第178話「盤天の魔女」後編

 第三話「盤天の魔女」後編


 「浮き足立つな、陣形を維持せよ!」


 臨海りんかい軍前衛部隊隊長、宗三むねみつ いちは混乱する自隊をなんとか立て直そうとするが……


 「敵が来ますっ!」


 ドドドドドッ!


 「横!いえ後ろか……っ!」


 ザシュゥ!


 封じ込めていたはずの敵二隊が息を吹き返したかのように切れ目のない連携のとれた攻撃を発揮する!


 「……そう簡単に立て直せぬか」


 宗三むねみつ いちは思わぬ敵の反撃に苦慮していた。


 ――臨海りんかい軍前衛部隊一万五千に斬り込んだ新政・天都原あまつはら軍両翼部隊併せて五千!


 最初こそ宗三むねみつ隊を上手く分断しかけたが、その後は逆に呑み込まれる様に包囲され壊滅の危機に陥っていた……


 ――が!


 バシュッ!バシュッ!!


 「ぎゃっ!」「ぐわっ!」


 馬上部隊から放たれた矢群は、亀の甲羅の如く閉ざした兵士の壁にある隙間を狙って一斉に放たれる!


 「正確に、致命傷を狙う必要はないですから!」


 友軍を呑み込んだ強固な敵陣形を遠巻きに、精密射撃で削るよう指示を出す騎馬弓隊の将は、おかっぱ頭に二丁拳銃の如き構えで小型の西洋風十字弓クロスボウを手にした”二丁十字弓ダブルクロス”の二宮にのみや 二重ふたえ


 「このっ!好き放題やりおって!!」


 「そんな惰弱な矢が我ら重装歩兵の装甲に効くとでも……」


 ガシャ!ガシャッ!


 陣形外側の一部が、堪りかねて盾を弓兵部隊の方向へと向けた矢先……


 「といねえさん!お願いしますっ!」


 二重ふたえの騎馬弓兵部隊はサッとその場を離脱し、そして――


 ドドドドドッ!ドドドドドッ!


 入れ替わるように怒濤の如く斬り込んでくる騎馬部隊!!


 「な、なんだと!」


 「う!この……」


 既に誰も居ない先に鉄盾を泳がせた臨海りんかい兵士達に向け、


 「良いさね、二重ふたえ!!」


 馬群の先頭を疾走るのは、抜き身のつば無し白鞘しろさやを手にした実に艶っぽい美女!


 ヒューー


 十一紋しもん 十一といは細く切れ長な瞳をさらに細め、実に色気漂う赤く薄い唇に笑みを浮かべながら白刃を高く掲げる!


 ギャ!ギャギャギャギャギャギャリィィィィーーーーン!!


 臨海りんかい兵士達の側面を!かんなで削り取るように火花を散らして疾走する!


 「がはっ!」


 ガシャン!


「ぐはっ!」


 ドシャ!


「なにぃっ!!」


 ガラァァン!


 ”鏖殺みなごろしの白鞘”と恐れられる王族特別親衛隊プリンセス・ガードが筆頭、十一紋しもん 十一といの騎馬横一列撫で斬りに、多くの兵士達の手から鉄盾がドミノの様に連続して落ちていた。


 ドドドドドッ!ドドドドドッ!


 ワァァッ!


 それに続き、十一とい鏖殺みなごろし部隊が盾を無くした兵士達に斬りかかって、


 「くそ!」「このっ!」


 ガシャン!ドサッ!


 それに応戦するために残りの臨海りんかい兵達は自ら盾を捨て剣や槍を手に持った。


 「な、なんなんだ……あ?ああっ!?」


 そこで臨海りんかい兵士達が見たのは――


 「第二射、今度は徹底的に放ちます!!」


 いつの間にか現場復帰して、自分達を射線上に捉えて構えた先の騎馬弓部隊!


 シュバ!シュバ!シュバ!シュバ!シュバ!


