第177話「借刀殺人」前編

 第二話「借刀殺人しゃくとうさつじん」前編


 岐羽嶌きわしま領と尾宇美おうみ領の境辺り、


 尾宇美おうみ領南端にある”鷦鷯みそさざい城”まで数十キロほどの山林にて――


 仰々しい重装鎧プレートメイルを装備した上背のある偉丈夫、熊のような体格の男が率いる軍団がそこに在った。


 「”雷刃らいじん”……武者斬姫むしゃきりひめの部隊は間近まで来ているんだな?」


 岩石の如きこわもてにある豪快な口端を嬉しげに上げる豪傑……


 小国群がひとつ、日限ひぎり領主の熊谷くまがや 住吉すみよしである。


 「はい、数キロ先……熊谷くまがや様とあいまえるのも時間の問題かと」


 足下にかしずくのは緋沙樹ひさき 牡丹ぼたん


 臨海りんかい国が誇る特殊工作部隊”闇刀やみがたな”、その親衛部隊である”花園警護隊ガーデンズ”の中核メンバーだ。


 「で、首尾はどうなんだ?」


 報告を聞き終えた熊谷くまがや 住吉すみよしが次に話を振ったのは目前の密偵でなく、顎髭あごひげの中年……


 「ふむ、そうですな……出世に欲深い者は得てして用心深い一面も併せ持ちますゆえ


 不揃いに生えたあごひげさすって応じるのは、同じく臨海りんかい国家臣、日乃ひの領南部の那知なち城主である草加くさか 勘重郎かんじゅうろう


 計算高い謀臣ぼうしんで知られる切れ者だ。


 「なんだぁ?じゃあ失敗かよ」


 「”圧殺王あっさつおう”殿、話は最後まで聞かれよ。欲深い者の下にはまた同類が集まるもの、本命より器量が数段劣るその種の者達を籠絡するのはやすいものであり、更に工夫を施せば……すなわち、はなからの虚偽でなくじつを織り交ぜた情報ならば、欲深いゆえに分不相応な”果実”にも手を出さずにはおられますまい」


 「……」


 蕩々とうとうと語る勘重郎かんじゅうろうの言葉を、明らかにだるっこしいという表情かおで睨む熊男。


 「まぁ、あれですな、熊谷くまがや 住吉すみよし殿。結果を申し上げるならば、天都原あまつはら耶摩代やましろ領主、”祇園ぎおん 藤治朗とうじろう”はまんまとちらはかりごとに乗り、尾宇美おうみ南部の鷦鷯みそさざい城攻めに踏み切ったという事です」


 そして、それを話す途中で察したのだろうあごひげ男は急に結論に切り替える。


 「そうか、あの”食わせ者”の鈴原……”大将”の思惑通りってか。見たとこ詐欺ペテンの手先の人選も完璧だろうし、流石だな」


 求めていた回答を得た住吉すみよしは、何故か少しだけ不満そうであったが……


 その後は大きく頷く。


 ――つまり、顎髭あごひげの中年、草加くさか 勘重郎かんじゅうろうが実行した任務の全容とは……


 尾宇美おうみに隣接する敵大国、天都原あまつはら耶摩代やましろ領主である祇園ぎおん 藤治朗とうじろうそそのかし、尾宇美おうみ南部の鷦鷯みそさざい城を攻めさせるけんぼうじゅっすうだ。


 しかし、野心溢れる祇園ぎおん 藤治朗とうじろうだが、天都原あまつはら国最上級の将軍と同義の”天都原あまつはら十剣”に名を連ねる一人という称号ステータスを持つがゆえに、人格さえ棚上げすれば……


 その能力は全般的に高い!


 そんな男を偽報に踊らせるのも中々困難であるが……


 勘重郎かんじゅうろうはその部下を対象ターゲットに買収し、そして内から甘言をほどこさせた。


 ――”現在、鷦鷯みそさざい城は臨海りんかい軍に攻められ主力が出払っております、攻め時です!”と、


 しかし、それでも用心深い祇園ぎおん 藤治朗とうじろうは動かなかった。


 そこで今度は……


 実際に臨海りんかい第三軍、つまりこの熊谷くまがや 住吉すみよしの軍の情報を意図的に情報漏洩リークし、そして鷦鷯みそさざい城に駐留する新政・天都原あまつはら軍の大半がその迎撃に出た情報も流す。


 ――この情報が真実で、


 既に二陣営の軍は、鷦鷯みそさざい城から数十キロの位置で激突していると……


 ――こちらが虚報だ


 現在、あかつき西部の覇権を賭けた戦いに挑んでいる藤桐ふじきり 光友みつともが率いる天都原あまつはら軍にあって、京極きょうごく 陽子はるこの新政・天都原あまつはらとの国境にあたり、その防備の重要拠点だからと留守番を余儀なくされた……


