第178話「盤天の魔女」後編
第三話「盤天の魔女」後編
「浮き足立つな、陣形を維持せよ!」
「敵が来ますっ!」
ドドドドドッ!
「横!いえ後ろか……っ!」
ザシュゥ!
封じ込めていたはずの敵二隊が息を吹き返したかのように切れ目のない連携のとれた攻撃を発揮する!
「……そう簡単に立て直せぬか」
――
最初こそ
――が!
バシュッ!バシュッ!!
「ぎゃっ!」「ぐわっ!」
馬上部隊から放たれた矢群は、亀の甲羅の如く閉ざした兵士の壁にある隙間を狙って一斉に放たれる!
「正確に、致命傷を狙う必要はないですから!」
友軍を呑み込んだ強固な敵陣形を遠巻きに、精密射撃で削るよう指示を出す騎馬弓隊の将は、おかっぱ頭に二丁拳銃の如き構えで小型の西洋風
「このっ!好き放題やりおって!!」
「そんな惰弱な矢が我ら重装歩兵の装甲に効くとでも……」
ガシャ!ガシャッ!
陣形外側の一部が、堪りかねて盾を弓兵部隊の方向へと向けた矢先……
「とい
ドドドドドッ!ドドドドドッ!
入れ替わるように怒濤の如く斬り込んでくる騎馬部隊!!
「な、なんだと!」
「う!この……」
既に誰も居ない先に鉄盾を泳がせた
「良い
馬群の先頭を
ヒューー
ギャ!ギャギャギャギャギャギャリィィィィーーーーン!!
「がはっ!」
ガシャン!
「ぐはっ!」
ドシャ!
「なにぃっ!!」
ガラァァン!
”
ドドドドドッ!ドドドドドッ!
ワァァッ!
それに続き、
「くそ!」「このっ!」
ガシャン!ドサッ!
それに応戦するために残りの
「な、なんなんだ……あ?ああっ!?」
そこで
「第二射、今度は徹底的に放ちます!!」
いつの間にか現場復帰して、自分達を射線上に捉えて構えた先の騎馬弓部隊!
シュバ!シュバ!シュバ!シュバ!シュバ!
そして、防具を手放した
「ぎゃっ」「ひっ!」「うぎゃぁぁ!」
その状況に対処しようとする間もなく――
「どっかぁぁんっ!!」
ズバァァッ!!
「ぐはぁぁ!!」
「タイミングばっちし!」
右に左にと――
自身の廻りを取り囲んだ兵士達を千切っては斬り捨て、千切っては斬り捨てる三つ編みの女剣士が暴れ回っていた。
キィィン!ギャリィィン!!
暴れ狂う白刃!そして強烈な火花の数々が乱れ咲いては散り去って消える!
ザスゥゥ!シュバ!
「がはぁっ!」「ひぃっ!」
実に嬉々として暴れ回る三つ編み女剣士、”狂剣”の
「やっぱさぁ、殺し合いはこうでなくっちゃ!あはは!この
陣形内と陣形外――
内と外からの同時攻撃に”
――
「どの様な手段でこんな用兵を実現出来ているのかは不明だが……陣内と陣外の連携が完璧過ぎる。被害も出すぎたか」
そんな中、
既にもう長く自隊を保てないことは自明の理であった。
「
「駄目だ。ここで
副官、
「で、では!……せめて一時撤退の許可を頂いて……」
「……」
勿論、
だが……
「大本営からは未だなにも指示が出ていない、つまり
「なっ!?」
どこまでも
「今暫し交戦を維持する。迷宮封殺陣を解いて陣形を立て直すぞ!」
そして
――
――敵を誘い込んでの奇襲、それに対する敵の強襲、
――それらを織り込んで待ち受けた必殺の陣形に、
攻守が二転三転した戦場は、新政・
機動部隊の間断なき連続攻撃という……”
そして――
その絶対的に不利な状況の戦場を眼下に眺める男が居た。
「…………」
目の前で、彼の最強の布陣を敵は着々と切り崩しつつある。
――
陣形に意図的な隙を作ることにより、それを分断するため突撃してきた敵を内部で逆に分断、包囲するという守備型攻撃陣である。
しかしそれを完全な形にするには、刻一刻と変化する敵の動きに先回りして対応出来る瞬時の状況判断と速やかな全軍への伝達、なにより兵を手足のように動かせる桁外れの統率力を持つ将が必須であった。
以前の
その戦況把握を容易にするため、
そして呼応する兵士の動きで発生するだろう遅れの補完には、唯一体で群を抜く頑強さを誇る
謂わばそれは応急的で不完全な
が――
今回は統率力では
これにより陣中に在りて陣形を自在に変化させうるという神業を実現させ、本当の意味での
全ては”
「……」
だが――