 そして、防具を手放した臨海りんかい兵士にあめあられと無情なやじりが降り注ぐ――


 「ぎゃっ」「ひっ!」「うぎゃぁぁ!」


 その状況に対処しようとする間もなく――


 「どっかぁぁんっ!!」


 ズバァァッ!!


 「ぐはぁぁ!!」


 臨海りんかい軍前衛部隊の外側が切り崩されたとほぼ同時に、今度は内側から攻撃を受けて血飛沫が上がる!


 「タイミングばっちし!」


 右に左にと――


 自身の廻りを取り囲んだ兵士達を千切っては斬り捨て、千切っては斬り捨てる三つ編みの女剣士が暴れ回っていた。


 キィィン!ギャリィィン!!


 暴れ狂う白刃!そして強烈な火花の数々が乱れ咲いては散り去って消える!


 ザスゥゥ!シュバ!


 「がはぁっ!」「ひぃっ!」


 実に嬉々として暴れ回る三つ編み女剣士、”狂剣”の三堂さんどう 三奈みなと彼女が率いる剣風隊がそこに在った。


 「やっぱさぁ、殺し合いはこうでなくっちゃ!あはは!この三堂さんどう 三奈みなたんにお任せぇ!」


 陣形内と陣形外――


 内と外からの同時攻撃に”めいきゅうふうさつじん”は完全に機能不全状態であった。


 ――


 「どの様な手段でこんな用兵を実現出来ているのかは不明だが……陣内と陣外の連携が完璧過ぎる。被害も出すぎたか」


 そんな中、宗三むねみつ いちは采配を振るい、なんとか戦線を維持していたが……


 既にもう長く自隊を保てないことは自明の理であった。


 「いち様、ここは領王閣下に救援を……」


 「駄目だ。ここで最嘉さいか様のお手を煩わせれば今後の作戦に支障が出る」


 副官、温森ぬくもり 泰之やすゆきの進言をスッパリと切って捨てるいち


 「で、では!……せめて一時撤退の許可を頂いて……」


 「……」


 温森ぬくもりの言は正しいだろう。


 勿論、いちもそうしないと壊滅的な損害を受ける事はとっくに承知している。


 だが……


 「大本営からは未だなにも指示が出ていない、つまり最嘉さいか様のお考えは前線ここを現状維持しろということだ」


 「なっ!?」


 宗三むねみつ いちという男は――


 どこまでも鈴原すずはら 最嘉さいかの要求する仕事を完璧にこなすことに全力を尽くす、それこそが臣としての本懐だと信じて疑わない将なのだ。


 「今暫し交戦を維持する。迷宮封殺陣を解いて陣形を立て直すぞ!」


 そしていちは、その困難を無茶を、主君の指示通り幾度も実証してきた鈴原すずはら 最嘉さいか麾下で随一の将でもあったのだった。


 ――



 ――敵を誘い込んでの奇襲、それに対する敵の強襲、


 ――それらを織り込んで待ち受けた必殺の陣形に、真逆まさかのそれを喰い破る敵の……


 攻守が二転三転した戦場は、新政・天都原あまつはらの才媛、京極きょうごく 陽子はるこの指揮のもと、


 機動部隊の間断なき連続攻撃という……”絶禍輪ぜっかりん”にて趨勢を決しつつあった。


 そして――


 その絶対的に不利な状況の戦場を眼下に眺める男が居た。


 「…………」


 臨海りんかい国王にして臨海りんかい軍最高司令官である鈴原すずはら 最嘉さいかだ。


 目の前で、彼の最強の布陣を敵は着々と切り崩しつつある。


 ――そもそめいきゅうふうさつじんとは……


 陣形に意図的な隙を作ることにより、それを分断するため突撃してきた敵を内部で逆に分断、包囲するという守備型攻撃陣である。


 しかしそれを完全な形にするには、刻一刻と変化する敵の動きに先回りして対応出来る瞬時の状況判断と速やかな全軍への伝達、なにより兵を手足のように動かせる桁外れの統率力を持つ将が必須であった。