 今回は出世の機会を得られなかった耶摩代やましろ領主、祇園ぎおん 藤治朗とうじろうの、その出世欲を、虚実を巧みに織り交ぜた餌で釣り上げた絶妙の謀略であったのだ。


 「しちめんどうくさ陰謀家おまえとはりは合わねぇが……まぁ上々か」


 先ほど熊谷くまがや 住吉すみよしが”取りあえず”納得顔で頷いたのは今自身が口にしたことが理由で……


 「で、お前もこの先は、俺達に随伴して攻め込むのか?」


 本心を隠すなんていう繊細さを持たない熊男は、その気にくわない相手である”詐欺ペテンの手先”、草加くさか 勘重郎かんじゅうろうを再び睨んでから更に問うた。


 「ふむ、私は将軍と違い単純な戦には向いておりませんからなぁ……それに、この先も領王閣下から別の任務を任されておりますれば」


 自身を好かぬと公言する相手にも何食わぬ顔で応対するあごひげ中年。


 りとて――


 ”単純な”と、わざわざ余計な”モノ”を付け足す辺り、少々の意趣返しは含めていたが……


 「任務だと?」


 怖面顔かおと同じで心も雑な熊男には一切通じず、その相手は純粋に疑問を返してきた。


 「ふむ、”奥泉おくいずみ”へ……例によって子細は申し上げられませんが」


 勘重郎かんじゅうろうもそれほど腹を立てた訳でもないので軽くそれに答えると、一礼してから背を向けた。


 「では”圧殺王あっさつおう”将軍閣下、それと”紅夜叉くれないやしゃ”将軍閣下も、ご武運を!」


 最後にそう挨拶して去る草加くさか 勘重郎かんじゅうろうの後に、


 ――ペコリ


 同じように一礼してから続く緋沙樹ひさき 牡丹ぼたん


 どうやら勘重郎かんじゅうろうには、特殊工作部隊である”闇刀やみがたな”が護衛に付くようだ。


 「気に食わんが、鈴原……”大将”が選んだだけあってあの男、仕事は確かだな」


 小さくなる背にはもう聞こえないだろう距離だが、熊谷くまがや 住吉すみよしはそう呟くとチラリと横を見る。


 「さっきからずっとだんまりだが……”紅夜叉くれないやしゃ将軍閣下”は、どっちを選ぶつもりだ?」


 そして自身の横……少し離れた位置で他人事のように、


 最初からずっと無言で立っている女に、勘重郎かんじゅうろうの去り際の口調をて確認する熊男。


 「…………スミヨシはどうせぇ、”雷刃らいじん”と戦いたいのでしょう?なら、私は”城を盗み”に行くわ」


 長く艶やかな黒髪を後ろで束ねたポニーテール、


 実は猛禽の如き視力を所有もつとは想像できない、だるげで、やや垂れ気味の瞳の美女……


 宮郷みやごうの”紅の射手クリムゾン・シューター”または狂戦士バーサーカー、”紅夜叉くれないやしゃ”と名高い宮郷みやざと 弥代やしろは、だるげにそう返すと、自身の身長ほどもある深紅の弓を手にその場から立ち去ろうとする。


 「柄にも無く勤勉だな、大将が用意したず一手目……確か”駆虎呑狼くこどんろう”だったか?まぁ無理はするなよ、俺の兵を少し連れて行くか?」


 熊谷くまがや 住吉すみよし臨海りんかい軍第三軍の進軍で鷦鷯みそさざい城の主力であるだろう”雷刃らいじん”、一原いちはら 一枝かずえを出陣させ――


 その情報を敵対関係の第三国に流し、天都原あまつはら耶摩代やましろ領主、祇園ぎおん 藤治朗とうじろう鷦鷯みそさざい城攻めをさせる。


 そして手薄になった城そのものを、宮郷みやざと 弥代やしろの別働隊で強襲する!


 まさに”空き巣狙い”……


 ――駆虎呑狼くこどんろうの計


 この場合、虎を巣よりおびき出す”豹”の役割は熊谷くまがや 住吉すみよし


 まんまと巣を空にした”虎”は一原いちはら 一枝かずえ


 そしてその隙を狙って防御が薄くなった”虎の子”つまり鷦鷯みそさざい城を狙わせる”狼”は祇園ぎおん 藤治朗とうじろう


 さらに、さらに、意識が完全に城防衛に向いてしまった余裕のない城防衛軍の虚を突いて”空き巣狙い”まがいの事を実行する宮郷みやざと 弥代やしろは……もう”とび”という他ない。


 ――”駆虎呑狼くこどんろうの計”にセットで”とびに油揚げ作戦”もいかがですか?


