奈落の麗姫(うるわしひめ)編

第175話「奈落の麗姫篇」プロローグ

 第四部「らく麗姫うるわしひめ篇」プロローグ


 我が臨海りんかい軍の第二軍は領土内を遙か北上して香賀美かがみ領、香賀かが城を突破し、


 第三軍は旧本拠地である九郎江くろうえから出撃して尾宇美おうみ領土南部の鷦鷯みそさざい城を攻略、


 そして鈴原 最嘉オレの率いる本軍は臨海りんかい本城の在る岐羽嶌きわしま領、烏峰からみね城から進軍して敵の主力部隊、尾宇美おうみ城軍と対峙する――


 三軍に別たれた進軍ルートだが、最終的に目指すのは新政・天都原あまつはらが”無垢なる深淵ダークビューティー京極きょうごく 陽子はるこが居を構える尾宇美おうみ城であった。


 「そろそろ出方を伺ってみるか?」


 北の中継地を潰し、南の支城を潰す。


 ――しかる後に三方より敵本拠地を包囲して殲滅する!


 援軍を遮断し、物流を止めるための奇襲と包囲戦、のはずだったのだが……


 事もあろうか三方とも先回りされたうえにことごとく完璧な対策を取られていた我が臨海りんかい軍は、この時点で尾宇美おうみに辿り着けたのは本隊のみ。


 ――相手はあの”京極きょうごく 陽子はるこ”だ


 こちらの意図をある程度看破されるとは考えていたが、これほど手の内を見透かされるとは流石に舌を巻くしかない。


 とはいえ、こういう状況も想定済みだ。


 「一足先に尾宇美おうみ城前に展開した宗三むねみつ いちの前衛部隊が戦闘に入って既に三時間か」


 尾宇美おうみ城前の平野に布陣した臨海りんかい軍本隊の陣容は――


 宗三むねみつ いちの率いる前衛部隊一万五千。


 その後方に鈴原 最嘉オレの本隊が二万。


 対する京極きょうごく 陽子はるこが指揮する尾宇美おうみ城の新政・天都原あまつはら軍は総勢二万三千ほど。


 古来から城攻めには三倍の兵、より安全を期すならば六倍の兵と云われるが……


 名だたる堅城を相手にこの程度の数的優位は問題外だろう。


 だが、戦術的には絶望的だが今回は状況が”それ”を可能にする!


 あかつき東部の支配権をかけたこの戦いは、同じく同時期、今まさに西部の覇権を争っている天都原あまつはら藤桐ふじきり 光友みつともの西方統一より前に決着しなくてはならない!


 俺も陽子はるこも思惑が同じなら――


 城を用いた籠城戦は時間的に選択肢から除外される。


 それは京極きょうごく 陽子はるこ尾宇美おうみ城前に敷いた迎撃陣形を見ても明らかだった。


 つまり――


 「結局最後はガチンコの白兵戦なぐりあいだからな……」


 戦略的要因が戦術的選択肢を限定する!


 俺はだからこそこの機会に出兵し、陽子はるこはそれを予測して対応した。


 「三方同時攻撃は阻止されましたが、残る二軍も引き続きここ尾宇美おうみを目指しております。現状いまは兵力を温存するのが最善でしょう」


 本陣で座した俺に、参謀であるアルトォーヌが進言してくる。


 「まぁ定石だな、その通り……」


 謎の怪人、幾万いくま 目貫めぬきの呪いから解放されたとはいえ……


 未だ他人ひとより極めて色白な、まるで色素を忘れて生まれてきたような美女であるアルトォーヌ・サレン=ロアノフ譲。


 覇王姫ペリカの知恵袋である”白き砦”の言うことは実に理に適っている。


 「……けど、陽子はるこもそれはお見通しだろう?直ぐにでも動いてくるぞ」


 敵を良く識る俺はそう応えると、”二本”の足でしっかりと戦場を踏みしめて立ち上がった。


 「最嘉さいか様」


 ここ最近の、もう癖になっていたのだろう……


 すかさずアルトォーヌは補助のため俺を支えようとするが、俺は必要ないと笑ってみせる。


 「もう大丈夫だって。あのお節介の”特性義足あし”……大したもんだ」


 約束通り、正統・旺帝おうていの独眼竜は俺にお手製の特別製義足を用意した。


 烏峰からみね城に送られてきたのはこの戦に出陣する数日前で、行き違いにならずに済んだのは幸いだったが……


 案の定、この義足は癖がある。


 あれほど普通のにしろと要請していたのに、あのにせ眼鏡め……


 ――こんな狂気的研究者マッドサイエンティストの趣味全開で物騒な際物を送りつけやがって!俺はモルモットか何かかよ!