 以前の香賀美かがみ領では……


 その戦況把握を容易にするため、八十神やそがみ 八月はづきを全体が見渡せる丘陵に移動させて全体指揮を採らせた。


 そして呼応する兵士の動きで発生するだろう遅れの補完には、唯一体で群を抜く頑強さを誇る穂邑ほむら はがね機械化兵オートマトンを用いて強引に対応させた。


 謂わばそれは応急的で不完全なめいきゅうふうさつじんであったといえる。


 が――



 鈴原 最嘉オレは考えていた。


 今回は統率力では臨海りんかい随一と最嘉オレが評価する宗三むねみつ いちに総指揮を任せており、そしてその陣形内に情報のプロである蜻蛉かげろう部隊を多数配置させてこの超難易度の陣形を完成させている。


 これにより陣中に在りて陣形を自在に変化させうるという神業を実現させ、本当の意味でのめいきゅうふうさつじんが完成したのだ。


 一度ひとたび、呑み込まれれば後は地獄しかない死の迷宮。


 尾宇美おうみ戦初日である本日、俺が最も注力した最大の戦術だったはずだ。


 全ては”迷宮封殺陣ここ”に帰結させるため、戦のすうせいを決定けるものであったはずなのだ!


 「……」


 だが――


 「な、なんですかっ!?あの……あんな攻撃……」


 ――この戦場の女神は……どうやら俺をあまり好いていないようだ


 俺はため息と共にその質問に答える。


 「あれは……俗に言う”車懸くるまがかり”だな」


 本陣を一時的に離れた俺は、尾宇美おうみに展開された自軍と敵軍が見渡せる丘に移動していた。


 「く、車懸くるまがかりの陣っ!?……現実に……実践できる代物なのですかっ!?」


 先ほどから信じられないという顔で俺と同じ戦場を見下ろし、質問を繰り返す女は……


 全身をスッポリ覆い隠すヒラヒラした黒い布きれの様な衣装をまとった、俺の護衛として付いて来た隠密部隊のひじり 澄玲すみれである。


 「さぁな……」


 俺は部下の更なる質問を今度は軽く受け流す。


 ――まぁ”車懸くるまがかりの陣”と言えば……


 幾つもの小隊を次々と繰り出して敵陣を圧倒する超攻撃型の陣形で有名だが、それはあくまで伝承レベルのお話。


 実際、戦術家や戦史研究家の間では、そんな荒唐無稽な陣形は眉唾ものの妄想で、英雄譚の産物とさえ言われる幻の陣形だ。


 「だが実際に目の当たりにして納得だ。あれは”陣形”と言うよりは”戦術”そのものだな」


 「せ、戦術?……そのもの?」


 俺の言葉にひじり 澄玲すみれは要領を得なかったようだが……


 俺は今日その説に対し、明確な答えを得たと言える。


 「そうだ……幾つもの小隊に波状攻撃を仕掛けさせると言っても、そんな単純な話じゃない。そんなものは各個撃破、大軍の返り討ちになるだけ……のはずだが」


 ワァァッ!

 ワァァッ!