 と、かで聞いた安価な外食ファストフード店のセールストークの様な、いやいや、それよりずっと悪辣な”抱き合わせ販売感満載”の鈴原 最嘉さいかによる作戦であった。


 「いらないわぁ、鈍重なスミヨシの家来なんて」


 熊谷くまがや 住吉すみよしの心遣いに振り返りもせず……


 ポニーテールの美女もまた、僅かな自身の手勢を引き連れてそこを去ったのだった。


 「相変わらずマイペースな女だ……まぁいい、俺は大将の二手目の準備にかかるとするか」


 ――

 ―


 それから丸二日……


 守備する新政・天都原あまつはら軍の予定に無く、最初の戦場になってしまった鷦鷯みそさざい城は――


 「チッ、城に残ってるのは精々二、三千ほどだろうに、往生際の悪い”メイド女おんな”だ」


 基本的には締まりの無いニヤけづら、そんな男が城を前に吐き捨てる。


 「裏切り者ぉぉ!!恥をしれぇえっ!」


 男は襲いかかる兵士を難なく、


 「ふん、しょうもない事を何時いつまでも……」


 ザシュゥッ!


 斬って捨て、そして馬上から周りを確認する。


 ――ワァァッ!


 ――ワァァッ!


 そこは戦場ただなか


 鷦鷯みそさざい城攻めを敢行した男の軍は、城前で激しい戦いを繰り広げていたのだ。


 「どんなもんだ?」


 隣で槍を振り回し、群がる敵兵をはね除けていた部下に緊張感無く聞く男。


 ドス!


 「ぎゃっ!」


 ドス!


 「うわぁっ!」


 ブン!


 軽々と二人を突き殺してから穂先の血を払った武将は、


 「そうですな……敵は必死の抵抗を見せていますが、それも長くは持ちますまい」


 戦況を纏めて報告する。


 聞いた男は”はぁ”と、ため息を吐いてから再び城を見上げた。


 「どうせ落ちるんだ、余計な抵抗すんなよ……はぁ~めんどうくせぇ」


 口調は粗雑でいまいちやる気が見えない男だが、鷦鷯城ターゲットを見上げる鋭い眼光はそれに反して戦士そのもの……


 ニヤけ顔の”祇園ぎおん 藤治朗とうじろう”は――


 大国、天都原あまつはらの誉れ高き、”十剣じゅっけんが一振り”であった。


 「死ねぇっ!この変節漢!!」


 「……」


 ドシュゥ!


 そんな間にも襲いかかる敵兵を軽くいなして斬り落とし、馬上の藤治朗とうじろうは……


 「まぁだ、根に持ってんのかよ?いつら……条件の良い方に付くのは常識だろ。大体なぁ、秩序とか規律ばっかのお堅い紫梗宮しきょうのみやのお姫様より、ある程度好き勝手させてもらえる藤桐ふじきり 光友みつとも殿下の方が”うま味”がんだって、ばぁか!」


 ――この場合の”好き勝手”とは……戦勝時を含む狼藉などを指すのだろう


 この祇園ぎおん 藤治朗とうじろうは元々は天都原あまつはら軍で総司令部参謀長であった紫梗宮しきょうのみや京極きょうごく 陽子はるこの麾下に配属された将軍であった。


 ――が、


 情勢を見て王太子である藤桐ふじきり 光友みつともが有利であると判断すると、直ぐにそちらに鞍替えした過去を持つ。


 それはひとえに自身の”利”のためだ。


 そして今回も!敵対国との国境を守る領主という立場上、西の覇権を賭けた大戦に出られず、藤桐ふじきり軍内で出世の機会を失って腐っていたが……


 新政・天都原あまつはら臨海りんかいの戦に乗じて楽に領土を切り取れるというかもという好条件に、つい無許可で兵を動かしてしまったのだ。


 「領土内の軍、基本兵権は領主に帰属するとはいえ……こんな勝手をしたからにはやっぱ、でっかい成果をみせつけないと、なぁ?」


 その身に過剰な野望と欲望を溢れさせ、祇園ぎおん 藤治朗とうじろうの作った感のある普段のニヤけ顔は、彼の本質である冷笑を垣間見せる。


 「完全にちらが優勢です、このまま押し込みますか?」


 部下の問いかけに――


 何時いつしか”悪運を拾う”と言われる様になった男……


 祇園ぎおん 藤治朗とうじろうは軽快に応えるのだ!


 「いいねぇ、今度こそあの生意気な給仕メイド女、近衛このえ 冬香とうか……いや、現在いま王族特別親衛隊プリンセス・ガード七山ななやま 七子ななこなんてた名だったか?はは、その堅物女を押し倒して、本来の給仕メイドらしく男にへつらって従う喜びを教えてやるよっ!」


 ヒヒィィン!!


 部下も呆れるような下品な事をサラリと口にして――


 ”天都原あまつはら十剣じゅっけん”の祇園ぎおん 藤治朗とうじろうは刀を肩に担ぎ上げたまま、戦場ただなかを風を切って疾走はしるのだった


 第二話「借刀殺人しゃくとうさつじん」前編 END

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