「な、なんですかっ!?あの……あんな攻撃……」
――この戦場の女神は……どうやら俺をあまり好いていないようだ
俺はため息と共にその質問に答える。
「あれは……俗に言う”
本陣を一時的に離れた俺は、
「く、
先ほどから信じられないという顔で俺と同じ戦場を見下ろし、質問を繰り返す女は……
全身をスッポリ覆い隠すヒラヒラした黒い布きれの様な衣装を
「さぁな……」
俺は部下の更なる質問を今度は軽く受け流す。
――まぁ”
幾つもの小隊を次々と繰り出して敵陣を圧倒する超攻撃型の陣形で有名だが、それはあくまで伝承レベルのお話。
実際、戦術家や戦史研究家の間では、そんな荒唐無稽な陣形は眉唾ものの妄想で、英雄譚の産物とさえ言われる幻の陣形だ。
「だが実際に目の当たりにして納得だ。あれは”陣形”と言うよりは”戦術”そのものだな」
「せ、戦術?……そのもの?」
俺の言葉に
俺は今日その説に対し、明確な答えを得たと言える。
「そうだ……幾つもの小隊に波状攻撃を仕掛けさせると言っても、そんな単純な話じゃない。そんなものは各個撃破、大軍の返り討ちになるだけ……のはずだが」
ワァァッ!
ワァァッ!
俺がそうして講釈をたれている間にも、目下の戦場では自軍が窮地に追い込まれて行きつつ在る。
「複数に編成された小隊は全て統一された指揮のもと精密に巧妙に、大軍の繋ぎ目を破壊しては去り、そして生じた綻びに
「そ、そんなこと!?……あ、あんな……唯の臨機応変とかいうものでは……と、とても説明できないですっ!あ、あの反応速度と正確さは……」
焦燥のあまりに舌が
軍事に精通する者だからこそ、目前の特異な光景は信じ難いだろう。
「そうだな。確かに通常では考えられない連動性だが……実際に目の当たりにしているのだから認めざるを得ないだろう」
「うう……」
――
それもこれも
外側だけでなく混戦の陣形内部を手に取るように見透かしているとしか思えない敵の動き……
なにより――
こちらが
どうしても
一度の指示にて数手先の真実を得ているということだ!!
限りなく深く、
無垢なほどに闇に純粋な暗黒の
”
――たく……どんな脳味噌してるんだよ、
俺は改めて相手にしている敵の強大さに焦りながらも、それをおくびにも出さない様に続けた。
「卓越された柔軟な動きと統制された陣形変化……内を外に、防御を攻撃型に置き換えれば、あれは超超攻撃型の
――とはいえ、難易度はあっちの方が数倍も上だが……
「お、
フッと口元を緩めて自嘲気味に笑った俺が、既に戦を諦めた様に見えたのだろうか?
「お、
「ああ、我が陣営が瓦解するのも時間の問題だな」
「そんな……」
「……」
本当の事だから仕方ないとはいえ……
俺は不安でたまらない部下を置いたまま思考する。
――だが、本当に注視するべきは”車”以外の動き……
「……」
俺は無言のまま戦場を……混戦のずっと向こう側を注視する。
――後方で控える幾つかの陣が、車を繰り出す度に僅かに移動し変化しているのか?
そう、俺が意識を向けたのは苛烈な最前線ではなく、その後方で動く部隊の微妙な位置取りであった。
「……」
――どれが
「……」
「
「……」
状況が最悪へと向かっているのは解る。
このままでは取り返しのつかない負けになるとも……
――だが……
「………………」
――わからんっ!
俺は焦る部下を無視し、変わらずそこに意識を集中したままだった。
「……」
――ここで……たぶん……もう少し……
「敵の攻勢が尋常ではありませんっ!このままでは我が
――そんなことは解っている。だが……
「
「もう少し!」
「っ!?」
「もう……暫し……見たい」
俺は――
「で、ですが……」
「
俺の言葉に確信はない。
「
だが、それでも俺は……
それは俺にとって”絶対に必要なこと”であったのだ。
多少
彼女には申し訳ないが今の俺には気遣う余裕はない。
その間もずっと眼下の戦場を注視し続ける俺は、それでも思わずその感想を零してしまっていた。
「
第三話「盤天の魔女」後編 END
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