 俺がそうして講釈をたれている間にも、目下の戦場では自軍が窮地に追い込まれて行きつつ在る。


 「複数に編成された小隊は全て統一された指揮のもと精密に巧妙に、大軍の繋ぎ目を破壊しては去り、そして生じた綻びにくさびを打ち込んではまたそれを繰り返す……」


 「そ、そんなこと!?……あ、あんな……唯の臨機応変とかいうものでは……と、とても説明できないですっ!あ、あの反応速度と正確さは……」


 焦燥のあまりに舌がもつれるひじり 澄玲すみれの言葉は、実は至って常識的だ。


 軍事に精通する者だからこそ、目前の特異な光景は信じ難いだろう。


 「そうだな。確かに通常では考えられない連動性だが……実際に目の当たりにしているのだから認めざるを得ないだろう」


 「うう……」


 ――澄玲すみれにはそうとだけ答えたが、しかし……


 それもこれも陽子はるこの驚異的な戦術眼……いや!”先読み”の成せるわざだろう。


 外側だけでなく混戦の陣形内部を手に取るように見透かしているとしか思えない敵の動き……


 なにより――


 こちらが蜻蛉かげろう部隊を実際に前衛隊に仕込むという苦肉の策で迅速に情報伝達しているのに対し、敵軍司令塔の陽子はるこは同じ戦場に居るとは言え遠く離れた他の場所だろう。


 どうしても時間敵誤差タイムラグが発生する不利な状況で、ちらと同等以上の反応速度で各部隊に指示が行き届いているのは多分……いや恐らく……


 京極きょうごく 陽子はるこによる先読みが――


 一度の指示にて数手先の真実を得ているということだ!!


 限りなく深く、現在いまよりいく未来さきを見通す深淵……


 無垢なほどに闇に純粋な暗黒の双瞳ひとみの美姫。


 ”無垢なる深淵ダークビューティー


 ――たく……どんな脳味噌してるんだよ、はる


 俺は改めて相手にしている敵の強大さに焦りながらも、それをおくびにも出さない様に続けた。


 「卓越された柔軟な動きと統制された陣形変化……内を外に、防御を攻撃型に置き換えれば、あれは超超攻撃型のめいきゅうふうさつじんと言えるかもな」


 ――とはいえ、難易度はあっちの方が数倍も上だが……


 「お、御館おやかた様……」


 フッと口元を緩めて自嘲気味に笑った俺が、既に戦を諦めた様に見えたのだろうか?


 ひじり 澄玲すみれは泣きそうな瞳で俺を見上げていた。


 「お、御館おやかた様、このままでは……」


 「ああ、我が陣営が瓦解するのも時間の問題だな」


 「そんな……」


 「……」


 本当の事だから仕方ないとはいえ……


 俺は不安でたまらない部下を置いたまま思考する。


 ――だが、本当に注視するべきは”車”以外の動き……


 「……」


 俺は無言のまま戦場を……混戦のずっと向こう側を注視する。


 ――後方で控える幾つかの陣が、車を繰り出す度に僅かに移動し変化しているのか?


 そう、俺が意識を向けたのは苛烈な最前線ではなく、その後方で動く部隊の微妙な位置取りであった。


 「……」


 ――どれが陽子はるこの陣だ?後方部隊をああも動かして何の意味がある?


 「……」


 「御館おやかた様っ!」


 「……」


 状況が最悪へと向かっているのは解る。


 このままでは取り返しのつかない負けになるとも……


 ――だが……


 「………………」


 ――わからんっ!


 俺は焦る部下を無視し、変わらずそこに意識を集中したままだった。


 「……」


 ――ここで……たぶん……もう少し……


 「敵の攻勢が尋常ではありませんっ!このままでは我が臨海りんかい軍はっ!!」


 ――そんなことは解っている。だが……


 「御館おやかた様っ!!」


 「もう少し!」


 「っ!?」


 「もう……暫し……見たい」


 俺は――


 「で、ですが……」


 「いちならば……後少しくらいは耐えられる……はずだ」


 俺の言葉に確信はない。


 「御館おやかた様……」


 だが、それでも俺は……


 それは俺にとって”絶対に必要なこと”であったのだ。


 多少いらついた口調になってしまった俺に対ししょげるひじり 澄玲すみれ


 彼女には申し訳ないが今の俺には気遣う余裕はない。


 その間もずっと眼下の戦場を注視し続ける俺は、それでも思わずその感想を零してしまっていた。


 「陽子はるこめ……強過ぎるな」


 第三話「盤天の魔女」後編 END

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