 と、抗議の一つもしたいところだったが、俺には時間が無かったし、なにより……


 ザシ!ザシ!


 俺は失った右足に装着した鋼鉄の義足で二、三度大地を踏みしめる動作をする。


 「最嘉さいか様?」


 「……義足としては完璧なんだよなぁ、ああくそ!小憎らしい!!」


 俺の突然の奇行に一瞬躊躇とまどっていた白き美女は、その意味に気づいて”くすり”と控えめに笑ってからこう付け足す。


 「流石は機械化兵団シュタル・オルデン穂邑ほむら はがね様ですね、これほどの技術は他にありません。けれど高性能な分だけにかなり扱いにくくなっていて、使う者のセンスと長期の修練が必要だと手紙で添えられていましたが……この僅かな期間に完全に使いこなせるのは流石は最嘉さいか様です」


 「……」


 確かにアルトォーヌの言うとおり、ここまで完璧な義足を造れる技術者はいないだろう。


 見た目も、動作も、在りし日の右足と全く遜色ない。


 いや、遜色ないと言うより、この鋼鉄製の義足は……


 「まぁいい……というか今は陽子はるこだ。動いてくるのが確実である以上は、あの才媛に先手イニシアティブを取られるのは非常に不利だ。こっちも最初から出し惜しみ無く手を尽くす必要がある」


 俺は顔を引き締めて、白き参謀に言う。


 「敵と交戦中である前衛部隊、宗三むねみつ いちの隊に伝令、”壁を緩めよ”と……しかる後に敵軍がその機に攻勢をかけてきたら、宗三むねみつ隊をブラインドにして鈴原 真琴まことの遊撃部隊を反時計回りに迂回させ敵の側面を突かせろ。それから……”てっつい”は本隊オレと同様、現状は待機だ」


 続けて出る俺の指示にアルトォーヌは頷き、直ぐさま伝令兵を呼び寄せて段取りを整えてゆく。


 ――


 ――取りあえずはこんな感じか……


 ――”京極きょうごく 陽子はるこ


 一度ひとたび戦火を交えたからには、の姫は命を惜しまぬだろう。


 これまで、もしかしたら”それ”を回避する道はあったのかもしれないが……


 「……」


 ――いや、ないだろうな


 お互いが矜恃を譲れない性分で、この経過は必定だったろう。


 なら……


 最愛の相手を害する事無く手に入れるには――


 俺が陽子はるこに圧倒して降伏に至らしめるか、またはその逆を陽子はるこが考えているだろう。


 「……」


 いいや、それでも彼女は矜恃を捨て惰性での生を良しとしないだろう。


 ――ったく……厄介な女に惚れてしまったものだ


 俺は愚痴りながらも思う。


 だが、それは俺も同じだ。


 陽子はるこは俺を圧倒的な力で屈服させ、そして自らの覇業の共犯として支配下に収めるつもりだろうが……


 「悪いが、俺は陽子はるこが思っているよりずっと”厄介”なんでなぁ……」


 俺は独り呟くと鉄臭い戦場の天を仰いでいた。


 ――あの”無垢なる深淵ダークビューティー”を亡くすことなく終結させる方法は……


 唯一つ、確実に”鈴原 最嘉さいか”史上最も困難な戦争ミッションは、それでも完全パーフェクト成功コンプリート以外は許されない。


 「最嘉さいか様、全て整いました。号令を……」


 思いにふける俺に参謀が声をかける。


 ――そうだ、始めてしまったからにはもう後には退けない!


 俺は頷いて、そして右手を高々と掲げたのだった。


 「仕掛けよっステル・ベイン!!」


 勇ましい俺の軍令と共に速やかに動き出す鈴原 真琴まことの遊撃部隊!


 その蹄の音を聞く俺の脳裏に、未練がましくもかつての傷心キズがズキリと響いていたのだった。


 ――嘉深よしみ……


 第四部「らく麗姫うるわしひめ篇」プロローグ END




◆雑談


「近況報告」にですが第四部開始時点の勢力図イラスト、

あと、侵攻ルート入り拡大地図乗せてます!

作者自身がチマチマ作ったので拙い出来ですが、

全体像の把握にお役に立てたら幸いです。(^0^;)


小説のイメージがより鮮明になって楽しんで頂けたらいいなぁ。

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