第176話「出藍の誉れ」後編
第一話「出藍の誉れ」後編
――
遙か
”見る人に、もののあはれをしらすれば、月やこの世の鏡なるらむ”
有象有象も”深淵”への
一切合切も”黄昏”への
閑話休題――
地理的には”
また、
つまり――
「……”これ”が上流から流れて来たと?」
立派な太刀を背中に背負った将は、指に付着した米粒を注視しながら尋ねる。
「はい、
部下の報告に
「その辺りに人家は無いという調べだったな、ならば……いや、これだけでは早計か」
そしてそう呟くと、
――
斯くして半日ほど。
その場にて進軍を留めた
「加藤将軍の懸念された工作兵の姿はありませんでした。しかし、隠蔽作業を行った僅かな痕跡が……」
加藤
忍集団である元
「
ここに来て
「どうやら敵には小賢しい策士が居るようだ。だが……柳の下に
呟くと将は全軍に通達する。
「全軍一時後退!一旦、峠口まで戻り、部隊を小隊に分割してから順次南下を再会する!!」
――
「どうして
すっかり
「それはなぁ、一度痛い目に
クリクリとした毛質のショートカットの、特徴の無さから地味な美人といった表現が適当だろう女が答える。
この偽装部隊を率いる指揮官にして、
「痛い目ですか?」
更に問う部下に彼女は面倒臭がること無く愛想良く説明を続けた。
「鈴原
「あ!ああっ!?」
頭の中でなにかが繋がったのか、今更ながら理解して兵士は声を上げる。
「
「
そして更にその先の展開を、またも今更ながら理解した兵士は二度目の間抜け声を上げた。
「あはっ!山には飢えた
屈託無く笑う
「……」
その無邪気な笑みとは正反対の結果を感じ取ったのだろう、兵士はゴクリ!と生唾を呑み込んで顔を引き攣らせていた。
「あははっ、
――
―
「ま、また伏兵!……今度は側面からっ!!」
その
「ぎゃぁぁ!」
「だ、だめですっ!身動きがとれません!!いったん後退を!!」
グルルルルゥゥ!
ウゥゥゥゥッ!
「うわっ!!」
「ひぃぃっ!化け物っ!!」
相次ぐ伏兵による襲撃に混乱する部隊!そしてそれを目がけて今度は茂みから巨大な獣が躍りかかって牙を剥く!!
「くっ!だめだ!こんな場所で戦いどころではない!!」
「援軍はっ!?他の隊からの助けは来ないのかっ!!」
狭い
敵の水攻めを回避し、速やかに
だが分割したとは言え、元々が大軍の
この道幅に対しその数では……当然”機動力”は極端に制限される!
そんな状態の
新政・
更には、未知に近い敵国領土内で予定にない別ルートを急遽選択した
ガゥッ!ガウッ!ガァウ!
「ぎゃぁぁ!」
投入された伏兵部隊の手際もさることながら、同時に向けられる森の生態系で頂点を極めた巨大な猛獣の襲撃は……
「ルヴトー、食べるのはやめておきなさい。ふふ……お
――とどのつまり、完全にしてやったり!!
その光景を少し離れた位置で傍観していた、長い巻髪で色白の、
「上手く分断出来ているみたいね、良いわ」
獣は蹂躙に加え、その特性を生かし――
人足ではとても通行不可能な獣道を縦横無尽に駈け、
勿論、それを可能にするのは……”
武器に鉄鞭と子飼いの狼二匹を使役する”
「
「うおぉぉぉぉぉっ!!」
「貴様が指揮官かっ!!我が名は……」
尋常ではない!
この波打つが如き
騎馬武者は飛ぶような怒濤の勢いで馬を駆り、
「チッ……やっかいね!」
そして騎馬武者の
「ヴランシェ!」
ザザザザザッ――
女の声に呼応して!藪から白い巨獣が踊り出て、
ヴォォォォーーーン!!
咆哮と共に騎馬武者に襲いかかった!
そして――
馬上の
カッ!――ババッ!!
