第176話「出藍の誉れ」前編

 第一話「出藍の誉れ」前編


 三軍に分かれて電撃進軍した臨海りんかい軍であったが――


 その奇襲は看破され、既に新政・天都原あまつはら軍は三カ所で迎撃準備を整えていた。


 そしてそのひとつ、北上して香賀美かがみ領の香賀かが城突破を目指していた臨海りんかい第二軍は……


 「香賀美かがみ北の海岸線は海兵力に対する防御のために港は閉ざされ警備も厳重だ。敵の索敵範囲もそれなりに広い故、くれぐれも北上し過ぎずに進まれよ」


 新政・天都原あまつはら軍が籠もる香賀かが城到着を前に、その数十キロ手前にて臨海りんかい第二軍を任された将軍、加藤 正成まさなりは念を押す。


 「承知していますとも。ちらは少数、上手く山野に紛れて行動できるでしょう」


 そしてそれを受けた立派な髭の部将、有馬ありま 道己どうこは加藤 正成まさなりに頷いてから右手を差し出す。


 「うむ。しかし今更ながら……少数精鋭が必須とはいえ、この頭数でこの先の作業は少々酷な感じではあるが……」


 握手に応じ頷きながらも不安を見せる加藤 正成まさなりに、有馬ありま 道己どうこは年若い主君に向き直ってから目配せする。


 「い、いや……や、”闇刀やみかたな”の……神反かんぞり 陽之亮ようのすけ殿が先んじて用意、ご助力頂くみたいですし、だ、大丈夫です」


 その合図の意図を理解し、まだ”あどけなさ”を残す少年、伊馬狩いまそかり 猪親いのちかは精一杯に胸を張って威勢を示す。


 「そうでしたな、なにより”領王閣下”直々のご指名だ。失礼した」


 歴戦の猛将による、若輩も若輩の少年相手だからとの侮り……


 それに対する、少女と見まがう美少年の内なる気概に、強者たる”元”赤目あかめの猛将は素直に非を認めた。


 「いえ、若輩は事実ですし……この伊馬狩いまそかり 猪親いのちか、加藤殿のご教授、肝に銘じます」


 「……」


 ――成長した


 ――この若武者は少しずつだが着実に……


 立派な髭の武将は、それを隣で目を細めて見守っていた。


 ――


 「いや……だから……隊長……」


 「だいじょうぶ、覚えてるから……ええと、ううんと……」


 そんな忠臣、有馬ありま 道己どうこが主君に対する感慨深さに浸るという美しい情景を横目に……


 「いや、流石に非道いですよ隊長!わざわざ南阿なんあから駆けつけて再会したのに……副隊長は何年も隊長を補佐して助けてきたんですよ?」


 「う……だから覚えてる……あれ……あれだよ」


 少し離れた位置では絶世の美少女が美しい眉を顰めて頭をフル回転させ、そしてその周りには呆れ顔の男二人が、落ち込んだ一人の男を同情の視線で見ながら抗議していた。


 「も、もういい!伊蔵いぞう伸太郎しんたろう……別に俺はこんな些細な事でショックなど……」


 自分の代わりに抗議する部下を平静を装って抑える男。


 「補佐?……助けてきた?……ああっ!?タケッチ!!タケッチ参上!?」


 「うっ!?す、助っ人スケット参上っ!みたいに呼ぶなっ!!安易すぎだろ!!連想ゲームかよっ!!」


 同情する仲間二人に向けていた言葉とは裏腹に……その男は涙目だった。


 「た、武知たけちさん……」


 「仕方ないです……武知たけちさん、このひとは昔からこんな感じで他人に全く興味がない」


 「く……伊蔵いぞう伸太郎しんたろう……そ、そうだな……うぅ」


 そんな二人の慰めに、長年同じ釜の飯を食った仲で死線をくぐってきたはずの上官に、名前さえすっかり忘れられた悲しき副隊長の男は……


 目尻を拭いながらもキッと少女を睨んだ。


 「武知たけち 半兵はんぺい!遅ればせながら雪白あんた白閃びゃくせん隊を引き連れて合流した。今後はアンタの指揮下で働けと臨海りんかい王からも許しを……って聞いてるのかよ!?」


