り越し苦労……
その実力に疑問を感じさせて反乱を誘発させるためだ。
敵部隊追跡中の彼女に届いた、本隊の
出がけに聞いた、
そして、今感じた
全てが杞憂であったと安堵した彼女は、取りあえず残った任務である敵部隊の追撃を続ける事のみに専念することにする。
――もう半日もすれば追いつけるはず……
そうすれば、
それが成れば、
この戦はそれで
「み、
そういう算段を巡らして疾走する馬上に在った彼女の耳に、先行していた兵士からの声が入る!
「て、敵部隊が進路を変えて……ひ、東へっ!」
――っ!?
先行していた斥候兵の連絡に、
「どういう……ことぉ?」
しかし敵部隊は東へと進路を急転させたという。
「いえ、その方向は海しか……」
「……」
部下の言葉に
海と言えば”船を利用するのでは”……
と考えるのが妥当だが、新政・
かと言って、少数でも数百から成る軍隊を乗せるのに半端な民間船など役に立たないだろうし、相応の規模の商戦調達なども隠れて行うのは不可能だろう。
「どこかのぉ……他国が手引きしたしか考えられないわねぇ?」
――っ!?
ポツリと零した
「なっ!?」
「そ、それはどこの!?」
「この
言うまでも無く”
列島最大の陸地である本州を囲む海、北側の”
勿論、新政・
ならば――
「
続く
「
「そ、そうですっ!
兵士達の言うとおり、それが事実ならば――
そして”そうならば”この戦の相手は、新政・
それは
「……」
浮き足立つ兵士達の中でも
――だが、
――その腹心の
「た、確かに考えてみれば……正統・
「うっ!?」
「ああ……」
一人の兵士が放った言葉で、その場に居た全員の顔が絶望に染まる。
「……」
――”報告には私見が入ってはならない”
誰かの意図、願望になってしまうのだ。
願望で、つい……追撃の手を緩めてしまっていたのではないか?
一連の敵の動きは、どうせ直ぐに対処できる
自身の勝手な判断で
一見して変わらない彼女の垂れ目気味の瞳に影が
「直ぐに追うわ!」
ヒヒィィン!!
「み、
「お、おう!?」
言うが早く、そして今まで以上に馬を飛ばす彼女に、呆気に取られそうになった兵士達は慌てて着いて馬を駆るっ!
ドドドドドッ!
ドドドドドッ!
最早、後から来るという三千の兵など待っている暇も無い!
そんな鈍重な部隊などは唯の足枷だ!
敵の意図が想像通りなら、既に正統・
――結局……
その後も
「……」
ドドドドドッ!
ここまで来ると
ドドドドドッ!
「……」
一刻も早く追いついて――
そして、その先に在るだろう真偽を確かめなくてはならないっ!!
この時の
――
日付が変わり、霞がかる早朝に――
うらぶれた漁村の港に停泊した数隻の軍艦に部隊を分散して搭乗作業を行っていた。
「ようやく全員乗り込んだみたいだなぁ。ふぅ、散々に尻をつっ突き回されてギリギリなんとかって……ったく、なんでこんな危ない仕事を俺が……」
文句タラタラだが、実際は大した仕事をしたわけでも無いその男の足下には大きな荷物がひとつ。
背丈の半分以上ある背負いの
「て、まだ一人いたんだよなぁ……」
男が立ち止まっているのは――
人口もそう多くない外れの漁村で、そこに停泊した軍船に向け渡された簡易的な橋の上だった。
歩幅の倍程も幅の無い板の上で、男は後ろから来る最後の搭乗者に視線を向ける。
「サッサと乗り込んで、たちの悪い
くだらない言い回しで調子に乗る男の名は”
軟弱な風体と言動からは想像できないが、我流で少しばかり風変わりした刀剣を打つ、この若さで超一流の”
「……って、おい、なんか言えよ!独りで恥ずかしいだろ……俺が」
全ての兵士を搭乗させ、残っているのはその
「……」
一見して胡散臭い風体だが、そこから垣間見える整った輪郭の白い顎……
それだけでその人物がかなりの美形だと言うことが想像できてしまう。
「……」
そして簡易的な板橋の途中でふと足を止めたその少女は、さっきからずっと揺れる湖面の如き
「おい、
あくまで無反応な連れの少女に、
そして、その美しい瞳が見据える先を試しに自身も視線で追ってみるが……
「……」
――何も無い
というか、ここは片田舎の漁村だ。
遙か先に森……小高い丘が見えるくらいだろう。
「なんだよ、なにかあるのか?人とか?」
「だ・か・らぁ!
