第178話「盤天の魔女」前編
第三話「盤天の魔女」前編
「前衛部隊、
後方の本陣に座していた俺に前線報告が入る。
「敵の二隊は右翼、
俺の隣に控えて立つ参謀はアルトォーヌ・サレン=ロアノフ。
彼女のいつも通り的確な分析に俺も頷く。
「
その流れで問う俺に――
「解りません、しかし上手く誘い込めたのは事実です。ならば、現状で一番に成すことは、
「
――
この一連の流れ。
俺は
そして敵軍がその機に攻勢をかけてくるのを見越し、その
それは、突撃半ばの敵側面を突く算段をしていたからだ。
半ば頭を突っ込んだ縦列形態の敵二隊は……
例えるならば、土中に潜ろうと上半身を埋もれさせた
つまり――
外からの攻撃に即応出来ぬ
横っ面から貫いて串刺し、蒲焼き状態にして”いただきます!”というわけだ。
――
「暗黒女の手先……あの間抜けな横っ腹を撃ち抜くわ!我が君に勝利の
オォォォォォォーー!!
ドドドドドッ!
前方の敵陣突破に
ワァァッ!
「くっ!?いつの間に!」
時既に遅し!
突き刺された鉄串は”まんま”と
「
そしてそのまま、分断した後方部への攻撃に入る
ワァァッ!ワァァッ!ワァァッ!
「ぐわっ!」「このっ!」「こんな深く……は、反撃準備間に合いませんっ!!」
不意打ちに成功し、勢いに乗る
「いいわ、このまま敵右翼の方も……」
「突き抜けろ!我が槍は
ドドドドドッ!
突如、
「ぎゃぁぁっ!!」「おぉぉぉっ!?」「うわぁっ!?」
攻撃目標を変更しようとしていた矢先でもあり、
「敵の奇襲部隊は、この
先ほどまで、まんまと敵陣を分断して攻勢を仕掛けていた
「ぐはぁぁ!!」「おおぉぉっ!!」
結果、敵右翼左翼の間で
ヒヒィィーーン!!
その元凶!突如、躍り込んできた騎影群の正体はもう言わずもがなだろう。
「順次潰していけば良いわ!足の止まった騎馬などものの数ではない!」
スラリとした長身に長い黒髪を簡単に後ろで束ねた女騎士は、騎馬を良く熟知しているが故にその弱点を絶妙に突いて来る。
ギャリィィン!
「くっ!
ドドドドドッ!
「う、うわっ!」
指揮系統を回復させる間を与えさせぬように、絶妙に斬り込んでくる騎馬兵!
「次はそこ!突き崩すのです!」
ドドドドドッ!
「うわぁぁっ!」「ぎゃぁっ!?」
絶妙の攻撃、脱兎の如き離脱!
これぞ、
「もう一度、次は……」
背筋がスッと伸びて凜とした女は、簡易的な金属製の
――突撃騎兵の
「おおおおおぉぉぉぉっ!」「わぁぁぁっっ!!」
押されまくる自隊を見渡したショートカットの美少女は……
自分達の不意打ちの奇襲に対し、更に外側から奇襲を重ねられた――
「……ここまでね」
そう呟くと、今度は一転、声を張り上げた!
「一度
先ほどまでの攻勢に未練を残す醜態を晒すこと無く、
ワァァッ!!
オオォォ!!
戦場
「整然として見事な引き際だわ……流石は”
不用意な追撃は行わずに、それに合わせるようにそこから隊を退いた。
――
敵の意表を突き混乱に乗じてこその遊撃部隊であり、それが
「結局、大した援護は出来なかったけど……
こうして
――
―
「奇襲による敵方先鋒部隊の戦力削減は上手くいかなかったか……ち、隙無く手を打ってきやがる」
前線報告を聞き、俺は少しだけ苛立った声で独りごちた。
「確かに敵ながら素晴らしい先読みと言えますが……
そんな俺に気を遣ったのか、白き美貌の参謀は本当の意味での作戦行動を口にする。
「…………そうだな、この間に
俺も頷き、そして隣を見た。
「では……」
色味が薄い青い瞳と視線が交わった俺は、その問いに頷く。
「承知致しました、領王閣下!」
それを受け――
「では早速、前衛部隊に通達を……」
「ああ、任せる。で、俺はちょっと出かけてくる」
「えっ!?……と……あれ?……あの……」
気負い立った参謀の
そして、アルトォーヌは意外に可愛らしい反応にて俺をマジマジと見ていた。
「ちょっとな、
その
「あ、あの……全軍の指揮は?」
その背に美女参謀の明らかに焦った声がかけられるが……
「暫く任せる。じゃ、よろしく!」
そんな相手に背中越しに親指を立ててから俺は歩く。
「ちょっ!?……せ、せめて護衛を!」
そんな有無を言わせず個人行動に移行する俺の仕打ちにも、
結局、俺は、数人の護衛……
――まぁ……あれだ、
こうして俺が好き勝手に動けるのも、全体指揮を任せられる有能な参謀を得たのが大きいだろうし、
まことに忌々しいが、あの
――ともあれ……
「……」
その時の俺は既に――
多分、遙か敵本陣で意地の悪い笑みを浮かべているであろう、美しい黒髪の美姫へ想いを馳せて、不謹慎ながらもつい口元を緩めてしまっていただろう。
――お互いを大切な存在と認識しながらも、
――お互いの理想を認め合いながらも、
――それでも並び立つことの無い矜恃を抱くが故に……
俺が心を奪われた
たとえ俺を生かして配下に置こうという目的があったとしても、
戦場では全力で
――両雄並び立たず!
親友だろうと、兄弟だろうと、親子だろうと、伴侶であろうと、愛人だろうと、
天から愛されし英雄が”矜恃”の前に
それは俺の言う”本願”とて同じ事であるだろう。
「……」
――こうしていても、心がザワザワと……
大概は不安で……だが、その泥中に浸りきって胎動する微かな愉悦が……
チリチリと焼けるような想いで俺の心を徐々に焦がし始めている。
「万人が這いずり回るだけの
美しいほど恐ろしいか、恐ろしいほど美しいのか、
世情は”
そうして俺にとっては……
”美しく気高くも、可愛らしい
「……」
――そう、不謹慎だろうがなんだろうが俺の口元はやっぱり緩んでいる
寸分も油断できない心地良さに……ふっと綻ぶ。
それは俺にとって唯一の感覚。
”
――
ヒヒィィン!!
そんなふうに愛馬を駆り本陣から一時、離れ行く俺の背に……
「”
我が参謀、アルトォーヌ・サレン=ロアノフが発する号令が聞こえていた。
第三話「盤天の魔女」前編 END
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