 気を取り直して相対するも、だが肝心の美少女は既に飽きたのだろう、上の空で雲を見ていたのだ。


 「ん?聞いてる……よ、昔の……部下、武知たけち 半兵はんぺい。なんとなく覚えてるから問題ないわ」


 ――いや、それは問題在り過ぎるよぉ、久井瀬くいぜさん……


 そんな不毛なやり取りを、我関せずと分隊の準備作業を続けるフリをして誤魔化していた雪白かのじょの現参謀の内谷うちや 高史たかふみは……


 他人事ながらも、初対面である男の痛々しさに心を痛めて目を逸らす。


 「くぅぅぅーー!!」


 「た、武知たけちさん!抑えて!!」


 「この女っ!!”剣の工房こうぼう”から同期の俺たちを”なんとなく”!?”なんとなく”ってぇぇ!!うわぁぁーーん!!」


 「う……武知たけちさん」


 白閃びゃくせん隊の中に在っても徹底した現実主義者リアリストである武知たけち 半兵はんぺい……


 そこには、薄情なほど合理的であると恐れられた冷徹な副隊長の姿は欠片も無かった。


 ――


 「…………」


 「猪親いのちか様?」


 いつの間にか呆けたようにその馬鹿げたやり取りを眺めている若き主君に、立派な髭の家臣は不思議そうな視線を向ける。


 「あれが久鷹くたか……久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろ……なんて綺麗な……こんな美しい女性だったなんて……」


 日にとろけるように輝く白金プラチナの髪を一つの三つ編みに束ねた、白い陶器の肌と桜色の可愛い唇の希なる美少女。


 その少女の特筆するべきその双眸は輝く銀河を再現したような白金プラチナの瞳……


 それはまるで幾万の星の大河の瞳。


 「こんな……綺麗な女性がこの世にいるなんて……」


 「……様!」


 「…………」


 「猪親いのちか様!!」


 「うっ!?ああ……そ、そうだな!」


 部下の一括に、伊馬狩いまそかり 猪親いのちかは正気を取り戻す。


 「か、加藤将軍もご武運を!……ええと、それではゆくぞ!!」


 こうして伊馬狩いまそかり 猪親いのちかが率いる別働隊は、香賀美かがみ領の香賀かが城目前で白閃びゃくせん隊を含む兵数五百に満たない数を引き連れ、第二軍を離れたのだった。


 「だ、大丈夫でしょうか?あの若者で……いかにも若すぎですし」


 それを見送る部下の感想に、立派な太刀を背中に背負った将は笑う。


 「なに、別働隊はあくまで最悪の場合の保険だ。それに我が第二軍も万が一にも敵に事前察知され迎撃準備を済まされていたならば、香賀かが城は無視して尾宇美おうみを目指せと言われている」


 「確かに……ですがその場合は、香賀かが城から出た敵軍に後背を突かれる可能性がありますが?」


 部下の懸念にも歴戦の猛将は笑う。


 「この電撃作戦に急遽対応した手腕は、流石さすが噂に高き”無垢なる深淵ダークビューティー”と言えるが、それ故に香賀かが城に籠もる兵力は間に合わせの五千ほどだろう?俺の第二軍は総勢二万だ。釣り出て来て野戦になるならば、虚を突かれない限りは圧勝だ。それを見越しての領王閣下によるこの作戦指示だからな」


 加藤 正成まさなりは全ては対策済みと部下を納得させると、暫し休憩していた自軍に命令する。


 「このまま我が軍は川沿いを南下し、尾宇美おうみを目指す!!最優先は領王閣下の第一軍との合流だ!!ここまで多少の修正はあったが我が領王閣下の策は万全!だが後方の注意は怠るなよ!!」


 ――

 ―


 「どうやら敵さんは、この香賀かが城を無理に攻略せずに南下するみたいやね」


 クリクリとした毛質のショートカットに特にこれといった特徴の無い目鼻立ち、全体的にそこそこ整った顔立ちではあるが、特徴の無さから地味な美人といった表現が適当だろう女が、斥候兵からの情報を聞いてそう呟いた。


 「先手を取ったつもりが取られた。その状況にも対策を用意済みなんて……”王覇の英雄”……ふふ、やはり面白いわ」


 対して、


 長い巻髪で色白の、如何いかにも高飛車そうな女の赤い口元がゆっくりと嗜虐的サディスティックに綻ぶ。


 「そう余裕もあらへんけど?姫様の尾宇美おうみ城へ向かわれて合流されたら事やわ」


 ――王族特別親衛隊プリンセス・ガード、五枚目の五味ごみ 五美いづみ


 「それはそうね。とはいえ、白兵戦は数の上からも私達が不利でしょうし?」


 ――同じく王族特別親衛隊プリンセス・ガードが九枚目、九波くなみ 九久里くくり


 当初の戦術目標をこうもアッサリと捨てて、この香賀かが城攻略を放棄するとは……


 城を活用した時間稼ぎを目的としていた香賀かが城の新政・天都原あまつはら軍としては少々困った事態になっていたのだ。


 「……で、どうするん?」


 「そうね……」


 話していた二人の王族特別親衛隊プリンセス・ガードが視線を向けた先には――


 「先生……いえ、臨海りんかい王、鈴原 最嘉さいかならば、確かにそれくらいの臨機応変さはあるでしょう。お二人の懸念される通り、定石通りの追撃は愚策です」


 応えたのは、くせっ毛のショートカットにそばかす顔の快活そうな顔立ちの少女だ。


 叡智を秘めた瞳……


 可能性の瞳を輝かせる少女、


 「また今回、実際に部隊を率いているという加藤 正成まさなり将軍は、正統派といえるタイプの良将ですが、忍である赤目あかめの出自でもあります。それ故に空中戦もこなせる、小細工も見落とさない戦術眼を所持するかなり手強い相手でもあります」


 王族特別親衛隊プリンセス・ガードの八枚目、八十神やそがみ 八月はづきは重ねて説明する。


 「なら尚更、下手な手は打てないと言う事ね」


 八月はづきの分析を聞いて出た九波くなみ 九久里くくりの結論に、しかしその説明をした本人が首を横に振った。


 「いいえ、ここはその小細工をろうしましょう」


 「は?」


 「なんで?」


 自らの言とは全く違う結論を口にする後輩に、二人の王族特別親衛隊プリンセス・ガードは不可解だと顔を見合わせていた。


 「戦場では”目端が利く”からこそ、逆に引っ掛かり易いという事もあります。それに”加藤 正成まさなり”……人選的にも今回はちょうどピッタリですから」


 純朴な作りのそばかす少女の顔が、したたかに微笑む。


 「……」


 「……」


 二人の女は互いに懐疑的な視線を絡めたままだったが、それでも同時にこう考えていた。


 ――知恵や素質はあっても柔軟さに欠け、それ故に実績乏しく、終始自信無さげだったこの少女が……


 「どうでしょうか?五美いづみさん、九久里くくりさん」


 ――”こうも”変わるのかと!


 ”士別れて三日なれば刮目して相対すべし”


 とは云うが、それを目前リアルで見ることになるとは……


 ――


 二人の女は無言で頷き合ってから後輩に向き直る。


 「良いわ、八月あなたの考えた策を言ってみなさい」


 「そやね、参謀は八月はづきちゃんやから異議ないわ」


 その自信に満ちた双眸に、九久里くくり五美いづみはその場で納得したのだ。


 「はい、五美いづみさんは三百ほどの部隊を率いて、尾宇美おうみまで流れる川沿いを上って下さい。あ……ええと、敵には微妙に見つからない様にお願いします」


 八月はづきの指示に、五美いづみは一瞬考えるような顔をしてから”ああ!”と大きく頷く。


 「微妙にって事は……なるほど相手はやり手の”忍”出身者やもんなぁ、なるほど、なるほど」


 「そして九久里くくりさんは、兵三千を引き連れて密かに”ここ”へ……」


 続いて九久里くくりにも指示を出す八月はづきが指さした地図の場所は――


 「…………私は伏兵ピットフォール……いいえ、狩人ハンターってことね。ふふ、面白いわ」


 その場所を視線で追った九久里くくり嗜虐的サディスティックな赤い唇が歪んで上がる。


 「少数になる五美いづみさんのフォローも、九久里くくりさんの部隊移動の隠蔽工作も、残った私の部隊が行いますのでご心配なく!」


 そして二人の先輩を完全に納得させた策士の少女は、される方にとっては厄介極まりない迷惑な作戦とは対照的な……


 彼女の純朴さを前面に押し出した眩しい笑顔にてこの場を締め括ったのだった。


 第一話「出藍の誉れ」前編 END

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