「…………ううん、大丈夫だよ、
何度目かの問いで少女はやっと反応し、男に微笑んだ。
「お……おう」
フード下からチラリと見えるくらいの、そんな可憐な笑みに、彼は途端に頬を染めて思わず目を逸らす。
「………………へぇ」
その反応に少女はニヤリと、先ほどとは質の違う笑みを見せた。
パサッ
続いて彼女は、確信犯的に頭部のフードを背後にズラして落とす。
「うっ……
朝の爽やかな日差しの中、海風を受けてサラサラとプラチナブロンドに輝く長い髪が二束零れ落ちた。
「はぁい、
整った輪郭の白い顎下ぐらいの位置で左右に纏めてアレンジされたツインテールが
彼で無くても目を奪われても仕方が無い美少女は、すっかりからかう気満々の悪い笑顔になっていた。
「くっ!この……あのな……いや、何を見ていたのか、さっきから聞いてたんだよっ!」
そんな少女の行動に、
その手は食うかと!話を脱線させまいと会話内容を本題へと戻す。
「ちぇっ…………ええとね、ちょっと”殺気”を受けてたんだけど」
涙ぐましい努力で”デレない”様に抵抗する男と、それがちょっとだけ不満そうな美少女は――
プラチナブロンドに輝くアレンジツインテールと、人形のように白い肌にほのかに桜色に染まった慎ましい唇と、澄んだ湖面に揺れる
彼女は”この世界”では、
そして就職先である新政・
「殺気!?なんだそりゃ?」
散々上の空だった彼女のサラリとした意味不明で物騒な答えに疑問を返す男。
「大丈夫だよ、ここまで届くほどの殺気じゃないから」
だが少女は、
――殺気?届く?
「……はぁ?そうか。なら良いけどな」
一応、そう返事したものの……
実際は彼女の言葉の意味が全然分からない
――わからない事は考えても仕方ない
――
それ以上に、恋には盲目的な駄目男だった。
無理に彼をフォローするならば……
彼女を理解しているからこそ、気持ち良いほどに物騒な
そして――
「じゃ、そろそろ行くか」
男は”よっこらせっ”と
「そうだね、行こう!
相手が自分のことを理解してくれている幸せに
彼女の名の響き通りに”ぴょん”と跳ねるように空いた男の左腕に自らの右手をスルリと差し込んだ。
「うおっ!?ちょ……うさぎ……おお……む、胸が当た……」
その軽やかな動きに”ふわり”と緩やかにプラチナのツインテールが踊って、良い香りが彼の鼻腔を心地良く
「ふふ、変わらずエッチだねぇ、
直ぐに
言葉と裏腹にどこか楽しそうな美少女と、それに不満げな表情をしながらも決して彼女を引き離そうとしない駄目男は――
人目を
「……」
ただ、最後に一度だけ振り返った
湖面の如きに煌めく
――――
―――
――
―
その漁村を見下ろす丘。
「…………」
殺気を込めた垂れ目気味の瞳の射手は――
構えていた矢を放つこと無く下ろす。
「
背中越しにかけられる部下の言葉に、
「仕留め……損なったわ」
既にいつも通りの
新政・
小さな港町に数隻の軍船の存在を確認し杞憂が現実になったと確信した
高低差を利用した
これが手にしている折り畳み式の簡易な短弓でなく、愛用している深紅の長弓であれば或いは……と考えるが、それも
「目が合った…………多分、気付いていたわ」
「は?い、いや、それは流石に……」
思いもかけない
「……」
この距離の狙撃を、この距離の殺気を……
あのツインテール美少女は察知し、そればかりか
こんな距離でそんな事が有り得るのか甚だ疑問だが、相手が
恐るべき天賦の才!
それとも――
あの”魔眼の姫”とも
――
「とにかく、戻るわよぉ!」
偽装はしていたが、確かに……
――正統・
その事実を早急に報告しなければならない……と。
第六話「至る道」後偏 END
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