しかしその騎馬武者は、背中に背負った刀を鞘のまま解き放ち、そしてそれを揺れる鞍に打ち着けると、まるで棒高跳びのように跳躍した!!
ヴォォォォ!?
間一髪で巨獣の牙を飛び越える武者!
「……参るぞ!!」
ババッ!!
そのまま空中で刀を抜いた武者は、勢いのまま
「じょっ!?冗談じゃないわよっ!!」
その武者のあまりの速さに……自在な
飛び方は棒高跳びだが、幅跳び並に水平方向へ一直線!!
ヒュ――――ババッ!!
一足跳びで
シャラン!
懐で
「くぅっ!」
女の自慢の長い巻髪が数本、短くなって宙に舞う!!
咄嗟に!人体の稼働角度限界と思える程も仰け反った
――ドサッ!
そのまま体勢を崩して馬上から転げ落ちていた。
「終わりだ!」
息つく暇無く、無様の
「ル、ルヴトー!!ヴランシェ!!」
ガルルルゥゥ!
ウゥゥゥゥッ!
「むぅ!?」
泥に
彼女が子飼いの二匹の巨獣……黒と白の大狼が牙を剥き出した形相でそれを阻んでいた。
「…………」
従狼のおかけで一命を取り留めた
「……」
無言で刃を構えたまま、二匹の巨大な狼と対峙する武者……
依然、”加藤
「
赤い滴が零れるほどにギリギリと唇を
「
「……」
――
お互いが隙を
「か、加藤将軍っ!!敵の包囲が崩れましたぁぁ!!」
「将軍!!い、今ならっ!!」
窮地に陥っていた
それは
「…………後方に一点突破!」
「ちょっ!」
緊迫した状況で、加藤
「一旦この
「……」
直ぐに思い直したのか、大人しくその背を見送った。
――加藤
それは将としては当然の行動だろう。
「追撃は藪蛇ね、十分役目は果たしたんだから……」
――
―
「敵に工作をぎりぎりで察知されるように仕向ける難しい任務……それも、”それ自体”が実は擬態なのですから、さすが
そばかす顔の少女策士は、任務を上首尾で終えて戻った
「そやね。けど、そこまで褒められたら……ちょい”こそばゆい”なぁ」
照れ笑いしながらも満更でもない、地味な美人の得意技は……
――ズバ抜けた技量の形態模写と、工作、
「……そうね。我ら”
――!?
そんな
「ぷぅっ!!なんやぁ、
「ちっ……泥臭い田舎女は貴女でしょうが」
「敵の前進は阻止、その後は”そこそこ”削ったわ……で、言われた通り無理をせず、後ろの囲いは薄くして後退させたけど?」
未だ不機嫌な
「有り難う御座います、
「これで良いの?多少の時間稼ぎにはなったけど、削ったといえ二万もの大軍だから、まだまだ残りは……」
もうちょっと無理をすれば、もっと
「敵は屈指の将である加藤
通常の行軍で一度。
水攻めを懸念した
そして、
加藤
それは時間的ロスもさることながら、肉体的、精神的徒労感もさぞ大きいだろう。
「それに多分、こちらが何をするか解らない疑心暗鬼状態に持ち込めましたから、敵はこの
「まぁな、やるしかないわなぁ」
笑い転げていた
「そうね……そうだわ……十倍、いえ、百倍の汚泥
そして、完全な私怨で
――
―
「各隊、順次合流しております。現在把握できた被害は、死者二百六名、負傷者六百五十四名……また指揮系統の完全な統制には今少し時間が掛かるかと」
部下の報告を聞きながら加藤
「あの……本当にこのまま城攻めを?」
「……」
そして部下の質問に、
「どうやらあの城には厄介な人物がいるようだ。ならば、後顧の憂いを断たねば、このまま捨て置いて進むことは出来んだろう?よもや寡兵だからと侮るなよ!」
厳しい表情の
「……」
その後も軍の準備を整える間――
歴戦の将は遙か遠方、険しい山脈を眺めて立ったままだった。
「よもや?……よもやか……本当に”あっち”が本隊になろうとは……」
第一話「出藍の誉れ」後編 END
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます